『失われたもの 5』 |
尖った岩山だらけの、荒涼とした死の大地に、大小の人影が下り立った。 「いてててっ、ら、乱暴だな、君は! もっと安全運転はできないのかねっ!?」 鼻をまともにぶつけたチウはガルーダに向かって文句をつけるが、怪鳥は聞く耳持たぬとばかりに知らん顔だ。 「クエエッ」 一声鳴くと、ガルーダはネズミなど相手にはしていられないとばかりにさっさと背を向け、岩かげに隠れるようにして、首を丸めて眠りの体勢を取る。 「じゃあ、クロコダインさん、ぼくはあっちの海の方を探してみますから!」 そう言いながら、チウはトテトテと海岸の方へと向かい、その辺に漂っているしびれくらげに声をかけ始めた。 飛翔呪文が使えるとはいえ、ダイはあまり魔法が得意とは言えない。ポップならばガルーダよりも早く飛ぶことができるが、ダイの速度はそれよりもずいぶんと劣っている。 同時にパプニカを出発したのに、飛翔呪文で飛んで来たダイの方が遅かった事実を、クロコダインは責める気にはならなかった。 「ダイ。とにかく、手分けして探すとしよう」 「うん……」 頷いたもののダイの目は海ではなく、大きく地面が抉れた跡の残る大地を見つめていた。 「ダイ」 さっきよりも強めの声で、クロコダインは動かないダイの名を呼ぶ。 「気持ちは分かるが……引き受けたことは、やるべきだろう。それに、ポップのことは――」 言いかけたクロコダインの言葉を、ダイが強い口調で断ち切った。 「分かってるよっ!」 いつものダイらしくもない、怒りに任せたような強い反発に、クロコダインは思わず目を見張る。 「ご、ごめん、クロコダイン。おれ、ちゃんとやるよ。じゃあ、こっちでも探すから……!」 言い訳するように早口に言い捨て、ダイは海の中に飛び込んだ。クロコダインは痛々しい物を見つめるような目で、それを静かに見送った――。
数時間前――。 辛そうな表情を見せたのは、彼女ばかりではない。その場にいる全員……勇者一行の大半のみならず、三賢者やバダックなどもが、沈痛な表情を隠せない。 だが、それでも気丈なレオナは顔を真っ直ぐに上げて、言い聞かせるようにダイに言った。 「もちろん、ポップ君の捜索や救出を諦めたわけじゃないわ。ただ、最優先にすべきことはダイ君の剣の確保ではないかという意見が、あがってきたの」 レオナが集めた王達は、勇者ダイをバックアップするという方向で合意した。 彼らが合意したのは、ダイの実力を認めたからに他ならない。 ――つまり、言い換えれば……『ダイの剣を持った勇者』こそが、世界の指導者達が求める勇者像であり、力を貸すに足る存在でもあるのだ。 ダイの剣を持たない勇者に対して、不安を抱いている者は少なくない。 「……その意見が、間違っているとは私も思えないわ。ポップ君を助けるにしても、武器があるに越したことはないもの」 そう説得しながらも、レオナの声にはある種の苦みが混じる。 レオナには、分かっている。 物事には、良い面と悪い面が必ず存在する。それはコインの裏表のようなもので、決して切り離せるものではない。 いくら一国の王女という肩書きがあるにせよ、それだけで国を自在に動かせる権力があるわけではない。 レオナにできるのは世界に迫る危機を訴え、それを実感してもらうと同時に、できる限りの協力をダイ達に向けてもらえるように提案すること。 全部の王国が対等な立場で話し合い、世界平和のために協力し合う……それが、レオナが求めた世界会議の議題であり、命題だ。 だが、この対等というのが落とし穴だ。 今までさしたる戦果を上げてこなかった勇者一行の魔法使いの救出より、この先の戦いの結末を左右する勇者の剣を取り戻すことを優先すべきだと、王達が求めたからと言って、それを切り捨てられない。 非情なようだが、戦いや政治の場においては感情は不要の物。 国同士の繋がりを考えれば、ここでその要求を切り捨てるのは不利だと考えるだけの聡明さが、レオナにはあった。 だが、レオナのその思考は、仲間を一番先に思うダイやマァムから見れば、冷たいとしか思えないものだった。 「レオナ……! それ、本気で言っているの? 武器なんかよりも、人命の救助の方が大切でしょう!?」 自分を非難するマァムの言葉を、レオナはあえて受け止める。 「マァム、姫様も……」 エイミが主君を庇おうと口を開きかけたが、レオナは無言のまま、目でそれを制した。 会議の場で、レオナはぎりぎりまでポップの救出を優先するように進言し、説得に努めた。 「……姫様…………!」 不満を言葉にはしないものの、大きな目からポロポロと涙をこぼれさせるメルルを見るのは、マァムに責められる以上に辛い。 「そうだよ、レオナ! ポップを助けに行くんじゃなかったのか!?」 覚悟は決めていても、ダイからの糾弾はレオナにとっては誰のものよりも辛い。マァムの時のように受け流せず、ひどくショックを受けた様子で反射的に言い返す。 「それは、あたしだって……っ!」 ギュッと唇を噛み締めたレオナは、高ぶる気持ちを押さえつけながら、それでも声を落ち着かせようと努力をする。 「――あたしだって、本当はポップ君の救出を優先したい……!」 瞼を忙しく瞬かせるのは、彼女が必死に涙を堪えているせいだ。 「でも、手掛かりが無いの。魔王軍からもなにも言ってこないし、そもそもこっちには敵の本拠地の情報すら全くと言っていい程に無いのよ。ポップ君が今、どこにいるのか……それさえ、分からないわ」 今にも泣き出しそうな衝動を堪えるレオナの悲痛な表情に、ダイやマァムでさえ言葉を無くす。 それを聞いてメルルが泣き崩れるのは、責任を感じているせいか。 傷ついている仲間達を、クロコダインやヒュンケルは黙って見守っていた。 軍団長という立場に立っていた彼らには、理解できたからだ。レオナの立場の辛さと、個人的感情を押し殺してまで任務に応じなければならぬ、『組織』というものの大きさを。 だからこそ、せめて無言のままでいることで、健気にも世界を一つにまとめて勇者一行の力になろうとしている少女を、細やかにでも援護しようと考えた。 だが、自分達のそんな消極的な援護など、なんの助けにもならないことは、彼らが一番良く分かっていた。 こんな時に、ポップがいてくれたら――。 そう、思ったのは、彼らだけではなかった。おそらく、この場にいた全員が同じ感想を抱いただろう。 もし、ポップがいれば、この場の雰囲気は大きく違う物になったに違いない。 それを思えば思う程、今、この場にはいない魔法使いの少年の存在の大きさを、彼らは実感せずにはいられなかった――。 (ポップ……、無事、なのかな) 冷たい海の中、必死に目を凝らしながら、ダイは無意識にポップの姿を探していた。 もっとも、本来の目的である剣探しも忘れているわけではない。 マァムやヒュンケルも行きたがったが、ポップがいない以上、瞬間移動呪文の使い手はダイしかいない。 仕方がなく、飛翔呪文で飛んでいくしかなかったが、そうするとダイは自分一人で飛ぶのが精一杯だ。 それに、ダイとクロコダインは水中探索は他のメンバーよりも向いている。 長いといってもさすがにクロコダインには及ばないが、通常の人間の数倍近い時間は水に潜りっ放しでも平気だ。 海底近くまで潜りながら、ダイはゆっくりと周辺を探っていた。だが、ダイの剣は一向に見当たらない。 (変だな……) あの時、ダイが投げ捨てた剣は、海中にまっすぐ落ちた。 息が苦しくなってきたので、一度海上に上がると、遠くでクロコダインもまた息継ぎに上がってきたのが見えた。 「クロコダイン、見つかったー?」 「いや、まだだ。もう少し、範囲を広げてみるか」 そんな会話をしている彼らは、気がつかなかった。
ダイへの人質に使う気はないが、さりとて自由にしてやるほどの義理もない。 もし、ダイ達を一ヵ所におびき出す必要が生じた時のための囮にでもするかもしれない程度の、腹積もりはある。 生粋の人間であるポップが、魔族をも閉じ込める牢獄の中でそうそう長生きできるはずもない。 とりあえずは生かしておくが、途中で死んでしまっても一向に構わない、何の価値もない駒。 ぼんやりと座っているだけのポップは、牢屋に近付いてきた人影に反応して、顔をそちらに向ける。 「おまえは、誰だ……!?」 ポップの顔に浮かんでいるのは疑問や不安であり、警戒や敵意ではない。 ポップよりもはるかに小柄で、まるで子供のような背丈や体格にも関わらず、年老いた姿を持つ魔族。 だが、体格とは裏腹に、彼には可愛らしさなど微塵も感じられない。その目はいかにも陰険そうであり、他者を見下す侮蔑の色合いがはっきりと浮かんでいる。 「誰、か。ふん、それさえも忘れてしまうとは情けない奴よのう、ヒッヒッヒ……」 その言い方にムッとしたのか、ポップの顔に反感が浮かぶ。しかし、檻の向こうに立っている魔族は、気にした様子もなく得意げに言ってのけた。 「まあ、そんなことはどうでもよい。小僧、一つ忠告してやろう。このまま、この城の中にいれば、おまえはいずれ死ぬぞ」 淡々とした言葉――だが、だからこそ確実に起こり得ることを語っている現実味があった。 「な……っ、なんで、おれが死ななきゃなんないんだよっ!?」 言い返すポップの表情には、驚きよりも怯えの色が強い。 「死にたくないか? ヒッヒッヒッ……、なんなら助けてやらんでもないぞ」 カランと音を立てて、腕輪が牢の中に投げ込まれる。それは回転しながら、はかったようにポップの目の前まで転がってきて、止まった。 音や堅さから金属だと分かるが、糸をぐるぐると幾重にも巻きつけたようなデザインの腕輪だ。 「助かりたかったら、その腕輪を手にはめることじゃな――」
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