『意外と可愛いところもある』


 

「おーいっ。おまえ、ちょっとこっちに来いよ!」

 そうポップが怒鳴るのを聞いて、ヒュンケルは数メートルほど離れて腰を下ろしていた場所から離れ、焚き火の側に近寄った。
 二人の旅――正確に言うのならば、ポップの旅の後をヒュンケルが追う旅が始まってから、もう数週間は経つ。

 最初の頃こそはヒュンケルが後をつけてくるのが気に入らないのか、ひどく拒否しまくっていたポップだったが、最近は少し変化が出てきた。
 拒否するのにも疲れたせいか、単に諦めただけなのか、ポップは最近ついてくるなとは言わなくなった。

 それに、旅の最初の頃のように、わざとらしく無視することもなくなってきた。
 何か用事があれば声をかけるのにも、ためらいがなくなってきたようだ。
 一緒に旅をしているというのとは少し違うが、最近、奇妙な馴れ合いが発生してきている。

 それはヒュンケルにしてみれば、ありがたい変化と言うべきだろう。ポップが徹底して自分を無視していたとしても、ついていく考えではいたが、本人に拒否されるよりも黙認された方が楽だ。

「なにか、用か?」

「あったりまえだろ。用がなきゃ、誰がおまえなんかを呼ぶもんか」

 つっけんどんな調子で言いながら、ポップは焚き火にかけた紙鍋を熱心に掻きまわしていた。

「薪が足りねえんだよ。おれ、今は手ェ離せないから、おまえが代わりにとってきてくれよ」

 それは聞きようによっては、ひどく身勝手な話だ。なにせ焚き火を必要としているのはポップであり、ヒュンケルではない。
 なのに、ヒュンケルが協力しなければいけない理由はない。
 だが、そんな一方的なわがままを、ヒュンケルはあっさりと快諾した。

「承知した。水もいるか?」

 聞かれて、ポップはムッとした表情を見せたが、その割には黙って水筒を差し出す。ほとんど空に近い水筒を受け取って、ヒュンケルは歩きだした。
 ポップがヒュンケルの存在に慣れてきたように、ヒュンケルもまたポップから目を離すことに慣れてきた。

 旅を始めた頃は、ポップはとにかく、チャンスさえあればヒュンケルを撒こうとやっきになっていた。
 そのせいもあって、ヒュンケルはポップから目を離すのを恐れてさえいた。少しでも目を離せば、ポップはきっと一人でどこかに行ってしまうだろうという恐れがあった。

 だが、最近になって、ようやくその不安は消えてきた。
 相変わらずポップはヒュンケルが後をついてくるのに不満を抱いているものの、絶対的に拒否する意識は薄れてきたようだ。

 少なくとも、今回のように用事を頼んできた時は信用できる。用事をでっち上げ、その隙に逃げるという真似はしないと信じられる。
 だからこそ、ヒュンケルはポップからの頼みごとは無条件で聞くようにしている。

 ゆえに、その辺をうろついて薪にちょうどいい枝を拾いながら、ポップの方をたまに伺ったのは別の理由によるものだった。

 

 


 野宿の際、ポップは時間の許す限り、火を焚いてわざわざ料理をしている。それは、明らかに師匠であるアバン譲りの癖だ。
 通常の旅人なら絶対やらないであろうその習慣に、最初はヒュンケルはいささか眉をしかめたものだ。

 旅をする上では、それは時間のロスとしか思えない。
 おまけに、料理の匂いは否応なく周囲に広がる。それが怪物や盗賊などを引きつける可能性を考えれば、襲ってくれと言っているようなものだ。

 旅の最初の頃、ポップが当たり前のように料理を開始したのを見て、ヒュンケルはやめさせようかとずいぶん迷ったものだ。
 だが、よく考えれば、それは今となっては何の問題がないと気がついた。

 急ぐ旅ではない。
 いや、精神的にはどんなに急ぎたいと考えても、何の手掛かりも当てもないに等しい旅だ。
 それなのに効率を求めて、最短時間を選択する必要はない。

 アバンから聞いた注意を、ヒュンケルは忘れてはいなかった。
 ポップの病状は治しようがないが、安静にして過ごせば少しは身体への負担が小さくなるはずだ、と師は言った。

 すなわち、どうせ旅をするにしてもできるだけ日常生活に近い緩やかな旅を送った方が、まだ身体には優しいはずだとヒュンケルは理解している。
 同じく、保存食よりは普通の食事に近い方がポップのためにはいいだろう。最近痩せてきたように見えるポップには、滋養のある食事が必要だと思える。

 結局のところ、旅を急いで無理をするよりも、その方がよほどポップのためにはいい。 ヒュンケルはそう結論づけた。
 それに怪物だの盗賊や山賊が襲ってくるようなら、ポップに魔法を使わせる前に自分が蹴散らせばいいだけのこと。

 そう考えて、ヒュンケルはポップの様子に目を配りながら薪を集め、水を汲む。
 用事をすませて戻ってくると、ちょうど料理ができたところなのかポップはスープを器に取り分けているところだった。

「ポップ、取ってきたぞ」

 水筒を渡し、薪をドサッとおいたヒュンケルは再び元の場所へと戻ろうとした。だが、またもポップに引き止められた。

「おい、待てよ。礼代わりだ、飯を分けてやるから食っていけよ」

 ポップがさっきから作っていたスープは、具がたっぷりと入ったものであり、シチューに近いようにさえ見えた。
 ヒュンケルも持っているのと同じはずの堅いパンは、薄くスライスされた上で火で炙られ、香ばしい香りを放っていた。

 塩をふった魚は串焼きにされ、ちょうどいい焼き具合となって油を滴らせ、火からほどよい距離のところに刺されている。
 さすがはアバン譲りの料理の腕というべきか、旅先での料理とは思えない程に美味そうな料理だ。

 あまり料理に詳しいとは言えないヒュンケルの目から見ても、それは十分以上に美味しそうに見えたし、食欲をそそられるものだった。
 ポップ自身も自分の料理の出来に満足しているのか、むしゃむしゃと串焼きした魚にかぶりついている。

 途端に、その顔に目一杯の笑みが広がるのを、本人は自覚してはいないだろう。元気よく噛みつき過ぎて、骨が触ったのかちょっと顔をしかめたり、焦ってスープを飲んでかえってむせたりと、少しも休むことなくその表情はくるくると動く。

 一匹目をあっとういう間にたいらげ、二匹目に手を出したポップは、ヒュンケルの方を見て怪訝そうな顔をした。

「……なんだよ、てめえ。食べないのかよ?」

 未だ一匹目の串焼きを手に、大盛りのスープを前にして鎮座しているヒュンケルを見て、ポップが不思議に思うのも、無理はない。
 なにせ普段のヒュンケルはポップよりも大量に食べる上に、早食いだ。

 戦場暮らしが身に染みついているというべきか、ポップが食べる速度とは比べ物にならない早さで、さっさと食事を済ませるのが常だ。
 それなのに今日に限ってポップよりも遅い……というか、手さえろくにつけていないのを見て、ポップの機嫌は一気に斜めに傾いた。

(こんにゃろ、せっかく人が飯を作ってやったのによ……っ!)

 アバンとの旅に馴染んだポップにしてみれば、旅行用の簡易食をもそもそと食べるだけの毎日は味気無さすぎて、ストレスが溜まる。
 が、自分一人だけで料理した物を食べているというのに、律義にも離れた場所で簡易食を食べているだけのヒュンケルを見兼ねて、ちょっと情けをかけてやった。

 しかし、それを喜ぶどころか無言のままで持て余しているともなれば、ムカッ腹も立つというものだ。

「おれの作った飯が、手も付けられないぐらいまずいとでも言いたいのかよ?!」

 酔っ払いの中年親父並の理屈で文句をつけるポップに対して、ヒュンケルは無表情のまま首を左右に振った。

「いや、違う」

 ひどく冷淡に聞こえるその一言で、はいそうですかと頷ける素直さなど、ポップは持ち合わせてはいない。

「何が違うだっ! さっきから、飯に手もつけてねえじゃないかよ? まさか、魚が嫌いで食べられませんとでもいう気かよ」

 突っ掛かるポップと比べると、ヒュンケルは憎らしいぐらいに落ち着き払っているように見える。
 だが、ヒュンケルという人間をよく見知っている人間からみれば、眉間にわずかに寄せた皺から、彼が多少、困っているのが見て取れるだろう。

「そうじゃない。ただ、待っているだけだ」

「ほーっ! 待つって、こんな荒野のど真ん中で、いったい何を待つってんだよ?」

 不機嫌真っ逆様のポップは、すでに因縁付けに等しい口調と目付きであり、生半可な答えでは絶対に納得しないぞとばかりに、腕を組んでいる。
 が、ヒュンケルの答えは、そんなポップの怒りを遥かに超える物だった。

「冷めるのを」

「へ?」

 あまりに意表を突いた答えに、怒っていたはずのポップさえ、きょとんとしたように目を見張る。
 と、そんなポップに対して、ヒュンケルは噛み砕く様に言葉を付け加えた。

「だから、冷めるのを待っている。……熱い食事は、苦手なんだ」

 その言葉に呆気に取られ――それから、ポップは弾ける様な勢いで爆笑した。

「マ、マジかよ〜っ?! てめえ、猫舌だったのかよっ、んなスカした顔しといて何いってんだか!」

 腹を抱えて笑うポップは、笑い過ぎたせいか咳き込みつつも一気に機嫌が直ったらしい。


「ま、そういうなら、こっちがてめえの分な」

 そう言いながら、ポップは串焼きの幾つかを火からかなり遠ざける。
 そんなポップを眺めながら、ヒュンケルは慎重に少し冷めた料理を口に運ぶ。
 幼い頃を魔物に育てられたヒュンケルは、熱い料理を食べるという習慣がなかった。

 なにしろ、育ての親が不死系怪物だ。火を苦手とするのは不死系怪物全般に共通する弱点であり、料理するという習慣もなかった。
 ヒュンケルのために人間の食事を入手はしてくれた物の、それは決まって保存食か果物などであり、暖かい料理などには無縁だった。

 アバンと旅をする様になってやっと温かい料理の魅力は知ったが、長年の習慣のせいかその時にはすでに猫舌になっていた。
 ほんのりと暖かいぐらいの料理はいいが、熱々の物は実は今でも苦手だ。

 だが、少し冷ましたポップの手製の料理は、ヒュンケルの舌にも美味に感じられる。
 しかし、その料理以上にヒュンケルにとって心温まるものに感じられたのは、ポップの笑顔の方だった。

 ダイがいなくなって以来、ポップは笑うことなどなくなっていた。ヒュンケルといると怒ってばかりいるせいもあるかもしれないが、それを差し引いて考えても、以前とはずいぶん違ってしまっていた。
 ぼんやりと空を見上げている時など、ひどく物憂げに見える時がある。

 仲間達といつも一緒にいて、一際楽しげにはしゃいでいた姿を知っているだけに、こうして孤独な旅をしているポップが痛々しく思っていた。
 そして、それに対して何もできない自分の無力さをもどかしく思っていた。

 だが、こうやって一緒に食事をすることで、ポップが以前の様な表情の多彩さを取り戻すというのなら、こんなに嬉しいことはない。
 正直いって、ヒュンケルにはなぜポップが自分に対して怒ったのか、何を笑ったのかも分かってはいなかったが、その辺は深く考えるつもりはなかった。

 


 互いに向かい合って食事を取りながら、ポップもヒュンケルも内心、全く同じことを考えていた。
 意外と、可愛いところもあるものだ、と――。
                                                           《続く》


《後書き》
 ポップとヒュンケルの二人旅シリーズ、第四弾です。
 ポップはいつの間にかヒュンケルの存在を受け入れ、一緒に旅をする感覚になってきたあたりですかね。

 ところで、ヒュン兄さん猫舌説は勝手な捏造なんですが、同じ理屈でダイもかなり猫舌じゃないかなーと思う時があります。
 まあ、ダイの場合はデルムリン島でメラの練習とかもしていたし、ブラスじいちゃんもメラミまでは使えるので、そんなに火を苦手に思う理由もないかな〜と思うのですが。

 

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