73 ハドラーVSダイ戦2 (2)

 ダイの反応に満足げな態度を見せたハドラーは、気合いを込めて全身の筋肉を盛り上がらせている。

 これが、力瘤なんてレベルの生やさしい物ではなく、頭につけていた兜、肩から胸元を飾っていた鎧を内部から弾き飛ばしているという凄まじさだ。
 筋肉に力を込めれば通常時以上に膨れ上がるのは事実とは言え、鎧すら破壊するとは恐るべき筋肉量であり、硬度だ。

 そして、外観もこれまでのハドラーとは大きく変化している。
 これまでのハドラーは、尖った耳と拳から任意に呼び出せる地獄の爪(ヘルズ・クロー)、暗黒闘気が黒い痣として浮き上がっている以外は、人間と大差のない体型だった。

 鎧もろくすっぽ身につけず、肩当てや手袋だけを身にまとう辺りが武闘家寄りで、己の肉体のみで戦う戦士と言った雰囲気を醸し出している。

 だが、この時のハドラーの肉体は、明らかに強化されている。額に生えた3本の角は兜以上に頭を保護するとばかりに大きく張り出し、首回りから肩を覆う甲羅状の外皮に加え、手や足などは鎧じみた外装でがっちりと守られている。

 その姿からダイはザムザの変身した超魔生物を連想しているが、デザイン的には間違いなくハドラーの方が洗練されていると言える。大きさこそは超魔ザムザの方が上だが、より人体に近い姿なのは超魔ハドラーの方だ。

 超魔ザムザはパワーと大きさを重視しているせいか、自重を支えるために姿勢が不自然に踏ん張った体勢になっているし、猫背気味でさえある。だが、超魔ハドラーの立ち姿はしっかりと背筋も伸びているし、いかにも自然だ。
 つまり、動きやすさで言うのならば超魔ハドラーの方が有利というわけだ。

 事実、超魔ハドラーの突進をダイは避けきれていない。超魔ザムザ以上の速度を持っていると考えてよさそうだ。

 しかも、そのパワーも超魔ザムザを越えているのだろう。
 ダイが竜闘気を込めた右腕でブロックしても耐えきれず、身体ごと吹っ飛ばされているのがその証拠だ。この突進のせいでダイは右手が痺れてしまい、すぐには剣を抜けなくなってしまう。

 だが、恐るべきはその突進力ではなく、微塵の隙も見せないハドラーの攻撃姿勢の方だろう。

 ハドラーは間髪入れずに地獄の爪を繰り出し、ダイに追撃を仕掛けている。ダイがなんとか上に飛び上がってそれを避けても、爆裂呪文を放って動きを止めようとしている。

 ここまで連即攻撃を仕掛けることは、今までのハドラーにはなかった。相手より有利に立ったとみるや、己の力をひけらかすがごとく、悦に入って語り出す慢心がハドラーにはあったのだから。

 しかし、超魔ハドラーにそんな慢心は見られない。むしろ、絶対に機を逃さないとばかりの集中力の高さが感じられる。

 超魔生物が魔法を使ったことに戸惑うポップが投げかけた質問も、ハドラーは彼を一瞥しつつも、答える必要がないばかりに無視している。これも、これまでのハドラーとは異なる点だ。

 ハドラーはこれまで人間を見下し、ことあるごとに蔑んだり、あざ笑ってきた。たとえ戦いの最中であったとしても、他者から言われた言葉にいちいち反応する感情的な部分がハドラーにはあったのだ。

 それは人間を侮っているからこそ、見せる慢心だった。人間ごときに負けるはずがないと言う自信を持っているからこそ、戦いの最中に手を抜ける。が、その自信とは裏腹に、人間ごときの言動すら黙殺できない精神力の脆さがハドラーにはあった。

 人間を見下しながらも、人間の言動に左右されてしまう矛盾した面がハドラーの弱点だったのだ。

 だが、超魔ハドラーにはその甘さがない。

 超魔生物になるのと同時に、戦いに不要な感情を捨て去った――というのとは、少し違う。
 むしろ、ハドラーは己の感情に対して、これまで以上に素直になったように思える。

 アバンの使徒打倒を一番に考えるようになったハドラーは、これまで自分が持っていた全てを捨てている。
 魔王軍総司令という地位も、魔族の身体や寿命もすでにハドラーには眼中にない。

 キルバーンの口から明かされる事実だが、この時のハドラーは魔族の寿命を投げ打って超魔生物になっている。そのため自在に魔法は使えはするが、二度と魔族に戻ることが出来ないという欠点を背負っていると暴露する。

 正直、この情報をわざわざハドラーの敵に当たるダイやポップに教える辺り、キルバーンの行動には悪意しか感じられないのだが。が、ポップの介入を封じ、ダイとハドラーの決闘を静観しようとする意思はあるようだ。

 ハドラーの望みがダイとの一騎打ちにあることを考えれば、彼の意思を尊重していると言えなくもない。
 キルバーンやミストバーンの真意がどこにあるにせよ、戦いに集中したいハドラーにとってはありがたい援護だっただろう。

 超魔ハドラーは、本気でダイと――アバンの使徒と戦うことだけが望みなのだから。

 この時点で、超魔ハドラーはアバンとその弟子達に対する姿勢を激変させている。
 以前はハドラーは、アバンを認めるような発言をしている時でさえ、彼らを蔑むことを欠かさなかった。

 これは、タチの悪いアンチと同じ思考だ。
 他者の意見を受け入れたくないからこそ、相手の存在を否定し、貶さずにはいられない。相手を徹底して叩いて引きずり落とし、相手より優位に立とうとする。真の意味で自分に自信が持てないからこそ、他者の言葉に過敏に反応し、強烈に言い返そうとするのが特徴だ。

 だが、超魔となったハドラーに、その欠点は見られない。
 たとえば、ポップの言葉に応えなかった点もそうだ。
 結果的に無視した形になったが、これはハドラーがポップを軽視しての行動とは思えない。なぜなら、彼はダイとの戦いでこう発言している。

『己の立場を可愛がっている男に、真の勝利などないっ!! ……これはおまえたちの師が、オレにも残してくれた教訓だっ!!』

 これまでアバンに対して執拗なまでの拘りを持ちながらも、彼をおとしめる言葉しか言わなかった男が、アバンを認める発言をしているのである。しかも『おまえたち』と複数形なのに注目して欲しい。

 この言葉は、ダイと戦い、ダイと正対している時に言った言葉である。それにも拘わらず、超魔ハドラーはダイだけではなく、この場で直接戦っているわけではないポップの存在も認めた発言をしているのだ。

 超魔ハドラーはアバンを強敵と認め、その後継者であるアバンの弟子達にも同様の真剣さを持って戦うと決意している。
 だからこそ、超魔ハドラーはポップからの言葉に応じない。

 以前のハドラーならば、自分がいかに強いかを言葉の上でも示そうと無駄口を叩き、隙を見せたことだろう。
 だが、超魔ハドラーは戦うべき時には戦いのみに集中する大切さを自覚している。

 奇しくも、以前アバンが『魔法は集中力(コンセントレーション)です』とポップに与えた教訓を、超魔ハドラーは別の形で活用しているかのように見えて、個人的にものすごく好きなシーンだ。

 

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