58 ヒュンケルVSミストバーン戦(4) |
ミストバーンは壊れた玩具を容赦なく捨てた。 正確に言うのであれば、ミストバーン自身がヒュンケルに執着心を抱いているのではない。バーンがヒュンケルに最強の戦士を見いだしたからこそ、ヒュンケルの存在に価値を置いている。 熱烈なファンが自分の趣味を度外視してスターのお気に入りの品を最優先するように、ミストバーンの判断基準はどこまでもバーンが規準だ。 この時のミストバーンの狙いは、ヒュンケルの再洗脳だ。 だが、ミストバーン自身はヒュンケルへの愛着や執着は薄いので、そのやり方はずいぶんと乱暴なものになっている。デリケートなバランス調整を慎重に行おうなどと、欠片も思わない。昭和時代は壊れかけた家電製品をとりあえず叩くという乱暴な修理方法(?)が存在したが、ミストバーンがやったこともまさにそれだ。 叩いて直るならそれでいいが、やり過ぎて壊してしまっても特に問題はない――本気でそう思っているからこそ、ミストバーンの言葉には容赦がない。 そして、悲しいことにミストバーンの支配下からこの時のヒュンケルは脱し切れていない。 ヒュンケルはミストバーンに殺されたかけたことや、役立たずと言われたこと以上に、『魔王軍時代よりも弱くなった』と言われたことに反応し、激昂している。 己の強さに強い拘りを持っているからこそ、ヒュンケルはそこを突かれることが最大の弱点になる。 復讐心に囚われていた時も、改心してダイ達の仲間になった後も、ヒュンケルは一貫して戦いの中で勝ち続けることを重視している。 が、問題なのは、ヒュンケルの中では正義よりも強さが上に置かれている点だ。 出世こそが最善だと思い込んだ者が、出世のためならば他を顧みず、いざとなれば家族でさえ見捨てても構わない心境になるように、ヒュンケルも己の強さを失うぐらいならば大切なものを投げだしかねない一途さがある。 現にヒュンケルは自分が弱くなったとの指摘に動揺するあまり、ミストバーンの説明に聞きいってしまっている。 そんなヒュンケルの心に気づいているのかいないのか、ミストバーンもまた、この場ではヒュンケルを敵ではなく弟子として扱い、彼の欠点を指摘している。 正義を信じる善の心と、悪の心から生まれる暗黒闘気の力が拮抗しているからこそ、ヒュンケルには独特の強さがあったとミストバーンは説明している。 ヒュンケルの強さの秘密も、それに近い。 この場合、ミストバーンの説明が正しいかどうかなど関係ない。 精神的な意味で、ヒュンケルは戦いから離脱してしまっているのである。 ヒュンケルを庇って前に出るマァムの優しさが目立つが、このシーンで実は一番いい位置取りをしているのがクロコダインだ。ミストバーンの背後をしっかりと抑えている辺り、抜け目がない。 が、この時はあまりにも相手が悪かった。 『……フフフッ……、愚かな虫共は網にかかったことすら気づかぬと見えるわ!!』 この時点で、地面に巨大な蜘蛛の巣のようなものが浮かび上がっており、ミストバーンが気合いを込めると同時にその場にいた全員を拘束した。 つまり、修行している間もミストバーンは自分の手の内を見せないまま、弟子に伝授する技を出し惜しみしていたのである。どう見ても信頼の置ける行動ではないのだが、ミストバーンの力に打ちのめされたヒュンケルは、彼の言葉をそのまま鵜呑みにしてしまっている。 暗黒の力でなら闘魔滅砕陣に対抗できるとほのめかし、ヒュンケルに暗黒の力を使うようにとアドバイスをしている。 また、この闘魔滅砕陣に真っ先に気がついたのが闘気とは無縁のポップだったことを考えれば、暗黒闘気以外の力でも対抗できる手段もありそうだ。 自分が弱くなったと信じ込み、何が何でも以前の強さを取り戻そうとするヒュンケルは、ミストバーンに言われるままに暗黒闘気の力を振り絞ることに集中している。 ミストバーンにこの時、どんな策があったか明らかではないが、ヒュンケルを再洗脳して暗黒の力に目覚めさせさえすればいいと考えていたのだろう。 キルバーンやバラン、ハドラーもそうだが、バーンは自分が気に入った戦士ならば、自分の命を狙っていたとしても平然と受け入れる度量の持ち主だ。ヒュンケルを再度従わせることができるかどうかはさておき、ヒュンケルを再びバーンの気に入った玩具に調整しなおせば、ミストバーンの第一の目的は果たせる。 しかし、ここでヒュンケルを止めたのがマァムだ。 マァムのこの感情は、ある意味で身勝手この上ない気持ちかも知れない。だが、自分のことを誰よりも大切に思ってくれる人がいるという事実は、人間にとって非常に重要なものだ。 赤ん坊が親から絶対の愛情を受けてこそ健やかに成長できるように、人間は誰かに肯定されることで自信を育み、自己を確立できるようになる。 父親を失い、師として実は慕っていたアバンも失ったヒュンケルには、自分に対して無償の愛を向けてくれる存在などいなかった。師弟関係だったとは言え、ミストバーンのヒュンケルに向けた感情が、信頼でもなければ愛情でもなかったことはこれまでも度々言及している。 だが、マァムは理屈抜きにヒュンケルを信じた。 この、マァムの無償の信頼こそがヒュンケルに大きな力を与えている。 その結果、ヒュンケルはミストバーンの洗脳を振り払っている。 ダイ達と戦ってきた時から、ヒュンケルの味方をしてきたこと、つい先程落下してきたヒュンケルを命がけで助けたことなど、マァムが指し示してきた彼への献身がここで見事に実を結んでいるのである。
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