101 魔王軍の情勢(22)

 

 ザボエラがハドラーにより、魔牢に幽閉されたのと同じ頃、バーンパレスの王間にて、大魔王バーンはキルバーンと向かい合っていた。

 この時は、面白いことにバーンの側にミストバーンの姿はない。
 バーンの側にはミストバーンが付き添っている描写が多いのだが、ここではバーンはキルバーンと一対一で話をしている。玉座から距離を置き、キルバーンは一応は臣下の礼をとってはいるのだが、注目したいのはバーンの言葉遣いだ。

バーン「キルバーン……おまえに本業を頼みたい……」

 バーンの態度や口調がいかにも王者然としているため見逃しそうになるが、これは命令ではなく、依頼である。ハドラーやミストバーンに対して命じるのとは、明確な差がある。

 つまり、バーンにとってキルバーンは一方的に命令を下せる相手ではないと、この時点で明らかにされているのだ。
 そして、キルバーンも軽い口調ながらもバーンの依頼に対して気が進まない風を装って断りの言葉を口にしている。

キルバーン「……暗殺……ですか?
 でも、アバンの使徒を先に殺っちゃうと、ハドラー君にまた嫌われそうだしなあ……」

 これまでさんざんハドラーを貶し、煽っていたのと同じ口で、ハドラーに嫌われるのが嫌だなどとはお為ごかしにもほどがあると言うものだが、キルバーンのこの返答からも、彼に大魔王バーンに服従する意思がないのが見て取れる。

 ミストバーンのように忠誠心を持っているのでもなく、ハドラーのようにバーンに恐れを抱いているのでもないことが、よく分かる。

 バーンの命令には絶対服従するミストバーンがもしこの場にいたのなら、不快の意志を示しそうな態度だ。だからこそ、バーンがミストバーンを遠ざけ、キルバーンとの一対一の話を望んだのだと推察できる。

 この時、キルバーンは暗殺対象をアバンの使徒と考えていた。
 死神の生業が魔王軍の裏切り者の始末なら、クロコダインやヒュンケルが対象となるはずだが、ハドラーが最も拘るアバンの使徒は勇者ダイなので、ダイの暗殺も念頭に置いていたかもしれない。

 この時、キルバーンはポップに対して二度、暗殺に失敗しているので、彼に対して拘りも持っていたはずだ。

 だが、いずれにせよキルバーンはこの依頼には乗り気ではなかった。
 しかし、バーンが望んだ暗殺対象はバランだった。

 ダイとの死闘の後、バランは魔王軍を離脱し、動きを見せないままだった。だが、ダイとの親子関係である以上、この先どう動くか分からないと、バーンは珍しく警戒を見せている。

 ヒュンケルやクロコダインの離脱には一切興味を見せず、追っ手や暗殺者を差し向けもしなかった男が、バランに対しては本気で警戒しているのがよく分かるシーンだ。

 これは、バランならば自分の敵になり得ると考えているからこそだろう。
 アバンの使徒よりもバランを暗殺対象に選んだ辺り、大魔王が勇者一行など警戒するほどでもないと歯牙にもかけていないのがよく分かる。

 また、たいして気にもとめていないダイ達の打倒をハドラーに任せておきながら、バラン暗殺については何も教えなかった辺り、バーンがハドラーを本当はどう思っていたのかが、読み取れる。

 そして、その思考はキルバーンも同じだ。
 アバンの使徒暗殺はやんわりと断った男が、勝ち目があるかどうか分からない強敵であるバランの暗殺は引き受けている。

 先程も考察したように、キルバーンはバーンに命令を強制される立場ではないので、これはキルバーンの意志と見ていいだろう。

 キルバーンが実は冥竜王ヴェルザーの配下であったことを考えれば、真の主君と戦った男に対しての暗殺命令は絶好の機会だったのだろう。彼はこの後、辺境の洞穴に隠れていたバランを探し当て、暗殺を実行している。

 気配を殺してバランに忍び寄ったところを見ると、キルバーンは文字通りこっそりと『暗殺』をするつもりだったようだ。
 彼の態度には、顔見知りだから手心を加えようとか、戦士としてせめて一対一の決闘をしようなどという騎士道精神は微塵も感じられない。

 バランは突然やってきたキルバーンに対して、警戒は見せているがいきなり戦おうとはしていない。
 それに対し、キルバーンはバーンの真の望みについて語りながら、死神の笛を振り回している。

 この時のキルバーンのおしゃべりは、一見、悪党ならではの『冥土の土産』と見える。よく見積もっても、死神の笛の特殊効果が現れるまでの時間稼ぎをしているように見えるだろう。

 結果的には、死神の笛の特殊効果は竜の騎士には通じず、キルバーンはあっさり返り討ちに遭い、胴を真っ二つにされてしまう。キルバーンを倒したバランは、バーンへの怒りを胸に洞窟を去っている。

 バーンが去った後でキルバーンはピロロの治療により復活しているが、彼は結局は暗殺を失敗した上、バーンの秘密を敵に知らせてしまったという大失態をしてしまったと言える。

 ――が、筆者には、この成り行きはキルバーンの思惑通りと思えてならない。

 この時のキルバーンの行動で一番気になるのが、バーンの思惑を全て暴露している点だ。死神の笛が効果を現すまでの時間稼ぎのためなら、バーンの真意を話す必要などなかった。バランの気をそらすためならば、彼が一番気にしている存在……ダイの話でもすれば済む話だったのだから。

 この時のバランは、まだ冷静さを保っていた。
 バーンが自分に対して嘘をついたことを非難し、バーンの真意を問うという真っ当な異議申し立てをしているだけだ。暗殺者を差し向けられたことよりも、バーンの語った人間を滅ぼす意思についての確認を重視している辺りに、バランの冷静さと迷いが現れている。

 この時、バランには迷いがあったはずだ。
 竜の騎士として、人間の粛正を見届けるのが正しいのか、あるいは一人の父親として、我が子を守るために行動すべきか……どちらに比重をかけるか決めかねていたからこそ、戦いから離れて一人、熟考しようとしていたに違いない。

 バーンはその熟考が後者に傾く可能性を嫌い、暗殺者を差し向けた。
 しかし、バーンの依頼を受けたはずのキルバーンは、むしろバランを後者へと傾けるために行動しているように見える。

 その証拠に、キルバーンはこの戦いで本気を出していない。
 後にアバンとの私闘で見せたような奥の手も出さず、戦いの中で回復の術を使わなかった。

 キルバーンはこの時、依頼通りバランを暗殺できてもよかったし、暗殺に失敗してバランの敵意をバーンに向けてもよかったのだろう。

 なにしろキルバーンはその名の通り、本来はバーンを殺すという任務を背負ったヴェルザーからの使者だ。
 どちらに転んでも、キルバーンにとって損のない話だった。だからこそ、キルバーンはバランとの戦いに対して強い拘りを見せなかったのだと思える。

 バーンと、キルバーンの思惑のわずかなすれ違い……それが、バランの心境に大きく作用し、戦いの流れにまで影響を与えることになる。

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