08 ダイ一行VS親衛騎団戦(3)

 

 船が大破し、爆風の中でダイはノヴァを庇いながら、悔しそうに呟いている。

ダイ「くっ、くそっ!! よくもみんなの船を!!」

 珍しく悪態をついていることからも、ダイが腹を立てていることが分かる。 これは、以前から何度か見受けられたダイの怒りのポイントだ。

 ポップのわがままさや、見捨てられて逃走されたとか、直前で言えばノヴァに攻撃的な態度を取られたなどでは、全く気にしなかったダイだが、おおらかな彼が怒るポイントは『仲間』に対する攻撃だ。

 この時も、ダイはみんなの船が壊されたことに怒りを感じている。
 それによって自分が被る不利益やこの先の作戦への影響などより、仲間の大切な物を壊されたという自体に怒りを感じ、感情を動かしているのだ。

 ただ、この感情はそれほど強いものではない。
 怒りが振り切れて、即座に戦闘に移行する程のものではない。それ以上に、この場ではダメージを受けたノヴァを庇うことを優先している。そのせいで、ダイは即座には行動しなかった。

 この時、行動に出たのはポップだ。
 ポップは冷静にこの場の状況を分析し、『逆にチャンスだ』と判断している。

 爆煙に包まれている今こそが、新たに習得した極大消滅魔法を放つ好機と考えたのだ。確かに親衛騎団は固まった状態で動きを止めており、勇者の動向を観察している。

 彼らの注目点は勇者であり、ポップはそれに含まれてはいない。
 皮肉なことにダイが動きを止めていることがこのチャンスを生み出しているのだが、ポップはそれを逆にチャンスと考えた。

ポップ「おれたちの船をぶっ壊してくれたお礼をしてやる! 奇襲には奇襲だ
ッ!」

 ここで親衛騎団の行動を奇襲ととらえる辺り、ポップの思考がすでにパーティーバトル用のそれになっていると推察できる。

 ポップ個人の立場から言えば、親衛騎団との戦いは奇襲とは言えない。むしろ、敵襲に自分から応じた立場だ。

 が、人間軍全体の立場から言えば、親衛騎団の襲撃は明らかな奇襲だった。それに応じる立場で答えているポップは、自分や自分達だけでなく、集団全体へ意識を向けるようになっていると言える。

 ポップはここで、様子見をするよりもさっさと敵を倒した方がいいと考えた。

 親衛騎団がダイ達の様子見を重視したのとは反対に、ポップが彼らがハドラーの手下に過ぎないと知っている。むしろ、彼らを排除した後の方が重要だと思い、不意打ちに等しい方法で切り札を切る決断を下した。

 これは、勇気ある決断だ。
 切り札とは、伏せておくことに最大の意味がある。

 いざという時の切り札があるからこそ、人は大胆になることができる。切り札を残しておくのはごく自然な発想で、むしろ、切り札を遣い損ねるパターンの方が多いぐらいだ。

 しかし、ポップは状況から切り札の遣いどころを判断している。
 初手から切り札をためらいなく使う思い切りと言い、敵が本気になる前に動くことを選んだ判断力といい、ポップの戦術的思考力は明らかに高くなっているようだ。

 だが、この奇襲は挑戦前に失敗している。
 意識を取り戻したノヴァが起き上がり、氷系最大魔法(マヒャド)を先んじて放った。

 極大消滅呪文は威力は強いが、溜めの時間がかかってしまう弱点があるから生じた隙だが、これには少しばかりダイの責任もある。

 ほぼ気絶状態ノヴァを抱きかかえていたダイは、ポップの生み出した魔法に驚き、そっちに完全に目を奪われていた。途中からはノヴァを地面に寝かせ、完全にポップの方に注目してしまっている。

 回復魔法を使えず、薬草も常備していないダイには治療手段がないので手当てできないのはしょうがないが、ノヴァを抱きかかえたままなら魔法を使おうとした際にとっさに止めることはできただろう。

 ノヴァが勝手な行動を取るという認識を持っていたにも拘わらず、それをとっさに防いだり、止める、という発想がダイにはないようだ。

 まあ、突発的な危ない行動を取る者を制する、という思考は、小さな子供を育てる親や、未熟な部下を育てる上司など、保護者的立場の発想なので、そんな立場に立った経験の無いダイにないのも無理はないが。

 そして、ポップもノヴァへの指示をださかったところを見ると、保護者意識はごくごく薄い。ヒュンケルやマァムが怪我人や非戦闘員を自然に庇ったり、下がらせようとするのとは違って、ダイやポップは良くも悪くも子供気質が抜けていない様子だ。

 ポップは連中には並の魔法は聞かないから止めろと叫んではいるが、ノヴァはそれを聞かなかった。
 魔法が効かなくても、氷系呪文をしかければ相手の動きは止まると考え、その隙に攻撃できると考えたのだ。

 この思考は、竜騎衆のボラホーンと同じ発想だ。
 作戦としてはある程度有効かもしれないが、問題点は別にある。

 ダイ、ポップ、ノヴァの三人で作戦を共有できていなかったのが、なによりの問題だ。

 ダイとポップは互いに以心伝心できるせいもあり、ポップが魔法で奇襲を仕掛けると言っただけで、ダイはそれに全面的に従っている。つまり、ダイとポップは無意識に同じ作戦を共有している。

 だが、ノヴァは、ダイとポップに一切頼る気も協力する気もない。
 自分一人の力だけで親衛騎団に勝ちたいと思う気持ちで一杯になり、ダイ達と協力するどころか、彼らを出し抜く形で魔法を放っている。

 もし、本当にこの作戦をとるにしても、ノヴァが氷系を仕掛けている間にダイが斬りかかるか、魔法使いのポップが氷系魔法を放っている間にダイとノヴァが同じ攻撃を仕掛けるかなど、三人で協力すればバリエーションが増えるはずだった。

 しかし、ノヴァは飽くまでも自力での攻撃に拘った。
 それは、自分の作戦に自信があるからではない。たった今、味わった敗北を拭うための雪辱戦として、どうしても自分個人で戦わなければ気が済まなかったからだ。

 ある意味で、これはノヴァにとっての渾身の攻撃だ。
 最初にヒムに立ち向かった時は、相手の強さを知らないままの自信過剰の意識のまま……つまり、油断のあった攻撃だった。

 しかし、ヒムとアルビナスに軽くあしらわれたことで、ノヴァはようやく、自分では相手に勝てないかもしれないと気づいた。

 正直、相手を凍りつかせてからの攻撃は、一種の奇襲であり、卑怯とも言える戦法だ。少なくとも、ノヴァが初手からその攻撃を選ばなかったことからも、最初から自信を持って使うタイプの技ではなかったのだろう。
 誇りを投げ捨ててまで取った、奇襲に近いのかも知れない。

 つまり、これはノヴァにとってはなりふり構わずに放つ必死の攻撃というわけだ。

 しかし、ノヴァの必死の攻撃も親衛騎団には通じなかった。
 ノヴァが言った通り、親衛騎団が魔法が利かずとも凍りついたかどうかは定かではないが、一歩前に出た騎士シグマが胸を開いて魔法攻撃を一身に受けている。

 開いた胸の奥に仕込まれた盾が魔法を全て吸い込み、跳ね返している。
 その事実がよほど衝撃だったのか、ノヴァは攻撃のタイミングを逸した。自分の戦法に拘るノヴァは、非常事態への臨機応変さにはいささか鈍いところがあるようだ。

 そのせいで、弾き返された魔法の吹雪をまともに食らってしまった。
 最前線にいたノヴァは、この時、三人の中で最大のダメージを負っている。それは肉体的なものだけではなく、精神的な意味も大きい。

 正々堂々と挑んで、負けた。
 相手の不意打ちに、手も無く捻られた。
 奇襲さえ仕掛けたのに、苦も無く返された。

 畳みかけるような三連敗が、ノヴァの心を完全に折ってしまった。ノヴァは、おそらくはこの時点で完全敗北してしまったのである。

 


《おまけ・おれたちとみんな》

ダイ「くっ、くそっ!! よくもみんなの船を!!」

ポップ「おれたちの船をぶっ壊してくれたお礼をしてやる! 奇襲には奇襲だッ!」

 注目したいのは、二人の仲間意識の微妙な差だ。
 おそらくは無意気に言った言葉だろうが、そこに二人の意識の差が現れている。ダイは『みんなの船』だと考えているが、ポップは『おれたちの船』と認識しているのだ。

 厳密に言えば、この船はベンガーナ王の所持品であり、勇者一行を初めとした対魔王軍に属する人間達全員に使用権がある。つまり、ダイにとってもポップにとっても、自分も使う船なのだ。

 だからこそポップはこの場で初めて見た船も、砦に集まった人間全員で使う『おれたちの船』と考えている。ミストバーンがパプニカを襲撃した際、人間への侮辱を自分のことのように憤り、『おれたちの意地』を見せようとしたポップは、何の疑いも無く自分を人間の一員として考え、同族と認識している。

 だが、ダイは『みんなの船』と言った。
 これまでのダイの発言を振り返って見れば、ダイの『みんな』という呼びかけは、自分以外の他者に対するものだ。その相手に親しみを持ち、大切に思っていることは確かだが、ダイは自分を『みんな』とは違うと認識している。

 それは、ダイがデルムリン島で育った頃から持ち続けていた意識に違いない。

 ダイは友達みんなや育ての親がモンスターで、自分とは違うということは理解していた。それでも、みんなと友達なら問題が無いと言うのがダイの認識だった。

 しかし、自分は他の『みんな』とは違うと言う認識は、ダイの根底に深く根を下ろしていたのだろう。竜の騎士の出生にダイがあれだけ拘ったのも、自分が人間という種族に属することができるかどうか、不安に感じたからだ。

 結果、ダイは自分が人間ではないと知ってしまった。
 この時点で、ダイは自分が人間と認められることを諦めてしまったように思える。と言うよりも、ダイ自身が自分を人間と思えなくなったというべきかもしれない。

 だが、それでもダイの人間全体への愛着や仲間意識は変わらなかった。
 バランがソアラを殺した人間への憎しみを、人間という種族全体への感情に増幅させたように、ダイもまた、ポップやマァム、レオナのようにごく身近な人間への愛情を、人間という種族全体への感情へ増幅させたのだ。

 その点は親子と言うべきか、ダイもバランも自分は竜の騎士という孤独な種であり、他は『みんな』という存在だと認識している。

 ダイにとっては、魔王軍との戦いは自分のためというよりも『みんな』のために戦う意味合いが強い。
 過去を悔い、自分は部外者の立場に相応しいと自戒するヒュンケルとは違う意味で、ダイも自分はみんなと違う存在だと言う疎外感を持っている。

 ダイのこの無意識下に抱いていた疎外感が、最終的に彼を一人で旅立たせた遠因になったように思えてならない。

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