『いつか、繋がる物語 5』

  

「おや? なにか、あったんですか?」

 宿屋に戻ってきたアバンは、店主と店員がせっせとカウンター前の掃除をしているのを見て、そう問いかけた。

「あ、お客さん、すいませんね、お騒がせして。いえね、さっきまでここで暴れていた酔っ払いがいましてね、おかげでひどい目に遭いましたよ」

 壊れた花瓶やらガラスが散乱した床を片付けながら、店主はぼやきをこぼす。
 質の悪い酔っ払いはここで因縁をつけまくった揚げ句、役人を呼ぼうとした途端にあっさりと逃げ出してしまったという。

「それは大変でしたねえ、私もお手伝いしましょうか?」

「いいえ、お客さんにそんなことさせられませんよ。それに、子供さんが待っているんでしょう、早く戻ってあげてください。病気なら、心細いでしょうし」

 出かけにざっと連れが寝込んでいる事情を話しただけに、親身にそう言ってくれる店主の言葉に、アバンは従うことにした。




  


「私ですよ。ポップ、起きていますか。待たせてしまって、すみませんね」

 ノックをしてそう言いながらドアの鍵を開けようとして……アバンはふと手を留めた。
 鍵は、開いていた。

(……!?)

 閉め忘れたという可能性は、ない。元々、アバンは施錠には気を使う方だし、特に今日はポップが寝込んでいたということもあり、しっかりと鍵をかけた覚えがある。

 それによくよく見ないと分からないが、鍵穴にわずかについた傷跡……それが盗賊が、鍵をこじあける時につく傷だ。
 それを見て、ようやく嫌な予感が浮かび上がる。

「ポップ!」

 慌てて扉を開けたアバンは――愕然としてしまう。
 ポップが眠っていたはずのベッドは、空になっていた。それも、ただいないと言うだけではない。

 ポップの杖や靴、荷物はそのままだが、中身を物色した跡が残っていた。
 毛布やシーツが乱され、ポップのものにしては大きすぎる足跡が、複数床を汚している。特に、アバンの目を引いたのはベッドの近くの壁を焦がした痕跡だった。おそらく炎の魔法を打ち出した跡は、ポップがやったとしか思えない。

 だが、ポップはそう無闇に魔法を放ったりはしない。呪文をやっと使えるような頃ならまだしも、最近は完全に呪文をコントロールできるようになっているし、感情もずいぶんと抑えられるようになっている。

 必要に迫られた時か、怪物かなにかに襲われた時でもなければ、ポップは部屋の中で呪文を使うような真似などしない――。

(ポップ……!?)

 シーツに触れると、まだわずかだがぬくもりが残っている。だが、それより目だったのは、わずかだがシーツが濡れている痕跡だった。
 変色した染みに顔を近づけ、アバンはその独特の臭いに顔をしかめた。

「ラリホー草……ですか」

 この状況と、港で聞いた嫌な噂を結びつけて考えれば、その答えは一つしかない。
 ポップが誘拐された……その事実を悟って、アバンは漠然と感じていた恐怖が、現実として重苦しくのし掛かってくるのを覚えた――。




  


「最初に断っておくが、役に立たない商品などただのゴミ同然。そんな子供など、私は高く買うつもりはないからな」

 開口一番にそう言い切った男に対して、チンピラ達はわずかに顔をしかめる。それは、子供を商品として考える男の倫理観に対して、感じた不快感ではない。
 単に、そう言った男が自分達に対してもやたら尊大であり、見下されている感覚が気に食わなかったにすぎない。

 マントを深くかぶって顔を隠している痩身の男――だが、その男こそが今回の取り引き相手だ。
 ジャギーのツテとコネを総動員してようやく連絡が取れたその男は、パプニカの王都から少し離れた洞窟に居た。

 一日がかりでやってきた揚げ句、いきなりそう言われてはムッとしないほど、チンピラ達は人間ができていない。
 だが、これも金儲けのためと割り切って、ジャギーとマックは揉み手をせんばかりにニヤニヤと愛想笑いを浮かべながら、売り込みに掛かる。

「はあ、おっしゃる通りで。でも、オレらが連れてきたガキは、そんじょそこらのガキと違いますぜ。マジで魔法が使えますんで」

 そう言いながら、リュックサックを乱暴に地面に放り出す。その弾みでポップが袋から半ば投げ出されたが、彼はぴくりとも動かなかった。

「なんだよ、死んでるんじゃねえの、そのガキ」

 と、嘲笑うような声をかけてきたのは、買い手であるマントの男のではなかった。
 そもそも、ここにいるチンピラはジャギー達三人だけではない。同じように子供を連れてきた、いかにも怪しげな男達が何人もいた。

 裏通りで噂を聞いた通り、マントの男は手広く商売をやっているらしい。
 日に一度、ほんのわずかな時間だけ取り引きに応じるという言葉を信じてやってきたチンピラ達はこの場に5組もいた。

「上手くごまかそうと思って、そんな言い訳してんじゃねえのー? だいたいわざとらしく魔法使いの服なんか着せてんのが、見え見えなんだよな」

 こき下ろされ、ジャギーはカッとなったように言い返す。

「なにを言ってやがる、こいつはホントに魔法を使えるんだよ! 暴れないようにラリホー草で眠らせたから、まだ目を覚まさないだけだっつーの! おい、このグズッ、起きやがれよっ!?」

 勝手なことを言いながらジャギーはポップを起こそうと、平手打ちをくらわせる。が、薬の効き目で深く寝入っているポップは痛みも感じていないのか、目を覚ます気配もなかった。

 それに余計に焦って、マックも起こすのに参加しようとしたが、意外にも止める声がかかった。

「息があるのなら、別に起こす必要はない。子供に本当に魔法力があるかどうか、確かめる方法はあるからな。
 まとめてチェックするから、その子達を奥に運んでもらおうか」





   

 洞窟の奥の方には、すすり泣く声が響いていた。
 それは、普通の神経を持った人間が見たのであれば、心を痛める光景だった。
 洞窟の最も奥の部分には鉄格子が嵌められていて、檻となっていた。二種類用意された檻のうち、片方には数人、もう片方には十数人ほどの子供達がすすり泣いていた。

 だが、彼らはマントの男が近付いてくるのを見ると慌てて泣き声を殺し、それぞれの檻の一番奥へとへばりつく。
 あからさまに怯えを見せる囚われの子供達の姿を見て、連れてこられたばかりの子供達も不安そうな顔を隠せない。

 だが、マントの男に追いやられ、檻の前に集められた5人の子供達は泣きべそをかきながら、互いに身体を寄せ合わずにはいられない。
 唯一、泣きも怯えもしないのは、気絶したままのポップぐらいのものだ。

「さて、せめて低レベル実験用のモルモットになる者でもいればいいのだが……」

 そう言いながら、マントの男が取り出したのは手に握りこめる程度の大きさの筒だった。それが魔法の筒と呼ばれるアイテムであり怪物を閉じ込める効果を持つ物だと、無学なチンピラ達が知っているはずもない。

 だからこそ、マントの男が唱えた奇妙な呪文と共に不気味な怪物が現れたのに、それこそ肝を潰すほど驚いた。

「うっ、うわぁっ!?」

「ひぎゃあっ!?」

 大きさは、さほどでもない。
 大きめの西瓜ほどだろうか。球状の怪物本体から、触手じみた蔓がそこから何本もウネウネと生えている。

 黒ずんだ色合いが、なんとも言えず嫌な感じである。
 生き物とも植物ともつかぬ、不気味な姿の怪物は、探るように周囲に触手を伸ばし始めた。
 怯えて後ずさるチンピラ達を、マントの男は鼻で笑う。

「案ずるな、そいつは魔法力を吸収する性質を持った低級怪物だ。おまえ達に魔法力がないのなら怯える必要はない。もっとも、魔法が使えるのなら離れていた方がいいがね」

 そう言うマントの男自身が、ちゃっかりと誰よりも一番、怪物から離れた場所にいるのを見て、チンピラ達もそろって慌ててもっと距離をとる。
 だが、無理やり連れてこられた子供達はそうもいかない。

 ゆっくりとした動きながら、不気味な触手が子供達を確実に捕獲していく。身体にまとわりつく異様な感触に、子供達が火がついた様に泣き出す。
 だが、マントの男はその泣き声には一切構わなかった。

 何かを見定める様に、じっと触手の動きだけに注目する。うねる動きを見せる触手が、子供の一人に絡み付き、すぐに離れる。
 それを見て、マントの男は不機嫌そうな声を出す。

「……フン。その赤い服を着た少女は、クズもいいところだな。モルモットにすらなれん、ゴミだ。そっちの青い服の少年は、1分弱か……これでは、たいした実験もできん」

 触手が子供達に絡む時間を計りつつ、マントの男はブツブツとぼやきながら手早くメモに何かを書きつけていく。

「ふん……残りは幾分ましだといいんだが」

 じっとしていたためにかえって絡まれるのが遅かったポップにも、ついに触手が絡みつきだした。蜘蛛が獲物を絡め捕るように、怪物は何本もの触手をポップに巻きつけていく。

「……う……」

 得体のしれない感触を嫌ってか、ポップが小さく呻き声をあげて目を開ける。
 だが、その目はぼんやりとしたものであり、まるで焦点が合っていなかった――。





  

(なんだ……? これ?)

 不快な感触が、ポップの意識を呼び覚ます。だが、それははっきりとした覚醒ではなかった。
 元々弱い毒で弱っていたところを、さらに強い薬で強制的に眠らされた意識は、そう簡単には目覚めない。

 半分起きている様な、半分眠っている様なぼうっとした感覚のまま、ポップは目の前の光景を見ていた。
 不愉快な感触をもたらす、不気味な触手……だが、それ以上にポップにとって不愉快だったのは、子供達の泣き声だった。

 触手に襲われて、泣いている子供達。
 もし、ポップにはっきりとした意識があったのなら、とりあえず驚き、怯えながらも様子を見定めようとしただろう。

 だが、なまじ半分ねぼけたような状態だったからこそ、ポップには驚きや怯えを感じなかった。
 そして、魔法力をほぼ無意識のまま発動していた。

 自分から魔法力を吸い上げようとし、なおかつ他の子供達を泣かせている触手に対する敵意。
 その意志のせいでポップの中の魔法力が強まり、強い光を放つ。それは、触手にとっては大きなダメージを与えた――。





  

「ビギィッ!?」

 奇妙な鳴き声をあげ、怪物は不意に弾かれた様にポップから触手を離した。だが、それでさえ遅かったのか、触手の半分近くがポップから発した光のせいでボロボロに崩れてしまう。

 身体の一部を無くした怪物は、ポップだけでなく他の子供からも触手を離し、慌てて逃げ出そうとする。

「うわっ!? な、なんだよ、こっちに来やがったぞっ!」

「たっ、助けてくれぃっ!」

 子供達が触手に襲われているのを平然と見ていたチンピラ達も、自分達に危害が及ぶかもしれないと思えば現金なものだ。
 慌てふためくチンピラ達を面倒そうに眺め、それでも一応はまた魔法の筒を取り出して小さく呪文を唱えて怪物を回収したマントの男は、突如として笑いだす。

「キヒヒヒッ……、こいつはいい……っ! 思いがけない品が手に入ったものだ! この魔法力なら、申し分ない。このガキは、いいモルモットになるぞ……!」

 喜色を隠そうともしないで、マントの男は高笑う。彼と倒れたままのポップを見比べながら、ジョーカーは複雑な面持ちで黙り込んでいた――。


 


 

「うっひょ〜、意外と儲かりやがったな! へへっ、いい商売だったぜ〜」

「まったくだよ、これだけあればしばらくパァーッとやれるな!」

 手にした金を数えつつ、チンピラ達はそれぞれが帰路へとついていた。
 謎のマントの男……彼の正体や目的は分からないままだが、そんなことはどうでもいい。彼らにとっては、手にした現金の額こそが問題だった。

 最初にゴミには金は出さないとは言ったものの、マントの男は意外と太っ腹だった。役には立たないと言った子供まで、チンピラ達の感覚で言えばそこそこ以上の金額を出して引き取った。

 ましてや、一番お気に召したと見えるポップに対しては、思っていた以上に金を弾んでくれた。
 それを喜ばないはずがない。

 だが、はしゃぎまくるマックとジャギーとは対照的に、ジョーカーだけはどことなく沈んだ様子を見せていた。

「……なんだよ、あんた? まさか、取り分に不服でもあるのか。ちゃーんと、約束通りの配分だろうが」

 ジョーカーの沈黙を見とがめたジャギーが、不安と不満の混ざった様な口調で声を掛ける。
 もし、ここで彼がごねたらどうしようかと思う不安があるせいだろう。なにしろ、ポップを見つけられたのは、ジョーカーの持っていた水晶球の効力のおかげだ。

 それを声高に言い立て、取り分を増やせといってくるのではないかと、セコくも心配せずにはいられない。
 だが、ジョーカーは首を横に振った。

「いや……不満なんてねえよ。いい稼ぎだった。じゃ、この辺でおさらばってことでいいか?」

 マックやジャギーの様にコンビを組んだ兄弟分同士ならいざ知らず、普通のチンピラなら一つの仕事を終えたらそのまま袂を分かつのが当然だ。
 バラバラになった方が足がつきにくいし、悪事の発覚の危険を分散できる。

 なまじ、いつまでもくっついていると、取り分だのを巡っていざこざが起きたり、相手の儲け分にたかったりなどの問題が発生しやすい。
 それだけに、ここで別れることには双方に不満はなかった。

「おお、じゃ、この辺で。また、なんかの機会があったら一稼ぎしようぜ」

「世話になったな、あばよ」

 これ幸いとばかりに形ばかりの挨拶をし、マックとジャギーはさっさと去っていく。
 それに軽く手を上げて答え、ジョーカーは手にした小袋を弄びながら違う方向へと歩きだした。

 小さくとも、ぎっしりと金の詰まった袋は重く、確かな手応えがある。
 その日暮らしのチンピラにとっては、まあまあの儲けには違いない。――だが、ジョーカーにとってはその重みはあまりに手応えなく、軽いように感じてしまう。

 チンピラ達と違い、ジョーカーは最近の誘拐ブームに乗るだけの意味で、魔法力の多寡を計る水晶球を手に入れたわけではない。
 この水晶球を手に入れたのは、もうずいぶんと昔。
 そして、これは彼にとっては長い間、最後の希望だった――。

 


 


 あれはすでに、10年近くも前になるだろうか。
 彼はとある遺跡で、古い予言書を見た。
 古い文章のせいで破損が多く、全文は読めなかったがそれでもその部分だけは鮮明だった。

 およそ300年も昔に、300年後の未来……つまりは、現在に近い時代を予言した文章だった。

『いずれ魔王が復活し、この世は闇に覆われる。だが、その時、同時に勇者が現れ、光と闇はぶつかりあわん』

 御伽話や英雄物語の定番のように、魔王を倒すのは『勇者』だと告げる予言書は、勇者以上の存在がその戦いに関わる予知を告げる。
 その戦いに大きな影響をもたらすのは、『閃光をもたらす者』

 その者の存在こそが、勝敗を決めるだろうと予言には現れていた。そして、その存在は戦いのその後にも大きな影響を与えると予知されていた。

『――彼の者が平伏する相手こそ、この世を統べる王となろう』

 その予言書の文章だけだったなら、ジョーカーも本気で探そうとは思わなかっただろう。 だが、その予言書に触れた時、ジョーカー自身も予知を得た。
 今でこそインチキ占い師として通っているが、ジョーカーはこれでもれっきとしたテランの生まれであり、予知の力を司る一族の血を引いている。

 実際、子供の頃のジョーカーの力は相当に強く、王宮に上がることも薦められたことがあるぐらいだ。
 だが、その道を阻んだのが、当時、国一番の占い師と誉れの高かったナバラだった。

 王の命令でジョーカーの資質を見定めるようにと命じられた老占い師は、ジョーカーをじっと見つめた揚げ句、言った。

『……もし、あんたが本物の占い師になりたいというのなら、まずはその野心を捨てるこったね』

 その忠告に対して、ジョーカーが感じたのは憤慨だけだった。
 そんなのは、余計なお世話だとしかいいようがない。自分の持って生まれた力を、有効に利用してなにが悪いと言うのか。

 反発心や、若さゆえの過信があったのだろう。
 テラン王宮に上がりそこねたジョーカーは、そのまま国を飛び出し、自分の占いを躊躇なく金儲けに使い、ぼろ儲けを繰り返した。

 だが、そんなうまい商売は数年と経たなかった。
 荒んだ暮らしや欲が予知の力を曇らせたのか、ジョーカーの能力はあっという間に衰えた。

 それに焦って、古代遺跡などで予言書や予知を高めるための魔法道具だのを探したが、それらも無駄に終わった。
 その最中で、ジョーカーはその古文書と、魔法力を計る水晶球を発見したのだ。

 そして、その両者を手に入れた時に、一つの予知を得た。彼にとっては、最後の予知に当たる不思議な映像を。
 それは、鮮烈な予知だった。

 閃光のような、魔法使いだった。
 単に強力な魔法の使い手というだけではない。どんな苦境にも屈せず、立ち上がるだけの勇気を持った魔法使い。彼の見せる閃光こそが、戦いの状況を大きく変えた。
 その姿は、ひどく印象的だった。

 あいにく予知はイメージのみが先行したものであり、ジョーカーにはその魔法使いの詳しい容貌が分からなかった。
 男か、女かさえも分からない。

 ただ、細身でそう背も高くなかった印象だから、ごく若い年齢の少年か少女だろうとジョーカーは考えた。
 それを知った時の、身震いするような興奮――あれは、忘れられるものではなかった。

 それは、野望を一気に叶えてくれるかもしれないチャンスだった。思い通りにならない人生を、一気に逆転に導いてくれる切り札と言っても、過言ではない。
 自分の予知と、予言書の一文を、ジョーカーはひどく都合のよい様に解釈した。

 もし、その「閃光をもたらす者」を手に入れることが出来たのなら、それは労せずして自分が世界の王になれると同義ではないか。
 「閃光をもたらす者」は、失った予知の力以上の幸運を、自分にもたらすだろう。

 そのためになら、どんな手段を使うのにもためらいはなかった。それこそ力ずくだろうと、人道的に問題がある方法だろうと、構いはしない。
 いつかそのチャンスが訪れたのなら、迷わずに実行しようとジョーカーは心に決めていた。

 だが――期待は裏切られた。
 幸いにも、魔王と勇者が現れたのはそんなに前のことではなかった。
 ジョーカーは必死に手を尽くして調べた結果、勇者一行に力を貸した魔法使いに辿り着くことはできた。

 しかし、彼はジョーカーの予知とは似ても似つかない人物だった。
 年老いた、だが卓越した腕を誇る魔法使い――魔法使いというイメージでは、この上なく正しいだろう。

 だが、ジョーカーが期待していた、自分の予知に出てきた魔法使いではなかった。
 おまけに、彼は一時期パプニカ王国に仕えていたものの、一年と経たずにそれを止めてしまった。

 それによって、パプニカ王国が特に隆盛したというわけでもない。
 結局、古文書の予言も、自分の最後の予知も外れていたのだと、絶望とともに悟ったのはずいぶん前のことだ。

 だが、それでも捨てるに捨てきれずに、ずっと手元に残しておいた水晶球が、こんな形で役に立った皮肉に、ジョーカーは苦笑せずにはいられない。
 あれほどの光を見せた少年――ある意味、ジョーカーは自分の予知に相応しい魔法使いに出会ったのだ。

 だが、長年に亘って夢想していたほどのチャンスに比べれば、悲しい程の小金を設けたにすぎない。
 理想と現実の大きな差に傷つき、斜に構えたように「こんなものか」と自分に言い聞かせているジョーカーは知らなかった。

 あの予言や予知が、もう起こってしまったことに関する外れた予言ではなく、この先に起こる未来を予知したものだとは。
 そんな可能性など、想像すらしてはいなかった。誰が、わずか十数年の間に魔王が二度現れるなどと思うだろう。

 外れた予言だと思い、だからこそ簡単に手放したあの子供こそが、予言された「閃光をもたらす者」だと、知るはずもなかった――。

 


 


「キヒヒヒ……ッ、素晴らしい、これは運が向いて来たものだ……!」

 嬉しげに笑いながら、マントの男はまだ倒れたままの魔法使いの少年を見下ろしていた。いまだ気絶したまま、俯せに倒れている少年を見ながら、この先の予定をあれこれと考え出す。
 だが、不本意ながら、その思考を中断しなければならなかった。

 チリィン……!

 どこか陰鬱な音のする鈴の音が、連続して近付いてくる。
 その鈴を持っているのは「腐った死体」と呼ばれる種類のアンデッドの怪物だった。見覚えのある怪物に、マントの男は軽く舌打ちしながらも姿勢を整える。

 怪物だけなら、なんと言うこともない。
 だが、その怪物の後から堂々と歩いて来る銀髪の青年は、マントの男にとっても無視しきれない客人だ。

 内心はどうであれ、一応は礼を整えて迎える必要がある。仮にも、彼は自分よりも高位の地位にあるのだから。
 勝手に自分のアジトに入ってきたのが腹立たしいとはいえ、侵入者の従者に当たる怪物が先触れ代わりとして鈴の音を鳴らしている以上、非礼とまでは言いきれない。

 よって、マントの男は自分も礼儀を示すため、深く被っていたフードを撥ね除けた。その途端、青黒い肌の色や大きく尖った耳が露わになる。
 知性に秀でていることを示す様な、広い額が目につく若い魔族。だが、妙に周囲の様子を窺っているような目や眉間の皺が、なんとも貧相であり、陰険な印象を与える。

 それに引き換え、物々しい剣を無造作に腰に下げた青年は申し分のない美形だった。まるで彫像の様に整った端正な顔立ち――だが、惜しむらくはその殺気だった目付きだろう。しかし彼ほどの美形ともなれば、その険しい目付きは野性的な魅力を増しこそすれ、印象を減じるものではない。

 その顔を見つめながら、マントの男は一見恭しく、その実、慇懃無礼さを漂わせて一礼した。

「これは、これは……。このザムザの研究室までご足労頂くとは思いもしませんでしたよ、偉大なるバーン様の忠実なる臣下にして、不死騎士団長ヒュンケル殿。
 して、何かご用ですか?」

 値踏むようなザムザの視線が、ヒュンケルへと向けられた――。

 


                                     《続く》
  
  

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