『魔法使いのいない勇者 3』 |
「う〜〜ん? これ、どーすれば通れるのかなぁ?」 30分後。 あの後、あれこれと試しては見たものの、結果的には全くの無駄に終わっている。 入り口を守る仕掛けは、ひどく厄介な代物だった。 かといって、ポップでは格闘系のゴーレムを相手にできるだけの体術が無いだけに、扉に辿り着くことすら、難しいだろう。 協力し合おうにも、結界内に二人以上の人間が足を踏み入れようとした途端、バシルーラが発動して弾かれてしまう。 「いっそ、アバンストラッシュか何かで、ここからあの扉ぶっ飛ばしてみようか?」 と、その提案が終わらないうちに、ポップの拳骨が勇者の頭に落とされる。 「あのな〜っ!? おれ達が何をしにきたのか、忘れたのかよっ!? あの扉を壊したりして、もし中に人がいたりしたら、どーなると思ってんだっ!?」 「あっ」 「『あっ』じゃねえっ! つーか、おまえ、本気で忘れてたんかいっ!? 前にも扉ごと倉庫の中身ごとふっとばしただろっ、おまえはっ」 「あ、あははー、そ、そうだったね」 と、照れたように笑うダイと魔法使いの癖に手の早いポップの掛け合いに対し、ノヴァは呆れるばかりだ。いったいどこからどうツッコめばいいのやら――。 確かに、ダイの技やポップの使った魔法でならば、その気になればあの扉を跡形もなく壊すなど簡単だろう。 だが、言うまでもなく、洞窟の内部がどうなっているかなど、ここからでは窺い知れない。 下手をすれば、扉を壊すどころか洞窟そのものを崩壊させかねない危険な賭けになる。無茶な意見に言葉もないノヴァだったが、意外にも賛成の声が上がった。 「でも、他に、何か手段があるかしら? 多少危険はあるにしても、いざとなったら無理やりにでも壊してしまうしかないんじゃない?」 真剣な表情でそう言ったのは、マァムだった。 (……お、女の子なのに……っ) 女性は淑やかであるべきである――母を早くに亡くし、近しい女性がいなかったせいか、昔気質の父親の女性観をそのままそっくり受け継いだノヴァは、マァムのその発言に半眼にならざるを得ない。 「もし、中に人がいて助けを待っているのなら、放ってはおけないわ!」 乱暴な様でいて、優しい。 ゴーレムが動きださないぎりぎりの距離まで近付いてから、ポップはじっと魔法の光を放つ障壁を見つめ、慎重に手を伸ばす。 ただ伸ばされただけに見える手だが、なんらかの魔法力が籠もっているのか、結界と反応し合ってバチバチと魔法の火花を散らしだす。 「……う〜ん。多分、解除は無理でも、入るぐらいなら出来ると思う」 「本当、ポップ?」 ああ、と頷く間も、ポップは封印の壁から目を逸らさず、真剣に見つめ続ける。 「この手の魔法力による封印は、解除は難しい。でも、広い範囲をカバーするように作られているから、手の打ち方はあるんだ。強い魔法力を一点に集中させてぶつければ、短い時間なら抜け穴ぐらいなら作れるはずだ」 それは、以前ハドラーやザボエラが実践したやり方だ。 魔法が使えないヒュンケルは言わずもがな、ダイやマァムとて魔法は補助程度にしか使えない。 ポップのやろうとしていることが、魔法力を無駄に消費する上に、抜群の魔法センスを必要とする非常識な方法であることなぞ、知る由も無い。 「でも、問題が一つあるんだ。多分……それをやっちゃうと、おれの魔法力は空っぽになるぜ?」 (おいおい……) 勇者ダイの一行は女の子も規格外だが、魔法使いもそうらしいと、ノヴァは呆れずにはいられない。 「キミ……! それじゃ、意味がないだろ」 洞窟探索には、魔法使いは欠かせない。 ましてや、こんな魔法の仕掛けがしてある洞窟ならば、なおさらだ。 「いいや、あるね。この洞窟って、見せかけだけっぽい気がするんだよな」 「見せかけ?」 不思議そうに聞き返すダイに、ポップは小さく肩を竦めて見せた。 「ああ、まずこれってそう古いものじゃないぜ。見掛けはそれっぽくカモフラージュされてるけど、字の書き方とか扉のデザインが古代からの洞窟のものとはちょっと違うんだ」 その言葉には、経験に裏打ちされた確かな見解が込められていた。分析も適格というべきだろう。 現段階で、ノヴァは即座に洞窟に挑戦したダイよりも、行動力で劣っている。 「ずいぶん、洞窟に詳しいみたいだな」 「そりゃあ、先生と旅していた頃、さんっざん洞窟とかに潜ったからな。先生って、洞窟とか遺跡とかがすごく好きでよ、でっくわす度に中に入ってたもん。つきあわされる方は、たまったもんじゃなかったぜー」 師に対する尊敬の念には欠けているポップのその言葉に、ダイやマァム、ヒュンケルまでもが苦笑じみた表情を浮かべる。 「先生らしいわね」 ノヴァにとっては未知の存在だが、ポップが口にする先生や師匠のことは、仲間達はよく知っているのだろう。 「で、この洞窟って、入り口なのに懲りまくった仕掛けが多すぎるんだよな。普通、洞窟ってのは、一番凝った罠や仕掛けは最奥の一番大事な場所にしかけておくもんなんだぜ? それが、初っ端から出し惜しみ無く凝った仕掛けをしてくるってことは――つまり、この扉のすぐ奥が目的地なんだよ」 いかにも自信ありげに言って、ポップは扉に視線を向けた。 「この洞窟は、深くなんかない。それどころか、ごく浅いと見たぜ」 その意見を信じていいものかどうか……ノヴァには咄嗟には判断出来なかった。 だが、彼の言葉を信じるか信じないかは、賭けに近い。 しかし、間違っていれば、一行は魔法使い抜きでこの洞窟を攻略しなければならない。 もしポップの考えが的はずれで、奥が深く、さらなる魔法の罠が仕掛けてあれば……最悪、全滅の恐れすらある。 「うん、分かったよ。じゃ、ポップ、頼むね」 即決したダイに驚いたのは、ノヴァただ一人だったらしい。ヒュンケルやマァムは、異議を唱える様子もなくさも当然の様にその判断を受け入れる。 「ああ、この場はおまえ達に任せる」 「お願いね、ダイ、ポップ」 それを見て、ノヴァも言いたい文句を押さえこんで静観を決め込む。 「ああ、任せときな。けど、あっちのゴーレムはおめえに任せるぜ、ダイ」 と、ポップが指差したのは左のゴーレムだった。 「多分、この封印の解除を始めたら、あれが邪魔しにくるだろうからな。右の奴なら、おれだけでなんとかできるけどさ」 「うんっ」 力強く頷いて、ダイは再びナイフを抜いて身構える。それを待ってから、ポップは両手を前に伸ばして目を閉じた。 「じゃ、始めるぜ」 最初はそれは、何をしているかも分からない光景だった。 戦いには幼すぎる二人は、勇者とその魔法使いというよりは、互いにごっこ遊びに興じているだけの子供に見えるぐらいだ。 だが、ポップの手から生まれだした魔法の輝きが、その場の雰囲気を遊びから真剣なものへと変化させていく。 突如、起き上がったその動きは、ダイが最初に敷地内に入った時とは比べ物にならない速さだ。 「やらせないぞっ!」 堅い金属音を響かせて、ダイは今度はゴーレムの豪腕をがっちりと受け止める。華奢な装飾用のナイフとしか見えないのに、その頑丈さには驚嘆すべきものがあった。 ゴーレムが力押しでダイを退けようとしても、ナイフは曲がりさえもせず、小柄な勇者もびくともしない。 先ほど素早い動きで巨体のゴーレムをかき回して攪乱したのとは逆に、今のダイは力で相手をその場に押さえつけ、動きを封じている。 「危ないっ」 魔法を放つ前兆にノヴァは思わず叫んでしまったが、ダイは動揺の気配すら見せず短く叫ぶ。 「ポップ、斜め右だっ!」 その声に、ポップは一瞬だけ目を開けた。自分目がけて飛んで来る光を見やったかと思うと、うるさそうに片手をそちらに向け、無詠唱で魔法を放つ。 (え……!?) 驚くノヴァの目の前で、魔法同士がぶつかりあい、多少の爆烈の余波を残しつつも相殺された。 同種類の魔法を同じ強さでぶつけ合った場合、その威力は互いに打ち消しあい、相殺される――。魔法理論を習う時に必ずと言っていい程教わる常識だが、それを実践出来る者はほとんどいない。 というか、ノヴァは紛れもなく初めて見た。 だが、自分でやったならともかく、相手の放った魔法を着弾する前に一瞬で威力を見極め、それと同じだけの力を即座に放つなど、そうそうできることではない。 だが、ポップは事も無げにやって見せた。それも、封印解除の片手間として、だ。 (な、なんなんだ、こいつら……!?) ノヴァの背筋に、戦慄にも似た震えが走る。 よほど互いを信用しているのか、ポップもダイも自分の目の前の敵にだけ集中し、互いを見もしない。時折、ダイがポップに、魔法の飛んで来る方向を大ざっぱに指示するだけだ。 だが、それでいながらこの連携のとり方はどうだろう。 だが、ヒュンケルやマァムは驚いた素振りすら見せない。 その自信を証明するかのごとく、ポップはそう時間も掛けずに目的を達した。 「――魔法使いポップの名において、命ずる……! 封印よ、失せろっ」 いささか乱暴な口調でも、その中に籠もる言霊には確かな効果があった。叫んだ瞬間にポップから放たれた魔法力が、魔法で作られた壁とぶつかりあって激しい光を放つ。 「ううっ!?」 目を焼かんばかりの一瞬の光にノヴァは目を閉じそうになったが、ポップの焦った声がそれを許さなかった。 「結界は破った! 早く……っ、中に入れっ」 その途端、疾風のごとき勢いで走り出したのはマァムだった。それに遅れず、ヒュンケルもまた走る。 ポップの魔法解除が失敗していれば見えない障壁にまた弾かれてしまうという危惧すらない勢いで、一直線に洞窟目掛けて走っていく。それに後れを取るのは、ノヴァの矜持が許さなかった。 多少の怯えは拭えなかったものの、ノヴァもまた結界内へと走り込む。一瞬、弾かれるかと思ったが、何の抵抗もなくすんなりと入り込めた。 しかし、ゴーレム達は動く気配はない。彼らは役割を放棄したように、その動きを止めていた。 「ポップッ! 大丈夫?」 切迫した声を出すマァムに対し、ポップは場違いなぐらい呑気な声で返事をする。 「ああ、へーき、へーき。心配すんなって」 その声だけを聞いたのなら、ホッとも出来るだろう。 「ポップ、待ってて、今、回復魔法をかけるから……!」 マァムがポップの元に引き返そうとするのをみて、彼は鋭い声で制止した。 「え?」 「言っただろ、おれじゃ結界解除は出来ないって。今のは、一時的に穴を空けて通れるようにしただけだって。もう、結界はまた復活しちまってるんだ」 「ええっ、じゃあ、ヒュンケル達、出られなくなっちゃうの!?」 と、すっとんきょうな声をあげたのは、ダイだった。 「いいや、そりゃ平気だよ。この結界……基本的に外から中に入るのを拒む仕掛けだから、中から外にでるのは問題がないと思うぜ。けどよ、用事が済む前に迂闊に外に出たりしたら、また入れなくなるぞ」 と、説明をしてから、ポップは自分を抱きかかえているダイを睨み、責めるように文句をつける。 「ったく、どうしておまえは行かなかったんだよ?」 ポップが来なかった理由なら、ノヴァにさえ分かる。 だが、ダイならポップが叫んだ瞬間に走り出せば余裕で中には入れたはずだった。 「だって、ポップ、倒れそうになってたじゃないか。なのに、置いていけるわけないよ」 「バカか、てめーはっ!? あの洞窟に招待されてんのは、本来は勇者なんだよ! なのに、そんなことでせっかくのチャンスを潰したのかよ!?」 自力で動けもしないくせに、ポップは口だけは達者に文句だけはポンポンと言ってのける。 「えー、そんなことなんかじゃないと思うけどなあ。それに、大丈夫だよ」 「何が大丈夫だってんだ!?」 「だって、勇者ならノヴァがいるじゃないか。だから、大丈夫だよ」 なんの衒いも感じさせないその言葉。 だが、その言葉がノヴァに与えた衝撃は大きかった。 今まではごく当たり前のように受け止めていた――だが、今となっては前のように自分が勇者だといいきれるだけの自信がない。 その名を、何のためらいもなく他人に冠することの出来る『勇者』を、ノヴァはしばし呆然と見つめていた。 (これが……ボクに出来るか?) 自分よりもずっとチビなのに、自分よりもずっと大きく見える小さな勇者。 「ダイ、ポップ。おまえ達は先に戻っていろ。洞窟探索ぐらい、オレ達で十分だ」 その言葉に、ポップがムッとした顔をしたのが分かる。が、ダイはそれにも素直に頷いた。 「じゃあおれ達、先に帰るね。後は頼んだよ、みんな」 「ええ、任せて。ダイはポップをお願いね」 武闘家の娘のその言葉に、ポップはしぶしぶのように頷いて見せた。 「まあ、おれのできることはもうねえし、後は任せらぁ」 勇者と認められることよりも仲間の無事を優先した小さな勇者は、魔法使いを支えながら立ち上がった。 「じゃ、ポップ、ルーラするから掴まっててよ」 そして、その言葉と同時に、二人の姿は光の矢となって元来た方角へと飛んでいった――。
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