15 ダイ一行VS親衛騎団戦(10) ポップとフェンブレン

 

 集団戦闘が始まってから、最も戦いを俯瞰して見ていたのはポップだ。
 メドローアのために待機していたポップは自分から積極的に戦う気もなかったため、仲間達の戦いを後方から眺める形となった。

 ヒムに押され気味のダイや、シグマにスピードで負けているマァム、完全にブロックに力負けしているクロコダインに、アルビナスに決定打を与えられないヒュンケル――敵のペースであると理解したポップは、どうするべきか悩んでいる。

 敵がある程度まとまる状況を望んでいるだけに、バラバラに戦っている現状はポップにとっては問題ありまくりだ。

 まだ、一人だけが苦戦しているならそこにサポートするという発想もあっただろうが、全員が苦戦中では手助けの優先順位をつけるのさえ難しい。
 どうすればいいのか迷うポップに、声がかけられる。

???「……そんなにヒマならワシが遊んでやろうか!?」

 振り返ったポップの目に映ったのは、高速でボコボコと盛り上がりながら迫ってくる地面だった。地面を切り裂いてポップの真下から登場したのは、フェンブレンだった。

 一見、見事な奇襲に見える攻撃だが、これは本人の言葉通りお遊び以外何物でもない。

 本気で奇襲を掛けるつもりなら、声をかける必要などない。実際、ポップは声をかけられるまで地面の異変に気づいていなかった。もしフェンブレンが攻撃だけに徹していたなら、簡単に奇襲を成功させていただろう。

 だが、声をかけられたおかげで、ポップはギリギリでフェンブレンの攻撃を避けることができた。

 突然現れた敵に驚いたのか、ポップは手にした杖で相手に殴りかかっている。以前、パプニカに上陸して不死騎士団に襲われた時や死の大地でキルバーンに近寄られた時もそうだったが、いきなり接近戦をしかけられた際、ポップは反射のように杖で敵を殴りつけている。

 アバンとの修業で体術の訓練を受けたせいか、接近時にはとにかく杖で殴り相手を怯ませる、と言うのはポップの定番の護身術の様だ。

 しかし、この場合は悪手になってしまった。
 この時、ポップはレオナから貰ったばかりの長杖を手にしていた。ポップの身長ほどの長さもあり、先端に鳥の意匠が付けられた立派な品だが、フェンブレンに殴りかかった拍子にすっぱりと先端が切れてしまっている。

 この時、フェンブレンからは全く動いていないのに、殴りかかったポップの力だけで切断されているのだから、相当に切れ味がいいのだろう。

 全身が金属で出来た異形さは親衛騎団全員に共通する特徴だが、フェンブレンは身体全体が剣を模したような尖った姿になっている。本人も自分の身体の8割は刃物で出来ていると言っている通り、触れるだけで相手にダメージを与える身体だ。

 他の親衛隊達がそのままでも鎧を着込んでいるのと同然だとすれば、フェンブレンは鎧ではなく剣を身構えているのも同然の身体を取得しているのだ。フェンブレンのどこに攻撃したとしても、剣で防御されているのと同等の反撃をくらうことになる。

 徹底したことに、フェンブレンは指を揃えたまま伸ばせば腕その物が剣となり、指を伸ばせば一本一本すらもナイフのようになっている。

 杖がいきなり壊れたのにショックを受けているポップに対し、フェンブレンは自分の身体の危険さについて説明したり、わざわざ音を立てて鳴らして手の指を広げて見せるなど、脅しを掛けているのに注目したい。

 ヒムもダイに挑発的な言葉を投げつけて本気を出させようとしていたが、フェンブレンの場合はその目的は明らかに『脅し』だ。
 ヒムの目的は本気のダイと戦うことだったが、フェンブレンからは『弱い者をいたぶりたい』と言う印象しか受け取れない。

 そもそも勇者一行の中で一番戦意がなく、後方に下がっていたポップに狙い目を付けた段階で、他のメンバーに比べて志の低さを感じてしまう。地面を掘り進む、など手のかかる行動を取ってまで敵に接近しておきながら直前で声をかけていることからも、相手を倒すことよりも、脅しつけて怯えさせることに重点を置いているように見える。

 その意味では、ポップはフェンブレンにとって満足のいく獲物と言えるだろう。

 感情豊かなポップは、怯えの余り顔を思いっきり引きつらせて泣きわめいている。加虐を好む加害者にとっては、被害者の見せる怯え反応こそが満足感を呼び起こす。

 歴史上の拷問や連続殺人犯の記録などでも、相手が反応している間は一際熱心に被害者をいたぶる傾向が見られる。そして、反応を見せなくなった頃、興味をなくして殺すパターンが一番多い。

 フェンブレンの場合もポップの怯えの反応に気をよくしたのか、手の指を脅すように鳴らしつつ、ジワジワと迫っている。

 ポップも牽制のためにギラを放っているが、全身刃物化してもオリハルコンの魔法を弾くという特性は変化していないため、全く効果がない。かといって、ここで切り札を使うわけにも行かずにポップは手詰まり状態に陥っている。

 ただ、ポップの場合はトベルーラや短距離ルーラを使えばこの状況から逃げることは可能なので、絶体絶命だった、とまでは言い切れない。それらの手段が念頭にあったからこそ、敵を警戒しつつもある程度落ち着いていたと言えそうだ。

 しかし、フェンブレンの視点ではその落ち着き様が、逆に不満だった可能性がある。

 先程も言ったように、脅すのが目的であれば被害者が大げさに怯えれば怯えるほど、加害者側の自尊心は満たされる。だが、最初ほどの怯えを見せなくなったポップに、フェンブレンの興味を薄れたらしい。

 さらには、ヒムがダイにトドメを刺そうとしているのを見たのも、フェンブレンの遊びを急がせた原因と言える。

 勇者との対決こそが親衛騎団の目的なのだから、ダイが倒されればそこで任務は完了する。どうせ終わるなら、自分も自分の手で獲物にトドメを刺しておきたいと考えたのだろう。

 戦いの最中でも、アルビナスの命令なら即座に従うシグマやブロックと違い、フェンブレンには自分の趣味嗜好を優先させている部分が見えるのである。

 だが、このトドメはノヴァの投げたナイフにより遮られる。
 意識回復したノヴァは、意識朦朧とした状況ながらもポップの危機を見て、数本のナイフに闘気を込めてフェンブレンに投げつけている。

 闘気を得意とするノヴァだけにナイフは見事にフェンブレンの身体に刺さったが、先端が刺さっているだけで見るからに浅手だ。なのに、フェンブレンはそんな浅い攻撃を嫌って後方に大きく飛びずさり、距離を取っている。

 他者には非常に攻撃的なのに、自分に対する攻撃には非常に敏感で討たれ弱い……これはサディストによく見られる傾向だ。

 ポップとフェンブレンの攻防はごく短いものだが、ポップが全く戦っていないせいか、フェンブレンの特殊な性格ばかりが浮き彫りになっている印象である。

 また、二人の対戦の開設からは少しズレるが、ここでノヴァの奮闘に一言書いておきたい。

 この時、気絶から一時的に回復したノヴァは、ポップの危機を見てとっさに闘気を込めたナイフを投げて助けている。
 さらに、ダイの危機を見て、ポップから杖の柄を借りて闘気を込めて投げ放ち、ヒムの腹に当てて吹っ飛ばすのに成功している。

 この時、ノヴァは『勇者が弱い者を救うのは当たり前』と呟いて、また気絶している。意識が朦朧とする中、限界ギリギリのところでツっぱるノヴァをポップは根性があると称賛していたが、これは意識が曖昧だったからこそできたことだろう。

 気絶前、ノヴァは徹底した敗北に心が完全に折れてしまっていた。そのまま気絶したノヴァには、敗北から立ち直るだけの余裕もない。もし、そのことを覚えていたら、とても戦えるような状態ではなかっただろう。

 しかし、意識が朦朧としていたからこそ、寸前の記憶や状況を理解しないまま、普段から持ち続けている『弱い者を助ける』という信念に沿った行動を取ることが出来た。

 ノヴァが本格的に、自分の敗北と向き合うのはこの後の話だ。
 しかし、自分の敗北さえ忘れていたこの瞬間的な助太刀は、ノヴァの根底にある勇者としての意識の高さ、反復して身に染みこませた訓練があるからこそ成し得たことだと、高く評価したいエピソードだ。


《おまけ・レオナには隠しておきたい話》

 ポップが持っていた長杖はレオナからもらったものであり、彼が装備した数々の杖の中では文句なく一番に豪華な品だった。詳しい説明は皆無だったが、パプニカ王家に伝わる秘宝と言われても納得のいく逸品だったと言える。

 カラー版では金色で、赤い宝玉が二個もついているという非常に豪華な仕様であり、初見の際はさぞや威力がある杖なんだろうなと期待したものである。

 特に先端の、翼を広げた鳥の意匠は強力な魔法を放つ際は、翼を更に広げる、もしくは逆に畳むなどの動きを見せるのかとワクワクしていたものである。

 しかし、そんな期待とは裏腹に、決め技のメドローアの時は邪魔とばかりに地面に投げ捨て、一発の魔法も放つことなく自滅の形で真っ二つにしてしまう……挙げ句に、柄の部分までヒムに溶かされて消滅してしまう始末。

 ――レオナはこの戦いには参加しなかったが、せっかくの杖をたった一戦で無くしてしまったことに対して、彼女がどう反応したのか、見てみたかったものである(笑)

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