100 戦力強化2(3) |
5日間の修行の際、ポップはマトリフの所へ教えを請いに行っている。 フレイザード戦でダイに助けを求められた時、マトリフはまず状況を聞き出し、そこから敵の性格を分析しつつ使用魔法を特定、その上で対抗できる作戦を組み立てていた。 今回も全く同様に、敵の性格分析から作戦の主軸を立てている。 プロファイリングの利点は、蓄積したデータと思考パターンを後任に伝授することで誰もが同じ精度の推理能力を獲得できることだ。 マトリフの判断や行動に、以前と変化はない。 フレイザード戦の頃のポップは、マトリフの説明を真摯に聞いているとは言い難かった。自分の目でフレイザードを見た上でマトリフの説明を聞いても、根拠もなく自分の魔法で吹っ飛ばす的な軽口を叩いていた。 つまり、以前のポップは相手の実力を推し量る目も、自分の実力を客観的に自覚することもできない、ただの口先野郎だったのである。 しかし、この時のポップは自分の目で見たヒムの恐ろしさを実感し、マトリフの説明でさらにそれを強く認識した。その上で、今の自分では決して勝てないと判断してマトリフに何か手はないかと尋ねている。 ポップがマトリフに初めて会ったのは冒険31日目であり、この時は68日目……一ヶ月弱しか経っていないのだが、この時点ですでにポップは精神的に大きな成長を果たしている。 マトリフが修行初日で説いたように、勇者一行における魔法使いの役割を実行しつつあるのだ。 ポップのその急成長があったからこそ、マトリフは自分の秘呪文を伝授する気になったのだろう。 マトリフがポップに己の最高奥義ともいう呪文を教えるつもりがあったのなら、これまでも機会は何度もあった。 ポップは直接自分の目で見たわけでもないのに、レオナや三賢者達から聞いた伝聞だけで自力でフィンガー・フレア・ボムズを習得したほどの才能の持ち主だ。 マトリフからそんな呪文の存在を聞く、あるいはその目で見るだけでも、後々自分なりに魔法を構成し、自力習得できた可能性は高い。 だが、マトリフはポップの精神面の甘さを前から指摘していた。 そんなマトリフがポップに最高奥義であるメドローアを見せなかったのは、やはり彼の精神の成長を待っていたからだろう。 なにしろ、メドローアは威力は大きいがその分、溜めにかかる時間も長い。正しい状況判断が出来ないまま使おうとすれば、敵に先手を打たれて終わるだけだ。 最強の魔法を使える者が、最高の魔法使いなのではない。 仲間達との強い信頼関係を築き、敵と自分の力の差を見極め、状況を的確に判断してその場に最もあった魔法を使いこなせる精神力を身につけたからこそ、マトリフはポップにメドローアを伝授しようと考えたに違いない。 この修行はまさに命がけのもので、マトリフはポップに秘呪文の原理と威力を丁寧に教えた後、自分がポップに向けてメドローアを放つから相殺するようにと言いつけた。 練習をする時間さえ与えず、失敗したら即死間違いなしという、超スパルタ方式である。 追い詰められない限り、絶対に努力しないポップの性質を見切っているだけに、マトリフは最小限の教えで最大の効果を与える授業を考えている。 なにしろ、マトリフはこの授業を外で行っている。 もし、本気でポップを追い詰めたいのなら、洞窟の奥でこの修行を行えばいいだけの話だ。ルーラは洞窟内では使えないので、ポップは否が応でもメドローアと向き合うしか無くなる。 うってつけにも、マトリフの洞窟の奥には傷付いたパプニカ兵達を収容したり、ダイとマァムが剣の特訓をする程のスペースがあるので、ちょうどいい場所がなかったわけではない。 マトリフは明らかに、ポップに逃げる余地を与えた上で命がけの修行をさせようとしたのだ。 怯えまくったポップは一度は逃げようとしたが、マトリフが体調を崩しているのにも拘わらず自分のために身体に負担がかかる大呪文を使おうとしているのに気がつき、腹をくくった。 ポップのその覚悟に気づき、マトリフがポップへ礼を呟くシーンが印象的だ。 師も、弟子も、お互いにお互いの身を案じ、お互いを信じたからこそ、秘呪文の伝授に望んでいるのである。 結果、ポップは見事に秘呪文の習得に成功している。
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