『いつか、繋がる物語 4』 |
「へっへっへ……まさか、こんなに上手くいくとはなぁ」 舌舐めずりせんばかりに、ジャギーが笑う。実際、笑いが止まらないような気分だった。ジョーカーが言い出した、魔法力の高い子供を探すためのアイデアなどジャギーは最初、当てにもしていなかった。 いくら魔法力を見分けるためとはいえ、自腹を切ってまで飴やら風船やらを子供に配るなど、ケチでせこいジャギーにしてみればとんでもない散財としか思えなかった。 普通より魔法力の高い子が数人見つかれば御の字だと思っていたのに、まさかとびっきりの極上品が見つかるとは。 10の魔法力を持つ子が100人いるよりも、100の魔法力を持つ子が1人いた方がいいのだと。 そして、ポップはその条件にぴったり適っている。 刺が刺さった程度の痛みに過ぎないから本人もたいして気にしていなかったが、実はあれは指輪に仕込まれた毒針だった。 命に別条はないしごく弱いものとはいえ、効き目は長引く。まず、数日の間はひどい風邪を引いたような症状に陥るはずだ。 それが当たったと驚き、病気で弱っているところに付け込んで、その病を払ってやろうだの、もっといい予知を教えてやろうだのと付け込むのが、ジョーカーのとっておきのやり口だ。 当たるに決まっている占いで、客を引っ掛けるために使うための小道具……それを、今回、誘拐の布石として使った。 ポップなり、周囲の子供なりが騒げばすぐにバレて、人が駆けつけるだろう。 だから、後で隙を見てさらうことができるように、ポップに毒を仕込んだ。どうせなら元気な子をさらうより、病気で弱った子をさらう方が遥かに楽だ。 「あのガキの連れ、女のところにでもシケこんんだかな? ま、ありがたいよな。朝帰りしてくれりゃ、好都合ってもんだし」 マックもまた、声を弾ませて囁く。 その意味でも、ポップは理想的な獲物だった。 連れの男も親子や兄弟というわけでもなさそうだし、うまくいけば役所に訴えることもなく、そのまま沈黙してくれるかもしれない。 ただ、少しばかり問題といえば、旅芸人じみた珍妙な格好をしているとはいえ、連れの男が剣を腰に下げていることだ。 腕に自信がないというわけでもないが、痛みやら面倒をとことん嫌う小悪党からすれば、わざわざケンカやトラブルを巻き起こしたいとは思わない。 「けどよぉ……どうやって、あの宿屋に入るんだ?」 と、途方に暮れたように言ったのは、ジャギーだった。 これがカウンターが空きっ放しの安い場末の宿屋ならばともかく、アバンとポップが泊まっているのは標準以上のレベルの宿屋だった。 そんな中にのこのこと宿屋に入り込み、宿泊客の子供を連れ出すのは、よっぽど上手く理由をつけないと疑われるだろう。 「簡単さ」 ニッと笑ったかと思うと、占い師の男はどこからか出した酒を、ジャギーに引っ掛けた。 「誰か一人が管を巻いたふりでもして、宿屋の入り口辺りで騒ぎを起こせばいい。宿屋の連中の注意が酔っ払いにいった隙に、残り二人が裏口から入り込んであの子供を誘拐しちまえばいいのさ」 「だからって、なんでいきなり酒を引っ掛けるんだよ!? あー、もったいね」 と、服に染み込んだ酒を惜しんでちょっと啜ってしまう辺りが、どうしようもなく小物臭い。 「酒の臭いがぷんぷんしてれば、説得力あるだろ?」 「へー、おまえ、あったまいいなぁ」 と、素直に感心するジャギーは、気がついていないのだろう。 弟分であるマックが肩を竦めたところを見ると、彼の方はそれに気付いたらしいが、別に文句を口にはしなかった。……所詮、リスクを背負うのは自分ではないとでも思っているのだろう。 まあ、隠してある本音はともかくとして、表面上は話はまとまった悪党三人組は、さっそく行動を開始した――。
呂律のいささか怪しい、酔っ払い独特の管を巻く口調は二階にいても聞こえてくる。それを耳にしながら、ジョーカーはこっそりと軽口を叩く。 「なかなかの役者だな」 「つーか、地だろ、あれ。アニキが普段からやっていること、そのまんまだしねー」 兄貴分に対して尊敬のかけらもない口調でそう言いながら、マックは針金をいじって鍵穴をつついていた。 案の定、部屋の中にはベッドに横たわっているポップしかいない。寝ていたようだが、人の気配に気がついたのかポップが起き上がろうとした。 「ん……先生?」 寝ぼけた声でそう言うポップに、男達は素早く駆け寄って押さえつける。 「……っ!? んんんーーっ!?」 さすがに完全に目が覚めたのかポップが必死でもがきだすが、男二人相手に適うはずがない。 熟練の魔法使いならば、意識があればそれだけで魔法を使えるものだ。 突然のことに驚き、恐怖に震えるポップの顎を、男の一人が無理やり押さえつけ、こじあけた。 「暴れるんじゃねえよ、何も殺そうってんじゃねえんだからよ」 嘲笑うように言いながら、どこからか出した小瓶をポップの口許に当て、流し込もうとする。 「あちぃっ!?」 メラミほどもある炎が一瞬で湧き上がり、男の手をかすめて飛ぶ。その炎に驚いて、男の手が緩んだ隙にポップは転がり落ちるようにベッドから逃れる。 もし、ポップが普段どおりの体調なら、それは成功したかもしれない。あるいは、人間が相手だからとためらわず、相手に魔法を直撃させていたのならば――。 「このクソガキッ!!」 蹴り飛ばされ、転んだポップを再び男達が取り押さえ、小瓶を無理やり飲ませにかかる。 いきなり注ぎ込まれた液体に溺れたような苦痛を味わい、ポップは激しく噎せた。だが、男はポップの抵抗や苦しみなどにはお構いなしに無理やり瓶の中の液体を飲ませようとする。 息を詰めさせる苦しさから、ポップは否応なしにその液体を飲んでしまった。妙に後味の悪い喉越しの味を感じてから、ポップは初めて自分の飲まされた物への恐怖に思い至る。 (な、なに飲まされたんだよ……っ!?) その答えはすぐに分かった。 「お、暴れ方が弱まってきたぞ。効いてきたみたいだな」 男の一人の声が、ひどく遠く聞こえた。自分の手足を掴む手も、口を押さえる手の不快感さえも薄らいでいく。 (だ……めだ、眠っちゃ……) 襲いくる眠気に争おうと、ポップは何度もまばたきを繰り返す。 救いを求めて手を伸ばそうとするが、男に押さえられているせいと眠気に運動神経を遮断されたせいで、指をわずかに動かすだけでやっとだった。 (……せ……ん、せい、助け…………) そう思ったのを最後に、ポップの意識は完全に闇に沈んだ――。 「……もう、頃合いみたいだな」 完全にポップが動かなくなったのを確かめてから、ジョーカーとマックはやっとポップから手を放した。 「全く、物騒なガキだな、いきなりあんな魔法なんかを使いやがって……!」 腹立たしそうに、マックが気絶したポップの襟首を掴む。今にも殴り掛かりそうな雰囲気だが、ジョーカーの方は満足げだった。 「だが、これならきっと高く売れるだろうよ。なんせこのガキは潜在的に魔法力があるどころか、はっきりと魔法が使えるんだからよ。 ポップが使った魔法は、初級魔法使いが使う範囲を大きく超えている。この年齢で、これだけの魔法を使える者などそうそういるものではない。 「……ま、それもそうか。へへっ、高値がつくといいんだがな」 損得でコロリと機嫌を直すあたりが、いかにもチンピラ臭いところだった。とりあえずそれで満足したのか、マックはポップから手を放す。 ポップを抱き上げ、予め用意してきた大きめのリュックサックの中へと入れる。 ただ、リュックサックにポップを入れるのには手足を折り曲げた姿勢でなければ無理だから、都合のよい格好にさせるために縛ったにすぎない。 「おい、なにやってんだ、いくぞ」 まだ騒いでいるジャギーの煩さに気を取られたせいか、従業員達どころか宿屋の客でさえほとんどがカウンターに行っていて、誰もジョーカー達には目を留めなかった。 子供そのものを抱えていたのなら、目立つだろう。だが、子供が一人入る程度のサイズのリュックサックを、怪しまれることはなかった。
だが、瞬間移動呪文で見事に入り口の真横に到着したアバンは、迷いもせずに洞窟の中へと入る。 「こんばんは、お邪魔します〜」 気の抜けた挨拶と共に中に入り込んだアバンを迎えたのは、鋭い眼光を持つ老魔道士だった。 「……なんだ、こんな夜中に誰かと思ったらアバンじゃねえか」 「はい。お久しぶりですね、マトリフ」 「ふぅん。じゃ、てめえは未だに未来の勇者候補を探して、あっちこっちをうろついてるわけかよ。 数年振りに聞く仲間の魔道士の憎まれ口が、アバンには嬉しかった。 その変わりのなさは、中身も一緒のようだ。 いったい誰のせいなのかねえと、からかうように笑うマトリフに、アバンは苦笑するしかない。 「知っています。でも、まだ彼女に会うわけにはいきませんよ。今は弟子を育てている最中ですし」 「ふん、熱をだして寝込んでいるっていうガキか」 「ええ。一年半前に、どうしても弟子になりたいと言ってついてきた子です。魔法使いの修行を受けさせているんですがね……」 そこまで言ってつい口ごもってしまったアバンの悩みを、老魔道士はずばりと見通す。 「いえいえ、問題児と言うか、なかなか本気になってくれないだけなんですよー。素質はあるんですけどね。初めての古代遺跡に踏み込んだ時に、いきなり精霊を呼び出したぐらいですから」 「ほう」 そんな話をする間も、マトリフの手は一時も休まることがなかった。 「頭の回転も早いですし、記憶力も抜群です。一度教えたことは即座に覚えますし、応用力もなかなかのものですよ」 少しばかりの自慢を込めて、アバンは弟子の長所を褒め上げる。……が、アバンは弟子の欠点もまた、よく知り抜いていた。 「ただ……あの子は、諦めが早いと言うか、根気に欠けるところがありまして。ちょっと厳しい課題を与えると、すぐに逃げてしまうんですよね」 「……ロクでもねえ弟子だな。なまじ、才能があるだけにタチが悪くねえか、そりゃあ? よく、そんなガキを仕込む気になったな」 いささか呆れたようなマトリフの言葉に、アバンは即座に言い返した。 「でも、あの子はいい子ですよ」 さっき、ポップを褒めた時以上に熱の籠もった口調で、アバンはポップを弁護する。 「確かにちょっと意地っ張りなところがありますが、物事の本質を見ることの出来る目を持った、優しい子です。 「へっ。相変わらず甘いな、おめえはよ」 悪態じみた言い方だが、マトリフの口調には刺は感じられない。 「ところでよ……毒物の可能性は、ないのか?」 予想もしていなかった不穏な可能性を突き付けられ、アバンは軽く目を見張った。 「どうも、そのガキの症例が不自然で気になるぜ。瞳孔は確かめてみたのか? いつもより虹彩が大きく見えたり、濃い色にはなっていなかったか?」 マトリフの言葉に導かれるように、アバンはさっきのポップの様子を思い出す。 「ガキには結構あるんだよ、好奇心からいらねえもんに手を出したせいで、傷口から毒素が入りこみ熱を出すって例がな。自覚もないようなホンのかすり傷でも、身体に入り込んだ毒ってのは厄介なもんだ」 「そういえば……」 ポップのバンダナを、アバンは取り出してみた。さっきは赤かった染みは、今は茶褐色に変化している。 「戻ったら、まずはキアリーをかけてやってみろ。毒素が原因だってんなら、それで症状が軽減するはずだ。 薬師顔負けの手際で薬を手早く包んだマトリフは、ついでのように付け加える。 「それでよ、少し容体が落ち着いたら、そのガキをここに連れてこいや。変に甘やかして引き伸ばすより、その方が本人のためだろうよ」 「…………!!」 さっき以上の驚きをもって、アバンは思わずマトリフを見返していた。 「迷っているんだろう? そのガキを、オレに預けるかどうかをよ。 ポップを預けたいとまだ一言も口にしていないうちに、全てを見透かす大魔道士の眼力には、素直に兜を脱ぐしかない。 (……その通りですね) ポップを預けるつもりがあるのなら、いくら熱があるからといっても、一緒にここに連れてくればよかったのだ。 だが、そうしなかった最大の理由は、もう少しだけポップを手元に置いておきたいという、アバンのちょっとした感傷のせいだと――マトリフに指摘されて、初めて気がついた。降参をするように、アバンは軽く手を広げて見せる。 「――まったくあなたには、適いませんね。ええ、その通りです。もし、あなたさえ頷いてくれるのなら……と、図々しく思っていたところでしたよ。 確認するように、アバンはマトリフに問い掛ける。 マトリフの呪文や魔法に憧れ、弟子入り志願してくる者は数多く見てきたが、彼は常に素っ気なく撥ねつけてきた。 「ふん、男の弟子なんぞ本来なら取らねえんだが、おまえさんがそこまで見込んだ魔法使いなら、ちょっと見てみたいからな」 「そう……ですか」 肩の荷が下りたような、それでいて少し寂しいような――。 「分かりました、マトリフ。それでは、近いうちにあの子を連れてきますよ。その時は、どうかよろしくお願い致します」 そう言って、アバンは深々と頭を下げた――。
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