64 ダイVSミストバーン戦(3)

 ヒュンケルの後押しにより、ダイは迷いを振り切って鬼岩城へと向かっている。

 この時、まさに鬼岩城が大神殿に拳を振り下ろそうとしていたのだが、ダイの行動は実に思い切りがいい。なんと、彼は飛翔呪文の勢いのまま鬼岩城に正面衝突しているのである。

 全身が竜闘気で強化されているからこそ出来る荒技だが、一歩間違えればそのまま自滅間違いなしの無謀さだ。

 確かに、竜闘気で覆われたダイの身体の強度は爆発的に上がるため、岩にぶつかっても砕けるのは岩の方だが、この時点ではダイは鬼岩城の材質は知らないはずだ。

 外観から岩っぽいと判断したのかもしれないが、鉱物の堅さは種類によって千差万別だ。人間の爪でさえ砕くことの出来るほど脆い石もあれば、鉄鉱石のように金属並みの硬度を誇る石も存在する。

 それを確かめないうちにまず攻撃してしまうのは、ダイの性格のせいなのか、あるいは竜の騎士の本能のなせる技かは不明だが、いずれにせよこの攻撃がなければ世界の王達は助からなかっただろう。

 なにしろ、ダイが飛びたったと同時に、ミストバーンはシャドーに大神殿破壊の命令を下している。
 シャドーからは、わざわざミストバーンの所まで移動して口頭で伝えなければならなかったのだが、ミストバーンからは思考のみで部下に一方的に指示を下すことが出来るようだ。

 ……上司にとっては都合がいいかもしれないが、部下にしては迷惑極まりないシステムである。

 それはさておき、ここで問題にしたいのは、シャドーの方がダイよりも先に行動していたと言う点だ。ただでさえ距離的にハンデがあったのだ、慎重に様子をうかがい、敵の強度を確かめるような暇など、ダイにはなかった。

 だからこそ、ダイはまず敵の頭部に体当たりを仕掛け、バランスを崩している。
 ここで、実際に攻撃しようとしていた手ではなく、頭を狙ったのはいい判断だ。

 ダイの体当たりは、実は鬼岩城にはダメージは与えていない。
 穴どころかヒビすら入っていないのだから、ポップの攻撃魔法よりも城に与えた損害は少ない。しかし、移動要塞にとっては、この体当たりは大きな意味がある。

 頭頂部に横殴りの形で衝撃を与えた結果、ダイは鬼岩城の体幹をずらすのに成功している。

 これは二足歩行するものに共通する弱点だが、頭を大きく揺らされてバランスを崩せば、あっさり転んでしまうものだ。鬼岩城の場合、転ぶまではいかなかったものの、あれだけの巨体だとさすがにすぐにバランスを取り戻せなかったらしく、しばらく斜めに傾いていた。

 敵の姿勢を崩したダイは、反発を利用して大神殿のテラスに飛び移り、身構えている。

 この時、実はレオナを初めとする世界の王達がすぐ真後ろにいたのだが、ダイはそちらに見向きもしていない。戦いだけに集中するダイは、自分の剣に力を貸してくれと呼びかけている。

 ロン・ベルクから受け取った直後は抜くこともできなかったし、つい先ほどのミストバーンとの戦いの時は抜かなかったが、鬼岩城を前にしたダイは剣の力を欲した。
 その意思に応えるように宝玉が輝き、ダイの剣はついに鞘から抜き放たれる。

 ダイは、ダイの剣を背中に背負った状態であり、それを肩越しに抜きざま攻撃を仕掛けているが、当然のことながらこの抜き方は力が入る姿勢ではない。
 つまり、剣の本来の威力はかなり抑えられた一撃になる。

 しかし、それにもかかわらず、ダイのこの引き抜きざまの一撃は鬼岩城に大ダメージを与えている。
 たった一振りで、攻撃を仕掛けようとしていた鬼岩城の右腕を半分、切り落とした。
 この凄まじさに、敵や味方どころか、ダイ本人さえも驚いている。
 だが、精神的なダメージの大きさという意味では、やはりシャドーの受けた衝撃が一番大きかったかもしれない。

 ただでさえ、自慢の鬼岩城に剣1本で立ち向かうダイを見て、馬鹿にされていると憤慨していたシャドーは、実際の攻撃を受けて、完全に頭に血を上らせてしまっている。
 全砲門をダイに向け、一斉砲撃をしかけようとした。

 しかし、これは本来の目的を見失っているとしかいいようのない愚行だ。元々、シャドーに与えられた命令は『世界の王達を殺すこと』だ。

 ミストバーンから追加で与えられた命令でも、邪魔者が向かったとは言ってはいるが、彼が命じたのは邪魔者であるダイの始末ではなく、あくまで大神殿の破壊……すなわち、世界の王達の抹殺だ。
 人間達を殺すのであれば、全砲門など使う必要などない。

 あそこまで接近すれば、テラス越しに王達の姿は視認できたはずだ。位置さえ分かってしまえば、大神殿ごと壊すまでもない。
 勇者の気を一瞬でもそらし、その隙に一発砲弾を撃ち込むだけで、ほぼ目的を完遂できる。

 だが、シャドーは悲しいぐらいに無能である。
 自己判断で行動できない彼は、命令の優先順位さえつけられず、ほぼ感情のままにダイへの攻撃に気を取られてしまっている。なまじ全砲門を動かしてダイに狙いを絞ろうとしたせいで、メルルがいち早くそれに気づき、警告の声を上げている。

 余談だが、レオナの自分への呼びかけには見向きもしなかったダイは、危機を知らせるメルルの警告にはしっかりと反応している。
 好悪や感情ではなく、戦いに関することこそが彼の優先順位だとはっきり分かるシーンだ。

 敵の攻撃の予兆を見て、ダイは己の持つ竜闘気を全て剣に込めている。
 その威力は、剣にしっかりと伝わっている。以前、ダイは無意識に込めた竜闘気のせいでパプニカのナイフを壊してしまっているが、ダイの剣は見事に竜闘気に耐えている。
 ここは、素直にロン・ベルクの腕前に賞賛を送るべきだろう。

 竜闘気を注ぎ込んだ剣を持ち、ダイは鬼岩城の土手っ腹に突っ込んだ。一撃で腹に大穴を開けたばかりではなく、鬼岩城のバランスを再び崩してひっくり返させている。

 鬼岩城内部に入り込んだダイは、護衛らしいリビングアーマーを瞬殺し、中央の間の真下へと移動している。

 この時、何かに気づいた表情を見せるダイは、明らかにシャドーの存在を察知している。

 空の技を極めたダイにとって、無機物の鬼岩城の内部に唯一存在する生き物の気配は、読み取りやすかったのだろう。迷いのない動きでシャドーの真下を位置取っている。

 逆に、シャドーは侵入してきたダイに慌てふためき、その居場所をつかむのに苦労している。

 鬼岩城には、鬼岩城の外部や内部を随時確認できる機能が備わっている分、シャドーの方が有利と思えるのだが、どんなに物理的に優れた道具があったところで、熟練者の勘の方が上回るものらしい。

 シャドーがやっとダイの居場所を補足した時には、ダイはすでに攻撃態勢に入っていた。ダイの剣の一撃は、城の中枢ごと、シャドーを吹き飛ばしている。

 これにより、鬼岩城はバラバラに崩れ、崩壊してしまっている。
 勇者ダイの完全なる勝利だ。

 この勝利の鍵は、文字通りダイの剣が握っていたと言って過言ではないだろうが、もう一つ原因をあげるのなら鬼岩城の操縦者の不慣れさを理由にできるだろう。

 もし、ここで鬼岩城を操っていたのがシャドーではなく、冷静さを保ったままのミストバーンであれば、ここまで圧倒的な快勝をあげることができたかどうか、いささか疑問ではある。

 だが、もしもの話はともかく、ミストバーンはこの時、私情に走って鬼岩城から離れていた。
 魔影参謀の大いなる失態である。

 

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