89 人間達の情勢(11) |
ダイが鬼岩城を倒した後、世界会議は一旦休憩を挟んでいる。 話し合いに限らないが、途中休憩を挟むことで気分を変え、自分なりに意見を見直すことができるからだ。特に、今回のように敵対的な雰囲気が強まり、話の流れを巧く作れないような時には気分転換も重要だろう。 その休憩時間中に、レオナは傷ついた兵士達の慰問を行っている。同じ場所には勇者一行も集められていたので主目的は彼らに会うことだとは思うが、それだけが目的ならば勇者一行に別室を用意すればすむことだ。 だが、臨時の衛生室と思える部屋にベンガーナのアキーム将軍もいたことを思えば、国籍や実績を問わずに傷病兵達は全て同じ扱いをした、と考えてよさそうだ。 勇者だけではなく、一兵士も同じように魔王軍と戦う一員と見なし、平等に扱う――レオナの基本的な思想が垣間見えるようだ。 そのせいでダイの生存不明やポップの失敗が周囲にも知られてしまうなどのマイナス要素も発生しているが、レオナはどうやら公正さに加えて透明性も重視しているのだろう。 情報を秘匿することなく、他国の将軍の目の前で堂々と披露している。また、これからの方針についてのヒュンケルの意見も、隠そうとはしていない。 レオナに対して、ヒュンケルは『敵本拠地への進軍』を提言している。 なぜなら、これまでの人間達の戦いは全て『防衛戦』だったからだ。勇者一行を除けば、攻めてくる魔王軍に対して人間達は抗戦が精一杯で、ひどい時はそれすらろくに出来てはいない。 パプニカ王国では城を落とされて王女であるレオナのみが辛うじて逃げた状態だったし、オーザム、リンガイア、カール王国など北に近い国ほど壊滅的な被害を受けている。 比較的余裕のあるベンガーナ王国では武装を固めてはいるようだが、積極的に戦おうとはしていない。ロモス王国でも武術大会を開いて対魔王軍用の人材を集めているが、それでも自分達から戦いを仕掛けようとする雰囲気ではない。 勇猛果敢さで他国に知られたレオナでさえ、これまでの行動は『応戦』であり、自分達から戦いを仕掛けてはいない。 だいたい、世界会議を開くと同時に鬼岩城が襲ってきたことを思えば、戦力だけでなく情報戦でも圧倒的な差があるのが明白だ。その上、勇者の生死すら不明だというのに、ヒュンケルは当たり前のように戦いを選択している。 しかも、ヒュンケルは敵の本拠地へ攻め入るべきだと発言している。大魔王バーンという敵の大将を倒すことを、強く意識している。 この考えは、間違ってはいない。 怪物達をいくら倒したとしても、死霊系怪物のようにまた復活してくるものもいるから手に負えない。また、ゲーム中や作品中では明記されていないが、現実での虫や動物達の繁殖率を考えれば、怪物達の繁殖速度はかなり高そうだ。 守りに徹して物量戦で押し切られるより、先手を打って戦いを挑んだ方が勝率が高いと考えたのだろう。 ヒュンケルのこの意見を聞いた時、レオナは明らかに驚いている。戦いを推し進めようとしたパプニカ王女でさえ、この状況で敵の大ボスに挑むのは意外だったようだ。 しかし、レオナのすごい点は、決断力の高さだ。 世界の王達を前に死の大地の場所を指し示し、ダイ達の活躍により敵勢力が以前に比べて半減していること、敵が移動要塞・鬼岩城という切り札を失ったことを理論的に説明し、死の大地へ乗り込んで大魔王バーンと戦う意思を表明している。 落ち着き払ったその態度からは、とてもついさっきこの意見を聞いたばかりとも思えない。 ついでに言うのならば、この意見はヒュンケル個人の考えであり、ダイやその他のみんなの意見は反映されていないのだが、あたかもアバンの使徒全員の総意であるかのように発言している。 優れた為政者は少なからず演出の才能にも恵まれていると言うが、レオナもまたなかなかの役者のようだ。内心は不安もあるだろうが、それを見事なまでに押し殺して希望を掲げ、魔王軍の実力を目の当たりにして意気消沈している王達を戦いへ導こうとしている。 ただ、レオナは決して盲目的に勝利を信じているわけではない。 『いきなり全員を倒そうとは思いません(中略)敵の全貌を完全に暴くのが第一だと思うのです』 敵を知り己を知る者は百戦危うからず――この諺通り、レオナはまずは敵を知ることが大切だと考えているようだ。これでは、実はヒュンケルと意見を違えているのだが、まあ、そこは問題にならないだろう。 現場の人間の意見を取り入れ、彼らの意思を尊重しつつも高い視点から有益、かつ損失のない方向性を見極めるのが指導者のあり方だ。レオナのこの意見からは、大胆なようでいて慎重な性格が見受けられる。 レオナは理想論を前面に出して人心を集めるタイプの為政者だが、それだけではない強かさも秘めていると思えるシーンだ。 そんなレオナに対して、真っ先に賛同の声を上げたのがロモス王だ。 まあ、そのせいでザムザにまんまと騙されるという失態もおかしたが、この長所はこの場では大いにいい方向に働いた。 一人、静かなのはベンガーナ王だったが、彼は反対ではなく、むしろ勇者という存在に圧倒されていただけだった。 世界会議の前半までは、あれほどベンガーナ軍隊を主戦力にすることに拘っていたのが嘘のように、勇者の力を素直に認め、まるで少年のように勇者への憧れを口にしている。 少なくとも、彼に比べればレオナの方が遙かに心を隠すのが巧い。 ダイと一緒にいたいと思う気持ちを投げ捨ててまで、自分に出来るなにかをやり遂げようとしたレオナの思いは、ここで大まかな勝利を収めたと言える。
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