『勇者になりたいっ! 2』 |
「なんだって?! そんなの……ウソだろ?」 驚き、叫んだのはダイだったが、それを聞いた者の感想はほぼ似たようなものだった。 すぐには信じられない話だが、それを語るバダックや兵士達の表情は沈痛であり、冗談を話している雰囲気など微塵もない。 「信じられんのはワシらとて同じじゃが、本当なんじゃ。あっという間の出来事だった…」 場所は、パプニカ城の大広間。 「我々もすぐにその辺一帯を捜索したのですが、結果は近くの路地でこれが見つかっただけでした」 おそるおそるといった様子で、兵士は一本の杖を差しだした。 「これ…ポップのだ……!」 師匠のマトリフからもらったその杖を、ポップはいつも身につけている。身近にいるダイにとっては、見間違えるはずもない。 「この他に手掛かりはなかったの?」 レオナがきびきびとした調子で、兵士を促す。が、まだ若い兵士は困ったような顔で俯くばかりだ。 「でも、どうして……。いくら不意を突かれたといっても、ポップがこうも簡単に誘拐されるなんて…」 そういうマァムの顔は、少し青ざめて見えた。 (ああっ、マァムさん、そんなに悲しそうに……っ) 憂いに沈むマァムもまた、美しい。 もし、チウがあの時に、あの未熟者の魔法使いをちゃんと守ってやっていたのなら、マァムはこんな風に悲しまずともよかったのだから。 マァムのすぐ近くに立っていた眼光鋭い戦士が、ごく当然のように、一足先に彼女の肩に手をおいたのだから。 「ヒュンケル……」 何の慰めの言葉もなく、ただ肩に軽く手を乗せただけ。 (ああぁあああっ、なんでマァムさんっ、そんな気障男に笑顔を見せるんですかぁあっ?! そいつ、なんにもしてないでしょーにっ) 口に出せないまま、チウは憤慨と怒りと嫉妬に身を焼く。 「――この杖が落ちていた所には、魔法を使った形跡はなかったか?」 「いいえ……」 それがさも自分の責任であるかのように、兵士は暗い表情で首を横にふる。それをきっかけに、一つの可能性が全員の脳裏に閃いた。 「まさか……マホトーン…?」 魔法を一時的に使えなくなる状態にする魔法、マホトーン。 「……かもしれんな。魔法を封じられれば、魔法使いはただの人間だ。いくら強力な攻撃魔法を知っていたとしても、使えなければどうしようもあるまい」 クロコダインが重々しく呟く。 「それで犯人は、確かにポップ君の名前を呼んだのね? そして、彼の方も相手を知っている様子だった――」 事実を確認しようと、細かい質問をするレオナの声だけが広間に響き渡る。 「ダイ君っ?!」 慌てて止めるレオナの声にも、ダイは振り向かない。彼を止めたのは、たまたま出口近くにいたクロコダインだった。巨体で出口を塞ぎ、大きな手でがっちりとダイの小さな肩を押さえつける。 「落ち着け、ダイ。いったい、どこに行く気だ?」 「離せ! 離してくれよ、ポップを助けにいくんだっ」 すっかり取り乱しているダイを、クロコダインはなおも強くおさえつけた。 「落ち着くんだ、ダイ。これは、勇者であるおまえをおびき寄せるための罠かもしれん。うかつに動くな」 本気でそう思っていたわけではない。 「だとしたら、なおさらじっとなんかしていられないよっ!!」 丸太のように太い腕さえ驚異的な力で振り払ったダイを止めたのは、凛とした少女の声だった。 「やめなさい、ダイ!」 声の主は、マァムだった。 「落ち着くのよ、ダイ。まだポップがどうなったと、決まったわけじゃないわ」 冷静な口調とは裏腹に、マァムの顔には張り詰めたような気迫がある。言葉よりも、その気迫に押されて、ダイは暴れるのをやめた。 「そうだ。もしポップをさらったのが魔王軍の仕業にせよ、他の誰にせよ……すぐに殺されるはずがない。殺害が目的なら、最初からそうすればいいだけだ」 淡々と、ポップの死の可能性を論じるヒュンケルを、冷たい人間だと眉を潜める者は多いだろう。 溢れる感情を抑えて我慢しているマァムと違い、自分の感情を押し殺す彼の本心は、そう容易には他者には悟られない。 「生け捕りが狙いだったのなら、必ず目的があるはずだ。連中の動きを見て……、それから対応しても遅くはない」 筋の通った説明にはなんの破綻もなく、説得力があった。それだけに、ダイも納得せざるを得ない。 「う…ん……。そうだね」 感情のままに動きたい衝動をしぶしぶ抑えるのは、子供のダイにとっては辛い。だが、無闇に動いても意味がないのならば、機会に備えて待つのも一つの手だ。 「今、手掛かりを集めているわ。色々と分かってきたこともあるし……大丈夫よ、必ず犯人を突きとめて見せるから」 力強いレオナの励ましに、ダイは少しばかり元気を取り戻す。聡明でいて気丈なこのお姫様の利口さを、ダイは心より信頼している。 「ふぅむ……?」 真剣な面持ちで書類を覗き込んでいるマトリフは、頭をボリボリと掻きながらしきりに首を捻っている。 「きゃっ?! なっ、何をするんですかっ、この非常時にっ?!」 「おっと、悪い、悪い。手がすべっちまった」 悪びれもせず、しゃあしゃあとそう言ってのけるセクハラ魔道士に向けられる女性陣の目は冷たい。 「ポップ君が誘拐されたって時に、よくそんなおちゃらけた態度をとれますね? ポップ君はあなたのお弟子さんでしょうに」 非難を含めたエイミの睨みつけなどものともせず、マトリフは鼻をほじりながら無責任な口調で言う。 「いや、あいつはアバンの弟子さ」 突き放したその言い草に、周囲が一瞬鼻白む。だが、世界に名を轟かせた大魔道士は、図太さすらも並じゃない。変わらぬ口調のまま、のんびりと言ってのける。 「オレが仕込むまでもなく、あいつはアバンから魔法を教わっていた。牽制を即座に発動できる、実戦向けの魔法の使い方をな。アバンの教え方は確かだぜ……なんせ、あいつは杖や呪文に頼らなくっても魔法を使えるんだからな」 魔法使いにとって、杖や呪文は決して必須ではない。 特に実戦では即効性こそが求められるため、威力が多少弱っても即座に発動させられる技術は重要になる。 「それだけに、引っかかるぜ……。あいつが、魔法を唱えなかったわけが、だ」 「それは、不意を突かれたからでは……?」 アポロのしごくもっともな意見を、マトリフは鼻先で笑う。 それは師匠であるマトリフが、一番よく知っている。 その状態でポップは、たった一度見本を見せただけの魔法を、杖にも呪文にも頼らずに使ってみせた。 「もしかすると……『唱えなかった』のかもしれねえな」 マトリフのその呟きの意味を、ダイは尋ねようとした。だが、ノックも慌ただしく広間に飛び込んできた兵士がそれを遮る。 「大変です! 城下町で、不審な四人組がポップさんを連れて逃走中との目撃情報が入りました! 至急応援を願います」 《続く》
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