97 人間達の情勢(12)

 ダイが救助され、パプニカに帰還したのは物語上では64日目に当たる。その後、ダイとヒュンケルは休養に三日間を充てている。

 つまり64〜67日目までの間、ダイ一行に動きはない。ダイやヒュンケルほどではないが、ポップやクロコダイン、マァムもそれなりのダメージを負っていたことだし、彼らにも休養が必要だったのだろう。

 その間、ダイとヒュンケルがパプニカの客間(病室)で休養しており、主にエイミが看病に当たっていた。
 戦いの合間に、珍しく平和な休養を味わっていたダイ一行だが、ここで忙しかったのはレオナである。

 なんと、レオナは64日目からずっと世界会議を行っていたのである。
 正確に言えば、68日目にアポロが世界会議の決定をダイ達に告げているので、実際には64〜67日までの3日間に亘って世界会議を行い、68日目から各王達が行動を開始したのではないかと思われる。

 現実世界の世界会議も3日間の日程で行われることが多いので、妥当な日付だろう。

 『89 人間達の情勢(11)』で語った通り、ダイの実力を目の当たりにした各国の王達はそれまでの意識を一変させ、勇者一行を後押しする方向性で世界を守ろうとしている。
 しかも、その会議の方針はヒュンケルの意見を基礎としている。

 これは、驚くべき方針転換だ。
 なぜなら、世界会議の主催者であるレオナがこの方針を打ち立てたのは、鬼岩城戦後のヒュンケルと話した後だからだ。

 レオナがどのような思惑を持って世界会議を開いたのは明らかにされていないし、あるいは最初から同様の方針だったという可能性もあるが、いずれにせよ、彼女は自分の戦略よりもヒュンケルの戦略を選んだのである。

 彼らが行うのは防衛戦ではなく、一点突破で敵将を撃破するための短期決戦だ。

 王達がこんな極端な決断を出来たのは、実はミストバーンのおかげという部分が大きい。

 鬼岩城という桁外れの移動要塞を目撃したことで、誰もが防衛も避難も無意味だと悟ってしまった。人間達の最新鋭の軍備でも魔王軍には太刀打ちできないと実感しただけに、その絶望感は大きかっただろう。

 さらにミストバーンの宣告により、和解交渉の可能性すら断ち消えた。
 魔王軍とは交戦も交渉もできないと悟ったからこそ、王達は唯一、魔王軍と戦う力を持つ勇者一行への貢献により、世界を救おうと考えざるを得なかった。

 敵がここまで極端な行動を取らなければ、各国の王達がもっと日和見な行動をとっていた可能性もあったかもしれない。

 そもそも会議に参加する者は、最初から自分や自分の属する集団の意見をまとめ、それを主張するために用意をしておくものだ。現実世界でもそうだが、会議の前にプレゼンやら資料のまとめなど、会議のための前提作業は欠かせない。

 しかし、ミストバーンの行動により、それらの前提は全てひっくり返された。
 各国の王達は自国内で想定していた思惑をリセットされ、一から今後の方針を考えねばならない立場に陥ったのである。

 ここで注目したいのは、レオナの活躍だ。
 通常、いかに重要な会議であったとしても、途中で事故が起これば会議を中断するのが普通だ。だが、この世界会議は途中休憩は挟んだものの、その後、すぐに再開されている。

 ここで時間を与えれば、彼らはそれぞれ自国へ帰り、重臣達と相談することで新たな方針を打ち立てることになる。
 が、レオナはその時間を与えなかった。

 各王達の思惑がゼロになったのをいいことに、自分の意見があたかも勇者一行の総意であるかのように伝え、見事に会議を自分の思惑に従うように誘導している。

 わずか14歳の少女とも思えない、驚くべき人心掌握術だ。
 世界会議の決議は、主に以下の三つである。

1 勇者一行の拠点は、カール王国跡地に置く。

2 死の大地に乗り込むために、拠点とは別に造船基地を作り、そこで船を用意する。

3 勇者一行を初めとする戦士達は、遅くとも5日後の73日目には現地集合する。

 戦いまでの期間の短さもそうだが、この作戦で異例なのはこの場にいるどの王の領土も拠点としていない点だ。
 カール王国が拠点と選ばれたのは、死の大地に近いという利便性もあるだろうが、国として滅んでいて利用しやすかったという理由も大きそうだ。

 意見がまとまったことで、各国の王達はそれぞれの得意分野を活かして貢献している。
 ここで面白いのが、それぞれの国の貢献度に偏りが見られる点だ。

パプニカ王国 勇者一行の看病、および現地への移送。

ロモス王国 ロモス武術大会を元にした戦士団結成、および現地への移送。

リンガイア王国 リンガイア騎士団生存兵の再結集、および現地への移送。

テラン王国 大魔王に関する伝説の検証、および占い師メルルの派遣。

ベンガーナ王国 ベンガーナ戦車隊再結成、基地の建設や資材の調達、および大型船への全面出費。

 一目瞭然だが、テラン王国の貢献は非常に軽い。人口が50人の国では派兵すら不可能とは言え、実質的に派遣するのが15歳の少女一人とは……。しかも、メルルに関して言えば、単に個人的意志で参加しているにすぎず、テラン王国の貢献とは言い難いのである。

 そして、ベンガーナ王国の経済負担が明らかに重い。
 ここで上げる大型船とは、拠点から死の大地へダイを初めとする戦士達を移送するための船であり、ベンガーナ王国の全面出費でカール王国のサババ港で制作されたと記載されていたが、いくら武装のない帆船であったとしても、5日程度で完成できるような規模の船ではない。

 9割型完成した船をそのまま寄贈し、多少の戦いにも耐えうるように短期間で改造を施した、と言ったところだろうか。いずれにせよ、ベンガーナ王国の負担は大きい。

 また、カール王国にあった壊れかけた拠点を再利用しているとは言え、戦闘員だけで30名前後、メルルやエイミのような非戦闘員もいることを考えれば、彼らの生活必需品や食料を備蓄し、壊れた拠点を寝泊まりできるレベルにまで修復するだけでも大作業である。

 しかもベンガーナ王国は金銭的援助のみならず、人材も派遣している。
 世界中から勇者を集い、魔王軍と戦うという御旗を掲げたことで、王達の力は強まったと言える。その中でも、最も金銭的貢献の大きいベンガーナ王の力が強まるのは、想像に難くない。

 世界会議に当たって、ベンガーナ王は武力に置いて他国に優位に立ち、自国の有利を図ろうとした。残念ながら軍備に置いてベンガーナ王国では、魔王軍とはまともに戦えなかったものの、ベンガーナ王はそれで心が折れることはなかった。

 軍備でだめなら経済力で、と言わんばかりの大盤振る舞いを見せている。自国が世界のために先頭に立つことで、優位に立ちたいと考える思考があるからこそ、国によって不平等な負担に異議を唱えることなく、積極的に勇者一行へ貢献しているのだと思える。

 ダイの強さを認め、レオナの意向に賛同したとしても、自分こそが世界を救いたいと思ったベンガーナ王の根は、変わっていないのだろう。


 

  


《おまけ・仕事か、恋愛か》

 世界会議の考察がメインのため省いたが、この時期はエイミの乙女心がはっきりと分かるシーンでもある。

 町に買い物に出かけたエイミが薔薇を見つけて頬を染め、ヒュンケルのためにと買い、花束を抱えて嬉しそうに病室に駆け込むシーンは、見ていて実に初々しくもいじらしい。

 ――が、仮にもパプニカ王国重臣としてはいかがなものか。
 同じ三賢者であるアポロやマリンは世界会議の決議を承知しており、なおかつそれをダイ達に伝えるという任務を果たしている。

 通常なら、そのような伝達事項は看護している者が行うことだが、エイミはダイとヒュンケルが出立した事すら知らされず、空になった病室を見てショックを受けている。

 ……どうやら、彼女は仕事場で「報連相」から除外されているらしい。あるいは、恋愛に浮かれるあまり仕事が後回しになってしまっているのか。

 本来なら、気球船を操るエイミは連絡事項や運搬のために忙しくなっていてもおかしくないのだが、敢えてその任務を与えず、ヒュンケル(と、おまけにダイ)の看病に当たらせていた辺りに、恋愛重視主義のレオナの思惑か――と思ったが、レオナがエイミの恋心について明言したのは、死の大地へ行った後のことだ。
 となれば、この時点でエイミの恋愛について気を回せるのは、彼女の思いを知っているマリンの可能性が高い。
 姉にあたるマリンにとって、エイミはやはり妹であり、仕事面においても恋愛面においても、手助けしてあげたくなる存在なのだろう。

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