79 追跡と撤退(2)


 
 さて、前回はキルバーン視点からの解釈だったが、今度は視点をポップに移そう。

 ポップにしてみれば、最悪的な状況だ。
 敵を追跡していたはずが逆に誘い込まれたばかりか、総司令ハドラーが超魔生物となってよりパワーアップしていたことが確定し、ハドラーに破れたダイが生死不明のまま海に投げ出された――状況は、最初よりもずっと悪くなっている。

 ダイの敗北、ダイの生死不明というショックの冷めやらぬうちに、キルバーンがポップを挑発し、戦いへ誘いこもうとしたのは前項で解説した通りだ。
 キルバーンのこの挑発は、的確だった。

 鬼岩城戦直後にポップに狙いを絞って挑発し、追いかけさせるのに成功しただけあって、キルバーンはなかなかの人心掌握術の持ち主だ。
 感情的になりやすいポップの性格上から言っても、ポップが心から尊敬するアバンの最期から言っても、ここで彼が命がけでキルバーンに戦いを挑む可能性は高かった。

 事実、ポップは最初はそうしようとしている。
 残りの魔法力が少なかったとしても、ポップには自己犠牲呪文(メガンテ)がある。一矢報いて死ぬつもりなら、もってこいの呪文だ。

 だが、ポップはキルバーンの『ダイの弔い合戦』と言う言葉をきっかけに、意識を切り替えている。

 ポップが行った意識改革は、優先順位の改善だ。
 ダイが自分を助けに来てくれたことを思いだしたポップは、ここで自分が死亡した場合、ダイの戦いの意味がなくなると考えた。

 そして、見逃せないのはポップがダイが死んだとは、全く考えていない点だ。

『(中略)おれがカッとなって戦ってやられちまったら……誰がダイを助けるんだ!!』 

 状況的に、ダイが死んだと思ってもおかしくない状況なのだが、ポップはダイの生存を信じ、疑ってすらいない。ついでにいうのなら、戦ったら自分が負けると判断している辺りも冷静な判断力があるようだ。

 ダイと一緒に逃げられなくなった今、ポップはダイを助けることを優先順位の最上位に置き換えた。
 それと同時に、ポップはそれを実行するための方法を頭の中で模索している。

 こんな状況で、ポップがこれまでに行動の手本としていたのはアバンだ。
 アバンの思考や主義を最善と考え、彼ならどう行動するだろうと考えることによって、それを真似る形で最善手を選ぶのがポップのやり方だった。

 だが、この時、ポップはアバンを手本にするのではなく、マトリフを手本にしている。
 ここに、ポップの思考の柔軟さと成長力が現れている。

 通常、人は一度思考パターンを固定させてしまうと、それ以外の思考を受け入れる事が難しくなる。
 宗教などは、その最たる例だ。

 親や周囲から教えられた信仰心は、成長後に別の宗教を知ったからといって、そうそう鞍替えすることはできない。良くも悪くも、人間は最初に受け入れた主義に拘りを持ち続けるものだ。

 これは、宗教ではなく国でもそうだ。
 古来より数多くの国が存在し、その大半以上が一部の特権階級のみが富を得る社会を築き上げていた。歴史を振り返って見るのなら、その歪さや問題は簡単に見透かせるが、当事者として生きている者がそれに気がつく事は難しい。

 だからこそ、国の成り立ちを疑い、ひっくり返すのは革命が必要だったのだ。
 だが、革命の必要性に気づき、それを実行できる人間はそう多くはない。
 大げさに言うのなら、ポップはこの時、脳内で革命を起こしたのである。

 しかし、ポップが手本を変更したのは、ポップのアバンに対する敬慕の念が変わったからではない。マトリフの思考の方が、より仲間を救うのに適していると判断したからだ。

 もともと、ポップは今まで得た情報を全て見比べ、その中から最適だと思うものを素早く選び取る思考力を持っていた。ザムザ戦の時に、敵だったはずのフレイザードの必殺技を使用したことからも、ポップの拘りのない柔軟さが現れている。

 そして、ポップは柔軟性だけでなく、極めて高い成長力を持っている。 
 ポップはこれまで、自分の感情に従って行動を選択してきた。

 ポップは『正しいことのために戦いたい気持ち』と『やっぱり怖いから逃げたい気持ち』の葛藤を常に持ち、戦いの中で前者の選択を重視していた。

 初期はよく逃げ出していたが、それでもポップの中で前者が正しいと思う気持ちは揺るがなかったし、だからこそ逃げ出した自分の行動を恥じたり、悩んだりもしたのだ。

 通常、このような過去を持った人間は、逃げることを極端に嫌うようになるのが普通だ。

 嫌だと思うことに立ち向かい、それを克服した自分に自信を持つからこそ、以前と同じ行動をとらなくなる。もし、同じ行動をとったとすれば、それは自分が獲得した自信や誇りを投げ捨てるも同然の行為だからだ。

 これは、ヒュンケルが頑ななまでに、アバンへの復讐心を捨てたくなかった心理と同じだ。自分が必死になって手に入れたものを、拘りなく捨てられる者はそう多くはいないだろう。

 だが、ポップはこの時、拘りを捨てた。
 この場では、逃げて仲間にこのことを知らせるのが一番いいと、冷静に判断し、逃げ出すことを決意したのだ。

 逃げたくないと思っているのに、逃げることを選択する――二度とダイを見捨てたりしないと公言したポップにとっては、この決断には相当の勇気が必要だったはずだ。

 逃走と撤退は、似ているようで大きく違う。
 歴史上で戦上手と呼ばれた将軍や参謀は数多いが、撤退を見事にやってのける者はそう多くはない。引き際を間違えず、兵を早めに撤退させる戦いは、戦術としては評価されにくいものだが、自軍の消耗を最小限に抑えることができる。

 この時、ポップは初めて戦術的撤退を選択した。
 これまで、感情任せに戦いに挑んでいたポップが、自分の思いと正反対の選択を選んだ意味は大きい。個人的にはこの時こそが、ポップの参謀気質の開花だと考えている。

 

 

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