『世界を巡って ー後編ー』

  

「おやおや。そんな理由で私の所に来たんですか、ポップ」

 いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、アバンは鮮やかな手並みでお茶を入れ、手作りと一目で知れるお茶菓子と一緒にポップに差し出した。
 げんなりした表情のまま、ポップはそれをパクつきながら尋ねる。

「ええ、まあ。で、アバン先生、ヒュンケルがどこに行ったか、知りませんか?」

 メルルの占いでは、ヒュンケルの現在地は分からなかった。だが、彼が何か捜し物をしていたこと、カール王国に行ったことは分かった。
 もし、ヒュンケルがカール王国で何か捜し物をするのなら、アバンを尋ねないとは思えない。

 普段なら過去を気にしてか、ヒュンケルは私用でアバンを尋ねたりはしないが、レオナ絡みで用事があるともなれば別だ。
 ラーハルトのダイへの献身ぶりには及ばないものの、ヒュンケルのレオナに対する忠誠心は、なかなかのものである。

 自分の罪を許し、未来を生きる道を指し示してくれたパプニカ王女に、ヒュンケルは絶対の忠誠を誓っている。
 彼女のためなら、多少意にそまぬことでもやってのけるだろう。
 案の定、アバンはお茶を飲みながら肯定した。

「ええ、来ましたよ。あれは……一週間ぐらい前でしたかねえ?」

「一週間?」

 時間が合わないのを不思議に思い、ポップは思わず聞き返す。
 瞬間移動呪文を使えるポップなら、どの国にでも自在に、一瞬で移動出来るがヒュンケルではそうも行くまい。

 言うまでもないが、パプニカからカール王国は離れている。普通に旅をしたのなら、一番早い船路を使ったとしても一ヵ月近くははかかるだろう。

 ダイやポップが協力しなかったのに、どうしてたった一週間でヒュンケルがここまで移動したのだろうかと頭を悩ませていると、アバンは心得顔で説明してくれる。

「ああ、クロコダインさんと一緒でしたからね」

 その説明に、ポップは納得する。
 ガルーダと言う空を飛べる怪物を従えたクロコダインは、飛翔呪文よりはやや落ちるとはいえ、空中移動することが出来る。

 パプニカからクロコダインのいるロモスへ船で移動し、そこから彼の助けを借りて飛んで来たのとすれば納得のいく話だ。
 が、別の疑問が膨れ上がる。

「……あいつ、それならなんでおれに言わなかったんだよ?」

 半ば独り言のように、ポップは憤慨して文句をつける。
 こと、世界を移動することにかけてはポップ以上に長けた人材はそうはいない。それはヒュンケルも知っているはずなのに、相談さえしないで一人で国を出た事実が、なんとなく癪に障る。

 ……まあ、頼まれれば頼まれたで、ある意味、素直に頷きたくはない相手ではあるのだが。

「さあ? 何か、理由があるみたいでしたが、詳しくは聞きませんでしたけどね。それに、彼の頼みごとが驚きで聞きそびれてしまいました」

「頼みごとって?」

「それがですね、『聖なる織り機』の場所を知らないかと尋ねてきたんですよ」

「はあ?」

 突如として聞こえた突拍子もない言葉に、ポップは飲み掛けていた紅茶を飲むのも忘れ、だら〜と零すところだった。

「おやおや、ポップ、気をつけないと火傷しますよ? それに、零すとせっかくの服に染みが出来てしまうじゃないですか。エプロンかよだれかけでも、持ってこさせましょうか?」

「せ、先生、おれもうガキじゃないんだし、そんなの要らないです! ……って、そうじゃなくて『聖なる織り機』ってなんなんですかっ!?」

「おや、ポップは知りませんでしたっけ? 前に教えたことがあったと思いましたが、忘れちゃいましたか? じゃ、また教えてあげましょうね。いいですか『聖なる織り機』とは、とある美しい娘がですね――」

 と、至って嬉しそうに説明し掛けた師を、ポップは全力で遮った。

「いや、知ってますよ! それ、先生お得意の東方のホラ話でしょうに」

 聖なる織り機――それは有名な東方伝説の一つで、悲恋の織り姫が所有していたとされる魔法道具の名前だ。
 伝説ではどんな魔法効力を織り込めた服でも織れる、神々の残した神器と言われているが……実在性はとことん薄い。

 というよりも、ないに等しい。
 サンタクロースの生け捕りニュースとか、はたまた伝説の王国の埋蔵金発見の話の方が、まだ信憑性が高いかもしれない。

 何しろ、天の川を挟んで思い合う恋人同士だなんて、突拍子もない童話に登場する道具なのだから。
 だが、アバンはチッチッと指を振って見せる。

「ノンノン、そんな風にホラ話と決めつけちゃいけませんね〜。東方伝説には、他の童話にはないロマンに満ち溢れているんですよ! もしかしたら実在するかも――と、そう思うぐらいの余裕は持ちたいものですね」

「…………先生、相変わらずっスね」

 なにやらドッと疲れを感じつつ、ポップは椅子に深く座り込んだ。
 物好きなことでは他の追随を許さないこの先生が、東方伝説なんてうさん臭い話が好きなのは、弟子入りして以来よ〜く知っている。

 まあ、暇な時なら聞くのも楽しいが、今はそれどころではなかった。一刻も早く、ヒュンケルを見つけだして連れ戻さなければならない。
 さもなければ、ポップはパプニカに帰るどころではないのだ。

「それより、ヒュンケルはその織り機をどこまで探しに行ったんです? まさか、天の川とか言わないでくださいよ?」

「まさか。ここから西の方角、半島の南に位置する塔に行ったんですよ。あそこは東方伝説が色濃く残る塔でしてねえ、私も一度行きたいと思いつつ、なかなか機会がなかった場所なんですよ」

 その言葉が終わるまで、ポップは待っていなかった。位置を聞いた途端、鉄砲玉のごとく窓から飛び出していた。





「さて……どうしようかな?」

 高くそびえたつ塔を目の前にして、ポップは思案顔で佇んでいた。
 トベルーラを駆使した結果、思ったよりも早く塔には着いた。が、考えてみれば一週間も前の情報である。

 今も、ヒュンケルがこの塔内にいるだなんて保証は、一ミリもない。だが、他に手掛かりはない上に、ここまで来てただ引き返すのもつまらない。

(とりあえず、てっぺん辺りを探ってみっか)

 かなり高い塔だが、ポップにとっては頂上まで飛ぶなど造作もないことだ。
 だがまあ、望みはほとんどないだろう、などと思っていたが、意外にも上の方から人の声が聞こえてきた。

(嘘だろ、まだいたのかよ!?)

 思わず速度を上げ、最上部まであと少しという階まで飛んでいったポップが見たものは――。

「い、いたーっ、いたたーっ、いたぁーっ!? こ、こらーっ、い、いい加減にコレをなんとかしたまえっ、隊長の命令だぞっ!」

「……って言われてもなあ、この状態じゃさすがになんもできないんスがね、隊長さんよぉ。コレ、壊していいですかね?」

「だめだーっ、このミミックは東方模様の珍しい奴なんだぞっ、こんな貴重な物を壊すだなんて、とんでもないっ! あ、あ、いたたたたっ!?」

 くそやかましい騒ぎ声を立てている大ネズミと、全身金属男を眺めやり、ポップはぼそっと呟いた。

「………………なにやってんだよ、てめーら?」

 呆れ果てるあまり、ポップが半眼になるのも無理はない。
 なにしろ、ヒムとチウは二人そろって仲良くミミックに噛まれているのだから。
 もっとも、二人ともダメージはたいしたことがなさそうだ。大袈裟に騒いでいるものの、チウが噛まれているのは尻尾の先、それもほんのちょっぴりだけだ。

 ヒムの方はまともに頭だの手だの足だのに幾つものミミックが食いているが、なにせ彼はこの世で最も硬いといわれている超金属――オリハルコン製だ。
 ミミックの牙など何のその、子猫に引っ掻かれた程も気にする様子もなく、憮然とした表情で床に胡座をかいて座り込んでいる。

 ダメージがないのは明らかで、ポップと目が合うとヒムはようと、ミミックに噛まれたままの手を高くあげる。

「よ、久しぶり。こんなところで会うなんて、奇遇だな〜」

「あーーっ、変態魔法使いかっ!? きさま、いったいなんでこんなところにっ?」

「それはおれの台詞だっつーの! おまえらこそ、なんでこんなところまで来てんだよっ?」

 チウはこれでも、ロモス王国に仕える森林警備隊隊長。そして、ヒムに至っては、普段はデルムリン島に住んでいるはずだ。

「それがよぉ、話すと長〜くなるんだが、ちっとばかり事情があってよ。実はだな……」
「いや、待て! その話は後でいいから、答えろ。ヒュンケルとおっさんがどこにいるか、知らないか!?」

 自分から問いかけた話を遮って質問をする不躾な態度に、チウはムッとした顔で礼儀がなっていないのなんのと騒ぐが、ヒムは気にする様子もなくあっさり答えた。

「ああ、あいつらなら5日前に会った時にゃ、ランカークスとやらに行くって言ってたな。ロン・ベルクに用事があるんだとよ」

「なんだよ、ランカークスかよ!? 分かった、じゃあな!」

 と、身を翻して飛び立とうとするポップを見て、チウとヒムがそろってわめき立てる。

「「ぅおおおいっ、ほったらかしかっ!?」」

 凸凹コンビのようで、実は息がぴったりな二人を、ポップは面倒臭そうに一度だけ振り返った。

「おめーらなら、どうせ平気だろ? 話なら、デルムリン島に行く時に聞いてやるからさ。あ、礼だけは今、言っとくな。教えてくれて、ありがとよっ」

「な、な、なんだ〜っ、その態度はぁっ!? この薄情者め、だいたい礼を言うぐらいだったら、このミミックをなんとかしたらどうだっ! ……って、ご、誤解するなよっ、別に、ボクは助けて欲しいってわけじゃないんだからなっ!?」

 延々と続くチウのツンデレな文句を、果たしてどこまで聞いていたのやら。塔の外に飛び出したポップは、重力に引かれて自然落下するよりも早く、魔法の力で一直線に飛び去ってしまった――。





「ん? ヒュンケルなら四日前に来たが、すぐにおれの知り合いの職人の所へ行ったぞ。……って、どうした、その顔は」

 まだ日も暮れきっていないのに当然のような顔をして、ロン・ベルクはグビリと酒を飲む。
 いたって機嫌が良さそうな彼を前にして、ポップはげんなりした表情を隠しもしない。
「ははは……、いーんだ、だんだん慣れてきたから。どーせこんなことじゃないかと思ってたんだ、実は」

 溜め息をつきつつ、ポップはそれでも挫けずに質問を重ねる。

「で、職人ってのはどこの誰?」

「ドン・モハメって言う名の、魔族の機織り職人だ。オレ同様の変わり者でな、魔界より人間界の方が気に入って、百年ばかり前から地上をふらふらしている男だ」

「…………魔族で機織り?」

 かなりミスマッチな生まれと職業な気がしたが、この際、他人の職業にいちゃもんをつけている場合ではないと、ポップは思い直す。

(それに、所詮はロン・ベルクの友達だもんなー。変わり者で当たり前か)

 何気に失礼なことを考えつつ、ポップは肝心なことを質問する。

「まあ、それはいいや。で、その人はどこにいるんだよ?」

「聞いたが、興味が無いから忘れたな」

「おいっ!? 思い出してくれよっ、つーか、思い出そうと努力ぐらいしてくれたっていいだろっ!?」

 食ってかかるポップを気に留める様子も、ましてや思い出す気配すら見せないロン・ベルクの代わりを務めたのは、彼の弟子だった。

「先生、ドン・モハメさんなら、この間、ここでブロキーナ老師様と意気投合して、しばらくロモスの山奥に世話になるって言っていましたよ。お忘れですか?」

「また、ここにいたのかよっ、ノヴァ?」

 今まで料理していたのかエプロン姿のノヴァは、手にしたトレイを甲斐しく師匠の元へと運んでいく。
 どうやら、今まで酒のお摘まみを作っていたらしい。

 弟子入り当初に比べると料理の腕や手際は格段に上達したっぽいが、リンガイア王国将軍としてそれはどうよと思わずにはいられない。

「なんだっておまえは、いっつもいっつも来る度にいるんだよっ!? ホントに国で仕事、やってんのかっ!?」

「その言葉は、そのままそっくりキミに返すね。よくもまあ、そうやっていつもルーラでふらふらとあちこちを飛び回る暇があるものだね。勇者様お誕生旅行会なんてやる余裕もあるみたいだし、パプニカってのはよっぽど暇なのかい?」

「んなわけあるかっ!! 死ぬ程忙しいわいっ!」

 心の底から、ポップは魂の叫びを上げる。
 だいたい、ポップも暇なわけでも無ければ、好きでこんな風にルーラで飛び回っているわけでは無いのだ。

(姫さんの頼みでさえなきゃ、誰がヒュンケルを探すためなんかにこんな真似……っ!)

 ムカムカと苛立ちが込み上げてはくるが、それをレオナに直接ぶつけるような度胸など、当然のごとくポップにはない。
 よって、八つ当たりにもほどがあるが、怒りの矛先はヒュンケルへと向かう。

 冷静に考えれば、ヒュンケルとてレオナの命令で世界を飛び回っている上に、移動呪文の使えない彼の苦労が自分の比ではないぐらい分かりそうなものだ。
 が、今のポップは完全に頭に血が上っていた。

「こーなったら、絶対、あいつを見つけだしてさんざん文句を言ってやるっ」

 そう叫ぶなり、世界の果てまで探しに行くような勢いで、ポップは再び瞬間移動呪文を唱えた――。





「なんだって、おっさんっ!? あいつ……っ、パプニカに戻っただってっ!? いつだよっ!?」

 と、噛みつくような勢いで怒鳴りつけてきたポップに、クロコダインは目を白黒させつつも、律義に質問に答えた。

「あ、ああ、おまえが来る少し前だったかな。やっと用事が済んだから、これで帰れるといって、キメラの翼を使ったんだ」

 キメラの翼――自分の居住地のある町まで、一瞬で帰ることのできる魔法道具の名前だ。移動呪文に比べればかなり使い勝手の悪い簡易的な効果しかないが、魔法を使えない者にとっては重宝するアイテムには違いがない。

「くそっ、ここまできて行き違いかよっ!? せっかく世界を巡ってここまできたのに――っ!」

 地団太を踏むような勢いで、ポップが叫ぶのも無理はない。
 なにせ、あの後もヒュンケルの手掛かりははポップをやたらと振り回してくれたのだから。

 ブロキーナの家に行ってみれば、ドン・モハメはふらっと間の森に散歩に行ったっきり二日ほど帰ってきていないと言われ、慌てて探しにいくはめになった。

 さんざん森の中を探した揚げ句、件の変わり者魔族がちゃっかりとネイル村のマァムの自宅で、レイラの手料理に舌鼓を打っているところを発見した時は、本気で殺意が沸いたものである。

 だがまあ、ポップの苦労談はヒュンケルやクロコダインに比べればましというものだろう。
 なにせヒュンケルは、ドン・モハメに会った後、『雨雲の露』というアイテムを探しに行ったらしいのだから。

(雨雲の露って……まさか東方伝説で、悲恋の片割れの男が流した涙っていう、伝説のアレかよっ!?)

 伝説上では、その、この上なく澄んだ涙の滴は、天の川の中に混ざりこんだと言われている――。
 それを聞いてポップは、一瞬そこまでヒュンケルを追って行かなければならないのかとゾッとしたが、幸いにも彼はすでにその用事を済ませた後だった。

 クロコダインはともかくとして、ここ三週間余り冒険に飛び回ったであろうガルーダの消耗ぶりをみれば、それが簡単な場所ではなかったことだけは伺える。
 巨体のクロコダインを掴んだままパプニカから死の大地まま何往復も出来るはずの巨鳥は、今は目を回してキューキューと情けのない鳴き声を漏らしている。

 いったいどこまで探しに行ったのかは気になるところだが、この際、それを追及する時間が惜しかった。
 うさん臭い東方伝説など、世間にはごろごろ転がっている。本物はともかくとして、伝説の魔法道具の名のついた偽物やバッタものなら、探せば結構手に入るものだ。

 ヒュンケルが何を探しにいったかなど、ポップは最初から問題にしていない。とりあえず、本人を見つけるのが先決だ。

『必要な道具は全部そろったから〜、望みどおりの物を作ってあげたんだよ。いやあ、久し振りにいい仕事が出来て満足だねえ〜。このドン・モハメ、会心の作だよ〜』

 小太りで気のいいおっさんという雰囲気を漂わせたドン・モハメは、事前に知っていなければとても魔族には見えなかった。実際、レイラやネイル村の人々は、彼を間の抜けた迷子の男と信じて疑っていなかったことではあるし。

 その彼の口から、ヒュンケルとクロコダインがロモス城の方に向かったと聞いてやってきてみれば、またも一足違いとは――。

「あーっ、もうむかつくっ。何回擦れ違ってると思ってるんだっ! 今時、三文吟遊詩人だってこんなベタなすれ違いメロドラマなんて謡わねえっつーのにっ!」

 カンカンになって怒鳴り散らすポップに、クロコダインは戸惑いながらも親切に忠告してくれる。

「ところでポップ、ヒュンケルになにか急ぎの用事でもあるのか?」

 それを言われて、ポップはハッとなった。

「いけねっ」

 正直言えば、ポップはヒュンケルに用などない。
 が、ここまで苦労してヒュンケルを探しまくったのに、全くの無駄足で終わるだなんて悲しすぎる。この件がレオナに知られたら、どれだけ嫌味を言われるか、しれたものじゃない。

 せめて、ヒュンケルがレオナの前に戻る前にパプニカに戻らなければと、ポップはセコくも決心を固めた。

「ありがとなっ、おっさん。じゃ、また今度っ」

 それだけを言い残し、ポップは瞬間移動呪文を唱えてパプニカへと向かった――。





 ゆらりとふらつく身体を支えるように、足は一歩一歩力強く大地を踏み締め、身体を前へと勧めていく。
 その戦士が、長旅をしてきたことは誰の目にも明らかだった。

 埃にまみれただけでなく、戦いのせいであちこち裂けたり、破けた旅装束が、彼のこれまでの旅の過酷さを如実に語っている。
 相当に疲れが見て取れずにもかかわらず、執念にも似た力強さで歩き続けるその姿には、鬼気迫るものがあった。

「と、止まれ! この先はパプニカ城だ、夜間は許可がない者は通せないぞっ」

 正門を守る兵士達はその戦士を警戒して思わず行く手を阻んだが、彼は姿勢を正して正式な名乗りを上げる。

「オレは……パプニカ王国近衛騎士隊長、ヒュンケルだ。ただ今、帰城した、開門を要求する」

 見慣れぬ旅装束の上、かなり汚れた格好だったために気がつかなかったが、よくよく見ればそれが自分らの上司と気がついた兵士達は、平伏さんばかりに恐縮した。

「えっ!? た、隊長っ!? も、申し訳ありませんでしたっ」

「こ、これはご無礼をっ、どうぞお通り下さいっ!!」

 城の中へと入ったヒュンケルは、最初、王間の方向へ向かおうとして、足を止めた。
 今の自分の身なりが、貴人に面会を申し込むには不向きだと思ったのか、自室の方向へ向かう。
 だが、その気遣いはある意味では無駄だった。

「遅かったわね、ヒュンケル。待ち兼ねていたわ」

 本来なら玉座に座っているべき高貴なる少女は、魔法使いの少年に先導されてこちらに駆けつけてきたところだった。
 一瞬不思議そうな顔をしたものの、ヒュンケルは礼儀ただしく頭を下げる。

「はっ、お待たせしてすみませんでした」

「いいのよ、それより、例のものは……?」

 期待に目を輝かせながら、レオナは待ちきれないとばかりにヒュンケルを急かす。

(そういや、姫さんが頼んだのって、なんなんだろ?)

 とにかくヒュンケルを探すのを優先したためと、レオナに聞きそびれたせいで、結局ポップはそれは知らないままだった。
 さっきまではそれどころではなかったが、ここまでくるとさすがに好奇心が沸いてくる。

 姫の催促を受けて、ヒュンケルは大切そうに背負っていた荷物から、厳重に包まれたものを取り出すのを、ポップも思わず見入っていた。
 幾重にもまかれた布を解くと、途端に広がるのは水の細流。
 流れ落ちる水の動きが、突然目の前に広がった。

「えっ!?」

「なんだ、こりゃっ?」

 予想外の光景に、目を見張ったのはポップだけではなくレオナもだった。
 その透明感や動きは、水そのもの。だが、よく見れば、それは水であって水ではなかった。

 水の流れを再現したとしか思えない模様を持った、不可思議な布で作られた服。
 ゆったりとしたデザインの前で合わせるタイプの服で、帯で緩く止める形状はバスローブに近いと言えるだろう。

 手を近付けるとひんやりとした冷たさを感じさせ、涼やかな水音を常に立てているその服の名を、ポップは知っていた。

(こ……、これ、水の羽衣じゃねえのかっ!?)

 東方伝説で語り伝えられる、伝説上の服。
 ただの布の服でありながら、並の鎧を遥かにしのぐ防御力に加え、炎に強い耐性を持つと言われる魔法使いや賢者にとっては最強の装備だ。

 昔、アバンから聞いた時は、そんな都合のいいアイテムがあるわけがないと笑い捨てたものだが、まさか本当にお目にかかるとは。
 確かに、こんな伝説級のアイテムを探すためになら、世界を巡り歩くのも頷ける。

 驚きのあまり言葉もでないポップと同様に、すぐ隣にいるレオナもしばらくは硬直しきっていた。
 だが――しばしの間を置いてから、レオナはやけに冷めきった声で不機嫌に言った。

「…………なに、コレ?」

(おいっ、姫さんっ!?)

 聞いているポップの方がギョッとするほど冷淡な言い方に、ヒュンケルはどこまでも真面目くさって答えた。

「姫のご注文通り、オレの知っている範囲で最高の『水着』です」

 その瞬間、確実にその場の空気が凍りついた。
 いっそ、服の水が凍りつかないのが不思議なぐらいの冷ややかな空気を切り裂いて、雷鳴のごとくレオナの怒声が響き渡る!

「な……っ、何考えてるのよーーっ、こんなのセクハラもいいところよっ、なにっ、見損なったわっ、ポップ君ならまだしもヒュンケルがこんな趣味だったなんてっ! こんな透け透けの『水着』なんか人前で着れるわけなんか、ないじゃないのーっっ!?」

 顔を真っ赤にして怒りまくったパプニカ王女は、こんなものを見るのも嫌とばかりに思い切りよく踵を返して走り去った。

 そして、取り残された兄弟弟子は、それぞれに違う理由ながらも、唖然とした表情でそれを見送る。
 取り残された二人の間に漂うのは、さっきまで以上に気まずい沈黙だった。

「……何が、いけなかったのだろうか?」

 ぽつんと、ヒュンケルがそう口にするまで、優に五分以上はかかっただろうか。
 レオナの憤慨の理由が本気で分からないのか、ただ難しい顔をしている兄弟子を、ポップは呆れ果てた目で見上げる。

「いや、何がもなにも、誤解だらけっつーか、なんつーか」

 本気で頭を抱えつつ、ポップには薄々この『喜劇』の成り行きが見えてきた。

(そういや、もうすぐデルムリン島にいくんだもんなー、姫さんが『水着』を欲しがるわけだよな……)

「ところでヒュンケル、てめえ、『水着』がなにだか知らなかったのかよ?」

 念のため、もしやと思いつつ聞いた質問に、ヒュンケルは聞いた方が後悔したくなるような爽やかさで、さらっと答える。

「水で出来た服、ではないのか?」

「違げーよっ!! つーか、それ一ミリもかすってねーよぉおっっ! うぁあっ、前から一度聞きたかったが、アバン先生にナニ習ってたんだっ、てめーわっ!?」

 と、ポップは腹の底から、思いっきり絶叫せずにはいられなかった――。





「……そうだったのか。するとオレは……、姫を失望させてしまったようだな」

 ポップの説明を聞いて、ヒュンケルはがっかりと肩を落としながら手にした『水の羽衣』を見つめていた。
 戦いの場ならばともかく、平和な世では伝説の防具の効力などさしたる意味もない。

 しかも、このドレスは綺麗は綺麗であるが、手が透けて見えるこの素材……どう考えても、慎みと常識を持った淑女が求める『水着』とはかけ離れている。

(それ以前の問題だっつーの。どうしてこいつって、変なとこでヘンにズレまくってんだか……)

 と、呆れ果てつつも、ポップがそれを口に出さなかったのは、あまりにもヒュンケルがしょんぼりして見えたせいだ。
 まあ、勘違いから発生した行動とはいえ、世界を巡って伝説の防具を手に入れる冒険が、そう簡単だったわけはない。

 ルーラで半日足跡を追っただけのポップでさえヘトヘトになるような旅を、クロコダインやガルーダの力を借りたとはいえ半月で成し遂げたのだ。
 その苦労を思えば、これ以上文句を言うのもどうかと思い、黙っていてやったポップだが……その目の前に『水の羽衣』が差し出された。

「なんだよ?」

「いや……、せっかく作ってもらった物を、無駄にするのは忍びないと思ってな。ドン・モハメ氏に無理を言って、短期間で作ってもらったものだし」

 と、ヒュンケルは『水の羽衣』をポップに手渡そうとする。

「おまえなら、使えるだろう。これは、着る者があるい程度以上の魔法力がないと、効果がないそうだ」

 と、その説明までだったら、ポップも『水の羽衣』を受け取るのは吝かではなかった。ポップとてアバンの弟子、東方伝説には人一倍詳しい。
 レオナのように、『水の羽衣』の価値が分からないわけでもないし、興味はあった。
 が、ヒュンケルの次の言葉がポップの手を止めさせた。

「姫のサイズに合わせた特注品だが、おまえならなんとか着れるだろう」

 ぴきいっ。
 こめかみにひびが入ったかと思う程、自分の顔が引きつるのをポップは自覚した。が、ヒュンケルの方ときたらそれにまったく気がつかないのか、さらに余計な言葉を続ける。
「あ、そう言えば、この服は素肌の上に直接身につけないと効力がないと言っていたな」
 それが、トドメだった。

「て……っ、てめえのセクハラは男女無差別超天然系かっ!? 鈍いのもいい加減にしやがれ、この無表情なふりして実はむっつりばっちりスケベ戦士めが――っ!」

 今度はポップが力の限り怒声を浴びせまくり、ついでとばかりにメラゾーマを打ちこんで、その場を立ち去る番だった――。





 その後。
 冷静さを取り戻した後で、ヒュンケルの努力と無知さに免じて今回の件を許すことにしたレオナとポップだったが……『水着』の受け取りだけは頑として拒否した。

 結果、天下無双と言われた魔法使い系最強の伝説の防具は、使われる当ても見込みもなく、専業戦士であるヒュンケルの手元に残された。

 結局は彼の自室の箪笥の中で、涼やかな水音をかすかに響かせながら、今も空しくぶら下がっているという――。

 


                          END


《後書き》
 21000hit記念リクエスト、『ヒュン兄さんがレオナ姫に無茶な命令をされて、なんとか任務をこなす話』でした!
 あれ? ……実は全然こなしていない気がしますです(笑)
 また、ついでにいうのなら、これは一周年記念アンケート祝いも兼ねていまして、上位にはいってきた人気キャラクターを脇にふんだんに出してみました!


 ところで、水の羽衣はDQ2で一番好きなアイテムだっただけに、愛着が強いです!
裏技を駆使して、二枚手に入れた覚えがありますね〜v
 
 

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