『失われたもの 12』

  
 

「ポップ? どうしたの、足、痛いの?」

 心配そうにダイに問いかけられ、ポップは咄嗟に笑顔を浮かべて否定した。

「あ、いや、たいしたことないって。へーきだよ」

 それは文字通りの意味だった。
 実際、痛むという程の強さは感じない。
 さっきの騒ぎで軽く足を捻ってしまっていたのか、少しばかり重く、動かしにくい感じがするだけだ。

 ポップの知識は、それを軽い捻挫と判断する。
 無理さえしなければ歩くのにもなんの影響もないし、寝る前に薬草でも当てて一晩休めば治る程度のものだろう、と。

 よく効く薬草の種類までもはっきりと思い浮かべられたから、ポップは足の痛みをダイやヒュンケルにわざわざ伝える気にもならなかった。
 ただでさえ色々と心配や迷惑をかけているみたいだし、さっきも怪物からも助けてもらったのに、これ以上迷惑をかけたくなかったから。

 が、ポップがそう答えたことで、ダイはますます心配そうな顔をして、足を止めてポップの足下に屈み込む。

「えっと、血とか出てないみたいだけど……でも、痛いんだろ? どの辺?」

「なんだよ、大袈裟だな。平気だって言ったろ、ホント、大丈夫だって」

 あまりに心配そうな様子に安心させようとして重ねてそう言ったのに、ダイの表情はますます下降に一直線になるばかりだった。

「だって、ポップ……平気って言うんだもん。これが痛いって言ったんなら、気にしないけどさ」

「なんだ、そりゃ?」

 普通、逆じゃないかと思うのだが、ダイは至って大真面目だった。

「ポップが大丈夫とか平気だって言う時って、ホントは無理している時が多いんだもん。たいしたことない時は、痛い、痛いって大騒ぎするのに、肝心な時は黙ってるし〜」

 と、少しばかり恨めしそうに言われても、今のポップには何の身の覚えもないのだが。

(いや、そう言われても、覚えてないしなあ……)

 と、ストレートに言ったのなら、ダイはきっと落ち込んだ顔を見せるだろうからそのまま飲み込む。

 しかし、そんな事情があるのなら果たしてどう言えばダイを納得させられるのか、ポップにはすぐには思いつかない。
 迷うポップよりも先に声をかけてきたのは、ヒュンケルだった。

「どうした?」

 あの騒動が終わってからも少し離れてついてきていたヒュンケルだが、さすがにダイとポップが二人そろって足を止めているのを見て、気になったらしい。

「あ、ヒュンケル、ポップが足を痛くしちゃったみたいなんだよ。どうしよ、城に戻ってレオナに手当てしてもらった方がいいかな?」

「だから大袈裟だって! 平気だって言ってるじゃないか」

「あ、また平気だって言った!」

 揉めるダイとポップを見、海岸を一瞥したヒュンケルは、軽く前を指す。

「ここからなら、マトリフ師の洞窟に行った方が早いだろう」

「あ、そっか! そうだよね、マトリフさんなら回復魔法も使えるし、薬草もいっぱい持ってるし!」

 うんうんと納得し、ダイはポップの手を引っ張るようにして進もうとする。よほど心配なのか、その足が急ぎ足気味になってしまっている。

「お、おい、もうちょっとゆっくり歩いてくれよ」

 元々、ダイとポップでは歩く速度が違う。ダイの方が格段に足が速いのだ。
 普通の道ならばともかく、砂浜を歩くのにはちょっと辛い。
 砂浜は移動する際に平地以上に脚力が要求されるため、ただ歩くだけでも結構な体力を消耗する。

 しっかりと踏ん張らなければならない分、足に負担が掛かって実は辛かった。

「なんなら、おれ、おんぶしたげよっか?」

 と、元気よく申し出てくれた好意だけは嬉しいものの……ポップとしてはそれは遠慮願いたい。
 ダイが勇者で、自分よりもずっと強く、さらに言うのなら力も強いのは分かっている。

 が、ダイはまだ子供だ。
 本人や周囲の人の話から、ポップは自分やダイの年齢も聞いている。
 勇者であるダイは、15才のポップよりも三つも年下の、たった12才の少年に過ぎないのだ。

 自分よりもはるかに小さな子供におぶわれている、年上の少年――そんなのは道義的にも絵図等的にも、遠慮したいではないか。
 それぐらいなら、少しぐらい無理を押してでも自分で歩いた方がまし――と思っていたポップの腕をとる手があった。

 そのまま、黙って肩を貸してくれながらヒュンケルはポップに合わせて歩きだす。少しばかり強引なその行為に驚いたが、ポップにとっては助かるのには違いない。

「ありがとう」

 とりあえず礼を言うと、ヒュンケルは一瞬、ひどく驚いたような顔をした。

「……? おれ、また、なんか変なこと言った?」

「…………いや。なんでもない」

 そう答えたものの、ヒュンケルの様子が少しばかり寂しそうに見えたのが、気に掛かった――。








 切り立った崖の下に広がる砂浜の中に、その岩はあった。
 沖にぽつんと見えるバルジ島のちょうど真正面あたり、崖肌に存在する洞窟をまるで隠すかのように、半ば入り口を隠す形でどっしりと立ちふさがる大きな岩。
 それこそが、大魔道士マトリフが隠れ住んでいる洞窟だった。

「マトリフさ〜んっ、いるっ!?」

 大きな声で呼びながら、ダイが洞窟の内部に声をかけると、奥の方からのっそりと現れたのは珍妙な帽子を被った年老いた魔法使い。
 苦虫を噛み潰したような仏頂面に、険がありまくる鋭い眼差し。

 そして、その口から漏れた言葉も他人を歓迎するよりは、拒絶する意思の方をひしひしと感じさせるものだった。

「あ〜? 誰かと思えば、おまえらかよ。また、ずいぶんと珍しい組み合わせだなァ」

 到底客人を歓迎するものとは思えない鋭い目付きで、マトリフは無遠慮にやってきた三人を見比べる。

(な、なんかおっかない人だな……。この人が、おれの先生、なのか?)

 彼を初めて見るポップから見れば、つい、このまま「お邪魔してすみませんでしたっ」と引き返したくなるような態度である。
 実際、ヒュンケルの肩を借りていなければ、そうしたかもしれない。

「で、なんか用でもあんのかよ」

 用を聞くというよりも、用がなければとっとと帰れと言わんばかりの素っ気ない口調。
 が、ダイは慣れているのか気にした様子もなく、親しげに話しかける。

「うんっ、大変なんだ! ポップが怪物に襲われてケガしちゃってね、変な腕輪が外れなくて、そんで記憶もなくなっちゃたんだ!」

(……おいおい)

 と、ポップは内心突っ込みたくてたまらない。
 どれも事実だし間違ってはいないが、一気にこの説明をされて即座に理解出来るものだろうか?

 しかも、一番大事な記憶喪失がついでのように最期に話されているし……色々と心配になる説明である。
 さすがに大魔道士と呼ばれた男でも理解しかねたのか、きょとんとした顔を見せたが、それは本当に一瞬だった。

 すぐに、マトリフは険しい目をポップに向けてくる。
 それは、ただ睨みつけるなんて視線ではない。物事の本質を冷静に見定め、真実を見極めようとするどこまでも鋭い眼差し。

 ポップの全てを見透かそうとするような目をひたと当てたまま、マトリフは唸るように聞いてきた。

「おい……今の話は、本当なのか?」

 マトリフの強面に怯んだポップは、思わず姿勢を正して即答する。

「え……っ!? あ、はい、先生っ」

 それを聞いて、マトリフのみならずダイやヒュンケルまでもが黙り込んだ。
 奇妙な間を生じさせたことに、ポップは何か失敗でもしてしまったのかと、おたつかずにはいられない。
 戸惑うポップに対して、マトリフは唐突に言った。

「『師匠』だ」

「え……?」

「ポップ、てめえはオレをそう呼んでいた。ま、忘れたってんなら別に無理に呼べとは言わないが、『先生』だけはやめときな。おまえが『先生』と呼ぶヤツは、たった一人だけなんだからな」

 ニヤリと笑いながらそう言ってのけたマトリフは、どう答えていいのか分からずに立ちすくんでいるだけのポップを見て、肩を竦めた。

「ふん、どうやら、記憶をなくしたってのは本当みたいだな。とりあえず中に入れ……詳しい話を聞こうじゃねえか」








 翳された杖から放射される光が、ポップの身体を包む。
 まるで強い日差しに照らされているような、圧倒的な熱エネルギーを感じるが、それは不快感を伴うものではなかった。
 むしろ、そのおかげで足の痛みまで取れて楽になった。

 マトリフに指示されたままベッドに横たわっていたポップは、目を閉じておとなしくその光を受け入れていた。

 初めてのはずなのに、前にもこんなことがあったような気がするのは気のせいだろうか。
 魔法の光に照らされる感覚が、ひどく懐かしい。

(もう少し……何か、思い出せるかも……)

 そう思った時、ふいっと光が消えてしまったのを残念に思う。

「もう、起きていいぜ。……まったく、てめえもつくづく厄介ごとばかり引き起こす奴だな。二重の呪いで、てめえ自身を縛るとはよ」

「二重の……呪い?」

「ああ、呪いみてえなもんだ。てめえ、その腕輪は自分ではめたって言いやがったな?」

 ギロリと睨まれ、ポップは身を竦めながらも頷いた。追い詰められていたとはいえ、それは事実だったから。

「そいつは変魔の腕輪だ。多少、アレンジがかけられているようだが、間違いねえな」

 聞き慣れない名前に怪訝な顔を見せたのは、ポップ一人ではなかった。ダイもヒュンケルも、理解出来ないとばかりにその言葉に耳を傾ける。

「魔物や怪物に自在に変身できる変化の杖ってのが、あるだろう? あれの親戚みたいなもんだ。ただし、こいつには姿を変える効果はねえ。気配だけを、魔物に変えるんだよ」

「気配、を? それ、なんか意味があるの?」

 ダイは全く意味が分からないらしく目をパチクリさせるだけだったが、ヒュンケルにはそれで思い当たったことがあったようだった。

「気配を魔物に変えるということは……もしかすると、近くにいる怪物に影響を与えるのか?」

「若いの、なかなか鋭いな。当たりだよ」

 到底褒めているとは思えない不敵な表情で、マトリフは断言した。

「魔物の気配は、近くにいる怪物を活性化させ、凶暴化を引き起こす。しかも、これには毒牙の粉に近い効果も混じっていやがるな……つまりは、その腕輪をしてると無差別に周囲の怪物を興奮させ、呼び寄せるようなもんだ」

「い……っ!?」

 ポップは思わず、自分で自分の手首を気味悪そうに見下ろした。
 邪魔にはならないと放っておいた腕輪に込められた、予想以上に厄介な効果……それには思い当たる点が多かった。

 以前、サタンパピーに襲われかけた時、腕輪をはめた途端に連中は態度を急変させた。あれは……今思えば、気配を変えたポップを同族と考えたのだ。怪物とはいえ高い魔法力と自我を持つサタンパピーは、限りなく魔族に近い上級怪物だ。

 魔族に対して影響される幅は、通常の怪物よりもはるかに少ない。洗脳されていたのか、明らかに様子が変だったのもよい方向に働いたのか、少なくともサタンパピーはポップには危害を加えなかった。

 あの時はプラスに働いた効果なだけに気にはしていなかったが、今のマトリフの言葉が正しければ……これからはこの腕輪は、マイナスにしか働かない。
 現に、あのキメラ達は隠れていたにもかかわらず、まるで居場所が分かっていたかのように一直線にポップを襲ってきた――。

「そんな……っ、マトリフさん、これ、はずせないの!?」

 悲鳴のような声を上げるダイに、マトリフは首を横に振ってみせた。

「はずすもなにも、こいつはポップ自身がはめちまったものだ。そのせいで本人の魔法力を変換して効力を発揮しているし、下手に外そうとすれば、本人にダメージがいくぜ」

 マトリフのその宣言に、ダイは自分自身が呪いを宣告されたような表情で、がっくりと俯く。
 見るも気の毒なぐらいにしょげきったダイに、ポップは思わず慰めの言葉を言いたくなったが――何を言っていいか、思いつかなかった。

 いかに追い詰められ、他に手段が思いつかなかったとはいえ……あの時、腕輪をはめたのは他ならない自分自身だったのだから。
 だが、マトリフは重苦しい沈黙などものともしないように、淡々とした声で説明を続けた。

「で、その腕輪以上に厄介なのが記憶喪失の方だが……どうやら、そっちの方も自分でやったくさいな。強力な呪力をかけられた形跡と同時に、ポップ自身の魔力の痕跡がはっきりと残っていやがる」

「おれ……が、自分で? でも、なんで……?」

 自信満々のマトリフの説明が嘘と思ったわけではないが、すぐには信じられない言葉だった。
 自分で自分の記憶を消す。
 そんなことをして、何のメリットがあるというのだろうか。

「そりゃあ、決まっている。呪法など、他人からの膨大な魔法力で記憶を消された場合は、まず、それが元に戻る見込みなんざありゃしねえ。一生、抜け殻の生き人形のままだ」

 情け容赦なく断定するマトリフの言葉を、大袈裟だと否定出来なかった。
 自分を捕らえていた魔族達のあの恐ろしさを、ポップはまだ覚えている。
 ポップが生きようが死のうが一切気にかけないと言わんばかりの冷酷さが、彼らにはあった――。

「しかしよ……魔法ってやつは、使いようによっては便利なものでな。使い手のイメージによっては、本来の効き目とは全く違う効果を、疑似的に真似ることも出来るんだよ」

 思わせぶりににやつき、マトリフは真っ直ぐポップを指差した。

「で、おめえにはちょうどいい手本があったってわけだ。ダイが記憶喪失にさせられるところをその目で見ていたし、それに関わる伝承についての話も知っていた。ま、ちっと長くなるが、聞くんだな――」








 竜の騎士の記憶……それは、紋章により継承されていると、伝承では伝えられている。

 元々、竜の騎士は先祖代々から受け継がれてきた戦いの知識や記憶をその身に取り込み、その中から最善の攻撃方法を素早く読み取る能力を持っている。
 これは、戦いの場ではひどく役に立つ能力だ。当然の話だが、一人の人間の思考には当然のように限界がある。

 だが、複数の人間からの助言を受けるのであれば、思考に奥行きや幅広さが加わる。接戦の戦いの場では、この能力が生死を分けることも少なくはないだろう。

 しかし、物事には必ず、表と裏が存在する。
 突出した能力には利点ばかりは有り得ない……欠点も同じく存在するのだ。

 潜在的とはいえ、複数の知識や記憶を持つということは、本人の人格に当然影響を及ぼす。

 人間とは、本来自分が経験したことだけを記憶し、それによって成長していくものだが、一足飛びに膨大な量の記憶や経験を押しつけられたのであれば、人間の精神がそれに堪えられるはずがない。

 過負荷に耐えられず、継承された記憶に押し潰されて個人の意識を手放してしまう危険性は、充分にあり得る。

 実際に過去の記憶を探してみると、ごく普通の人間として成長していたはずの竜の騎士が、力の覚醒と共にそれまでの個人の人格や記憶を失った例は幾つかある。

 ダイやポップの話で聞いた、竜の紋章が浮かんでいる時のダイが、普段とは違う雰囲気だったと言う言葉はそれを証明している。
 最悪の場合、個人としての自意識をもたず、歴代の竜の騎士の知識だけをもち、戦いをこなすだけの存在となる。

 バランが行ったという、紋章の共鳴による記憶の消去は、この原理を応用したものだった――。







「ポップ、この話はてめえにしか話してない。今は覚えちゃいないだろうがな……」

 ダイが記憶を失っている間ならまだしも、マトリフが一行と合流したのはダイが記憶喪失から回復した後だ。
 すでに終わった件を蒸し返したり、小難しい理屈での説明を付け加えたりなどしても、何の役にも立たないだろうと思い、説明はしなかった。

 実際、単純明快でいたって前向きなダイは、理屈や説明などにはこだわらないし、終わってしまったことは終わったことだと、あっさり受け止める。

 だが、ポップは違う。
 終わったことをそのまま終わらせるだけでなく、その中から必要なもの、役に立ちそうなものを汲み上げ、学習しようとする貪欲さを持っている。

 特に魔法には強い関心を持っているせいか、魔法や、魔法に似た効果を持つものには強い興味を抱く。
 その好奇心は、ポップの魔法の向上に大いに役立っている。

 そのいい例が、フィンガー・フレア・ボムズだ。
 ポップは実際には見たこともないのに、アポロやエイミ達からフィンガー・フレア・ボムズの効果や威力を聞き、そのイメージを自分なりに膨らませて模倣した。

 それは凄まじい才能という他ない。
 まあ、身体への負担を考えない無茶さを考えれば手放しに褒める訳にはいかないが、ここで問題にしたいのはその点ではない。

 ポップは、他人の記憶を意図的に消しさる方法について、前例を目撃し、その理論も知っていたという点だ。

 普通なら、それだけ知っていてもどうにもならない。
 だが、ポップの才能と応用力があれば、それは疑似魔法を発生させる条件が整ったに等しい――。

「つまりだ、他人に強引に消された場合と違って、自分で自分の記憶を消したのなら、手加減の余地が残る。消したのではなく、封じただけなら、戻すのは可能だろうぜ」

 締めくくりのその言葉を聞いて、それまでずっと話についていけずに頭を抱え込んでいたダイが、パッと顔を上げた。

「じゃあ……っ。じゃあ、マトリフさん、ポップの記憶って、戻るんだねっ。それって、どうすれば戻るの!?」

「さあ? そこまではオレにも分からねえな。なんせ、記憶を封じたのはこいつ自身だ。文字通り鍵を握ってるのは、こいつってわけだ」

 魔法使いがよくやる方法だと、マトリフは説明する。
 魔法の効果を高めるために、わざと術を破る欠点も付け加える技法――それは、古来からよく使われている方法だ。

 魔法力を込めて開かない扉を作るのは可能だが、単にそれだけでは術者以上の魔法力を持つ者には簡単に開けられてしまう。
 しかし、一定の条件が合えば開くが、それ以外は全て撥ね除けると条件づけて魔法をかけた場合、術者の望む者しか開けられない扉が完成する。

 弱点を一点に集中させることで、その他の部分の強度を上げる……鍵を知る者にはなんの苦もなく開けられ、逆に鍵を知らぬ者には強固で決して開けられない扉だ。

「記憶が完全に消えてないと分かれば、また同じ呪法をかけられる恐れがある。だから、魔王軍に掴まっている間は解けては困る。
 だが、永遠に記憶が戻らなくっても困るのは一緒だ。だから、おそらくは一定の条件が整えば、解除される……そんな鍵を、自分に施したんだろうよ」

「ポップ……!」

 期待しまくったダイの目が、ポップを捕らえる。無言のままだが、ヒュンケルにも同じ期待があるようだ。
 しかし、そんなに期待をかけられたところで、ポップには思い出せることなど、何もなかった。

「し、知らないよ! おれ、そんな鍵なんか思い出せない……!」

「そりゃあ、当然ってもんだろう。その鍵までも忘れちまっているんだからな。だが、てめえだってそれは承知していたはずだ。だからこそ、全てを忘れていたとしても効果のある鍵を選んだろうが……なにか、心当たりはないのか?」

 マトリフにまで見つめられ、ポップはそれこそどうしていいのか分からなくなる。
 周囲から寄せられる期待にひしひしとプレッシャーを感じながら、ポップは自分にはそんな覚えはないと言おうとした。

 が、ちょうどそう言おうとしたタイミングで、ひどく慌てた足音が聞こえてきた。

 ポップやマトリフより一足早く、ダイとヒュンケルが顔を向けた先には、たった今洞窟に駆け込んできた女性の姿があった。
 肩で大きく息をするその姿に、彼女がここまでどんなに必死になって駆けつけたかが現れている。

 賢者の装束に身を包んだ、黒髪の闊達そうな若い娘。
 パプニカの三賢者の一人、エイミだった。

「たっ、大変なのっ、今、城に……っ」

 息も整わぬまま焦った口調で一気にそこまで言い、息切れしたのか彼女はその場に蹲った――。








 その頃――パプニカ城の中庭では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
 警戒と恐れの表情を隠せないまま、武器を手にした兵士達を前にして、不敵な表情で佇んでいる男がいた。

 全身を銀色に輝かせた異形の戦士……ハドラー親衛隊のポーン、ヒムだった。
 彼は持ち前の不敵な表情のまま、挑発的に周囲の兵士を見回す。

「やれやれ、全く何度言わせりゃ気が済むんだ? オレは戦いにきたわけじゃない……ハドラー様の命令で伝言を伝えにきただけだ。勇者を、呼んでもらおうか」


                                《続く》 
 

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