69 無謀なる追跡(2)

 仲間達に心配されていることなど気づいてもいないポップは、ひたすらにキルバーン達の後をつけている。
 さすがに長距離を飛んでいるだけに多少は落ち着いたのか、ポップは闇雲に彼らを追うだけでなく、目的意識を固めなおしている。

 キルバーン達をやっつけるまでは行かなくても、本拠地を突き止めてこちらから総攻撃をしかけてやる――そう考えているポップは、冷静に考えているようでいて、実は全然頭が冷えていない。

 確かに敵の本拠地を知ることは、作戦上大きな意味を持つ。
 だが、ポップのこの時の行動はあまりにも無謀すぎる。敵の探索や偵察をするのなら、何よりも先に心がけるべきなのは、敵にこちらの気配を気取らせないことだ。

 現実世界でも探偵や刑事など、尾行で敵の動向を探る職業は複数あるが、それらの職業では徹底して己の気配を消し、相手に気づかれないように訓練をするものだ。

 それも当たり前の話だろう、自分の後を不審な者につけられていると気づけば、相手は必ず対策を取ってくる。野生の動物がそうするように、普通の人間なら不審な尾行者を撒くか、攻撃しようとするだろう。

 しかし、キルバーンとミストバーンは全くポップを撒く気配も、攻撃を仕掛ける様子もない。それどころか、キルバーンはポップの動きを確認した上でほくそ笑んでいるのだが、ポップ本人はそれに全く気づいちゃいない。
 この時点で、ポップは偵察兵としては失格だ。

 そもそも尾行や偵察などは少人数でチームを組み、確実に情報を獲得して味方へそれを伝えるのを目的とするものである。
 ポップのように感情任せに飛び出してから、後付けで自分の行動を正当化する目的を添えるようでは、本末転倒というものだ。

 ポップがちゃんと頭を冷やすのは、死の大地に辿り着いた後……険しい岩山が立ち並ぶ荒野に降りたってからのことである。

 人が住んでいないどころか、近づく者はまともに帰ってこられないと噂に名高いだけあって、不気味な雰囲気に満ちた場所を目の当たりにして、初めてポップは自分が危ない場所に来てしまったことを自覚する。……正直、気づくのが遅すぎである(笑)

 事実、ポップが自分の行動を後悔した時にはもう、キルバーンとミストバーンに前後を挟まれていた。

 この時のキルバーンは、やたらと挑発的だ。
 わざと瞬間移動呪文の速度を落として、ポップをここまで誘い込んできたのだと嘲った上で、自分が魔王軍の暗殺者だと名乗っている。

 正直、この時点で絶望的な展開過ぎるのだが、ポップの長所はここからだ。
 敵にはめられたと気づいて後悔するのではなく、きちんと戦う意思を固めているのは評価したい。

 人間、最悪の状況に陥ったと気づいた時は、その衝撃に打ちのめされて動けなくなってしまうことが少なくないが、幸か不幸かポップはその点、ピンチには慣れている。
 これはヤバいと思った直後でも、たいした精神的動揺もなくいつも通りの行動が取れるのは大きな強みだ。

 いきなり大鎌を振り下ろしてくるキルバーンだが、ポップはそれを余裕をもって避けている。

 死神のデザインとして有名な大鎌だが、あれは実際の武器として見るならば、あまり役には立たない。同じ鎌でも比較的小ぶりな鎖鎌のような武器ならばともかく、大型の鎌だと使い勝手が悪いのだろう。

 柄を長くして先端に重い刃をつけるタイプの武器はポールウェポンと分類されるが、あまり有名な物は多くない。想像だけでもおわかりいただけるだろうが、この形だとやたらと重くなっていまい、自在に動かすのが困難になるのである。

 そのため、有名なポールウェポンの類いは馬に乗った騎士が専用に使っていたなど、使いどころが限定されることが多い。よほどの筋力が無ければ、使いこなすのが難しい武器なのだ。

 また、筋力の問題をクリアしたとしても、死神の鎌のような三日月型の刃は扱いが難しい。円月刀や日本刀のように、外側に向かって反っているならともかく、自分の手元側に曲がっているのは草刈りならともかく、攻撃には向きにくい。

 フランス革命で生まれた有名な処刑道具としてギロチンがあるが、あれは初期設計では三日月型の刃を落とすデザインになっていた。だが、力学上三日月型の刃よりも斜めの刃の方が、的確に切断力を発揮できると忠告されて今のデザインになったそうである。

 余談だが、この時に忠告したのが、後にギロチンで処刑されることになる国王ルイ16世だったというから、歴史というのは皮肉にも面白いものだ。

 話はそれたが、キルバーンの攻撃速度があまり速くないのは一目瞭然だ。そのため、ポップも余裕も持って初撃を躱している。大鎌は迫力こそあっても、攻撃も大振りになりがちな分、避けるのも容易い。

 ――が、確実に避けたはずなのに、ポップの胸元が切れて血が噴き出した。そればかりか、キルバーンはいつの間にかポップのすぐ真後ろに現れた。

 それに驚くと同時に、ポップは得意の火炎呪文で反撃している。この時、ポップは呪文を唱えていないのだが、炎の勢いや大きさから見て最大火炎呪文(メラゾーマ)ではないかと推察される。

 だが、確かにキルバーンに当てたはずの魔法は、近くの岩を燃え溶かしたにすぎなかった。目の前の現象を理解しきれずに驚くポップのすぐ目の前に、またもキルバーンが現れて囁きかける。
 このやりとりが、非常に面白い。

ポップ(そ……そんな!? 一体、どうなってやがるんだ!? お、おれは夢でも見ていたのか!?)

キルバーン「そんなものより、もっと深刻な事態さ」

 ポップが心の中で思ったことを揶揄する口調で、キルバーンが実際に話しかけているのに注目して欲しい。つまり、キルバーンには表情からポップの思考を読み取れる程度の洞察力があると言うことだ。

 恐怖に駆られて、杖で敵に殴りかかるなどと魔法使いにあるまじき行動をとってしまうポップだが、その攻撃さえもキルバーンには当たらない。ふと気がつくと場所を移動させるキルバーンを見て、ポップはこれが幻覚だと結論づけている。

 自分の感覚が狂わされていると瞬時に判断し、その原因を突き止めようとしているが、この思考力はたいしたものだ。
 しかも、ポップの推理は的中している。

 キルバーンが呪文を使った気配がなかったこと、特に道具を使わなかったと冷静に思い直したポップは、キルバーンが派手に振り回している大鎌の正体に気づいている。

キルバーン「……ビンゴォ!! 大当たりだ。後数秒早く気づけば、良かったのにね……!!」

 暗殺者だと言うだけあって、彼の武器には隠し技が潜んでいる。
 大げさな身振りでキルバーンは大鎌の柄を振り回しているが、それは単に攻撃の予備動作ではない。むしろ柄を大きく動かすことで、音を鳴らすことに意味がある。

 この死神の鎌は動かすことで音を奏でるが、その音は人間の耳には聞こえない。
 人間の耳は、聞ける音域が限られている。その範囲からはみ出た音を超音波と呼び区別しているが、キルバーンの笛の音はかなり特殊だ。なんと、聴覚から人間の感覚を狂わせていく。

 真っ先に視覚を狂わせ、最終的には全身の感覚も奪ってしまう。
 キルバーンが冥土の土産とばかりに、得意げにその仕組みを語り始めた頃には、すでにポップは目が全く見えず、身体の自由も利かずに杖を取り落としていた。

 ポップの推理力は、正解を確かに見抜いた。だが、それを戦いに役立てるには、まさにキルバーンの言うように数秒ばかり遅かった。
 この時点で、ポップ単独での追跡は完全に詰んだ。戦い云々ではなく、心理の読み合いでも完全なる敗北である。

 そして、キルバーンは敢えて語らなかったが、彼が大鎌などという実戦向きではない武装をしている理由もこれで理解できる。相手の動きを止めてしまえるのならば、多少扱いにくかろうと関係ない。

 相手にとどめを刺し、首を刎ねるだけならば、先端が重く柄の長い刃物は、むしろうってつけとも言える。

 

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