96 頼りない救助隊

 結果的にダイを無事救出できたとはいえ、実はこの救出劇でもポップ達は大きなミスをいくつか犯している。

 まず、問題なのは仲間との連携の悪さだ。
 しびれが抜けきっていないチウの動きを、ポップは全く考慮していない。ダイの無事を知った途端、チウのことなど全く構わずに飛び出している。

 クロコダインは一応、チウにその場にいるにと言っているが、これは『命令』ではなく『要請』に過ぎない。チウは後にクロコダインの言うことを聞かずに、自分の判断で動いてしまっているのだが、正直、これはよろしくない。

 現代の軍隊、レスキューなどの危険が予測される職業では、上司の命令は絶対だ。
 特に新入りほど、命令遵守が求められる。

 これは、現場に不慣れな新入りが取る突飛な行動から起こるイレギュラーを避けるためだ。いくら訓練を受けたとしても、実践経験のない新入りは往々にして足手まといなものだ。

 待機に徹して、一切手を出さずにじっとしている方が役に立つことすらある。

 が、チウには言われたからじっと待つ、なんて殊勝さは欠片もない。身体のしびれが抜けた途端、氷の欠片につかまってダイを救うために動いている。それも、ダイの冠をきちんと持って移動するというちゃっかりさ加減だ。

 彼が泳げないことを考えれば見上げた勇気ではあるのだが……はっきりいって、これは勇気と言うよりは無謀である。一歩間違えれば二次遭難を増やしかねない危険行為だった。

 まあ、幸運に恵まれているのか、チウはダイ達の仲間とみなされなかったらしく、妖魔士団の攻撃を受けることなく、ダイのいる氷山まで辿り着くことが出来たが。

 ポップは得意の火炎系呪文で氷山を溶かし、ダイの場所を探していた。ダイの居場所を探すことを優先して手加減して魔法を使っていたのは明白なのだが、遅れて辿り着いたチウは完全に誤解していたようだ。

 チウは見た時はすでに氷が溶かされ、ダイの姿が視認できる段階だったのだが、それを『ポップがここまで氷を溶かし、救出目前』と判断するのではなく、『要救助者を目の前にしながら、手をこまねいてグズグズしている』と判断してしまった。

 話も聞かずに、自分でダイを助け出そうといきなり窮鼠包包拳をぶっぱなし、ポップも巻き込んで手ひどく氷山にぶつかっている。

 薄くなっていた氷を割ることには成功したものの、無駄にダメージを受けたポップが怒るのも無理はないだろう。
 とは言え、ダイの無事に喜ぶあまりその怒りも霧散したようだが。

 ポップはダイに呼びかけ、まずは意識を確認している。ダイに意識がアルのを確認すると、肩を貸しながら起き上がらせて背負い、すぐにその場を脱出しようとした。

 もし、ここに駆けつけたのがレオナやマァムなら、まずはダイの体力の回復を優先したかもしれないが、魔法使いのポップには回復呪文は使えない。それならそれで、ヒュンケルのように薬草の一つでも持ってくれば……と思ってしまうのだが。

 ついでに言うのなら、チウもまた、薬草に関しては何も言っていない。
 彼は実は、普段から細かいアイテムをアレコレ持っているのだが、この時のチウは勇者を助けたことを褒めて欲しいと思う気持ちでいっぱいで、ダイの手当てをしようという発想すらない。

 ポップにダイの剣を持つようにと言われたせいもあり、その重さに気が散ったせいもあるだろう。……一度に、一つのことしか考えられないタイプのようだ(笑)

 だが、氷山から外に出た途端、ポップ達はザボエラに遭遇してしまった。
 これはクロコダインのミスでもあるが、ポップの判断ミスでもある。
 クロコダインに全幅の信頼を置き、戦いを任せたからこそポップは外に出る際に全く警戒を見せなかった。

 しかし、これは大きなミスだ。
 実際の戦争時でも、塹壕から外に出る際には細心の注意が必須だった。外に出る瞬間に狙い撃ちされる危険性を常に念頭に置くのは、古今東西の戦いでは定石だ。

 ここで一番有効な作戦は、ダイを背負うだけでなくチウにも触れてもらい、瞬間移動呪文で一気に敵陣を突破することだった。

 どうせチウの攻撃のせいで氷山に大穴が空いたのだから、その隙間から一気にパプニカまで飛ぶこともポップには出来たはずだ。出発時に邪魔される可能性も減らせるし、ダイを一刻も早く安全圏へ運ぶこともできる。

 瞬間移動呪文の軌跡は目立つので、ポップ達が脱出したことはクロコダインにも容易に伝わる。彼を置き去りにすることにはなるが、クロコダインは単騎でも戦える優秀な戦士だ。

 ガルーダという移動手段もある彼ならば、殿(しんがり)を務めつつ脱することも難しくはないだろう。

 だが、ポップは脱出の初手でまず、間違えた。
 次の間違いは、背後にいるチウを気にして、逃げようとしなかったことだ。

 嫌な言い方になるが、チウを見捨てて瞬間移動呪文を使えばダイとポップは安全を確保できる。チウは助からないが、チウの持っているダイの剣ならばザボエラの呪文にも耐えるだろうから、後で武器だけ取り返すことも可能だっただろう。

 しかし、ポップはチウが焼け死ぬのを恐れ、その場にとどまっている。たまたま、ヒムが助けに入ったことで結果的に命拾いしているが、これは明らかな判断ミスだ。

 救助隊としてはミスが目立つポップだが、感心すべき点もある。
 初めて会う敵を前にして、ポップは相手の情報収集や分析を熱心に行っている。ヒムの魔法に対する強度や、ザボエラとの関係性だけでなく、兵士(ポーン)と名乗ったことからチェスを連想し、その強さや彼らが複数であるという事実にまで思いを馳せている。

 考えることに夢中になりすぎているポップに、帰ろうと声をかけたのがダイだったことは興味深い。

 分析力や洞察力ではポップの方が上だが、ダイは瞬間的な判断力に優れている。戦いの場で次に何をすべきか、最適解を瞬時に出せるのがダイの強みであり、ダイ一行の方向性を決める指針にもなっている。

 ダイが帰ろうと言い出したのをきっかけに、ポップ達が明るさを取り戻したのにも注目したい。

 自分のミスからダイを失ったと考えていた時のポップの落ち込みぶりを思えば、別人のような明るさだ。
 ダイの無事を知って、ポップは多少のミスなど笑い飛ばせる明るさと、どんな状況からでもやり直せるしぶとさを取り戻しているのである。




《おまけ・IFな覚醒シーン》

 原作ではヒムが救った形になったが、もし、あそこにヒムが来なかったらどうなっていたか――これは、連載時から密かに考えていた『もしもの話』だ。
 全員そろって黒焦げ、ではあまりにも味気ないので、もちろん助かる方向性で考えたいものである。

 まず、一番、可能性が高そうなのがダイが復活して竜闘気でマホプラウスの炎を跳ね返すパターン。瀕死のダイにまたまた無茶をさせることになるが、これがもっとも確実そうだ。

 まあ、個人的にはポップに頑張って欲しいとは思っている。
 火炎呪文はポップが最も得意とするジャンルだし、最後の戦いでカイザーフェニックスを容易く引き裂いてみせたポップなら、炎の勢いを反らして無効化させることもできたのではないか、と期待してしまう。

 後、当時考えたのが、氷山にベタンを賭けて海に沈め、業火を一時的に凌ぐと言う方法。……まあ、地面の上にいないと発動しない重圧呪文が氷の上で発動するだろうか、という根本的な問題があるのだが(笑)
 


 

 

97に進む
 ☆95に戻る
九章目次4に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system