『いつか、繋がる物語 4』

  

「へっへっへ……まさか、こんなに上手くいくとはなぁ」

 舌舐めずりせんばかりに、ジャギーが笑う。実際、笑いが止まらないような気分だった。ジョーカーが言い出した、魔法力の高い子供を探すためのアイデアなどジャギーは最初、当てにもしていなかった。

 いくら魔法力を見分けるためとはいえ、自腹を切ってまで飴やら風船やらを子供に配るなど、ケチでせこいジャギーにしてみればとんでもない散財としか思えなかった。
 だが、マックが賛成したせいで巻き込まれ、いやいやピエロの扮装までして協力したことが、大当たりするだなんて思いもしなかった。

 普通より魔法力の高い子が数人見つかれば御の字だと思っていたのに、まさかとびっきりの極上品が見つかるとは。
 魔法力の高い子を求める男と一度だけ接触したジャギーは、彼が量より質を望んでいると聞いていた。

 10の魔法力を持つ子が100人いるよりも、100の魔法力を持つ子が1人いた方がいいのだと。
 ジャギーにしてみればその理由や理屈は忘れたが、とにかく魔法力の高い子供には金に糸目を付けないと言ったその言葉だけは、覚えている。

 そして、ポップはその条件にぴったり適っている。
 それを悟ったからこそ、ジョーカーは予め用意していた罠をポップにしかけた。
 飴を渡すふりをして、ジョーカーはポップの手に針を刺した。

 刺が刺さった程度の痛みに過ぎないから本人もたいして気にしていなかったが、実はあれは指輪に仕込まれた毒針だった。
 といっても、人を殺したり即座に昏倒させるほど力のある毒ではない。
 ジョーカーにとっては、商売道具でもある弱い毒だ。

 命に別条はないしごく弱いものとはいえ、効き目は長引く。まず、数日の間はひどい風邪を引いたような症状に陥るはずだ。
 それを金持ちそうな客にこっそり刺して、体調が悪くなるという予知がでていると教える。

 それが当たったと驚き、病気で弱っているところに付け込んで、その病を払ってやろうだの、もっといい予知を教えてやろうだのと付け込むのが、ジョーカーのとっておきのやり口だ。

 当たるに決まっている占いで、客を引っ掛けるために使うための小道具……それを、今回、誘拐の布石として使った。
 あの場でポップをそのままさらうことも考えないでもなかったが、いくら裏道っぽい場所を選んだとはいえ、一応は大通りに通じている道だ。

 ポップなり、周囲の子供なりが騒げばすぐにバレて、人が駆けつけるだろう。
 それは困る。

 だから、後で隙を見てさらうことができるように、ポップに毒を仕込んだ。どうせなら元気な子をさらうより、病気で弱った子をさらう方が遥かに楽だ。
 その後は、目立たないようにポップの跡を付けて一人になるチャンスを狙っていた。

「あのガキの連れ、女のところにでもシケこんんだかな? ま、ありがたいよな。朝帰りしてくれりゃ、好都合ってもんだし」

 マックもまた、声を弾ませて囁く。
 子供を誘拐する際、最大の障壁は親の存在だ。
 見つかれば絶対に邪魔をされるのは目に見えているし、子供がいなくなればいなくなったで、大騒ぎして探そうとする。

 その意味でも、ポップは理想的な獲物だった。
 この町の子ではなく、若い男と一緒に旅をしている旅の子供なら、行方不明になってもそうそう騒ぎにもならないだろう。
 もともとが流れ者なのだから。

 連れの男も親子や兄弟というわけでもなさそうだし、うまくいけば役所に訴えることもなく、そのまま沈黙してくれるかもしれない。
 夜、宿屋に子供を一人残して外出するような男なら、そんなものだろうと彼らは都合よくそう思い込む。

 ただ、少しばかり問題といえば、旅芸人じみた珍妙な格好をしているとはいえ、連れの男が剣を腰に下げていることだ。
 できるなら戦いを避けたいと考える点では、ジャギー達の意見は一致していた。

 腕に自信がないというわけでもないが、痛みやら面倒をとことん嫌う小悪党からすれば、わざわざケンカやトラブルを巻き起こしたいとは思わない。
 だからこそ、アバンがいなくなった今こそが、ポップを誘拐する最大のチャンスだと彼らの意見は一致していた。

「けどよぉ……どうやって、あの宿屋に入るんだ?」

 と、途方に暮れたように言ったのは、ジャギーだった。
 ……肝心のところでの作戦立てが、なっていないようである。
 まあ、確かに宿屋にいる人間を誘拐するのは、簡単なようで難しい。なにせ宿屋というのは、宿泊客の出入りを厳しくチェックする習慣のある商売だ。

 これがカウンターが空きっ放しの安い場末の宿屋ならばともかく、アバンとポップが泊まっているのは標準以上のレベルの宿屋だった。

 そんな中にのこのこと宿屋に入り込み、宿泊客の子供を連れ出すのは、よっぽど上手く理由をつけないと疑われるだろう。
 だが、ジョーカーは迷う素振りすら見せなかった。

「簡単さ」

 ニッと笑ったかと思うと、占い師の男はどこからか出した酒を、ジャギーに引っ掛けた。
「うわっ、つめてっ!? 何しやがるんだよっ!?」

「誰か一人が管を巻いたふりでもして、宿屋の入り口辺りで騒ぎを起こせばいい。宿屋の連中の注意が酔っ払いにいった隙に、残り二人が裏口から入り込んであの子供を誘拐しちまえばいいのさ」

「だからって、なんでいきなり酒を引っ掛けるんだよ!? あー、もったいね」

 と、服に染み込んだ酒を惜しんでちょっと啜ってしまう辺りが、どうしようもなく小物臭い。
 だが、ジョーカーはその文句さえ、ものともしなかった。

「酒の臭いがぷんぷんしてれば、説得力あるだろ?」

「へー、おまえ、あったまいいなぁ」

 と、素直に感心するジャギーは、気がついていないのだろう。
 この作戦では、宿屋に顔を覚えられるであろう囮がもっともリスクを背負うことになる、などとは。

 弟分であるマックが肩を竦めたところを見ると、彼の方はそれに気付いたらしいが、別に文句を口にはしなかった。……所詮、リスクを背負うのは自分ではないとでも思っているのだろう。

 まあ、隠してある本音はともかくとして、表面上は話はまとまった悪党三人組は、さっそく行動を開始した――。


「酒だ、酒だ! 酒をだせってんだよォっ、おりゃあお客様だぞ、その客の言うことが聞けねえってえのかよォっ!?」

 呂律のいささか怪しい、酔っ払い独特の管を巻く口調は二階にいても聞こえてくる。それを耳にしながら、ジョーカーはこっそりと軽口を叩く。

「なかなかの役者だな」

「つーか、地だろ、あれ。アニキが普段からやっていること、そのまんまだしねー」

 兄貴分に対して尊敬のかけらもない口調でそう言いながら、マックは針金をいじって鍵穴をつついていた。
 盗賊の知識と経験を持っているこの弟分は、多少てこずったものの見事に鍵を開ける。それと同時に、二人はドアを開けて中に入り込んだ。

 案の定、部屋の中にはベッドに横たわっているポップしかいない。寝ていたようだが、人の気配に気がついたのかポップが起き上がろうとした。

「ん……先生?」

 寝ぼけた声でそう言うポップに、男達は素早く駆け寄って押さえつける。

「……っ!? んんんーーっ!?」

 さすがに完全に目が覚めたのかポップが必死でもがきだすが、男二人相手に適うはずがない。
 あっさりと、再びベッドの上に押し倒される。
 そして、口を押さえられているせいで、言葉もでなければ呪文も使えない。

 熟練の魔法使いならば、意識があればそれだけで魔法を使えるものだ。
 が、まだまだ未熟なポップにとっては、呪文なしで魔法をかけるのは難しいし、なにより不意打ちに対する心構えができていなかった。

 突然のことに驚き、恐怖に震えるポップの顎を、男の一人が無理やり押さえつけ、こじあけた。

「暴れるんじゃねえよ、何も殺そうってんじゃねえんだからよ」

 嘲笑うように言いながら、どこからか出した小瓶をポップの口許に当て、流し込もうとする。
 それを見た途端、恐怖が爆発してポップは魔法を放っていた。

「あちぃっ!?」

 メラミほどもある炎が一瞬で湧き上がり、男の手をかすめて飛ぶ。その炎に驚いて、男の手が緩んだ隙にポップは転がり落ちるようにベッドから逃れる。
 そして、そのまま一目散に部屋から逃げ出そうとした。

 もし、ポップが普段どおりの体調なら、それは成功したかもしれない。あるいは、人間が相手だからとためらわず、相手に魔法を直撃させていたのならば――。
 しかし、手加減した威嚇魔法は、相手を足止めするどころか怒らせるだけの効果しかなかった。

「このクソガキッ!!」

 蹴り飛ばされ、転んだポップを再び男達が取り押さえ、小瓶を無理やり飲ませにかかる。
「……っ、げっ、げほっ……っっ」

 いきなり注ぎ込まれた液体に溺れたような苦痛を味わい、ポップは激しく噎せた。だが、男はポップの抵抗や苦しみなどにはお構いなしに無理やり瓶の中の液体を飲ませようとする。

 息を詰めさせる苦しさから、ポップは否応なしにその液体を飲んでしまった。妙に後味の悪い喉越しの味を感じてから、ポップは初めて自分の飲まされた物への恐怖に思い至る。

(な、なに飲まされたんだよ……っ!?)

 その答えはすぐに分かった。
 引き込まれるような急速な眠気が、ポップを襲う。こんな時に眠ってしまったら何をされるか分からないというのに、どうしても争えない眠気がポップを闇へと引きずり込もうとする。
 その感覚は、はっきりいって恐怖だった。

「お、暴れ方が弱まってきたぞ。効いてきたみたいだな」

 男の一人の声が、ひどく遠く聞こえた。自分の手足を掴む手も、口を押さえる手の不快感さえも薄らいでいく。

(だ……めだ、眠っちゃ……)

 襲いくる眠気に争おうと、ポップは何度もまばたきを繰り返す。
 このまま眠ったら、目が覚めた時にどうなるか分からないという不安が強かった。なのにポップの努力も空しく、眠気は強制的にポップの意識を刈り取っていく。

 救いを求めて手を伸ばそうとするが、男に押さえられているせいと眠気に運動神経を遮断されたせいで、指をわずかに動かすだけでやっとだった。

(……せ……ん、せい、助け…………)

 そう思ったのを最後に、ポップの意識は完全に闇に沈んだ――。






「……もう、頃合いみたいだな」

 完全にポップが動かなくなったのを確かめてから、ジョーカーとマックはやっとポップから手を放した。

「全く、物騒なガキだな、いきなりあんな魔法なんかを使いやがって……!」

 腹立たしそうに、マックが気絶したポップの襟首を掴む。今にも殴り掛かりそうな雰囲気だが、ジョーカーの方は満足げだった。

「だが、これならきっと高く売れるだろうよ。なんせこのガキは潜在的に魔法力があるどころか、はっきりと魔法が使えるんだからよ。
 しかも、見掛けによらず腕が立つみたいだしな」

 ポップが使った魔法は、初級魔法使いが使う範囲を大きく超えている。この年齢で、これだけの魔法を使える者などそうそういるものではない。

「……ま、それもそうか。へへっ、高値がつくといいんだがな」

 損得でコロリと機嫌を直すあたりが、いかにもチンピラ臭いところだった。とりあえずそれで満足したのか、マックはポップから手を放す。
 力を込めて抑えたせいで、ポップの手足にはくっきりと痣がついていたが、二人ともそんなことには頓着しなかった。

 ポップを抱き上げ、予め用意してきた大きめのリュックサックの中へと入れる。
 その際、手足を縛ったのはポップが目覚めて暴れる可能性を考慮したせいではなかった。ポップを眠らせた薬は、とびっきり濃厚なラリホー草の煎じ薬だ。どんなに早くても、1、2日で目覚めるような代物ではない。

 ただ、リュックサックにポップを入れるのには手足を折り曲げた姿勢でなければ無理だから、都合のよい格好にさせるために縛ったにすぎない。
 荷物を扱うような無造作さでポップをリュックに移し終えると、彼らはそのまま部屋を出た。その際、せこくも部屋の荷物から金目のものを探るマックを、ジョーカーは促した。

「おい、なにやってんだ、いくぞ」

 まだ騒いでいるジャギーの煩さに気を取られたせいか、従業員達どころか宿屋の客でさえほとんどがカウンターに行っていて、誰もジョーカー達には目を留めなかった。
 さすがに誰にも会わなかっただけではないが、行商を行う旅人なら大荷物を持つ者は珍しくはない。

 子供そのものを抱えていたのなら、目立つだろう。だが、子供が一人入る程度のサイズのリュックサックを、怪しまれることはなかった。
 結果、二人は誰にも見咎められることなく、宿屋をまんまと抜け出した――。






 パプニカ海岸に位置する、小さな洞窟。
 そこは入り口が崖に偽装した大岩で隠されているだけに、ちょっと見ただけではそこに洞窟があるとは分からないだろう。

 だが、瞬間移動呪文で見事に入り口の真横に到着したアバンは、迷いもせずに洞窟の中へと入る。

「こんばんは、お邪魔します〜」

 気の抜けた挨拶と共に中に入り込んだアバンを迎えたのは、鋭い眼光を持つ老魔道士だった。
 だが、アバンと目が合うとその眼差しがいくらか和らぐ。

「……なんだ、こんな夜中に誰かと思ったらアバンじゃねえか」

「はい。お久しぶりですね、マトリフ」





「ふぅん。じゃ、てめえは未だに未来の勇者候補を探して、あっちこっちをうろついてるわけかよ。
 そりゃあ、またご苦労さんな話だな」

 数年振りに聞く仲間の魔道士の憎まれ口が、アバンには嬉しかった。
 マトリフは、以前と少しも変わっていない。
 初めて出会った時にすでに老齢だったこの魔法使いは、外見上は出会った時から今まで、ほぼ変わりがない。

 その変わりのなさは、中身も一緒のようだ。
 遠慮なくずけずけと言うところも、少しばかり皮肉屋なところも、以前のままだった。
「ったく、てめえもつくづく損な性分だな。 知ってるか? カール王国の女王はまだ、独身なんだとよ」

 いったい誰のせいなのかねえと、からかうように笑うマトリフに、アバンは苦笑するしかない。

「知っています。でも、まだ彼女に会うわけにはいきませんよ。今は弟子を育てている最中ですし」

「ふん、熱をだして寝込んでいるっていうガキか」

「ええ。一年半前に、どうしても弟子になりたいと言ってついてきた子です。魔法使いの修行を受けさせているんですがね……」

 そこまで言ってつい口ごもってしまったアバンの悩みを、老魔道士はずばりと見通す。
「どうやら、そのガキはずいぶんと問題のある弟子らしいな」

「いえいえ、問題児と言うか、なかなか本気になってくれないだけなんですよー。素質はあるんですけどね。初めての古代遺跡に踏み込んだ時に、いきなり精霊を呼び出したぐらいですから」

「ほう」

 そんな話をする間も、マトリフの手は一時も休まることがなかった。
 一見無造作としか言えない手つきで、しかし計ったかのような正確さで、マトリフは何種類もの薬草や材料を薬研に投げ込んでいく。

「頭の回転も早いですし、記憶力も抜群です。一度教えたことは即座に覚えますし、応用力もなかなかのものですよ」

 少しばかりの自慢を込めて、アバンは弟子の長所を褒め上げる。……が、アバンは弟子の欠点もまた、よく知り抜いていた。

「ただ……あの子は、諦めが早いと言うか、根気に欠けるところがありまして。ちょっと厳しい課題を与えると、すぐに逃げてしまうんですよね」

「……ロクでもねえ弟子だな。なまじ、才能があるだけにタチが悪くねえか、そりゃあ? よく、そんなガキを仕込む気になったな」

 いささか呆れたようなマトリフの言葉に、アバンは即座に言い返した。

「でも、あの子はいい子ですよ」

 さっき、ポップを褒めた時以上に熱の籠もった口調で、アバンはポップを弁護する。

「確かにちょっと意地っ張りなところがありますが、物事の本質を見ることの出来る目を持った、優しい子です。
 とてもいい子ですよ、あの子は」

「へっ。相変わらず甘いな、おめえはよ」

 悪態じみた言い方だが、マトリフの口調には刺は感じられない。
 そこで薬を完成させたのか、マトリフはようやく手を止めて、顔を上げた。

「ところでよ……毒物の可能性は、ないのか?」

 予想もしていなかった不穏な可能性を突き付けられ、アバンは軽く目を見張った。

「どうも、そのガキの症例が不自然で気になるぜ。瞳孔は確かめてみたのか? いつもより虹彩が大きく見えたり、濃い色にはなっていなかったか?」

 マトリフの言葉に導かれるように、アバンはさっきのポップの様子を思い出す。
 確かに、ポップの発熱の不自然さには、アバンも気付いていた。
 元々、ポップは目が黒いために色の変化は目立ちにくいが、思い返してみればやけに目をぱっちりと開けているように見えたことも覚えている。

「ガキには結構あるんだよ、好奇心からいらねえもんに手を出したせいで、傷口から毒素が入りこみ熱を出すって例がな。自覚もないようなホンのかすり傷でも、身体に入り込んだ毒ってのは厄介なもんだ」

「そういえば……」

 ポップのバンダナを、アバンは取り出してみた。さっきは赤かった染みは、今は茶褐色に変化している。
 あの時、ポップは自分で自分の額に手を当てた。あの手に小さな傷があったのだとすれば、辻褄が合う。

「戻ったら、まずはキアリーをかけてやってみろ。毒素が原因だってんなら、それで症状が軽減するはずだ。
 一応、解熱剤は調合してやったから、定期的に飲ませて少し様子を見てみな。ほれ、こっちは解毒剤だ。キアリーに反応するようだったら、用心のためこちらも飲ませてやれ」

 薬師顔負けの手際で薬を手早く包んだマトリフは、ついでのように付け加える。

「それでよ、少し容体が落ち着いたら、そのガキをここに連れてこいや。変に甘やかして引き伸ばすより、その方が本人のためだろうよ」

「…………!!」

 さっき以上の驚きをもって、アバンは思わずマトリフを見返していた。
 老魔道士の顔に、人を食ったような笑みが浮かんでいる。それは、アバンが魔王と戦うための旅をしている際、幾度となく見たものだった。
 相手の思惑を見抜き、ものの見事に要所に攻撃をした時に見せる表情だ。

「迷っているんだろう? そのガキを、オレに預けるかどうかをよ。
 理屈では、預けた方がいいって分かっている……が、自分を慕う弟子を突き放すのは寝覚めが悪いってところか?」

 ポップを預けたいとまだ一言も口にしていないうちに、全てを見透かす大魔道士の眼力には、素直に兜を脱ぐしかない。
 しかも、マトリフはアバンの無意識の迷いまで見切っていた。

(……その通りですね)

 ポップを預けるつもりがあるのなら、いくら熱があるからといっても、一緒にここに連れてくればよかったのだ。
 まったく動かせない容体だったわけでもないし、直接マトリフの診察を受けさせた方が的確な治療を受けさせることが出来た。

 だが、そうしなかった最大の理由は、もう少しだけポップを手元に置いておきたいという、アバンのちょっとした感傷のせいだと――マトリフに指摘されて、初めて気がついた。降参をするように、アバンは軽く手を広げて見せる。

「――まったくあなたには、適いませんね。ええ、その通りです。もし、あなたさえ頷いてくれるのなら……と、図々しく思っていたところでしたよ。
 ですが……いいんですか?」

 確認するように、アバンはマトリフに問い掛ける。
 魔法使いとして名高いマトリフは、弟子を取りたがらないことでもひどく有名だ。

 マトリフの呪文や魔法に憧れ、弟子入り志願してくる者は数多く見てきたが、彼は常に素っ気なく撥ねつけてきた。
 それを知っているだけに恐る恐る尋ねるアバンに、マトリフは気軽に言い返してくる。

「ふん、男の弟子なんぞ本来なら取らねえんだが、おまえさんがそこまで見込んだ魔法使いなら、ちょっと見てみたいからな」

「そう……ですか」

 肩の荷が下りたような、それでいて少し寂しいような――。
 マトリフの同意を得て、アバンは安堵と同時に少しばかりの寂しさも味わっていた。だが、アバンはその感傷じみた思いを今度は自覚した上で、押し殺す。
 おそらくは、それがポップにとっては一番いいのだろうから。

「分かりました、マトリフ。それでは、近いうちにあの子を連れてきますよ。その時は、どうかよろしくお願い致します」

 そう言って、アバンは深々と頭を下げた――。

 


                                                       《続く》
  

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