『夜明け前 4 ー暗闇ー』 |
(……暗い。…なんで、こんなに暗いの…?) 振り払おうにも振り払えない闇。 押し潰されるような圧倒的な闇の中で、マァムは無意味にもがきながらも分かっていた。 これは、夢だ、と。 (目覚めなきゃ…早く……) 焦りながら、マァムは無限に続く闇の中でもがく。
「……あ…」 小さく声をあげ、マァムは周囲を見回す。 (…そうか…、そうだったわね…) 今、マァムがいるのは北の砦周辺の深い森の中だ。木の根元に寄り掛かって一休みしただけなのに、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。 今は、夜。 (行かなきゃ……) ふらりと立ち上がったマァムは、歩き出す。夜の森は歩きにくく、また、ほんの短い仮眠を取っただけの身体は疲れが抜けるどころかかえって冷えきってしまい、疲れが増している。 だが、マァムは北の砦に向かうことなく、森の奥へと向かっていた。 時間が、ないのだ。 マトリフの口から衝撃の真実を聞かされてから、すでに二日の日が過ぎてしまった。なのに、ポップは目覚めないままだ。脳裏から離れないのは、マトリフの言葉だった。 『奇跡でもおこらなきゃ、無理だな』 ポップを助ける手段はないかと食い下がる一同に、マトリフはそっけなくそう答えただけだった。世界で有数の英知を持つ魔法使いでさえ、匙を投げ出したのだ。 『奇跡の起こし方なんざ、オレにゃわからねえよ。むしろ、おまえらの方が詳しいんじゃないのか』 その言葉に、一同は思わず目を伏せてしまった。 勇者一行は今まで何度となく奇跡の逆転を重ねて、魔王軍との戦いに勝利してきた。世間の人々は、勇者達が奇跡の加護に守られていると信じてやまないだろう。だが、当事者である勇者一行は知っている。 奇跡の力など、なかった。 それこそ敗北と紙一重の、ほんのわずかな差で勝利を手にできた幸運を奇跡と呼ぶなら、それを一行にもたらした者はここにはいない。 誰もが敗北に打ちひしがれる時も、勝利を信じて立ち上がれるのがダイであり、そのダイが迷い、立つ力をなくした時に希望を与えられるのがポップだった。 「……ダイを…探しましょう。ダイなら……ダイなら、きっと」 すがりつく想いで、マァムはやっとそう言った。
昨日の段階で、すでにこの付近の捜索は完了している。結果は、徒労に終わった。ダイが移動呪文で避難した可能性も考えて、レオナは各国の王に連絡を入れて協力を願ったが、現在の段階では否定的な返事が戻ってきたのみだった。 今となっては勇者一行の指揮者の役割を背負ったレオナは、昨日の夜の段階でダイ捜索の一時停止を決定した。 今までの捜索状況から見て、ダイがこの付近にいるとは到底思えないと判断したのも、その大きな理由だろう。 それは一行ばかりではなく、ポップを慮っての決断でもあった。 見た目には何の変化もないが……、日々、深刻化していくマトリフとアバンの表情が、ポップの病状の悪化を教えてくれる。 目覚めさせる方法がないなら、それこそ奇跡を祈ってポップに呼び掛けるぐらいしかできることはない。 それは同時に、レオナからの一行への思いやりでもある。もし、ポップがこのまま目覚めないのだとしたら――彼と共に過ごす時間を持てないまま最後の時を迎えるのは、あまりにも残酷だろうから。 だが、マァムだけはポップの看病に加わらないままだ。 (…絶対に……、絶対、ダイを探すの……!) 寝る時間や食事の時間も惜しいからと、マァムは北の砦に戻らないまま付近の森を歩き続けていた。夜の闇の中では捜索がはかどらないのは承知しているし、そもそもマァムが今うろついている場所はすでに何度も捜索が行われた場所だ。 そんな場所を単独で探すなど、効率が悪いにも程がある。 自覚はしていないだろう。 ダイを探すことだけに専念し、身体を動かしていさえすれば、この絶え間ない不安から少しは逃れられる気がする。 「あれは……」 一瞬、空を明るく染めて消え去った照明弾。 信号の種類は数多くパプニカ秘伝の物もあるので、パッと見ただけですべてを判別するのは難しいが、今上がった黄色味を帯びた色合いはマァムも知っている合図だった。 (どうしよう?) 一瞬、マァムは迷う。 こんなことは初めてだ。 「ポップ……!」 マァムはさっきまで以上の早さで、北の砦に向かって走り出した――。 《続く》 |