80 追跡と撤退(3)


 
 撤退を決めたポップは、飛翔呪文を使ってできる限り早くみんなのいる場所へ帰ろうとしている。

 ここで面白いのが、ポップが水面ギリギリで低空飛行をしている点だ。時として水しぶきが立つほど、低い場所を飛んでいるのである。

 ダイと一緒に逃げようとした時は高い位置へと飛んだが、それは瞬間移動呪文のためだったのだろう。邪魔が入らない上空の方が安全と踏んだのだ。
 だが、キルバーンから逃げるため、ポップはわざわざ低空飛行を選択している。

 低空飛行は、危険が大きい。鳥でも飛行機でもそうだが、障害物にぶつかる可能性を減らすためにも、低空飛行は極力避けるのが鉄則だ。
 しかし、ポップはその危険を冒してでも、キルバーンを撒くことに専念したようだ。

 死の大地の海には、氷山が無数に浮かんでいる。遮蔽物に紛れ込めば、キルバーンがポップを見逃す可能性はゼロではない。水しぶきを上げたのも、相手の視界を少しでもごまかそうとする工夫ではないかと思うのは、過大評価というものだろうか。

 真相は定かではないが、ポップが魔法力だけでなく精神力もフルに使って撤退に徹しているのは確かである。

 死の大地に来る時には、堂々とキルバーンの後を追ってきたのに、この短い時間でポップは成長している。
 敵が自分以上に飛行能力が高いと認めたからこそ、単純に飛行力で勝負するのでなく、小細工を使ってでも生き延びようとしているのだ。

 だが、それでも互いの地力の差ばかりは如何ともしがたい。
 必死になって飛ぶポップに対して、キルバーンの飛行にはかなりの余裕が感じられる。少し上空から見下ろす位置から追っているところを見ると、ポップの低空飛行作戦は完全に読まれているようだ。

 ポップの動きに冷静に対応し、邪魔の入らないところで彼の首を斬ろうとしている。

 しかし、その時、凄まじい息吹がポップとキルバーンを引き離している。と言うより、正確に言えばポップはその息に吹き飛ばされたような感じだが、キルバーンはいち早く危険を察知し、後ろに飛び退いた風に見える。

 ここで登場するのが、ガルーダで飛んできたクロコダインだ。
 キルバーン的にはこの攻撃は不意打ちだったし、ここでクロコダインが登場してくるのも予想していたとは思えないのだが、ずいぶんと落ち着いている。

 魔王軍の大半の幹部が、驚いた時には感情を隠せないことを考えると、キルバーンの冷静さ、臨機応変さは高く評価するべきだろう。

 クロコダイン自身も息系の攻撃は出来るはずだが、この時はガルーダがくちばしから煙らしきものを吐いているので、ガルーダの手柄だろう。

 DQシリーズではガルーダの攻撃はベギラマ、もしくは鷲づかみだが、この場合はベギラマだと思って良さそうだ。だが、この時、キルバーンは全くダメージを受けた様子はない。

 ただ、クロコダインを前にしたことでやや警戒している様子だ。
 パワーで押してくるタイプのクロコダインと、暗器使いのキルバーンでは相性が悪いので、無理もないが。しかも、この時、キルバーンご自慢の死神の笛は催眠効果を失っている。

 さらにいうなら、クロコダインは無言のまま拳を強く握りしめている。明らかに、攻撃の前兆となる行動だ。
 それだけに、キルバーンは相手の出方を窺った。

 しかし、一瞬でも後手に回ったことがキルバーンにはマイナスに働いている。

 クロコダインは無言のまま、真下の海面に向かって闘気技を発動させた。威力から見て、獣王会心撃だろう。この一撃はまるで爆弾のように多量の海水を巻き上げ、霧状となって周囲の視界を奪った。

 その隙を突いて、クロコダインはポップを連れてサッと隠れるのに成功している。
 クロコダインのこの行動に、キルバーンは彼の登場シーン以上に驚いている。

『……まさか、あの勇猛で名高い獣王クロコダインが、いきなり逃げをうつとは……』

 この台詞から、キルバーンがクロコダインの情報についても詳細に知っていることが窺える。彼は常に、十分な情報を得てから動くタイプなのだ。

 その証拠に、対象がデータと違う行動を取る時は一歩対応が遅れる。ポップが逃げを選んだ時もそうだったし、今回のクロコダインの逃走についてもそうだ。

 キルバーンは、典型的なデジタル思考タイプと言えそうだ。
 合理的判断を良しとする彼は『万が一の可能性』に期待して行動しようとは全く思っていない。

 クロコダインごとポップを見失った途端、キルバーンはあっさりと追跡を取りやめている。

 確かに無数に近い氷山という障害物がある以上、一つずつ探しても見つけられる可能性はごく低い。しかし、どうしても相手を見つけたいと思っているのなら、がむしゃらに探すしかないのだが、キルバーンにはそれほどの熱意はない。

 また、感情的になった途端、後先考えず周囲に無差別攻撃をしでかそうとしたミストバーンとは対照的な反応である。キルバーンは効率的、かつ確実に勝てるところにしか力を注ぎたくないのである。
 彼は損得の天秤を、非常にしっかりと持ったキャラクターだ。

 口先ではバーン様に怒られると言ってはいるものの、これは本気とは遠そうだ。

 バーンの粛正に怯え、死に物狂いになっていたハドラーの必死さなど、キルバーンには微塵も感じられない。ハドラーやザボエラのように罰も恐れていないし、ミストバーンのようにバーンの信頼を損なうことにも怯えていない。

 むしろ、ポップに二度も逃げられた事を気にしている辺り、個人的感情やプライドを優先する余裕がある。

『一度狙った獲物を二度も逃がすなんて、生まれて初めてだ……。ちょっと許しがたいね、あのボウヤは……』

 と、ここでもキルバーンの合理的思考は揺るがない。
 ポップが二度もキルバーンの魔手から逃れたのは本人の力ではなく、ダイやクロコダインの力があったからこそなのだが、キルバーンは邪魔した相手に恨みを向けたりはしない。

 根本原因であるポップに、恨みを向けている。
 結果的にはその方が、ポップを助けたいと望んだダイやクロコダインへの意趣返しにも繋がるのだから、実に効果的な恨みのぶつけ方だ。

 

 

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