『失われたもの 11』

  

 それは、一見彫刻のように見えた。
 鋭い刃物を無理やり繋ぎ合わせて人間の形を作ったような、不自然な人形。だが、異形とは感じても醜く見えないのは、機能美を追求したかのような無駄のないフォルムと、なにより全身を満たす銀色の輝きのせいだろう。

 ハドラーの私室で、控える姿勢のまま身動き一つしなかった彫像は、主君が部屋に戻ってくると恭しく一礼した。

「フェンブレンか……どうした?」

 わずかに訝しがる声が、ハドラーの口から漏れる。
 フェンブレンの現在の役割は、死の大地の唯一の入り口である海底にある魔宮門の番人だ。

 この門については、警備上、一番に警戒しなければならない場所だ。一応は入り口という性質上、他の場所よりも格段に侵入しやすくなっている。
 バーンの許可を得た者しか開閉出来ず、勝手に出入りできないように呪をかけてあるとはいえ、絶対に不可侵というわけではない。

 バーンの本拠地である城は、現在、死の大地に偽装する形で隠されている状態だ。
 城の機能の大半を偽装に当てているために、この城のもつ本来の防御能力や出入りを拒む結界の威力が犠牲になっている。

 バーンの城……バーンパレスが本来の姿と機能を発揮する時まで、死の大地の警護をするのが、超魔生物と進化したハドラーに与えられた任務だ。

 ダイやクロコダインが一度、死の大地に戻ってきて海に潜って何かを探しているという報告を受けて以来、アルビナスは念を入れて門の見張りを強化した。

 金属生命体であるハドラー親衛隊は呼吸など最初からしていないため、水中での活動になんの支障もない。何日でも、平気で水に潜ったままで見張りをすることが可能だ。

 その中で、フェンブレンが門番にあてられたのには理由がある。
 打撃技を得意とする者の多い親衛隊のメンバーの中で、刃物による攻撃を得意とするのは彼だけだ。

 水中では打撃の威力がどうしても衰えることを思えば、刃物での攻撃を主体とし、水中でも威力をさして減じることなく発動する真空系呪文の使い手であるフェンブレンは、打って付けだった。

 フェンブレンも自分に最も向くと命じられた任務に誇りを抱き、しっかりと勤めているはずだった。
 その彼がハドラーの命令もなく自室に戻っていることに、疑問を抱くのも当然だろう。と、その疑問を読み取ったように、フェンブレンは報告し始めた。

「突然の帰還、申し訳ありませぬ、ハドラー様。ですが緊急事態につき、ブロックと門番を交替してご報告に参りました」

 そういいながら、フェンブレンはスッと、手にした一本の剣を捧げるように目の前に掲げた。

「海中での見張りの途中で、この剣を発見しましたもので……これはハドラー様にご報告申し上げるべきと思い、持参致しました」

 そう言いながら捧げられた剣は、フェンブレンの腕と同じ輝きを放つ。それは、紛れもなくダイの剣だった――。








「はぁおっ! ほぉわちゃーっ! きょほーっ!」

 パプニカ城の中庭。
 珍妙な掛け声をあげながら、次々とけったいな構えやらポーズをとっている大ねずみの姿を見て、クロコダインはつい笑ってしまいそうになるのを堪えた。

 それを笑うのは、失礼というものだろう。
 なにしろ、本人は大真面目なのだから。

 たとえ第三者の視線から見れば、けったいな踊りを繰り返しているにすぎないように見えたとしても、本人的には本気なのだろう。
 ひどく熱心に武闘(?)の稽古に励んでいるチウの側には、クロコダインの愛鳥であるガルーダまでもがいる。

 汗を流しつつ稽古に精をだしている怪物達を微笑ましく眺めながら、クロコダインは彼らに近寄った。
 と、うっかりと踏みつぶしてしまいそうな足下に、金色の固まりがちんまり座っているのが見えた。

「お? なんだ、おまえはダイ達と一緒に行かなかったのか?」

 ゴメちゃんを潰さないように気をつけながら、クロコダインは掌の上にすくいあげる。そのついでにごつい指で器用にツンと、小さな金色のスライムを軽くつつく。

 戦いの時以外は、ゴメちゃんはダイといつも一緒にいると言っても過言ではない。
 それはすなわち、ダイと行動を共にする機会の多いポップとも一緒にいた、ということだ。

 ダイとポップとゴメちゃんが、そろって行動してはしゃぎまくっている図というのは、勇者一行にとっては見慣れた光景だった。
 戦いの合間の日常としては、ありふれた光景。

 だからこそ、ダイとポップが連れ立って出かけるのなら、ゴメちゃんも一緒に行くと思ったのだが、どうやらその予想は外れたらしい。

「ピーピピピ、ピピー……」

 どことなく沈んだ声で鳴き、ゴメちゃんは心配そうにチウ達を見つめている。その意味が分からず、クロコダインは首を捻らずにはいられない。

 チウは熱心かつ楽しそうではあるし、それに付き合っているガルーダも、別に問題があるようには見えない。
 よって、クロコダインは疑問を胸に沈め込めたまま、チウに声をかけた。

「精が出るな、チウ」

「あっ、クロコダインさん!」

 手を止め、チウは嬉しそうに挨拶してくる。最初に会った時は、クロコダインはチウを少しばかり頼りなく思ったし、チウの方もクロコダインに怯えた様子を見せた。

 だが、今となってはクロコダインはチウがなかなかの根性の持ち主だと承知している。
 チウの方も持ち前の順応力を生かして、すっかりとクロコダインに慣れ、先輩に対するように気軽に声を掛けてくるようになった。

「なんだか、最近、むずむずする気持ちが強くなったから、鍛練をやり直してたんですよ、クロコダインさん!」

 得意そうに言いながら、チウはガルーダをパンパンと叩く。

「話を聞いたら、このガルーダ君も同じ意見のようだし。いっちょ、もんでやっていたわけですよ、わはははっ」

 胸を張って笑うチウのすぐ隣で、ガルーダが迷惑そうな顔をしつつ羽づくろいをしている。
 単純に戦闘力だけで比べるのだとしたら、チウとガルーダでは段違いだ。間違いなく、ガルーダの方が強いだろう。

 だが、そんなことにも気付かずに先輩ぶって振る舞うチウに、いちいち反発する程にガルーダは大人気ない性格ではない。我関せずとばかりに見逃しているのだろう。
 だからクロコダインが気にかかったのは、別の部分だった。

「むずむずする……だと?」

「ええ、なんかジッとしていられないというか、暴れたくなって落ち着かないというか。なあ?」

 と、後半はガルーダの方を向いて相槌を求めると、それには怪鳥も素直にクエッと頷いて見せる。
 チウだけならまだしも、ガルーダも同意したことでクロコダインは顔を顰めた。

「ふむ……」

 ガルーダは、普段はクロコダインの持っている魔法の筒に収まっている。魔法の筒とは便利なもので、中に入っている怪物はちょうど冬眠状態になっていると言ってもいい。

 無駄なエネルギーを消耗することなく、かつ精神的にも眠っているのと同様の時間を過ごし、出された時には全力で行動出来るという利点がある。

 欠点としては、人間や動物、魔族には一切効かず、怪物しか収容出来ない点。そして最大の欠点は、中に入れた怪物が完全服従していない場合は効力が薄れがちな点だ。

 無理に筒に入れることは可能だが、力の弱い怪物ならまだしも、ある程度以上の力を持つ怪物の場合は本人が出たいと望めば封印が弱まる。
 そのため、本来、魔法の筒には持ち主が完全服従させた下部を入れるものだ。ガルーダも、クロコダインにとってはそうやって手に入れた下部だった。

 もっとも、主君としては割合寛大で部下の自由を重んじるクロコダインは、ガルーダが望む時は筒から開放してやる優しさがある。
 今日もガルーダが珍しく筒から出たがっていたから、外に出してやった。

 自身も怪物であるクロコダインには、それが時には必要だとも知っている。
 怪物の多くは、元来、闘争衝動を内部に抱え込んでものだ。
 穏やかな環境で普通に過ごす分には何の問題もないが、周囲に強い魔族が発生した場合、その思念派に影響を受けるのだ。

 特に、理性や知性の低い動物系怪物ほど、その影響は強く出てしまう。
 魔王が復活したせいで怪物がいっせいに凶暴化したように、高等魔族の存在はそれだけで周囲の怪物に影響を及ぼす。

 それは本能的なものだ。周囲の環境に合わせ、自身の強さをコントロールすることで無意識に生存確率をあげようとする。

 そのため、環境によっては同じ怪物でも強さが違ってくる。魔界の怪物が地上の怪物よりも強いとされるのも、それと同じ理屈だ。
 クロコダインやチウとて、その例外ではない。

 だが、人間並みの知能と強い正義感を持っている怪物ならば、闘争衝動に引きずられることなく運動などで消化させ、やり過ごすことを知っている。

 現に、クロコダインもそうだった。
 魔王が存在する以上、それは避けられないことではあるし、周期的に衝動が強まることもある。

 身体の内部に生まれた熱を持て余し、素振りでもして一汗流そうかと思ってこの中庭にきたのだ。
 ――しかし、チウやガルーダもそろって、同じタイミングで闘争衝動に駆られたとなると、偶然とも思えなくなってくる。

「なあ……それは、いつからだ?」

 クロコダインの問いに、チウは短い指を折り曲げながら数えだした。

「え? えっと、そうですねえ、お昼ご飯とその前と前のご飯のご飯の前からだから……そうそう、あの変態魔法使いが戻ってきたあたりからですよ!」

「――!!」

 その言葉に絶句したのは、意外だったからではない。
 クロコダイン自身も、うっすらと感じていた衝動発生時期と一致していたからだ。

 思えばポップの側にいる時、その衝動を強く感じていた。だが、ポップの無事がクロコダインには素直に嬉しかったし、単に気のせいだと思っていた。

(いや……思いたかっただけだったのか?)

 思い起こせば、同様の感想をメルルも口にしていたのだ。人間離れした感知能力と、予知の能力を備えた占い師の少女が。

 ――この腕輪から、まがまがしい気配を感じます。まるで、魔物の群れを前にしているような……――

 その説明と、自身の感じていた衝動を結び付けて考えなかった自分を、クロコダインは少しばかり後悔する。
 もし、この予想が当たっているとするのなら……。

「ピピピ……?」

 黙り込んでしまったクロコダインを心配してか、不安そうにゴメちゃんが鳴く。
 この小さなスライムも、自分と同じ不安を感じ取っているからこそ、ダイ達ではなくチウ達の側にいる――と、そう考えるのは穿ち過ぎだろうか。

「……心配はいらん、大丈夫だ」

 何の根拠もないが、励ますようにそう言ってクロコダインはそっとゴメちゃんを日当たりのいい草むらに置いてやる。
 ――まだ、確定した話ではない。確かめてから心配しても、遅くはないはずだ。

(ヒュンケルが戻ってきたら、それとなく相談してみるか……)

 そう思いながら、クロコダインは自前の武器であるごつい大斧を構える。とりあえずは、自分の中の闘争衝動をなんとかするつもりだった――。







 復興の賑やかさを持つ町並みから、外れかけた頃――。
 ダイは、その怪物の存在に気がついていた。目がいい上に他の生物の気配に敏感なダイは、視界内にいる別生物に気がつかないことなど、めったにない。
 それは、後ろからついてくるヒュンケルも同様だろう。

 だが、特に気にしなかったのは、距離の問題だった。
 今、ダイが目にしたのは数羽のキメラだったが、飛行系怪物とは言え怪物には個々の行動範囲というものがある。

 野生の肉食獣が、空腹の際、確実に仕留められる範囲に存在する獲物にしか反応を示さないように、怪物も同様の性質を持っている。
 のんびりと飛んでいるキメラは獲物を探しているようには見えなかったし、襲ってくる範囲としては距離がありすぎる。

 だから、ダイは気付いていても、キメラ達に対して何かをするつもりなどなかった。
 魔王が復活して以来、怪物はおおむね凶暴化した傾向が強いが、ダイとしては極力怪物とは争いたくはない。

 デルムリン島で怪物と暮らしてきたダイにとって、怪物は恐れるべき存在ではなく、友達であり仲間だ。
 魔王さえいなくなれば、本来の穏やかさを取り戻すと分かっているだけに、原因である魔王を倒したいというのがダイの考えだ。

 降り懸かってくる火の粉は払わなければならないが、そうでない限りは積極的に怪物と戦う理由などない。
 そのままやり過ごせば、それでいい――そう思っていたのに、突然、キメラは奇声を上げて翼を反転させた。

「クェエエッ!!」

 見る間にぐんぐん迫ってくるキメラ達の姿に、町の人々がどうしていいのか分からないようにおたつき始める。

「おっ、おいっ、見ろっ!?」

「う、うわぁっ、化け物っ!?」

 怪物の姿を認め、慌てふためく町の人達に、ヒュンケルは内心苛立ちにも似た感情を抱かずにはいられない。

 とっさの際、的確に行動を取れる人間はそう多くはない。
 戦えるだけの力量を持っているのなら、敵に立ち向かえばいいし、そうでなければさっさと逃げればいい。
 それだけのことだ。

 だが、そんな当たり前のことを、きちんとこなせる人間はそうはいない。
 ほとんどの人間は、異常な事態に突然でっ食わしたとしても、それを受け入れるのにまず時間がかかる。身に迫る危機……それを目にしただけでは、不十分なのだ。

 自分の目を疑い、周囲の人間にこれが本当のことなのかと確かめようとする。そんなことをしている暇があるのなら、一刻も早く逃げればいいと思うが、危機を実感する段階まで、行動にすら移れない――それが人間というものだ。

 かつて、敵としてパプニカに攻め込んだ時には付け入る隙と思えた長所は、勇者一行として戦う立場に立った今となっては、短所と思える。
 立ちすくんでいるだけの人間達に向かって、ヒュンケルは声を張り上げた。

「早く避難するんだ! 怪物は、オレ達が何とかする!」

 ヒュンケルの指示に加えて、パプニカのナイフを抜き放ったダイもまた声を飛ばす。

「うんっ、みんなは早く逃げて!」

 パプニカでは、勇者ダイの姿を知っている者は少なくない。それだけに説得力があるのか、幼い少年の言葉に大の大人があたふたしながら従う。

 こんな場合、強いのは、子供を抱えた女性達だった。我が子を守ろうとする本能があるせいか、迷わずに子供の手を引いて少しでも遠くに逃げようと駆け出した。

 その勢いに釣られたのか、半ば復興した家等を未練がましく見返したり、荷を持とうとしていた男衆も続く。

 その中で、一番反応が鈍く、おろおろとしていたのはポップだった。
 他の人間と一緒に逃げたものか、それともダイと一緒にいた方がいいのか分からないのか、ただうろたえている。

「ポップも、早くどっかに隠れてて!」

「あ、ああ……」

 ダイにそう言われてから、ポップはやっとあたふたと逃げにかかった。
 その反応が、ヒュンケルの目には意外と映る。
 ダイやマァムから、最初の頃のポップには逃げ癖があるとは聞いてはいたが、ヒュンケルにとってはそれは実感が薄い話だ。

 確かにポップは見るからに戦いを怖がって、怯えを見せることは珍しくなかった。だが、それでも強がりを言いながらも戦場にとどまり、無謀と思える勇気で戦いに望んでいた姿の方が印象に強い。

 普段のポップなら逃げろと言われても、そうそう素直に従ったりはしない。
 魔法使いが魔法を使えなければ、前線に立つなど無茶もいいところ。むしろ、撤退して態勢を立て直した方が有利な場合もあるのだが、そんな場合でもポップは自分一人が安全圏に逃げるのは嫌がった。

 しかし、今のポップは違う。ダイやヒュンケルに戦いを任せて逃げるのに、疑問を抱いた様子もない。
 それに少しばかり不安を感じながらも、ヒュンケルはポップが手近な店の軒下に隠れたのを確認すると、敵に向き直った。

 戦場では、迷いは禁物だ。
 戦いを前にしたならば、どんな迷いや不安を抱えていようとも心を切り換え、戦いに集中するのは戦士の基本だ。

 隣り合ったダイの様子を確認すると、小さな勇者もまた、キメラにだけに集中している。ヒュンケルも同じように、武器を手に身構えた――。








 目を血走らせて襲ってくるキメラに対し、ダイ達は気迫を高めた。
 狂暴化した怪物は、手負いの獣も同然だ。相手が強かろうと弱かろうとお構いなしに、目につく生き物に、無差別に襲いかかってくる。

 だが、それは裏を返せば、ダイとヒュンケルが気を引きさえすれば、他の者には被害は及ばないということだ。

 なのに、今、やってきたキメラ達の行動は完全に意表を突いていた。
 興奮のあまりひっきりなしの奇声を上げ続けるキメラは、ダイとヒュンケルの頭上を飛び越し、急旋回して建物の影に回り込む。
 その途端、聞き慣れた声が響き渡った。

「うわぁああーーっ!?」

「ポップ!」

 途端に、ダイもヒュンケルも一斉に行動を開始していた。ポップが隠れている軒下へと飛び込み、いっせいに武器を振るう。
 キメラ達は普通の状態とは見えなかった。通常よりもずっと凶暴で、力も強い。

 だが、それでもしょせんはキメラはキメラ、ダイやヒュンケルの敵ではない。彼らを蹴散らすまで、そう時間は掛からなかった。

「ポップ、ポップッ、大丈夫!?」

 うずくまって震えているポップに、ダイは必死になって呼び掛ける。

「あ……、ああ……、へーき……」

 一応そう答えたポップは、顔色こそ悪いものの、目立った怪我は見当たらない。少しばかり掠り傷を負ったとは言え、それほどの怪我は負わなかったらしい。

 主にショックのせいでへたりこんでいるポップを、ダイが一生懸命になって元気づけようとしている。
 その様子を見下ろしながら、ヒュンケルの脳裏を過ぎるのは幾つかの疑問だった。

 怪物は、基本的にベースとなる動物と習性を似通わせる生き物だ。犬系の流れを汲むリカント族が臭いで獲物を探し当てるように、鳥系の怪物は基本的に目で獲物を探す。

 見えない範囲に隠れた獲物を探すなど、本来、キメラならやらない行為だ。
 だが、今のキメラ達はまっすぐに隠れているポップを探し当て、襲おうとした……。

「………………」

 不吉な予感が、膨らんでいく。ヒュンケルは無言のまま、ポップの手にはまったままの腕輪を見つめ続けていた――。


                                                                       《続く》
 

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