『失われたもの 13』

  
 

「う、動くなっ!? 下手に動けば、容赦はしないぞっ!」

 兵士達の制止の声は、威嚇とは到底呼べないものだった。
 それはむしろ、悲鳴か、懇願と呼ばれるのに相応しいもの。
 武器を手に、数では十数倍の人数でたった一人の敵を取り囲みながらも、兵士達の顔に浮かんでいるのは恐怖の表情だった。

 むろん、戦いに対して覚悟は持っているのだろう。怯えながらも決して後には引かずに武器を身構える姿勢は、立派なものだ。

 だが、その決意を上回る怯えの感情を、隠しきれてはいない。
 戦場で感情を隠すことすらできない……ここにいる兵士達の大半は、経験の浅い若い兵士ばかりだ。

 一度は滅亡したパプニカ王国では、城を守る職務を持った兵士の内、半数近くが最初の攻撃の際に犠牲になってしまった。
 怪物や魔族の波状攻撃から城を守りきれないと判断した兵士達は、自分達が盾となって一人でも多くの住民を逃げ延びさせる戦法を選んだ。

 真っ先に王族を、そして女子供達や住人を逃がした後、ベテランの兵士達は自分達が脱出する道は選ばなかった。
 現在の戦力よりも未来への希望に今後を託し、まだ戦に不慣れな未熟な若者を優先して逃がして最後まで敵と果敢に戦った。

 そのせいで、今となってはパプニカには経験豊かな兵士は、数少ない。
 目の前にいる敵とは、明らかに格が違っていた。

「おいおい、そんなに警戒することはないだろ。見ての通り、こちらは丸腰……しかも、たった1人なんだからよ」

 不敵に笑うヒムは、兵士達と違って緊張のかけらもない。
 ハドラー親衛隊の一人であり、ハドラーが禁呪法で生み出した分身体であるヒムは、年齢という点ではせいぜい生後数日……この場にいる誰よりも下だろう。

 しかし、魔王の分身である彼には年齢などでは計れない実力がある。それが分かるだけに、彼を取り囲む兵士達は緊張を高めはしても、決して気を抜くことはなかった。

「だが、貴様の場合、丸腰でも関係はなかろう」

 そう声をかけたのは、兵士達の中で、一際目立つ巨体のリザードマン。
 獣王クロコダインだった。

 油断なく斧を身構え、しっかりと敵を見据えているのは、彼だけといって言い。この中で、ヒムに対して攻撃が通用する可能性があるのは、唯一、彼だけだ。

 もっとも、クロコダインは理解している――他の人間よりはましとはいえ、それはクロコダインがヒムに必ず勝てるというわけではない。
 あくまでそれは、攻撃が通用するかもしれない、と言うレベルにすぎない。

 有利なのはヒムなのには、変わりはない。
 だが、そうと分かっていても、クロコダインは敵に背を向ける程に気弱な武人ではない。いざとなったなら、命を賭けてでも戦い抜くだけの覚悟があった。

 その気迫を感じ取ったのか、ヒムは少しの間だけクロコダインに注目した。
 他の兵士達に向けるのとは明らかに違う視線を向け、そのあげくにニヤリと笑う。

「違げえねえ。この拳や身体そのものが、オレの鎧であり、武器なんだからな」

 ヒムは誇るがごとく、自分の身体を軽く叩いて見せる。堅い金属のぶつかりあう、澄んだ音が響き渡った。

 鋼鉄をはるかに上回る強度を持つ、伝説の超金属、オリハルコン。
 もし、彼に向かってこの場にいる兵士達が全員で一斉に切りかかったとしても、ヒムには掠り傷一つ与えることはできない。

 逆に、ヒムがもし攻撃に転じたのなら、この場にいる兵士達が全滅するのに数分とかからないだろう。
 圧倒的な戦力差が、ヒムと兵士達の間には存在する。
 しかし、それを承知していながらヒムは行動に出ようとはしなかった。

「だが、さっきから言っている通り、今のオレはただの伝令だ。お前達と争う気もねえし、無闇な騒ぎを起こすなとも厳命されている。そりゃ、いきなり中庭に降りたのはちと無礼だったかもしれんが、あいにく初めて来た場所で城門が分からなかったからな」

 先ほどまで兵士達に向かって漠然と話していたヒムは、今はクロコダインに向けて話をしていた。

「ただ、オレは勇者ダイに伝言を託されただけだ。それを伝えたいと言っているだけだぜ……何か、問題でもあるのか?」

「………………」

 その言葉に、クロコダインはすぐには返事をできなかった。
 ヒムの要求は突飛ではあるが、無茶ではない。
 彼が求めているのは、勇者ダイへの面会と伝言だけであり、それ以上ではない。しかも、無理強いをしようとする気配も見せていないのだから。

 だが、時期が悪すぎた。
 今、この城にはダイはいない。ポップやヒュンケルと一緒に、マトリフの洞窟へと行ってしまっているのだ。

 確かにヒムは意外なぐらい義を重んじる性格だと承知しているが、いくら顔を合わせるのが二度目のクロコダインでさえ、絶対的に信頼を置けるほど良く知っているわけではない。

 ダイが不在の事実をまともに打ち明けて、大丈夫と思える程には信頼出来ない。最悪の場合、一番の強敵であるダイの不在を知るやいなや、この場にいる者を全滅させる可能性は否定出来ないのだから。

 これが自分自身の命がかかっているだけならば、クロコダインも迷いはしなかっただろう。

 だが、この答えに兵士達全員の命がかかっているかと思うと軽々しく返答するのがためらわれて、容易には応じられない。

 正直に事実を告げ、伝言を受けるべきか、あるいは時間を稼いでダイ達の帰還を待つべきか――。
 しかし、その迷いを断ち切るように涼やかな声が響き渡った。

「そうね。いかに戦時中であれ、礼を尽くした伝令に対してこの対応は非礼だったわね」

 良く通る声だった。いかにも少女らしい可憐さと、少女離れした威厳を感じさせる、凛とした声音。
 振り返るまでもなく、誰がこの場にやってきたのかクロコダインには分かった。

(無茶なお方だ……)

 そう思いながらも、仕方がないかと諦めてしまえるのは、クロコダインにとって彼女が戦友に当たるせいか。
 共に、バランという強敵と戦った経験から、彼女がその可憐な容貌とは裏腹に、戦士顔負けの強い闘志を持っていることは承知している。

 だが、そんな彼女の姿を知らないであろう兵士達は、慌てふためいて少女を止めようとした。

「ひっ、姫様っ!?」

「きっ、危険です、お下がりをっ」

 自分を庇おうとする兵士達を目線で制止、レオナは堂々たる態度でヒムの前に進みでる。自分をはるかに上回る異形の戦士を前にして、怯えどころか動揺の気配すら感じられない笑顔で、レオナは優雅に一礼した。

「非礼は、幾重にもお詫びを。そして、勇者ダイに成り代わり、この私、パプニカ王女レオナが伝言を承ります」

 さすがのヒムも、レオナの登場には驚いたのか、目をぱちくりとさせてみせた。

「へえ……あんたがこの城のお姫様ってわけかい?」

「ええ、その通りよ。安心して、あなたが伝令としての礼を尽くす以上、こちらとしても代行の本分を返しましょう。伝えられた伝言は、一言一句違わず必ずダイ君へ……勇者へ伝えると、責任を持って確約するわ」

 はきはきとそう告げたレオナを、ヒムはさっきクロコダインに対してそうしたように、じっと見つめる。
 そして、さっきと同じようにニヤリとした笑みを浮かべた。

「いい度胸だぜ。……いいぜ、あんたを信用しよう。オレがハドラー様から預かった伝言は、決闘の申し込みだ」

「……!?」

 今度は、レオナが驚きの表情を見せる番だった。

「ハドラー様は、五分の条件での勇者ダイとの決闘をお望みだ。それも、叶うのなら誰の邪魔も入らない形での決着を。明日、夜明けにこの場所で待っている、と」

 そう言って、ヒムは大切そうに持っていた羊皮紙をレオナに渡した。その際、丸めていた羊皮紙を広げて渡したのは、見ても構わないと言う意思表示だろう。

「ここは……!」

 羊皮紙を手に、目を見開くレオナをよそに、ヒムは一方的に伝言を語る。

「おまえ達にとっては、利の多い申し出だと思うがな。勇者の剣は、我らが預かっている。決闘に応じるのなら、無条件でこれを返す……」

 その言葉に、兵士達がざわりとざわめく。
 勇者の剣――行方不明になった勇者の最強の武器を、案じない者などいるはずがない。

 山と見間違うほどの大きさの鬼岩城を、一刀両断にした勇者の剣。あれを勇者が手にしてさえいれば、大魔王にもきっと勝てるというのが人間達の噂であり、希望なのだ。

 その希望の源がよりによって、魔王ハドラーの手にあると聞いて平然としていられるわけがない。

「決闘に応じる気があるのなら、立会人を一人連れて、地図の場所に来るといい。立会人は、誰を選んでもいいそうだぜ。
 ハドラー様ももっとも信頼の置ける者を連れて行くが、立会人は立会人だ。決闘に手出しはしない」

「そ、そんなこと、本当に信用できるのか!?」

 我慢出来ないとばかりに思わず叫んだ兵士は、ヒムの一瞥を浴びせられ、怯えきった表情で立ちすくむ。

「罠だと疑うのなら、それでもいいぜ。オレの役割は、伝言……それだけだからな。では、確かに伝えたぜ」

 そう言うと、ヒムはあっけない程の素早さで、瞬間移動呪文を唱えた。宣言した通り、他の人間に危害どころか指一本触れないまま、ハドラーの使いは去った。
 それを確認してから、クロコダインはレオナに声を掛けた

「姫、決闘の場所はいずこ、と?」

 あれほど覚悟を決めていたレオナが、驚愕を見せた場所。
 よほどダイにとって不利な場所なのかと疑ったのだが、その場所は予想外のものだった。
 レオナに手渡された地図を見て、クロコダインも唸らずにはいられない。

 絶海の孤島、デルムリン島。
 そこからそう遠くない、小さな小島……それが、ハドラーが指定した決闘場だった――。







「……決闘?」

 レオナの説明を聞き終わった後、きょとんとした顔でそう呟き、ダイは無意識のようにポップの方を見る。
 まるで、彼に聞けば答えが得られるとでも言うように。だが、ポップはそれに応えられなかった。

 エイミに呼ばれて、ダイ達と一緒に大急ぎでパプニカ城に戻ってきて。
 さらには留守中、魔王の使いが来て勇者に決闘を申し込んだという話を聞かされて。

 そんなとんでもない話に、一般人であるポップが気のきいた答えなど、返せるはずもない。
 だが、わずかにがっかりとした表情を見せるダイや仲間達の反応を見て、ポップは思わずにはいられない。

(ああ……本来のポップなら、応えられたのか)

 強力な魔法を幾つも使える、勇者一行の魔法使いだったというポップ。
 今の自分とはかけ離れて感じる過去の自分なら、こんな時にも言葉に迷わなかったのかもしれない。

 無意識に自分に頼ってくれたこの小さな勇者の信頼に、何か応えられたのかもしれない。
 自分に対する複雑な悔しさを抱えて黙り込むポップの代わりに、発言したのはレオナだった。

「あたしは、こんな決闘なんか無視する方が得策だと思うわ。今は、死の大地に行く準備を優先させるべきよ」

 そう考えていながらも伝言を握りつぶすことなく、きちんとダイに伝言を伝えたのはレオナの誠意というものだろう。

 実際、レオナの判断は正しい。
 勇者一行の最終目的は、大魔王バーン討伐だ。
 いくらハドラーが魔王軍総指令の地位にあり、バーンの配下とはいえ、彼を倒すために全力を注いでも意味はない。

 ハドラーとの決闘で勝ったとしても、その背後にはバーン、ミストバーン、キルバーンなどの強敵がまだ控えているのだから。
 個別に分断して敵を倒せるかもしれないという可能性は魅力的だが、問題なのはお膳立てをしたのが敵側であるハドラーだという点だった。

「罠の可能性だって、少なくはないと思うわ。あのヒムという兵士が、本当のことを言ったという保証もないし……」

「いや、それはねえだろ」

 姫の発言を途中でぶったぎった声に、全員の視線が集まる。
 声の主は、エイミに無理やり引きずられるように連れてこられ、今までやる気なさげに鼻をほじっていたマトリフだった。

「禁呪法で生み出した分身体ってのはな、本体の精神状態の影響をモロに受けるもんだ。以前のフレイザードって奴がそうだったようにな。――だが、本人の心の持ちようが変われば、当然、生み出される分身も変わる。
 そのヒムって奴が正々堂々とした戦士だったってんなら、ハドラーもまた、そうなったと思った方がいい」

 淡々とした説明に、周囲に緊張が走る。

「今までのイメージのまま相手にすりゃ、痛い目を見るのはおめえらの方だぜ。あいつは確かに三流魔王だったが、強さを追い求める野心だけは一級品だった。戦いの最中、弱っちい野郎がなんかの拍子で化けるってのは、ありえないことじゃねえからな」

 そう言いながら、マトリフの視線がちらっと自分に向けられたのを、ポップは感じた。
 それも、マトリフだけではない。同意を交えた視線が、次々と向けられる。

 その視線が、ポップを妙に落ち着かない気分にさせてくれる。今、自分が受けるのに相応しいとは思えない視線には、かつての自分の存在がいかに大きかったかを思い知らされるだけだ。

 その視線に応えるだけのものを持たないポップは、我慢出来ずについ俯いてしまった。
 そのポップの耳に、子供の声が聞こえてきた。

「……おれは、ハドラーの決闘、受けてもいいって思う」

「ダイ君!? 本気なのっ!?」

 思わず顔を上げたポップだが、レオナのように反対めいた言葉が口から出ることがなかった。
 というより……言えなかった。

 言うだけの資格が、自分にあるとは思えない。
 記憶もない。
 戦うための術など、思い出せもしない。その上、腕輪のせいで足手まといになりかねない今の自分に、そんな権利があるとは思えない。

「だって、あの剣はこの先の戦いで絶対に必要なものだし、みんなに協力してもらってやっと出来た、おれの剣なんだ。取り返すチャンスがあるなら、取り返したい」

「ま、決闘なんてもんは申し込まれた奴にしか、決定権はねえ。好きにしろや」

「うむ……手放しに賛成はできんが、ダイがそう言うのなら仕方があるまい」

 ポップを除く他の人々が、ダイの決意を尊重する方向で消極的に賛成していくのを聞くのが、嫌だと思った。

 できるなら、反対したい――そう思う自分の感情を、ポップは不思議に思う。
 ダイは、強い。
 その事実を、ポップは自分自身の目で目の当たりにしている。

 それこそ大魔王と互角に戦うのを期待されている勇者に対して、なんの力も無いちっぽけなただの人間である自分が、心配だと反対するだなんて、馬鹿げている。

 湧き上がる感情を捩じ伏せるように、必死でそう思おうとしていたポップは、いつの間にか相談の対象が自分に移っていることに気が付かなかった。

「おれ、思うんだけど……ポップにはここに……、この城に残っていてほしいんだ」

「え……!?」

 ダイのその言葉に、ポップは思わず立ち上がっていた。
 ――嫌だ……!  
 真っ先にそう思った。

 そんな風に一人だけ安全な場所にいるのは、嫌だと。そんなのは違うと、心のどこかが叫ぶ。
 実際に、ポップはそう叫ぶ寸前だった。

 だが、それを押しとどめたのは、心底心配そうにポップを見て、説得するダイの姿だった。

「だって、ポップ……ただでさえ記憶がないのに、その腕輪のせいで怪物に襲われやすくなっているんだろ? だったら……余計だよ。せめて記憶が戻るまで、安全なところにいてほしいんだ」

 真摯なダイの説得が、本心からのものだとは分かる。それだけに、退けるだけの理屈も実績も持たないポップは、沈黙するしかなかった――。







 まだ、夜が明ける前――。
 ヒュンケルはパプニカ城の地下牢へ向かっていた。ガランとした無人の牢屋が続く中、一番奥のやけに明るい牢屋を目指す。

 時間から見て、寝ているかと思った。
 だが、予想を裏切って、ポップは寝息を立てているゴメちゃんを膝に乗せ、元気なく自分の腕輪をさすっていた。

 鉄格子の向こうからこちらを認めたのか、ポップが顔を上げたのを見てから、ヒュンケルは声をかけた。

「……居心地は、良さそうだな」

 元より心配などしていなかったが、自分の目でそれを確かめられてヒュンケルは満足する。
 ポップの現状を詳しく聞いたレオナが、呪いを解除する方法を見つけるまでの間、パプニカで一番外部から侵入しにくい場所にポップを隠すと宣言した。

 テランと同じく、パプニカにも地下牢の一つや二つは存在する。その中でも、呪いにもっとも効果のあるとされる牢屋に、しばらくいてもらうというのが、レオナの出した結論だった。

 その発言に、反対する者はいなかった。ポップ本人でさえ、文句も言わずにおとなしく従った。

 牢屋とは言っても、目的はあくまで保護であり、閉じ込めるのに主点はおいていない。
 だから見張りもいないし、檻には鍵が掛かっているとはいえ、肝心のその鍵は内側にいるポップ自身が持っている。

 あくまで怪物に見つかりにくく、また万一見つかったとしても襲われにくくするための安全策として牢屋に閉じ込めたにすぎないのだ。
 この牢屋にはポップが居心地がよくなるように色々と道具が運び込まれ、工夫が施されている。

 たとえば、本来なら硬い敷布と毛布のみのベッドには、柔らかなマットレスや上質の毛布が積まれているし、牢屋には明らかに相応しくない安楽椅子や、テーブルまで用意されている。

 退屈しのぎ用と思える本やゲーム盤のみならず、軽食や飲み物の用意までされている様子は、牢屋というよりもちょっとした客間と言った方が当たっている。

 おまけにポップを閉じ込める際、ゴメちゃんは進んで自分から一緒に入った。
 だが、これ以上ない程に恵まれているはずの囚人は、ひどく落ち込んだ様子で居心地悪そうにしていた。

 大体、普段のポップなら呆れるぐらいの朝寝坊だし、こんな時間に起きているはずもない。もしかすると、一晩ずっと起きていたのかもしれないと案じながら、ヒュンケルは声をかけた。

「オレは、これから決闘に立会人としてダイに同行することになった。出かける前に、おまえの様子を見ておこうと思ってな」

 それを聞いて、ポップの表情が強張るのが分かった。だが、その後、目を合わせないように俯いてしまう。

「――らしくないな」

 昨日の一同が勢揃いした会議の場で、ポップは言いたいことがありそうだったのに、黙り込んでいた。
 そんな姿がポップらしくないと、ヒュンケルはずっと思っていた。

「言いたいことがあるなら、言ったらどうだ」

 そう促すと、しばしの沈黙の後、ポップは立ち上がった。小さなスライムを起こさないように気をつけて椅子に置き直し、ゆっくりと鉄格子に近寄ってきた。

「なあ…………おれって、どんな奴だったんだ?」

 ポップからの突然の質問に、今度はヒュンケルはしばし沈黙した。
 それは、答えが思いつかなかったからではない。
 答えが溢れ過ぎて、どう言葉にしていいのか分からなかったからだ。

 口下手なヒュンケルでは語り尽くせないほど、生き生きとして鮮やかな思い出を、どう表現していいのかは分からない。
 だから、ヒュンケルとしては沈黙するしかなかった。その沈黙をどう受け止めたのか、ポップは質問を変えてきた。

「……おれって、弱かったのか?」

 その質問は具体的な分、さっきの問いよりは答えやすかった。だから考えもせず、ヒュンケルは即答する。

「ああ、弱いな」

「おま……っ、よくもまあズケズケと、ンなこと言えるなっ!」

 途端に、噛み付くように返ってきたその返答に、ヒュンケルは意識せずに笑っていたらしい。

「てめえ、人を馬鹿にしてんのかよっ!?」

 ますますポップが怒ったが、その怒りの表情さえもが心地好かった。
 ヒュンケルにしてみれば、馬鹿にしたつもりなんて毛頭ない。

 ただ、今までずっとヒュンケルに対して遠慮したかのような態度をとっていたポップが、いかにもポップらしい行動を取ったのが嬉しかっただけだ。
 だから、ヒュンケルもいつもの調子で話しかけることができた。

「事実だ。おまえは、弱い」

 戦力という意味では、ポップの評価はそうとしか言えない。
 確かに、ポップの使える魔法の強力さには目を見張るものがある。が、それにさえ注意すれば、ポップは弱い。

 体力も防御力も貧弱だし、魔法使いの割には素早いとはいっても、動きもそれ程抜きんでいているわけではない。

 ポップ自身には直接言ったことがないが、特に力という点では一行で最弱ではないかとヒュンケルは前から思っていた。直接対決をしたのなら、レオナ姫にさえ劣るのではないかと疑ってさえいる。

「もう、いいよっ。そんなの、聞くまでもなく分かってたことだし! 邪魔して悪かったな、さっさと決闘の地にでもどこにでも行けばいいだろっ!?」

 檻から離れ、やけくそのように言い捨てながら背を向けたポップに向かって、ヒュンケルは言葉を続ける。

「弱いが、強かった。ある意味では、ダイよりもな」

 本心からの思いを込めて、ヒュンケルは呟く。
 矛盾しているようだが、それがポップに対するヒュンケルの印象だった。

「弱いくせに、感情のままに無茶をしでかす――そんな迷惑極まりない強さがあった。だから、おまえは強くもあった。オレだけじゃない……おそらく、みんながそう思っている」

 ポップの強さは、単純に計れるところになどありはしない。
 いざと言う時の、捨て身の度胸。
 無謀だと思うほどの、強情さ。

 自分の弱さを知っていながら、自分以上に強さを持つ敵の前に立ちはだかることのできる勇気。
 それらこそが、ポップの真の強さだ。そんな部分には、誰もが心を動かされずにはいられない。

 それをどう言えば、ポップに伝えることができるのか――。
 ヒュンケルが頭を悩ませていると……黙って背を向けているポップが、不意に振り向いた。

「…………なあ、ヒュンケル。おれが今、腹が痛いって言い出したら、おまえ、どうする?」

 突然、飛び出した突飛な質問に、ヒュンケルは少しばかり目を見張る。
 それは質問に、驚いたせいじゃない。

 驚いたのは、茶目っ気を感じさせるその口調と、そう言うポップの浮かべている表情のせいだった。
 悪戯を思い付いたばかりの子供のような、どこか不敵な笑み。
 記憶を失う前に、ポップが強がる時によく浮かべていた表情そのものだった――。


                                                     《続く》
 
 

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