『お風呂でモシャス 4』 |
パプニカの浴場は、その広さが自慢だ。 そういう意味では、エイミにとって馴染みのある場所ではあるが……さすがに、男湯に来るのは初めてだった。掃除でなら入った経験があるが、それと今とじゃまるで状況が違う。 幸いにも、ダイ達の活躍を気遣ったのか、今は一般兵士達は風呂に入っていない。いるのは、ダイとヒュンケル、クロコダインに……そして、自分だけだ。 (お、落ち着いて。まずは……服を脱ぐのよ。大丈夫、大丈夫よ、この身体は私のじゃないんだから……) 身を焼くような羞恥を感じつつも、エイミはできる限り平静を装って服を脱ごうとする。広い脱衣所の一番隅の目立たない場所を選び、周囲にいるダイ達が自分に関心を持っていないと分かっていてでさえ、恥ずかしさは止めらない。 「ポップ、なにぐずぐずしてんだよ? もう、クロコダイン達先に入っちゃったよ?」 「あ……、あ、うん、すぐ支度する……よ」 すっぽんぽんになったダイに催促され、エイミはようやく動きだした。 (や……っ!? し、しまったぁ!) よくよく見れば……下着は女性物のままだった! 服こそはパジャマを着てなんとか格好を付けたが、さすがに下着までは用意してなんかいない。 焦りつつも、エイミはズボンと一緒にまとめて下着を脱ぎ、それを勢い良くごみ箱へと放り込んだ。火事でかなり焼け焦げた服だ、捨てたからといって不審には思われないだろう。それに脱衣所には、簡単な着替えは常に常備されている。 しかし、勢いで脱いでしまったとはいえ、実際に脱ぐと羞恥心がどっと込み上げてくる。せめてタオルで身体を隠したいと思ったが、当然のように他の者はそんな真似はしていない。 ……ここで一人だけ隠すのも、それはそれで不自然そうだ。 (ぁあああっ、癖になったらどうしよう……?) 「あれ? ポップ?」 「なっ、なぁにっ、ダイく……、じゃなくてダイ!?」 呼び掛けられてビクッとしたが、ダイの視線が自分の体に注がれていると知って、ビクビクせずにはいられない。 (な、なにっ!? 何か、おかしいの!?) エイミは慌てて自分の体を見下ろす。 なにも問題はない、……と思うのだが。 「んー? なんかさぁー。……ちんちんが小さくなった?」 (え? これじゃ、ダメなの?) 18歳のエイミは、掛け値なしの処女だ。 おかげで、彼女の知っている唯一の異性の局部と言えば 従姉妹の長男の3歳児のものぐらいだ。 このごくごく乏しい男性体験から生み出された局部は、15歳の少年としては明らかに不釣り合いだったのだろう。見比べてみれば……ダイのその部分よりも、自分のその部分の方が小さかった。 「そ、そうかぁ? 前から、こんな大きさだよ」 ポップ本人が聞いたら激怒しそうな言い訳を言い、エイミは身体を洗うのもそこそこに、ざっとかけ湯しただけでそそくさと湯船に身を沈めた。 その安心感があってから初めて、エイミは湯煙の漂う浴場内を見回すゆとりが持てた。 (それにしても……体験しないと、分からないものよね……) エイミは、今まで自分はどちらかと言えば偏見は薄い方だと思っていた。 怪物を毛嫌いまではしなくとも、積極的に関わりたがらない人達をエイミはいつも不快に思っていたし、自分自身はちゃんと彼らにも話しかけるようにしてきた。 だが、そんな態度程度では『偏見を持たない』とは言い切れないものだと、今日という今日こそは思い知った。 エイミには、とても真似ができない。 鎧を着ているとそうでもなかったが、裸になったワニ男の身体は、ただただ、圧巻だった。ごつごつした鱗で覆われた裸体は、怪物っぽさを嫌という程強調している。 まあ、あまりにも化け物らしさが強すぎて、異性として恥じらう気持ちが沸かない点は、良かったのやら悪かったのやら。 「クロコダインー、背中流してあげようか」 「おう、すまんな」 デッキブラシを手に、ダイは楽しげにゴシゴシと彼の背中を流している。……あれは確か、タイルを掃除する時に使用する、堅い方のデッキブラシだったような気もするが……。まあ、本人も気にしていないのだからいいのだろう。 「ポップも手伝ってよー、いつもみたいに流しっこしよう」 無邪気に誘われ、エイミはいささか引きつった笑みを浮かべつつ答えた。 「い、いや、今日はちょっと……、寒気がするんで、よ〜〜〜く暖まってからにするよ……」 「ふーん、そうなんだ」 幸いにも、ダイはそれで納得したらしい。 ダイの裸は、それほど恥ずかしいとは思わない。無邪気な性格とチビな体格のダイは、……やっぱりまだ子供だ。3歳児よりは多少成長していても、子供だと思う意識が先に立ち、恥ずかしさはさして感じない。 気になるのは――やはり、ヒュンケルの存在だ。 それを残念に思う気持ちと、ホッとする気持ちのどちらがより強いのか――エイミは自分でもよく分からなかった。 (え……っ、えっ、なになになに、なんなのぉおおーっ!?) 思わずくるっと彼から背を向け、壁の方を向いてしまったエイミだが、ヒュンケルは変わらずに近付いてくる。 ……どうやら、湯に漬かりに来ただけらしい。 ヒュンケルは、クロコダインの背を流そうと奮闘しているダイを眺めて、苦笑している風だった。 (それにしても……ホントにハンサム……) 彫刻のように整った美形な顔立ちを、エイミは心置きなく鑑賞する。一見、細身に見えるが、肩回りを見ただけでも鍛えられた体付きだと見て取れる。 ヒュンケルには進んで最前線に飛び出し、仲間達の盾となろうとする傾向がある。そこまでして戦い続けようとする意思……それは、彼の心の奥底にある優しさゆえだろう。 自分の犯した罪の意識を忘れられず、贖罪のように戦いを求める――それが哀しい。 「ポップ、オレの顔に何かついているのか?」 「え?」 ヒュンケルの方から話しかけられて、エイミはぎょっとする。こっそり、ちらちらっと見ているだけのつもりが、いつの間にか凝視してしまっていたらしい。 「べ、別に……!」 慌てて目を逸らすが……、今度はヒュンケルの方がじっとこちらを見ている。 (な……っ、なんでっ、どうしてっ!? もしやバレたのっ!?) 「な、なに……なんだ、よ!? なんで、見て……んだよ!?」 首まですっぽりと湯に漬かりながら、できるだけポップっぽく聞こえるようにと願いながら言い返す。こんな口の利き方をしたら、ヒュンケルが機嫌を悪くするのじゃないかとヒヤヒヤものだったが、彼の反応はいたって寛大だった。 「いや……そろそろ上がった方がいいんじゃないかと思っただけだ。顔が真っ赤だぞ」 「は?」 そう言われてみれば……確かに、やたらと暑い。単にヒュンケルのせいかと思っていたが、この全身をほてらせるこの熱に、くらくらするこの目眩感は……。 (ま、まずいわ、このままじゃ湯中りしちゃう!) すでに、全身が危険信号を訴えている。 実際には今の身体はエイミのものではないのだから、見られたってどうってことはないはずなのだが、非常時には理性よりも感情の訴え掛けの方が強かった。 「ポップ?」 「あれっ、ポップ……!?」 「おい、どうした!?」 そんな声を聞いた記憶を最後に、エイミは湯の中に沈み込んだ――。 「気が付いたのか?」 目が覚めるか、覚めないかのうちにかけられた声。うっすらと目を開けると、思った以上に間近にヒュンケルの顔があった。 「……?」 夢かと、思った。 (うそっ……どうして……っ!?) 混乱しつつも、エイミは今の自分の状況を悟る。 (嘘……っ、夢みたい……♪♪♪) 「ポップ、起きたのか?」 ヒュンケルに問われ、慌ててエイミは瞼を閉じて寝たふりをする。もう少し……もう少しでいいから、このままでいたかった。 「……」 返事をしないでいると、ヒュンケルは再び歩きだす。どうやら、まだ意識がはっきりしていないようだと思ってくれたらしい。 人一人抱えているのに、ヒュンケルの足取りは確かだし、支えてくれる腕も微動だにしない。 いつまでもこうしていたい――。 (もし……もし、ヒュンケルがこのまま望むんだったら、私、いくところまでいっちゃってもいいかも……! あ、やだっ、私ったらなんてことをっ!) ついつい膨らむあらぬ妄想に、今現在の姿も忘れて余計な心配までしまくっていたエイミは、ごくりと生唾を飲み込む。 「……ひゃっ!?」
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