『いつか、繋がる物語 3』 |
「星よ……、風よ、我に真実を伝えたまえ」 ジプシー風のドレスに身を包み、ジャラジャラと腕を動かす度に音を立てるアクセサリーを多数身につけた女は、ヴェールの奥でひっそりと笑う。 呪文だってわざとらしすぎて、真実味がなかった。 だが、自称腕の立つ占い師と名乗った女は、怪しげな呪文を繰り返してはトランプを掻き混ぜ、妙に気取った仕草で一枚捲る。 「……星のお告げを伝えましょう。この国でもっとも魔法力の高い子供とは、パプニカ王国の王女様に間違いありませぬ」 あげく、もっともらしく言われた台詞に、チンピラ達は二人そろって不満そうに机を蹴り上げた。 「またそれかよっ!?」 「きゃあっ!?」 不自然に作った声でなく、素のままの声で占い師が悲鳴を上げ、それから猛然と怒りだした。 「ちょっとぉ、何すんのさっ!? あんたらが占えっていうから、占ったんじゃないのよぉっ!?」 一旦口を開くと蓮っ葉な地が丸出しな娘には、すでに占い師の尊厳もへったくれもありはしない。 「ふざけんなよ、そんなのは占ってもらうまでもなく、誰だって知ってるんだよっ。ばかばかしい、金なんか払えるかよ」 「あっ、ちょっと待ちな! タダ逃げは許さないんだからね!」 きゃんきゃんわめき立てる占い師の娘を振り切って、チンピラ二人組はさっさと酒場から逃げ出してしまう。 「ちえっ、あのいんちき占い師め……! 大体、昼間なのに星もへったくれもあるかっつーの!」 「あー、まったくだぜ、どいつもこいつも役に立たないな、せっかくの儲け話だっつーのに……っ」 魔法力の高い子供を、高い値で引き取ってくれる闇業者がいる――。 本来なら誘拐事件ともなれば大事件だし、見つかれば極刑は免れない。おまけに、リスクの高さの割には、難易度は非情に高い。 子供をさらって売り飛ばすタイプの誘拐にしても、リスクの高さには大差がない。どんなに貧しい家であれ、自分の子供がいなくなって騒がない親などいないし、親が役人に訴えれば国が事件解決に動きだす。 そもそも人身売買を行うような組織自体が、そうそうないものだ。そんな組織は組織で部外者の介入を嫌うことが多いし、一介のチンピラ程度では関わることさえ危ない。 それだけに、今回の噂を聞いてその気になった小悪党は多かった。 このパプニカ王国は、魔法王国の別名を持っている国だ。他の国に比べれば魔法の素質を持った子供は多いはずだが、まだ力を自在に使えない子供の資質を見分けるのは、熟練の賢者でさえ難しいことだ。 そこで、チンピラ達が思いついたのは実に他力本願な考えだった。 だが、まともな占い師にはきっぱりと断られるし、こんな案に乗ってくるような占い師には、正直ろくな者はいない。 だが、王女様を狙って誘拐する程の度胸や手段があるのなら、裏通りでせせこましくチンピラなどやっているはずがない。 が、だからといって王女様ともあろうものがひょこひょこと町中に出てくるなんて都合のいい展開もない――と、彼らは思っていた。 濡れ手に粟の夢が消えたことを嘆きつつ、ぶつくさと文句を言いつつ裏通りを歩くチンピラ達に、声がかけられた。 「よお、そこのニイさん達。お暇ならちょっと占っていかねえかい?」 普段の彼らなら、そんな誘いなど撥ね除けるか、無視して通り過ぎただろう。 しかし、今の彼らにとっては、役に立つ占い師は喉から手が出るほど欲しい存在だった。足を止め、期待に満ちた目を向けた先にいたのは、まだ若い男だった。 小さなダーツを弄びつつ、だらしなく小さなテーブルに座っている姿は、とても占い師には見えなかった。 「聞いたぜ、ニイさんら、魔法力の高い子供を探しているんだってな。オレはそれに打って付けのアイテムを持っているんだよ。 「ホ、ホントかよ?」 渡りに船な都合のいい話に、チンピラーズは身を乗り出すようにして占い師に詰め寄る。と、彼はもったいぶった手つきで、懐から小さな水晶球を取り出した。 「なんだよ、そりゃ? ずいぶん、小汚い水晶だなぁー」 そもそも占い師は水晶球と称しても、ただのガラス球で占いを行う場合が多い。その方が安価なため、型も大きく、透き通った品が用意できて見栄えがいいからだ。 しかし、あまりいい品ではない。 チンピラの目から見ても値打ちがなさそうに見えるその水晶を、占い師の男は気取った手つきでつまんで、光にかざして見せた。 「素人目にゃ、そう見えるだろうがな。だが、こいつはずっと前にひょんなことで遺跡から手に入れた代物でね。ちぃっとばかり特別なアイテムでよ、触れた者の魔法力に応じて輝くって効果があるんだよ。 かなりうさん臭い話に、チンピラ達は困ったように互いの顔を見合わせた。 どうしていいのか分からずに戸惑うばかりのチンピラ共に、占い師は堂に入った態度で取り引きを持ち掛けた。 「儲けは4、6でいいぜ。無論、あんたらが6で、な」 一見、譲歩していると思える取り分だが、少し冷静に考えればそうでもない。チンピラ達の分がいかに6といっても、二人での合計額だ。 「お、おう、それなら、まあ話に乗ってもいいぜ」 わざとらしい勿体ぶりようが、かえって安っぽく見えると気がつかぬまま、チンピラは虚勢を張って頷いた。 目当ての子供が見つかるか見つからないかの手掛かりすら思いつかないチンピラにとっては、いんちき占いもいんちき水晶も大差はない。 「オレは、ジャギーって言うんだ」 と、兄貴分の男は自分を指してそう言った後、相方を指差した。 「で、こいつはマック」 「そうか。オレのことは、ジョーカーと呼んでくれ」 かくしてパプニカの路地裏で、密かにチンピラ達が結束し合った――。
「先生ーっ、あっちを見てきてもいいですか?」 久々の町が嬉しいのか、ポップはいつも以上にはしゃいでいた。 お祭り好きのポップにとっては、この町の明るさや賑やかさは性に合うらしい。師の返事も待たずに、楽しそうにあちこちの露店をひやかしだしたポップを、アバンはあえて注意せずに好きなようにさせていた。 ポップがこの町を気に入った方がアバンにとっては好都合だし……それに、これが最後と思えば、いつもよりも甘やかしてもいいだろうとも思える。 そう考え、アバンはポップがコマネズミのように走り回っているのを、暖かく見守っていた――。
「さあさ、風船、風船はいかが!? 不思議な石に触る勇気のある子には、風船をあげるよ〜!」 「風船が嫌なら、飴でもいいよ〜っ」 妙に派手なピエロの男三人が呼び込みをしているその屋台の前でポップが足を止めたのは、風船が欲しいからではなかった――決して。 だいたい、15歳にもなって小さな子供のように風船や飴など欲しがる者などいやしない。 アバンと一緒に旅をしていろいろな店屋やら屋台を見てきたポップだが、こんな珍妙でけったいな商売など、見たことも聞いたこともない。 が、別に子供からお金をとっている訳でもないし、これで商売として成り立つとはとても思えない。 そもそも、彼らは何かの宣伝をしている風はまったくないのだから。 「おおっと、坊っちゃんもいかがで? さあさあ!」 「え、おれは別にっ……」 「いいから、いいから!」 と、半ば無理やり手を引っ張られたポップは、仕方なく屋台に座ったピエロが持っている水晶球に触れてみた。 「うわっ!?」 まさか光るとは思っていなかったせいで目が眩んだポップの手を、水晶球を手にした男は素早く掴んだ。 「大当たりだな。では、とびっきりの飴を上げようか」 そう言いながら飴を手渡そうとした男の手が触れた途端、ちくっとした痛みにポップは顔をしかめた。 「痛っ!?」 まるで針でも刺さったような痛みに、ポップは慌てて手を引く。見てみると手のひらの中程にぽつりと、それこそ針でつついたような小さな穴から、ほんのちょっぴりの血が滲み出していた。 「ああ、ごめんよ。刺が刺さったかな? 坊や、手は大丈夫かい?」 「ん、たいしたことないからいいよ。刺も見当たらないし」 自分で自分の手のひらを見て、ポップはそう判断した。一舐めしておけば治るような、そんなちっぽけな傷だ、いちいち大袈裟に騒ぐことじゃない。 「それはよかった。じゃあ、飴をあげようか」 と、あらためて飴を差し出されたものの、元々欲しいとも思わなかったし、ケチがついたせいかなおさら欲しいとは思わない。 「いいよ、飴なんか。それじゃあ!」 そのまま屋台から飛び出していくポップを見送った三人のピエロは、今までの猫かぶりな愛想の良さを漂わせた呼び込みを、コロリと一変させた。 「さあ、退いた、退いた! もう店仕舞いだ、邪魔だからあっちに行きな!」 集まっている子供達を蹴散らすようにして店を畳んだ三人の男は、乱暴にピエロの扮装を解いて顔を見合わせ、したり顔で頷き合った――。
アバンがポップにそう問いかけたのは、昼食の席でのことだった。 いつもは騒がしいぐらいに元気でおしゃべりな少年が、食事もあまり喉を通らない様子でぼんやりとしているのだから、普段との差が目につかないはずがない。 「あ……いえ、なんでもないですよ」 声を掛けられてから、ポップはやっと気がついたようにそう言うが、とても『なんでもない』ようには見えはしない。 「嘘おっしゃい、元気がないじゃないですか。気分でも悪いんですか?」 そう言いながら、アバンはポップの額に手を伸ばす。バンダナ越しでもはっきりと感じられる熱に、アバンは思わず眉を顰めた。 「おやおや、熱があるじゃないですか。しかも、けっこう高いですよ」 「へ? 熱?」 と、ポップはきょとんとした顔で問い返し、自分で自分の額に手を触れ、びっくりしたように手を放した。 「あ、ホントだー」 「ホントだ、じゃないですよ。どうして、もっと早く言わなかったんですか?」 そうたしなめると、ポップは膨れっ面で言い返す。 「だって、別に調子悪くないし、さっきまで全然、ふつーだったんですよ? 今だって、気分悪くないし、頭とかも痛くないですし」 ポップのこの手の言い分を、アバンはあまり信用していなかった。 (もっと早く、気づいてあげるべきでしたね) そう思いながら、アバンはポップを促した。 「とりあえず食欲もないみたいですし、もう休んだ方がいいでしょうね。歩けますか、ポップ」 「へーきですってば」 予定よりも早かったが、早い時間でもチェックイン出来る宿屋を見つけ、アバンはポップを休ませることにした。 着替えるのがかったるいからと、ポップはそのままの格好でベッドにもぐりこんでしまう。 「ポップ、着替えた方が楽じゃないですか」 「ん……ー、後で、着替えますよぉ……。今は、なんかだるくって……」 ひどく気怠そうにそう言う弟子に、無理に着替えさせるよりもとにかく今は休ませてやった方がいいと、アバンは判断した。 熱を下げてやろうと、アバンは宿屋から冷たい水の入った手桶とタオルを用意してもらう。それで額を冷やしてやろうと、アバンはポップの額のバンダナだけは外した。 その際、ぽつんと小さな赤い染みがバンダナについているのに、気がついた。ちょうど額の真ん中辺りに、黒子のように小さな染みがちょこんとついている。 (さっき、私が手を当てた時にはこんな染みはなかった気がしますが……?) ちらりとそう思ったものの、とりあえずアバンはポップの額に怪我がないのを確かめると、タオルを乗せてやった。 熱冷ましの薬草を煎じて飲ませてもまったく効き目はないし、回復魔法をかけてやっても楽になった気配もない。
そう声を掛けると、ポップは首を横に動かして欲しくないとの意思表示をする。 「気分はそんなに悪くないんですけど……変なんです。なんか……すごく、だるいや……」 自分でも戸惑っているようにそう言うポップと同様に、アバンにとってもその症状は謎だった。 だが、今回のポップの発熱はあまりにも突然だった。 これが普通の町や村にいる時に起こったことなら、アバンはまず医者か薬師を呼んでもらっただろう。 しかし、具合の悪いポップを動かすのはためらわれる。少し悩んでから、アバンは弟子に優しく声を掛けた。 「ポップ、しばらく――そうですね、一時間ぐらいの間、一人で留守番していてくれますか? よく効く薬をもらってきてあげますからね」 「……ん、先生……。早く……戻ってきて、くださいね……」 半ば眠りかけながらそう呟くポップの頭を一つ撫で、アバンは静かに部屋を出ていった。
急ぎ足でアバンが宿屋から出て行くのを見て、物陰で様子を窺っていたチンピラ達はニンマリと嫌な感じの笑みを浮かべる。 「ふうん、そりゃ好都合じゃねえか。おあつらえ向きもいいところだよな、へへっ」 この三人がここにいるのは、偶然などではない。彼らは昼間からずっと、ポップの後を尾けてきたのだ。 こんなチャンスが訪れるのを、待ち構えて。
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