『意外と可愛いところもある』 |
「おーいっ。おまえ、ちょっとこっちに来いよ!」 そうポップが怒鳴るのを聞いて、ヒュンケルは数メートルほど離れて腰を下ろしていた場所から離れ、焚き火の側に近寄った。 最初の頃こそはヒュンケルが後をつけてくるのが気に入らないのか、ひどく拒否しまくっていたポップだったが、最近は少し変化が出てきた。 それに、旅の最初の頃のように、わざとらしく無視することもなくなってきた。 それはヒュンケルにしてみれば、ありがたい変化と言うべきだろう。ポップが徹底して自分を無視していたとしても、ついていく考えではいたが、本人に拒否されるよりも黙認された方が楽だ。 「なにか、用か?」 「あったりまえだろ。用がなきゃ、誰がおまえなんかを呼ぶもんか」 つっけんどんな調子で言いながら、ポップは焚き火にかけた紙鍋を熱心に掻きまわしていた。 「薪が足りねえんだよ。おれ、今は手ェ離せないから、おまえが代わりにとってきてくれよ」 それは聞きようによっては、ひどく身勝手な話だ。なにせ焚き火を必要としているのはポップであり、ヒュンケルではない。 「承知した。水もいるか?」 聞かれて、ポップはムッとした表情を見せたが、その割には黙って水筒を差し出す。ほとんど空に近い水筒を受け取って、ヒュンケルは歩きだした。 旅を始めた頃は、ポップはとにかく、チャンスさえあればヒュンケルを撒こうとやっきになっていた。 だが、最近になって、ようやくその不安は消えてきた。 少なくとも、今回のように用事を頼んできた時は信用できる。用事をでっち上げ、その隙に逃げるという真似はしないと信じられる。 ゆえに、その辺をうろついて薪にちょうどいい枝を拾いながら、ポップの方をたまに伺ったのは別の理由によるものだった。
旅をする上では、それは時間のロスとしか思えない。 旅の最初の頃、ポップが当たり前のように料理を開始したのを見て、ヒュンケルはやめさせようかとずいぶん迷ったものだ。 急ぐ旅ではない。 アバンから聞いた注意を、ヒュンケルは忘れてはいなかった。 すなわち、どうせ旅をするにしてもできるだけ日常生活に近い緩やかな旅を送った方が、まだ身体には優しいはずだとヒュンケルは理解している。 結局のところ、旅を急いで無理をするよりも、その方がよほどポップのためにはいい。 ヒュンケルはそう結論づけた。 そう考えて、ヒュンケルはポップの様子に目を配りながら薪を集め、水を汲む。 「ポップ、取ってきたぞ」 水筒を渡し、薪をドサッとおいたヒュンケルは再び元の場所へと戻ろうとした。だが、またもポップに引き止められた。 「おい、待てよ。礼代わりだ、飯を分けてやるから食っていけよ」 ポップがさっきから作っていたスープは、具がたっぷりと入ったものであり、シチューに近いようにさえ見えた。 塩をふった魚は串焼きにされ、ちょうどいい焼き具合となって油を滴らせ、火からほどよい距離のところに刺されている。 あまり料理に詳しいとは言えないヒュンケルの目から見ても、それは十分以上に美味しそうに見えたし、食欲をそそられるものだった。 途端に、その顔に目一杯の笑みが広がるのを、本人は自覚してはいないだろう。元気よく噛みつき過ぎて、骨が触ったのかちょっと顔をしかめたり、焦ってスープを飲んでかえってむせたりと、少しも休むことなくその表情はくるくると動く。 一匹目をあっとういう間にたいらげ、二匹目に手を出したポップは、ヒュンケルの方を見て怪訝そうな顔をした。 「……なんだよ、てめえ。食べないのかよ?」 未だ一匹目の串焼きを手に、大盛りのスープを前にして鎮座しているヒュンケルを見て、ポップが不思議に思うのも、無理はない。 戦場暮らしが身に染みついているというべきか、ポップが食べる速度とは比べ物にならない早さで、さっさと食事を済ませるのが常だ。 (こんにゃろ、せっかく人が飯を作ってやったのによ……っ!) アバンとの旅に馴染んだポップにしてみれば、旅行用の簡易食をもそもそと食べるだけの毎日は味気無さすぎて、ストレスが溜まる。 しかし、それを喜ぶどころか無言のままで持て余しているともなれば、ムカッ腹も立つというものだ。 「おれの作った飯が、手も付けられないぐらいまずいとでも言いたいのかよ?!」 酔っ払いの中年親父並の理屈で文句をつけるポップに対して、ヒュンケルは無表情のまま首を左右に振った。 「いや、違う」 ひどく冷淡に聞こえるその一言で、はいそうですかと頷ける素直さなど、ポップは持ち合わせてはいない。 「何が違うだっ! さっきから、飯に手もつけてねえじゃないかよ? まさか、魚が嫌いで食べられませんとでもいう気かよ」 突っ掛かるポップと比べると、ヒュンケルは憎らしいぐらいに落ち着き払っているように見える。 「そうじゃない。ただ、待っているだけだ」 「ほーっ! 待つって、こんな荒野のど真ん中で、いったい何を待つってんだよ?」 不機嫌真っ逆様のポップは、すでに因縁付けに等しい口調と目付きであり、生半可な答えでは絶対に納得しないぞとばかりに、腕を組んでいる。 「冷めるのを」 「へ?」 あまりに意表を突いた答えに、怒っていたはずのポップさえ、きょとんとしたように目を見張る。 「だから、冷めるのを待っている。……熱い食事は、苦手なんだ」 その言葉に呆気に取られ――それから、ポップは弾ける様な勢いで爆笑した。 「マ、マジかよ〜っ?! てめえ、猫舌だったのかよっ、んなスカした顔しといて何いってんだか!」 腹を抱えて笑うポップは、笑い過ぎたせいか咳き込みつつも一気に機嫌が直ったらしい。
そう言いながら、ポップは串焼きの幾つかを火からかなり遠ざける。 なにしろ、育ての親が不死系怪物だ。火を苦手とするのは不死系怪物全般に共通する弱点であり、料理するという習慣もなかった。 アバンと旅をする様になってやっと温かい料理の魅力は知ったが、長年の習慣のせいかその時にはすでに猫舌になっていた。 だが、少し冷ましたポップの手製の料理は、ヒュンケルの舌にも美味に感じられる。 ダイがいなくなって以来、ポップは笑うことなどなくなっていた。ヒュンケルといると怒ってばかりいるせいもあるかもしれないが、それを差し引いて考えても、以前とはずいぶん違ってしまっていた。 仲間達といつも一緒にいて、一際楽しげにはしゃいでいた姿を知っているだけに、こうして孤独な旅をしているポップが痛々しく思っていた。 だが、こうやって一緒に食事をすることで、ポップが以前の様な表情の多彩さを取り戻すというのなら、こんなに嬉しいことはない。
《後書き》 ところで、ヒュン兄さん猫舌説は勝手な捏造なんですが、同じ理屈でダイもかなり猫舌じゃないかなーと思う時があります。
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