10 ダイ一行VS親衛騎団戦(5)

 

 空高く放り投げられ、まさに打ち砕かれる寸前だったノヴァを救ったのは,ヒュンケルだった。

 高く跳び上がったヒムの頭部に真正面から槍を打ち込んだヒュンケルは、すかさずのその槍を引き抜いてヒムを払い落とし、ノヴァを抱きかかえてダイ達の近くに着地を決めている。

 見事なぐらい、颯爽とした登場だ。
 狙い澄ましたとした思えないタイミングで登場を決めたヒュンケルだが、実際に彼が、しばらく前から隙を窺っていたのは間違いないだろう。

 その証拠に、ヒュンケルはヒムの言った「上には上がいる」という言葉を知った上で,皮肉めいた声かけをしている。

ヒュンケル「……おしゃべりな小僧だが……一つだけいいことを言った……上には上がいる……!!」

 ヒムを『小僧』と見下し、格下として扱っている時点で、ヒュンケルのヒムへの感情が見て取れる。

 そして、ヒムが熱を込めて語った『負けるぐらいなら散った方がマシ』という意見に一言も触れず、自分の力を誇示してみせる当たりにも、ヒュンケルのヒムへの評価の低さが感じられる。

 初対面のヒュンケルは、明らかにヒムに対して好意や敬意を感じてはいなかったのである。

 そして、ヒュンケルはこの時、ヒムを倒すことよりもノヴァを助けることを優先していた。ヒムへの攻撃を最優先するのなら、ノヴァへ攻撃を仕掛けた瞬間を狙うのが最も効果的だった。

 狩猟でもクレー射撃でもそうだが、飛行する物体を狙うのであれば最高点に達した瞬間を狙うのが定石だ。動きが一瞬でも止まった瞬間こそが狙い目なのだが、ヒュンケルは攻撃の有利さを捨ててまで、ノヴァとヒムの距離が開いている段階で攻撃を仕掛けている。

 竜騎衆戦でポップを助けた時もそうだったが、ヒュンケルは味方の安全を最優先するあまり、タイミングを慎重に計る傾向が強い。更に言うなら、敵を貶すことでヘイトを自分へと向けさせているのも、仲間を庇うための思考と思える。

 ヒュンケルが着地するのとほぼ同時に、こちらに飛んでくるガルーダが見え、クロコダインとマァムが乗っているのが視認される。ここでクロコダインもマァムも高い位置から見事に着地を決めているが、鳥であるガルーダが墜落するようにべしゃっと地面に落ちているのが面白い。

 三人を抱えて飛ぶのによほど疲れたのだろう。余談だがそんなガルーダを労い、休んでいるように声をかけているクロコダインは、実に心優しい上司だ。
 気絶しているノヴァを堤防めいた壁に寄りかからせて座らせてすぐ、ヒュンケルはクロコダインの名を呼んでいる。

 それだけでヒュンケルの意図を察し、ダイ、ポップ、ノヴァに向けてクロコダインがヒートブレスを吹きかけて氷を溶かしているシーンがあるが、ここからヒュンケルとクロコダインの友情や信頼関係が見て取れる。

 クロコダインはダイとの戦いの際にヒートブレスを奥の手と言い、積極的には使おうとしなかった。それを考えれば、魔王軍時代にそれをヒュンケルに打ち明けていたとも思えないし、ザボエラと違って情報収集に熱心ではなかったヒュンケルが探りを入れていたとも思えない。

 そんな二人が互いの技について打ち明け合ったとしたのなら、バルジ島決戦後、鬼岩城の位置を探るために偵察に出ていた期間、もしくはバラン戦後の休息期間中だろう。

 クロコダインにとっては不本意とも言える奥の手を明かすぐらいヒュンケルを信頼したのだろうし、ヒュンケルもまた、クロコダインの奥の手をとっさに利用するぐらいに技の性質を熟知したと言える。

 しかし、この緊急処置的な解凍は『荒っぽすぎる』とポップには不評だったのだが(笑)

 確かにポップの髪は多少焦げていた様子だし、熱さも感じていたのか悲鳴を上げていたが、無事に解凍されたところを見ると充分に手加減されている様子だ。

 身体の自由を取り戻したダイは、まずはみんなに礼を言った後で忠告している。

ダイ「……ありがとう、みんなっ! でも、気をつけて……!! あいつらは……強敵だ!!」

 戦いの最中でも、他人に感謝を忘れないのは紛れもなくダイの美点だろう。そして、ダイは敵に警戒するように促している。

 ダイ達の本来の目的は、ノヴァも含めた港にいた仲間と船の安全確保だったが、この段階ですでに船は破壊されてしまっている。つまり、船を守るという目的はもはや果たせない。

 ならば次に優先すべきは仲間達の安全確保だが、ノヴァと親衛騎団のやりとりを見ていたダイは、彼らの目的が自分達にあると悟ったのだろう。そう簡単には自分達を見逃してくれないと考え、味方の救助よりも敵への警戒心を強く意識している。

 皮肉な話だが、この時のダイの思考はノヴァの主張と同じだ。撤退や味方の救助よりも、敵を倒した方がいいと決断している。

 ただし、ダイとノヴァでは主張は同じでもその動機は違っている。
 自分の力を証明することが第一だったノヴァに対し、ダイは敵と効果的に戦う方法を最優先している。

 これまでの戦いで場所がわずかに移動し、倒れている仲間達から遠ざかったからこそ敵との戦いを優先できるという事情もありそうだが、ダイには戦うべき時期と場所の最適解を出す資質があるようだ。

 ダイのその忠告を聞いたヒュンケルは、ヒムの動向に注目している。
 眉間が完全に貫かれたにもかかわらず、平然と立ち上がってきたヒムを見て、彼らがフレイザードと同じ禁呪法で生み出された生命体だと確信し、それを倒すために空の技が利くことをダイに説明している。

 何気ないシーンだが、このヒュンケルの発言からメンバー内で情報共有がなされているのが分かる。

 実際にヒムと会ったのはダイ、ポップとクロコダイン、おまけのチウ達であり、他の仲間達はヒムとは会っていない。が、仲間達がポップかクロコダインからヒムの存在や正体を聞いていたのは、間違いないだろう。

 マァムは閃華裂光拳が効かないなら打撃力を上げようと特訓に熱を入れていたし、ポップはマトリフを通じて対抗する魔法を習得した。

 ダイはロン・ベルクとの特訓だけで精一杯で親衛騎団に対する対抗策など考える余裕はなかったようだが、同じ特訓を受けていたヒュンケルはおそらく、それを考えていたに違いない。

 この時のヒュンケルの落ち着いた話しぶりからみても、ヒュンケルはヒムとの戦いが必ず待ち構えていると覚悟し、その際にとるべき戦法を熟考していたのだろう。

 勇者であるダイが戦いの方針を決定するのなら、戦士であるヒュンケルは戦いにおける最適な行動を即座に計算し、実行する。ダイとヒュンケルは同じく前線で戦う立場であっても、立ち位置が違っていると実感できるシーンだ。

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