67 ダイVSミストバーン戦(6) |
さて、いざ、ミストバーンのマントが剥がれようとした時、絶妙のタイミングでそれを止めたのは、黒づくめのピエロ装束の魔族――キルバーンだ。 彼の登場はどう贔屓目に見たとしても、狙い澄ましたものだ。 そもそも、キルバーンはミストバーンが鬼岩城を出発させる際に顔を合わせている。 ミストバーンに味方をするつもりならば、もっと早くから行動できたはずだ。だが、キルバーンにはミストバーンに味方をするつもりは、全くなさそうだ。 ついでに言うのならば、彼には魔王軍と人間達の戦いにもなんら関心を持っていない。 しかし、それもどこまでが本人の意思で行っているのか、分からない。 ただ、はっきりと言えるのは、キルバーンもまた、バーンの命令を優先して動いていると言う事実だ。 キルバーンはミストバーンを『親友』と評しているが、正直なところ、彼らの間に友情があるのかどうか、明言しがたい。なにより、キルバーンは友人よりもバーンの命令を重んじているのは疑いようもない。 バーンも含めたこの三者の力関係は、非常に面白い。 そして、キルバーンの役割はミストバーンの見張り役である。 だが、キルバーンの言葉を信じるのであれば、バーンに重きを置かれているのはミストバーンの方だ。 その証拠に、キルバーンはミストバーンに危害を加える気はないらしい。ミストバーンの喉元に刃物を突きつけておきながら、彼が冷静さを取り戻した途端、あっさりと刃を引いている。その上で、ミストバーンのためになる忠告の言葉までかけている。 ピロロ「あやまっちゃえ、あやまっちゃえ」 キルバーン『そうさ、鬼岩城なんて、バーン様にとってはお気に入りの玩具のひとつ。可愛い君がちゃんと謝ればゆるしてくれるさ』 口調こそふざけてはいるが、この言葉がミストバーンに与えた影響は大きい。 思い出して欲しいのだが、ミストバーンがあれほどまで我を失ったは、人間に敗北したことや鬼岩城を壊されたことではなく、それによりバーンの信頼を損なうかもしれないという恐れ故だ。 だが、キルバーンはバーンにとっては、鬼岩城以上にミストバーンを重視していることを思い出させた。 自分が、バーンにとって価値のある存在である――この自負こそが、ミストバーンの暴走を止めたのである。バーンを絶対の存在として心酔するミストバーンにとって、これ以上の褒美はあるまい。 そこまで信じ込んでいるからこそ、思い詰めて暴走しやすいとも言えるが、だからこそ見張り役が必要なのかもしれない。 もし、キルバーンがいなければ、ミストバーンは感情のままに暴走し、バーンの秘密を暴露していたに違いない。 ……まあ、その場合は少なめに見積もっても、ポップ以下のその場にいる仲間達の全滅と引き換えの情報になるので、心理面においてはとてもいい展開とは言えないのだが。 それはさておき、落ち着きを取り戻したミストバーンは、キルバーンのすすめに従ってあっさりと撤退を決めている。 キルバーン『それより、この場は恥の上塗りは避けた方がいいんじゃないのかなぁ?』 ミストバーン『……分かった。もはや……二度と失態は見せぬ……!!』 明確な意見を口にしていないこの言葉を聞いただけでは、相手が何を望んでいるのか、まず分からないだろう。 だが、キルバーンにせよ、ミストバーンにせよ、これだけの会話できちんと意思疎通ができている。これはよほど気心が知れているか、長く一緒にいたのでなければ、出来ない芸当だ。 チームワークがなっていないようで、実はこの二人は互いの意向をくみ取ることには長けているようである。何の問題もなく、一瞬で撤退を決め込んでいる。 撤退というのは、実は意外と難しい。歴史上を振り返っても、負け戦だけではなく、勝ち戦でさえ撤退のタイミングを間違えてしまい、最終的に無残な敗北を喫した軍隊は数知れない。 しかし、キルバーンにせよ、ミストバーンにせよ、迷いはない。 元々、ミストバーンがパプニカにやってきたのはバーンの命令ではなく、ハドラーに自分の改造が済むまでの間、人間達を足止めして欲しいと頼まれたからだ。 その意味で言うのなら、人間の王達の会議の場で魔王軍の戦力を見せつけ、軍艦などの戦力を削り落とした時点で、彼の目的は達成されていると言える。 言うなれば、ミストバーンのこの攻撃は、問答無用の宣戦布告だ。 そして、奇襲は本来ならば一撃離脱が基本だ。 この時のミストバーンは、まさに長居をして失敗したパターンなのだが、そこで粘って巻き返しを狙おうとせず、被害を最小限に抑えるために撤退を選んだのは、彼の冷静さと計算高さを示している。 ヒュンケルに対してはあれほどの拘りを見せたミストバーンだが、彼は勇者の成長については関心が薄い。何が何でも、ここで勇者を倒そうだとか、驚異の存在である武器を奪おうなどとは、考えてもいない。 ミストバーンもそうだが、キルバーンも戦いに関しては、ひどく他人事な印象がある。まるで、盤上のゲームでも眺めているかのように、第三者的な視点で有利不利を判断し、駒を進めているかのように――。 長期的な視点で勝利を確信している打ち手は、決して焦らないし、必要のない駒や陣地に固執することはない。最終的に勝利を収めればいいと熟知しているからこそ、敵に駒を取られても気にせず、自分なりの思考のままに駒を進める。 大胆にも、敵であるダイの実力を褒め、剣の完成を祝う言葉まで残して去って行くキルバーン達の姿は、どうにも不気味だ。 敢えて、勝ちを譲ったかのような余裕さえ感じてしまう。「試合に負けて勝負に勝った」と言う諺があるが、この時のキルバーン達のあっけない撤退にはそんな雰囲気さえ漂う。 ダイの圧勝で終わったはずのこの戦いで、なんとも不穏な一石を投じた上での撤退である。
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