『お風呂でモシャス 4』

 
 

 パプニカの浴場は、その広さが自慢だ。
 男湯と女湯に別れているのに、それぞれに3、40人は一度に入れる程広い湯殿が設置されている。本来なら王族のみが使用するために作られた設備だが、先々代の王の代より、城で働く者全てが入れるように開放されている。

 そういう意味では、エイミにとって馴染みのある場所ではあるが……さすがに、男湯に来るのは初めてだった。掃除でなら入った経験があるが、それと今とじゃまるで状況が違う。

 幸いにも、ダイ達の活躍を気遣ったのか、今は一般兵士達は風呂に入っていない。いるのは、ダイとヒュンケル、クロコダインに……そして、自分だけだ。

(お、落ち着いて。まずは……服を脱ぐのよ。大丈夫、大丈夫よ、この身体は私のじゃないんだから……)

 身を焼くような羞恥を感じつつも、エイミはできる限り平静を装って服を脱ごうとする。広い脱衣所の一番隅の目立たない場所を選び、周囲にいるダイ達が自分に関心を持っていないと分かっていてでさえ、恥ずかしさは止めらない。

「ポップ、なにぐずぐずしてんだよ? もう、クロコダイン達先に入っちゃったよ?」

「あ……、あ、うん、すぐ支度する……よ」

 すっぽんぽんになったダイに催促され、エイミはようやく動きだした。
 ぐずぐずしていると怪しまれるだろうし、なによりモシャス玉の効き目が切れてしまう。
 上着を脱ぐまではよかったが、ズボンに手を掛けて再び動きが止まる。

(や……っ!? し、しまったぁ!)

 よくよく見れば……下着は女性物のままだった! 服こそはパジャマを着てなんとか格好を付けたが、さすがに下着までは用意してなんかいない。
 こんな格好、見られたらまるっきり変態だ。

 焦りつつも、エイミはズボンと一緒にまとめて下着を脱ぎ、それを勢い良くごみ箱へと放り込んだ。火事でかなり焼け焦げた服だ、捨てたからといって不審には思われないだろう。それに脱衣所には、簡単な着替えは常に常備されている。

 しかし、勢いで脱いでしまったとはいえ、実際に脱ぐと羞恥心がどっと込み上げてくる。せめてタオルで身体を隠したいと思ったが、当然のように他の者はそんな真似はしていない。

 ……ここで一人だけ隠すのも、それはそれで不自然そうだ。
 恥ずかしくて恥ずかしくて溜まらないのに、人前に裸を晒す――強烈な体験なだけに、病み付きになりそうな危険な魅力さえあった。

(ぁあああっ、癖になったらどうしよう……?)

「あれ? ポップ?」

「なっ、なぁにっ、ダイく……、じゃなくてダイ!?」

 呼び掛けられてビクッとしたが、ダイの視線が自分の体に注がれていると知って、ビクビクせずにはいられない。

(な、なにっ!? 何か、おかしいの!?)

 エイミは慌てて自分の体を見下ろす。
 胸はつるんぺたんと、悲しい程にまっ平らだし、気になる股間には……ちゃんと、男性としての証拠物件がついている。

 なにも問題はない、……と思うのだが。
 しかし、ダイはどことなく不審顔だ。

「んー? なんかさぁー。……ちんちんが小さくなった?」

(え? これじゃ、ダメなの?)

 18歳のエイミは、掛け値なしの処女だ。
 しかも姉しかいないせいで、身近な異性というものが父親ぐらいしかいない。割合上流階級に属するエイミは、物心がつき一緒に風呂に入るのを拒絶した頃から、父の裸すらろくに見た覚えはない。

 おかげで、彼女の知っている唯一の異性の局部と言えば 従姉妹の長男の3歳児のものぐらいだ。

 このごくごく乏しい男性体験から生み出された局部は、15歳の少年としては明らかに不釣り合いだったのだろう。見比べてみれば……ダイのその部分よりも、自分のその部分の方が小さかった。
 ……が、今更分かったところで、変えようがない!

「そ、そうかぁ? 前から、こんな大きさだよ」

 ポップ本人が聞いたら激怒しそうな言い訳を言い、エイミは身体を洗うのもそこそこに、ざっとかけ湯しただけでそそくさと湯船に身を沈めた。
 パプニカ城の湯殿は、温泉を源泉としている。乳白色の濁り湯が柔らかく身体を隠してくれるおかげで、エイミはホッと一息つく。

 その安心感があってから初めて、エイミは湯煙の漂う浴場内を見回すゆとりが持てた。

(それにしても……体験しないと、分からないものよね……)

 エイミは、今まで自分はどちらかと言えば偏見は薄い方だと思っていた。
 勇者一行には少なからず怪物が仲間に加わっているのを、内心快く思わない人間は結構いる。

 怪物を毛嫌いまではしなくとも、積極的に関わりたがらない人達をエイミはいつも不快に思っていたし、自分自身はちゃんと彼らにも話しかけるようにしてきた。

 だが、そんな態度程度では『偏見を持たない』とは言い切れないものだと、今日という今日こそは思い知った。
 普段からダイやポップは平気で、クロコダインやチウ達と風呂に入っているが、あれこそが偏見のない態度と言うべきだろう。

 エイミには、とても真似ができない。
 彼が視界に入る度に、微妙に目が泳いでしまう。さすがに……クロコダインのオールヌードなんかは、見たくなかった。

 鎧を着ているとそうでもなかったが、裸になったワニ男の身体は、ただただ、圧巻だった。ごつごつした鱗で覆われた裸体は、怪物っぽさを嫌という程強調している。

 まあ、あまりにも化け物らしさが強すぎて、異性として恥じらう気持ちが沸かない点は、良かったのやら悪かったのやら。

「クロコダインー、背中流してあげようか」

「おう、すまんな」

 デッキブラシを手に、ダイは楽しげにゴシゴシと彼の背中を流している。……あれは確か、タイルを掃除する時に使用する、堅い方のデッキブラシだったような気もするが……。まあ、本人も気にしていないのだからいいのだろう。

「ポップも手伝ってよー、いつもみたいに流しっこしよう」

 無邪気に誘われ、エイミはいささか引きつった笑みを浮かべつつ答えた。

「い、いや、今日はちょっと……、寒気がするんで、よ〜〜〜く暖まってからにするよ……」

「ふーん、そうなんだ」

 幸いにも、ダイはそれで納得したらしい。
一人ではしゃぎながら、またクロコダインの背中やらしっぽ流しに戻る。
 その様子を、眺める程度の余裕はエイミにもあった。

 ダイの裸は、それほど恥ずかしいとは思わない。無邪気な性格とチビな体格のダイは、……やっぱりまだ子供だ。3歳児よりは多少成長していても、子供だと思う意識が先に立ち、恥ずかしさはさして感じない。

 気になるのは――やはり、ヒュンケルの存在だ。
 割と隅で身体を洗っているヒュンケルの姿は、ちょうどクロコダインの巨体に隠されてほとんど見えない。

 それを残念に思う気持ちと、ホッとする気持ちのどちらがより強いのか――エイミは自分でもよく分からなかった。
 と、ヒュンケルが立ち上がって、こちらの方に歩いて来る。

(え……っ、えっ、なになになに、なんなのぉおおーっ!?)

 思わずくるっと彼から背を向け、壁の方を向いてしまったエイミだが、ヒュンケルは変わらずに近付いてくる。
 ちゃぽんと音がして、湯船の湯が揺れた。

 ……どうやら、湯に漬かりに来ただけらしい。
 だが、すぐ隣に、好きな男性が素っ裸でいるという事実に、エイミの心拍数は一気に高まった! 全力疾走した直後のようにどきどきする心臓を押さえつつ、エイミはちらちらとヒュンケルの方を伺ってしまう。

 ヒュンケルは、クロコダインの背を流そうと奮闘しているダイを眺めて、苦笑している風だった。
 いつもは険を感じさせる横顔が、いつになく和らいでいるように見える。

(それにしても……ホントにハンサム……)

 彫刻のように整った美形な顔立ちを、エイミは心置きなく鑑賞する。一見、細身に見えるが、肩回りを見ただけでも鍛えられた体付きだと見て取れる。
 間近で見ると傷だらけのその身体を見て、エイミは心が痛むのを感じていた。

 ヒュンケルには進んで最前線に飛び出し、仲間達の盾となろうとする傾向がある。そこまでして戦い続けようとする意思……それは、彼の心の奥底にある優しさゆえだろう。

 自分の犯した罪の意識を忘れられず、贖罪のように戦いを求める――それが哀しい。
 彼の苦悩を知りながらも、何もできない自分がもどかしかった……。

「ポップ、オレの顔に何かついているのか?」

「え?」

 ヒュンケルの方から話しかけられて、エイミはぎょっとする。こっそり、ちらちらっと見ているだけのつもりが、いつの間にか凝視してしまっていたらしい。

「べ、別に……!」

 慌てて目を逸らすが……、今度はヒュンケルの方がじっとこちらを見ている。

(な……っ、なんでっ、どうしてっ!? もしやバレたのっ!?)

「な、なに……なんだ、よ!? なんで、見て……んだよ!?」

 首まですっぽりと湯に漬かりながら、できるだけポップっぽく聞こえるようにと願いながら言い返す。こんな口の利き方をしたら、ヒュンケルが機嫌を悪くするのじゃないかとヒヤヒヤものだったが、彼の反応はいたって寛大だった。

「いや……そろそろ上がった方がいいんじゃないかと思っただけだ。顔が真っ赤だぞ」

「は?」

 そう言われてみれば……確かに、やたらと暑い。単にヒュンケルのせいかと思っていたが、この全身をほてらせるこの熱に、くらくらするこの目眩感は……。

(ま、まずいわ、このままじゃ湯中りしちゃう!)

 すでに、全身が危険信号を訴えている。
 だが、エイミは立ち上がらなかった。今、ここで立てば、ヒュンケルに全裸を晒すことになる……そう思うと、どうしたって立てない!

 実際には今の身体はエイミのものではないのだから、見られたってどうってことはないはずなのだが、非常時には理性よりも感情の訴え掛けの方が強かった。
 だが、目眩はますます強まり――意識がくらぁっと揺らいできた。

「ポップ?」

「あれっ、ポップ……!?」

「おい、どうした!?」

 そんな声を聞いた記憶を最後に、エイミは湯の中に沈み込んだ――。







 
「ん……」

「気が付いたのか?」

 目が覚めるか、覚めないかのうちにかけられた声。うっすらと目を開けると、思った以上に間近にヒュンケルの顔があった。

「……?」

 夢かと、思った。
 だが、自分を支えてくれる腕の逞しさや、触れ合う身体の暖かさは、どこまでも現実的だった。

(うそっ……どうして……っ!?)

 混乱しつつも、エイミは今の自分の状況を悟る。
 今の自分は、バスローブ姿でヒュンケルに抱きかかえられ、どこかに運ばれている途中だった。
 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

(嘘……っ、夢みたい……♪♪♪)

「ポップ、起きたのか?」

 ヒュンケルに問われ、慌ててエイミは瞼を閉じて寝たふりをする。もう少し……もう少しでいいから、このままでいたかった。

「……」

 返事をしないでいると、ヒュンケルは再び歩きだす。どうやら、まだ意識がはっきりしていないようだと思ってくれたらしい。
 少々悪いかなとは思ったが、それでもヒュンケルに抱かれて運ばれる気分は格別だった。あまり揺れを感じないのは、気遣ってくれているからだろう。

 人一人抱えているのに、ヒュンケルの足取りは確かだし、支えてくれる腕も微動だにしない。
 見掛け以上に逞しい胸板に寄りかかりながら、エイミは自分の心臓の音が彼に聞こえるんじゃないかと不安だった。

 いつまでもこうしていたい――。
 その願いは、残念ながら叶わなかった。さして時間も掛からず、ヒュンケルはどこかの部屋に入り、エイミをそっとベッドの上に下ろしてくれる。
 意外なくらいの丁寧さに、エイミは花嫁気分を味わった。

(もし……もし、ヒュンケルがこのまま望むんだったら、私、いくところまでいっちゃってもいいかも……! あ、やだっ、私ったらなんてことをっ!)

 ついつい膨らむあらぬ妄想に、今現在の姿も忘れて余計な心配までしまくっていたエイミは、ごくりと生唾を飲み込む。
 その際、口の中にかすかに転がる小さな固まりを危うく飲み込みそうになり――彼女は跳ね起きた。

「……ひゃっ!?」


 
                                                           《続く》

 

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