『お風呂にご用心♪ 3 ー男と男の誤解ー』 |
「……なんて……ことを……っ!!」 怒りに打ち震えた声が、マァムの喉から漏れる。 実際、ヒムが素裸のポップの両足を押さえていたのは事実だし、ポップのあげた悲鳴が悲鳴だ。 女の子にいやらしいことをしようとして失敗し、手近にいた男の子を襲う――有り得ない話ではない。むしろ、変質者の話としてはありふれているぐらいだ。 何より、被害者がポップだという事実が、マァムの血に頭を昇らせている。 ましてやポップが泣いていた――ように見えただけなのだが――のを見ては、冷静さなど微塵もなくなった。 「許さない……っ!」 次の瞬間、マァムは追撃を開始した。まだ壁にはまり込んでいるヒムに、猛烈な勢いの乱打が炸裂する。残像すら見える勢いの乱打に、見ているポップの方が焦った。 「え? あ、おい、ちょっと、マァム……っ、いくらなんでもやりすぎじゃ……っ」 思わず止めようと一歩踏み出しかけたポップを、力強い腕が引き止める。 「ほうっておけ」 いつの間に来たのやら、ヒュンケルやラーハルトがそこにはいた。ポップを止めたのは、ヒュンケルの方だった。 「だって、ヒムの奴、もう気絶してるじゃないか〜」 マァムの猛攻に全く反応しないところを見ると、そうとしか思えない。さすがに心配になるポップだが、ラーハルトの反応はいたって冷ややかだった。 「あの男が、あの程度で死ぬはずあるまい。優しいものだな……あの少女は。あんな下郎にまで手加減してやるとはな」 ポップは気づかなかったかもしれないが、ヒュンケルやラーハルトも、マァムとほぼ同時に駆けつけてきた。一番早く部屋に飛び込んだマァムに一歩遅れたとは言え、二人とも同じ光景を目撃している。 世慣れた二人にとっては、男が男を襲うなど珍しいとも思わない。魔族が性別に関係なく、魔法力の高い人間を襲いたがる性癖も、承知している。 が、ポップにしてみれば、三人が何を誤解して、何を怒っているのかすら、分かっていない。 賢いようでも、男の子の精神的成長は遅い。 「いや、あれはさすがにマズいだろ! もう、いい加減にやめてやれよ、死んじゃうだろ!」 「そんなことより、怪我はないか?」 ヒムを振り返りもせず、ヒュンケルは気遣わしげにポップの様子に目を配る。 彼は知っていた。 それを知っているだけに、ヒュンケルが過剰なまでに心配し気を回したのだが、ポップは自分が何を心配されているかも理解していない。 「怪我なんかしてないってば! このままじゃヒムの方が大怪我するだろ、やめてくれよ!」 ヒムのために抗弁するポップは一つ、忘れていた。 実際にはそれは、ヒムに負わされた痣じゃない。むしろマァムの責任なのだが、ポップの悲鳴と同時に駆けつけてきたヒュンケル達に分かるはずがない。 「……そうだな、一応は止めるか。いろいろと問いただしたいこともあるからな」 そう呟くヒュンケルの目付きは、剣呑さに満ちあふれていた――。 10分後。 あれだけボコスコに殴られて、ダメージがほとんどないのは見事なものだが、この場合、それがいい方向に働いているとはいいがたい。 必死に弁解するヒムを、マァムはいつになく冷たく、そしていつも以上にキツい目付きで、きっと睨みつける。 「なんですって? ポップにあんなことをしておいて、よくそんな台詞が言えるわね!」 同意を求められ、ポップは頷いた。 「……ああ、まあな。ヒムの奴、人間の裸が珍しいからって、ジロジロ見たり、触ったりしたんだ。……そんだけだよ」 リンチからは庇いたいとは思うものの、触られた嫌悪感は残っている。そのせいで、ポップの態度が少々ふてくされたようなものになっているのは否めない。 だが、その態度のせいで、一応は真実であるポップの言葉はごまかしくさいものになってしまう。 第一、ここにいた連中は、ポップの悲鳴を聞いて集まったのだ。 「……なるほどな、事情は分かった」 と、至って平然とした顔のまま、彼は抑揚のない口調で言った。 「つまりは、シメあげなければ、真実は得られないらしいな。自慢じゃないが、他者を痛めつけるのが趣味の知り合いがいた……拷問の知識なら詳しいぞ」 槍を握り締め、ヒムに向き直ったラーハルトを見て、血相を変えたのはヒムよりも、むしろポップだった。 「な……っ、なに、さらっと恐ろしいコト言ってるんだよっ!? 変な冗談、言うなよっ!?」 「冗談のつもりはないが」 どこまでも真顔で言うラーハルトなだけに、かえって恐ろしく聞こえる。 「ちょ、ちょっと、ヒュンケル〜、なんとか言ってくれよ。なんか、ラーハルトが言うと、本気でやりそうで怖いや、止めてくれよ」 「――ラーハルト、やめろ」 ヒュンケルがラーハルトを止めるのを見て、ポップはホッと息を吐く。 (腹の立つ奴だけど、やっぱ頼りにはなるよな……) そう思うポップの内心を知ってか知らずか、ヒュンケルは無表情なままで言葉を続けた。 「オレがやる。オレも毒殺マニアのサディストの知り合いがいた。拷問も、処刑にも自信がある」 「…………っ」 ラーハルト以上に不穏当な発言に、ポップは絶句する。これでは、ラーハルトよりも更にタチが悪いではないか。 「え? え? お、おまえら、マジかよ? おいっ、おいおいっ!?」 さすがに慌てるヒムの前に、ポップは庇うように立ちはだかった。 「待てよ、ヒュンケル! 落ち着けったら、冷静になれよ! 何もそんなに怒るこたぁねえだろ、実害はなかったんだし!」 ポップ自身もヒムには腹が立ったはずだが、さすがにここまで激昂する連中を前にすると、些細な怒りなど冷めてしまう。 が、ラーハルトはヒムを庇うポップを、理解できないモノを見る目で一瞥した。 「……なぜ、こんな男を庇う? だいたい、おまえは甘すぎる。元は敵だった男だろうが」 (そりゃそうだけど、それを言うならおまえだって、そーだろうがっ!) 言い返したい文句を、ポップは辛うじて押さえ込む。 だが、屈託のないダイが敵味方を区別しないのに釣られて、ポップ自身も何時の間にか敵味方を気にしなくなっていた。 味方であっても完全に信用しきらず警戒心を怠らないラーハルトとは、考え方が根底から違う。 それを今更言い立てたところで、相手を説得できるとも思えない。とにかく今は、怒りに燃えたぎる三人をなだめようと、必死でまるめこもうとする。 「とにかく、もーちょっと落ち着いて! 冷静に、な!?」 《続く》
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