『勇者になりたいっ! 3』

 
 

「どうだ、いたかっ?!」

「いいえ、いませんっ。確かにこの辺に逃げ込んだはずなんですが……っ」

 兵士達は口々にそう言い合いながら、路地裏で情報を交換し合う。それを、彼は息を潜めて聞いていた。
 兵士達の死角になる路地裏で、彼は兵士をやり過ごそうとする。

 隠れているのは、大柄な戦士。だが、彼は一人じゃなかった。
 彼が押さえつけているのは、魔法使いの少年――ポップだ。肩と口を押さえつけられているポップは、憮然とした表情のまま兵士達の声に耳を澄ませていた。

「とにかく、捜査は慎重に行え! 相手は勇者一行の魔法使いを誘拐した凶悪犯だ、決して油断しないように!!」

「はいっ!」

 兵士達の声が近づくと、ポップを抑えつけている手に力が籠る。それに顔をしかめつつも、ポップは抵抗しなかった。

 兵士達の足音が完全に聞こえなくなってから、ポップはおもむろに腕を前に振りあげ……勢いをつけて肘鉄砲を放った。
 途端に、ポップを押さえつけていた戦士は悲鳴をあげ、手を離す。

「い、いってえっ?! なにするんだよっ、痛いじゃないかっ」

 大袈裟に文句を言う戦士を、ポップは呆れた目で見あげるばかりだ。
 実際、魔法使いのポップの力など、高が知れている。痛がる程のダメージでもないだろうに、大袈裟に騒ぎすぎだ。
 堪え性皆無の戦士に対して、ポップは不機嫌に言う。

「いい加減、離せっつうの。心配すんな、口になんか抑えられなくったって、別に大声なんか出さねえから!」

 人質にしては、態度が大きい。
 そして誘拐犯にしては、戦士の態度は余りに卑屈だった。

「ほ、ほ……んとうに? う、ウソついたりしないよなっ、なっ?」

 ごつい体格といかつい顔――だが、そこに浮かぶ表情はなんとも情け無くって、頼りなげな物だった。
 体裁もへったくれもなく、年下の少年にすがりつかんばかりに哀願する男に、ポップはうんざりしたように言い放つ。

「いい年した大人が、情け無いこと言ってんじゃねえよっ! ウソなんかつかないって、みっともなくって今更顔を出せないのはおれも同じなんだよっ!」

「わわっ、分かった、分かったから、大きな声ださないでくれよ〜」

 必死でポップの機嫌を取ろうとする戦士の後方から、格好だけは勇者風の若い男がやってくる。

「おーい、こっちはダメだぞ、兵士達がウジャウジャいて、どっちに行ったって見つかっちまうよぉ〜」

「こっちもダメよっ、どうすりゃいいのよ、もう逃げ場がないわよぉっ」

「こっちもじゃ、やれやれ……ずいぶんと念のいった警備じゃのう」

 左右の道からやって来たのは、僧侶の女と、魔法使いのじいさんだった。
 絶望的な表情で顔を合わせた四人は、がっくりとその場に膝を突く。そして、声に出して嘆き始めた。

「ふっふっふ……これでオレも……とうとう前科者か……。ああ…、田舎にいる母ちゃんになんて言えばいいんだ……っ」

「この年で牢屋は、ちと堪えるんじゃがのう……」

「ああ、たまに良いことしたかと思ったら……やっぱり柄にもなく人助けなんかするんじゃなかったわぁーっ」

「……一体全体、どーして、こんな大騒ぎになったんだろ?」

 口々にぼやきまくる四人組と違い、ポップはしっかりと立っているが、不機嫌さでは誰よりも勝っている。
 なぜ、こんな事態になってしまったのか、それを問いたいのは誰よりもポップ自身なのだから。

「それを言いたいのは、こっちの方だよ! …ったく、どーしてくれるんだよ? これじゃあ帰るに帰れねえだろうが――本当に、どうしてこーなったんだか……?」

 深々と溜め息をつき、ポップは思わず空を見あげてしまった――。

 

 


 あの時、ポップは魔法を放つ寸前だった。
 牽制として選んだのは、閃熱呪文……ギラだ。
 威力を弱めて撃てば、密着した状態であっても自身に降り懸かるダメージは少なくて済む。

 敵に対する致命傷など、期待もしていなかった。腕を掴む手を怯ませ、逃げだせればいい。それぐらいのつもりだった。
 だが、ぎりぎりでそれを止めたのは、腕を掴んでいたのが見知らぬ賊じゃなく、知り合いだと気づいてしまったせいだ。

 だからこそいきなり担ぎあげられ、口を塞がれるなんて真似をされても反撃しなかった。
 ポップを担いで走り出したのは二人組だったが、すぐに彼らは別の二人組と合流し、四人一段となって走り出す。

 知らない人間が混じっていたのなら、ポップも少しは抵抗しただろう。
 しかし、その全員が知った顔なだけに、ポップはそのままおとなしくしていた。

「こ……っ、ここまで…っ、来れば、もう…大丈夫だろ…っ」

 港からかなり離れた路地裏。
 そこまで走ってからやっと、彼らは足を止めた。離せと要求するまでもなく、ポップを担ぎあげていた戦士は彼を地面に下ろしてくれる。
 開放されたポップは、さっそく疑問をぶつけた。

「おまえら、デロリン達じゃないか?! なんでこんな所にいるんだよ?」

「ちょ、っちょっと…ぜい、ハア…待ってくれ……っ、今、息苦しい…っ」

 外見だけは立派な勇者サマ。
 が、その実態は、インチキじみた偽勇者。
 デロリンという、名前からしてうさん臭いこの若者は、ポップにとって知らない相手じゃない。

 セコい詐欺だの、魔物に襲われて逃げた人々の残した荷物を漁るなんて、火事場泥棒じみた行動がお得意な小悪党揃い。決して褒められるような連中じゃないとはいえ、どこか憎めないこの偽勇者ご一行とは、初対面じゃない。

 ダイと昔、いざこざがあったのは確かだが、調子がいいこの連中の馴々しさに押されて、済し崩しに宴会騒ぎに巻き込まれた覚えがある。

 まあ、後でこの一行の魔法使いマゾッホには助けられたせいもあり、ポップはこの連中を悪く思ってはいない。
 機会があったら、また会いたいとは思ってはいたが……こんな形で再会するとは思いもしなかった。

「――で、おまえら、いったい、何をやってるわけ? まさかとは思うけど、……また悪事に手を出してるんじゃないだろうな?」

 連中の息が整った頃を見計らってから、ポップは直接疑問をぶつけてみた。
 相手が知り合いだからと思って逆らわなかったものの、目的が誘拐だのダイへの腹癒せなのだとしたら……これ以上おとなしくする言われなどない。
 しかし、少しばかりの疑惑を込めた質問に、デロリンは心外とばかりに胸を張った。

「何を言うんだ、オレ達は心を入れ替えたんだって! ロモスでおまえ達の活躍っぷりを見て、もう一度本当の勇者を目指したいって。そして、あんな風にちやほやされたり、ご褒美を貰ったり……あ、いやいや、感謝されたいなーって思ったんだ」

 正直ではあるが、それを美徳と褒めてやってもいいものかと、ポップはしばし悩む。

「――で、心を入れ替えて、何をやってるわけ?」

「そっ、それはその……っ、ま、まあ、弱きを挫き、強きを助けたりとかだな、わはは!」
「それじゃあ、前と全然変わんねえじゃねえかっ!」

 良くも悪くも、この連中ときたら進歩がないらしい。
 頭を抱え込むポップに、デロリンはヘラヘラとしまりのない笑顔を浮かべつつも訴える。


「で、でもさっ、今、君を助けただろ? 自分で言うのも何だけど、なかなかできることじゃないと思わないか? やっぱり正義の勇者を目指すからには、こうでないと!」

「……は?」

 彼が何を言っているのか理解しきれず、ポップはきょとんとするばかりだ。
 と、それを補足したのは、偽勇者の隣にいる妙に色気過剰な僧侶娘だった。

「そうよぉ、あんた、さっき大ネズミに襲われていたじゃない。逃げようかなって思ったけど、やっぱり顔見知りだし見捨てるのもどうかなって思って」

「そうそう! すっげえ怖かったけど勇気を振り絞って、君を助けたんだぞ!」

 戦士も情けない台詞を、力強く言い切ってフォローする。偽勇者にせよ、僧侶にせよ、この戦士にせよ、彼らが一様に誇らしげに目を輝かせているが――やっと事態を飲み込んだポップにとっては、より頭痛が強まるばかりだ。

「あのな〜……っ、おまえら根本的に、すごい誤解してるって、絶対」

 溜め息をついて、ポップは気が進まないながらも口を開く。
 初のお使いを成功させた幼子のごとく、純真な瞳で褒め言葉を期待している偽勇者達に向かって、『真実』を説明し始めた――。

 

 


「なんてこった……。まさかあの大ネズミが怪物小僧の仲間だったなんて」

 デロリンは悄然として呟くが、ダイを怪物小僧と呼ぶならそのぐらい気づけよ、とポップは内心ツッコむ。

 まあ、勇気を振り絞って頑張った正義が、ただの犯罪もどきで終わってしまったという徒労感に沈み込む偽勇者一行が余りに哀れなので、口にまでは出さなかったが。

 実際、彼らの勇気は、褒めていいだろう。悪巧みだの悪気が一切なかったのも分かった。だが、ポップにしてみりゃ有り難迷惑もいいところである。
 チウとははぐれるわ、腰に差していた杖をどこかで落としてしまうわ、あげくの果てには足を挫いてしまったときている。

 まあ、それでも善意からの行動だった上に、こうもしょんぼりされると、これ以上文句も言いにくい。

「やれやれ……結局はワシらの勇み足だったわけか。そりゃあ、すまんことをしたのう、坊主」

 ましてや恩義を感じているマゾッホに頭を下げられると、もはや何も言えない。

「……まあ、分かってもらえたなら、もういいよ。チウなら、あれぐらい大丈夫だろうしな。あいつ、結構根性あるから」

 むしろ、ポップが心配しているのは、案内を途中で投げ出したとチウが怒っているんじゃないかという点だった。それに、無くした杖も探さないといけない。

「じゃ、おれ、用があるから、悪いけどもう行くよ。あんた達も元気でな」

 簡単に話を切りあげると、ポップは元来た方向に向かって歩きだす。
 担ぎあげられた際に捻った足は、最初は別になんともなかった。だが、時間が経つ程にだんだんと痛みが強まってきた。

 今や、ポップはひょこんひょこんと足を引きずっていた。我慢できない程は痛くはないが、痛みに邪魔をされて歩く速度は少しずつ落ちてくる。
 だが、それでもポップは歩きながらきた道を逆に辿っていた。

(あーあ、やっぱりないや。どこで落としちまったんだろ?)

 なぜか後ろからゾロゾロついてくる偽勇者一行よりも、ポップにしてみればどこかで落としてしまった杖の方が気がかりだった。使い勝手がよくて気に入っていた杖だし、何よりあれば師匠マトリフから貰った物だ。

 無くしたなどと言ったら、後でどう文句を言われるかと思うと、どうしても真剣に探さざるを得ない。

 だが、ここまで足が痛むようなら、一度城に戻って誰かに治療してもらってから出直した方がいいかもしれない。そう考えていた時、後ろからおずおずと声がかけられた。

「あのよー。……その…足、痛む、か?」

 申し訳なさそうに聞いてきたのは、戦士の男だった。顔の割には人がいいのか、心底申し訳なさそうな様子だ。
 自分のせいでポップが怪我をしたと知っていて、心配しているのだろう。

「いや、それほどでもないって」

「だけど、さっきから足を引きずってるじゃないの? 相当痛むんじゃない?」

 お色気過剰僧侶もまた、見た目ほどスレていないのか、心配そうな様子だ。

「……って、そういや、そこのあんた、僧侶だったんだっけ。心配するぐらいなら治してくんない?」

 そう頼むと、僧侶は目に見えてギョッと顔を引きつらせた。

「え、ええぇっ?! あ、あたしがっ?!」

(なんで、そこまで驚くかな?)

 聞いたポップの方が、疑問に思う程のうろたえようである。不思議に思いつつも、ポップは彼女に向かって足を突きだした。

「うん、全快までさせなくっても、軽くでいいからさ」

「…………」

 僧侶は迷うように仲間達と顔を見合わせてから、一大決心を秘めた表情でポップの側によってきた。
 そして、真剣な面持ちで呪文を唱える。

「……いたいの、いたいの、とんでけー」

「おいっ、待てよっ?! なんだそりゃっ?!」

 つい全力でツッコむと、僧侶の娘は開き直ったようにわめき立てた。

「なっ、なによ、なによっ、ちゃんとした回復魔法を唱えられるようだったら、あたしだってこんなドサ回りの偽勇者一行なんかに入ってないわよっ?!」

「おい、ちょっと! ドサ回りってのはなんなんだよ、ドサ回りってのはっ?! これでもちゃんと、都心を選んで旅してるのにっ」

 偽勇者一行と呼ばれるよりも、ドサ回りと言われた方に拘って、ケチをつけるデロリンも加わるから大騒動である。

(こ、こいつらって……とことん使えねー…)

 要するに、頼る相手を間違えたのだとポップが深く反省した時、戦士が背中を向けてしゃがみ込んできた。

「? なんの真似だよ」

「……悪かったよ。せめて、怪物小僧と合流する所まで送ってくから、おぶさってくれ」


 そう言われて、ポップも少し考える。
 正直、瞬間移動呪文で帰った方が早いのだが……ポップはとりわけ着地が苦手だ。今の状態で瞬間移動呪文を使ったら、着地の衝撃でより捻挫をひどくしてしまう可能性がある。


 それにこの連中との再会は、ダイやマァムにとっても別に悪い物じゃないだろう。頼りには全くならないとはいえ、面白い連中には違いないのだから。
 再会できれば、それなりには喜ぶかもしれない。

「……分かったよ、じゃ、連れてってもらおうか」

 正直この年でおんぶされるのはあんまり嬉しくはないが、善意からの申し出と思えば、まあ、我慢できなくはない。足の痛みは強まる一方で、自力で歩くにはかなりキツいせいもあるし、ポップは素直に戦士の背中に乗った。

「ところで、拠点にしている場所はどこじゃ。どこの宿屋に行けばいいのかの?」

「いいや、パプニカ城へ行ってくれ」

 ポップがそう言った途端、偽勇者一行が一斉に叫んだ。

「お、お城っ?!」

 ケンカしていたはずのデロリンや僧侶までもが、まさに目の色を変えてポップに詰め寄ってきた。

「あ、あんたらって、今、お城にいるのっ?! すっ、すごいわっ、出世したもんよねー、やっぱり本物の勇者サマ一行ってのは違うわよね〜」

「じゃ、じゃあさっ、じゃあさっ! 勇者一行の魔法使いを送っていったら、オレらってひょっとして間接的とはいえ勇者サマの手助けした英雄候補っ?!」

 実に想像逞しく盛りあがるデロリン達を、ポップは至って冷静な目で見下ろす。

「……言っておくけど、おれを送ってくれたからって、別に褒美なんか貰えないぞ」

 あっさりと手を横に振って、ポップは彼らの希望を全面否定する。
 そりゃあ、迷子のお姫様だの王子様だのを城まで連れて行けば、まだ褒美を貰える可能性はあるだろう。

 が、勇者一行の一員として城に寝泊まりしているものの、ポップは基本的にはただの居候に過ぎない。それを送り届けたところで、ありがとうと感謝の言葉をもらえるぐらいが関の山と言うものだ。

 が、デロリン一行は、変な部分だけ思考がポジティブだった。

「でもっ、もしかしたらってことがあるかもしれないじゃないか! たまたまお城の王様の機嫌が良くって、ご褒美たんまりくれるとか!」

「……パプニカの王様は戦いに巻き込まれたせいで、とっくの昔に行方不明になっているって。お姫様は残っているが、全く期待しない方がいいぜ」

 パプニカ王女であるレオナは、実に気丈にしてしっかりとした少女だ。そのしっかりさは、経済観念においても完璧だ。王族だけあって途方もない金額をさらりと動せる度胸を持つと同時に、無駄遣いを避ける精神も持ち合わせている。

 が、実態を知らないでお姫様に無闇な幻想を抱いているデロリン達は、ポップの忠告など右から左と聞き流す。

「お姫様! そう言えば聞いたことあるぞ、パプニカの王女様ってのはすっごい美少女なんだろっ?! 一度でいいから、お目にかかりたいなーって思っていたんだ!」

 声を弾ませて宣言する偽勇者達の過剰な期待を、ポップはあえて否定はしないでおいた。実際、ポップもレオナに会う前までは似たような希望を持っていたのだから。……実物を知って以来、そんな夢や希望などカケラも残さず砕け散ったが。

「さあっ、いざ目指さんっ、パプニカ城へっ!」

 戦士の声にも、元気が溢れる。
 先程までの善意の申し出に比べると、明らかに五割増なやる気を見せて、偽勇者一行は意気揚々と城に向かって駆け出していた――。
 
                                                  《続く》

 

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