12 ダイ一行VS親衛騎団戦(7) マァムとシグマ

 

 緊迫感が張り詰める中、それに耐えかねたように瓦礫が崩れ落ちる――それを切っ掛けとしたように、戦いが始まった。

 各メンバーは一斉に動き出しているが、戦いの先陣を切ったのはマァムとシグマである。両メンバー内で最も速度に優れた二名が真っ先に激突することになったのは、必然と言えるだろう。

 左手のランスで攻撃してきたシグマに対して、マァムは大きく上に飛んで回避すると同時にシグマの右手の甲を掴み、そのまま相手の腕を巻き込むようにして身体のバランスを崩している。

 結果、シグマはランスを手放し、ひっくり返されて倒されている。
 これは、合気道の小手返しの技に近い。

 合気道の演武を見ているとかかってくる相手をいとも容易くいなし、呆気なく倒してしまう技が特徴的だが、マァムが習得した武神流も同系統なのかもしれない。

 一見、マァムが見事に一本取ったと思える初戦だが――実は、これはシグマの手加減、もしくは油断があったからこそだ。

 シグマの持っている武器は、ランス。円錐状で、穂先部分を大きくした槍の一種だ。このランスは、本来は中世ヨーロッパで重装備で馬に乗っていた騎士が戦いに使っていた武器である。日本語では一般的に騎槍と表記されるぐらい、馬とは切っても切り離せない武器だ。

 つまりこのランスは、手に持って振り回すタイプの武器ではない。馬の力を借りてスピードに乗せて直進し、重騎士に一撃を与えることに特化した、突き専門の武器だ。

 重装備の騎士を盾ごと馬から叩き落とすことを主目的とした武器であり、普通の槍などと違って払ったり斬ったりなどの小技には向かない。実戦でも、最初の突撃に使用した後は放棄され、別の武器で戦っていたという記録が残っている。

 文字通り、一番槍専門の武器なのだ。
 そもそも、円錐は先端以外は攻撃を滑らせやすい構造になっており、それで横殴りにしたとしても威力は削がれてしまう。

 だが、マァムと戦う際、シグマは手にしたランスを振り回す動きを見せている。

 これは、ランスを活用するには明らかに不向きな所作だ。
 目標物に向かって突進するランスという武器の特徴を活かすのなら、払うのではなく、突くべきだった。が、シグマはまるで邪魔なものを振り払うような仕草でマァムに対応している。

 シグマにとって、マァムは本来の目的ではなかったと思えるシーンだ。
 ランスが重騎士向きの武器だと言う事を考えれば、シグマは本来クロコダインめがけて突進しようとしていたのかもしれない。

 しかし、マァムから突っかかってきたことにより、シグマは彼女を敵と定める。
 ここで初めて、マァムとシグマの組み合わせが実現したと言える。

 シグマ視点からでは、マァムは本来の標的ではないのに突っかかってきた相手であり、思った以上にいい動きを取る敵ではあるが――それだけだ。
 シグマはマァムに対して、全く感情を揺らすことはない。

 ヒムがノヴァに対して侮蔑の感情を、ヒュンケルに対して敵愾心を抱いたのとは違い、シグマはマァムを淡々と戦うのみだ。
 シグマに対して感情を揺らさないのは、マァムも同じだ。

 ザボエラに従って人質作戦と取ったクロコダインや、復讐心に燃えるヒュンケル、強さに取り憑かれたフレイザード、超魔生物となったザムザに対してはマァムは感情を率直にぶつけているが、感情のブレをまったく見せようとしないシグマに対しては割と冷静だ。

 マァムはポップから受けた指示通り、素早い動きでシグマの盾に攻撃を繰り返している。しかし、固い盾にはマァムの攻撃は全く通じず、かえってマァムの拳を痛めている。

 そして、最初の奇襲以外は、シグマの動きはマァムを一段上回っている。
 走るマァムに簡単に追いつくだけでなく、マァムの実力を褒めるほどの余裕すらある。

 また、マァムの裏拳をジャンプで大きく交わす反射神経の良さ、空中からランスによる突きを放つという信じられないぐらいの体幹の良さを発揮している。

 シグマからの攻撃をとっさに避け、袖をわずかに破らせるだけに被害を抑えて躱したマァムだが、この対決は明らかにマァムが不利だ。

 武闘家に転職したマァムは以前と違い、格段に上がった速度と攻撃力を身に付けたが、皮肉なことにシグマはマァムとほぼ同じ、速度特化型で高い攻撃力を誇るキャラだ。

 同タイプであるなら、基本的なステータスと体格が上回るキャラの方が有利になるのは当然だ。
 しばらくの間、シグマが優勢のまま戦っていたマァムは、ダイが自分を呼ぶ声に気づき、その場を離脱する。

 この時、マァムはシグマの盾に蹴りを食らわせ、その反動を利用して後ろへと大きく飛び、距離を取ってダイの元へと移動している。戦線離脱するにしても、背を向けてそのまま逃げるのは危険と判断し、これまで通りに攻撃をしていると見せかけて離脱へと繋げているのは、見事の一言に尽きる。

 戦いの最中でもダイの助けを求める声に即座に反応し、理由も訊かないまま毒針が刺さったヒュンケルに解毒呪文をかけているマァムは、僧侶戦士としての意識が未だに強い。

 敵と戦いながらも、勝利よりも味方の危機を優先する気質に変化はない。戦いよりも、仲間の回復の方が彼女にとっては優先事項だ。
 が、シグマはマァムのこの回避に対して、苛立ちを見せている。

シグマ「こしゃくなっ!!」

 このシーンは、シグマにしては珍しく怒りの感情を見せた貴重なシーンだ。
 シグマは分析力に優れ、敵を侮ることなく客観的に観察する冷静さに長けたキャラであり、その彼が感情を揺らしてみせるシーンはそう多くない。

 戦っている最中もシグマはマァムを一度たりとも侮らず、彼女の能力を評価しつつも自分以下だと分析し、慎重に戦っていた。シグマは、自分に向かってくる敵に対しては敬意を持って接する性質だと言える。

 だからこそかもしれないが、逃げる動きを見せる相手には怒りを感じるようだ。しかし、感情的になったシグマは、アルビナスからの結集命令を受けて、即座にそれに応じている。

 つまり、怒りを感じても、それで暴走することはないと言うことだ。それどころか、すぐに感情を切り替え、状況判断できる冷静さを持っている。

 仲間達の所に戻ったシグマは、アバンの使徒達の戦力分析を簡潔ながらも具体的にまとめ、報告している。その報告には高い知性と同時に、彼の尖兵としての適性が感じられる。

 ヒムが敵陣に切り込んでいくタイプなのとは違い、シグマは機敏な動きでいち早く敵陣に飛び込み、敵の情報を得て帰還することを目的としたタイプだ。
 トリッキーな動きで敵陣を引っかき回す騎士(ナイト)に相応しい機動力と、冷静な判断力を合わせ持つシグマは紛れもない強敵だ。

 この初対戦では、シグマが様子見を重視していたからこそ、マァムはなんとか互角に渡り合えていたようなものだ。ついでに言うのなら、洞察力、観察力、分析力もシグマはマァム以上――どう考えても、マァムにとっては勝ち目のない組み合わせだった。

 ダイやアルビナスが一時集結を呼びかけなかったら、この対決はシグマの勝利で終わったことだろう。
 

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