『いつか、繋がる物語 7』

  
 

「酒だ、酒だーっ、酒をじゃんっじゃん持ってきてくれ、金はあるんだ! おい、そこのネエちゃん、一緒に一杯やってかねえか? おごるからよー、へへへ」

 と、札びらを切るジャギーは、得意の絶頂という顔つきだった。
 なんせ、彼にしてみれば棚からぼたもち、めったに手に入らないような小金を掴んだのだ。

 それに浮かれて、自分の幸運をひけらかしたい気分で一杯のジャギーは、酒場にいる他の客はもちろん、相棒であるマックでさえ呆れたような顔をしているのに気が付く様子もない。

 金はあるといいながら、そもそも安酒場に出入りしている点で高が知れているというものだ。おまけに、周りに奢るでもなく、ヘラヘラ笑いながら馴れ馴れしくウェイトレスを呼び止めようとしているのだから、どうしようもなくセコい。

 酔客に慣れたウェイトレスは、本音を笑顔の裏に覆い隠し「また、今度ね〜」などと躱そうとしているものの、酔っ払ったジャギーはしつこかった。

「お客さぁん、いい加減にしてくださいよ、困りますぅ〜」

「いいじゃねえかよ、ちょっとぐらい付き合ってくれたって。なんなら、一晩、付き合ってくれてもいいんだぜ〜」

 などと、しつこく絡むジャギーに対して、酒場に相応しくない爽やかな声が掛けられた。
「おや、それなら私に付き合っていただけませんか?」

 おっとりとした、それでいてどことなく茶目っ気を感じさせる声音。
 それが女性のものだったなら、ジャギーは喜んで振り返っただろう。だが、聞こえてきたのは明らかに男の声だ。

 それだけに、ジャギーはろくにそちらを振り向きもせず、シッシと手だけで追い払おうとした。

「あ〜? なんだよ、オレにゃ男の趣味はねえんだよ、てめえなんざお呼びじゃねえよ、帰んな」

「おや、そうだったとは知りませんでしたよ。それならなぜ、私の弟子に手を出したりしたんです?」

 言葉こそは物柔らかながら、聞き捨てならない台詞にジャギー達はギョッとして振り返った。
 そこにいたのは、忘れようもない男だった。

 絵本に出てくる王様の様に髪を耳元でカールさせ、派手な赤い衣装を身に付けた眼鏡の男。
 こんな個性的な格好をした男を、見忘れるはずも見間違えるはずもない。

(あのガキの連れかよ……っ!!)

 誘拐した子供と一緒にいた男――彼がいなくなった子供をそのまま放置するという甘い目論みを、ジャギーもマックも抱いてはいた。 
 だが、それはそうだったら楽だなという程度の考えであり、子供を探して騒ぐ可能性も同じぐらいはあるだろうとは思っていた。

 しかし、多くの子供を誘拐された親がそうである様に、お役人に子供の行方不明を訴え、見つけてくれと懇願するぐらいのものだろうと、甘く見ていた。
 こんな風に、自分達の足取りを追いかけられ、しかも追いつかれるだなんて、全く予想外だ。

「やっと見つけましたよ。あなた、一昨日、私の泊まった宿屋に来た方でしょう? ずいぶんと酔っておられたようで、カウンターで大暴れなさったそうですね。おかげで、宿屋のご店主があなたの顔をよ〜く覚えておいででしたよ」

 アバンと名乗った男がひらひらと振って見せているのは、似顔絵の描かれた紙だった。鉛筆でザッと描かれただけの代物だが、ジャギーの特徴を良く捕らえている。

 宿屋の店主から話を聞いて人相書きを描いたのだとサラリと言ったが、その腕前もさることながら、その程度の手掛かりだけで人を探し出す手段は並の聞き込み能力で出来ることではない。

「少し、お尋ねしたいことがありましてね。あなた達、私の弟子の居場所を教えてくれませんか?」

 口調や物腰こそは丁寧だが、アバンの態度には異議を許さない断固とした意思が漂っていた。
 最初から自分達を犯人と決め付けたかの様なその言葉に、ジャギーもマックも動揺を隠せない。

「な、なんで、オレ達がそんなのを知ってるってんだよ!? おまえの弟子なんざ、知らねえなっ!」

 しらばっくれようとするジャギーの言い分を聞いているのかいないのか、アバンは落ち着き払った口調で淡々と続ける。

「あなた達はここ数日の間、『魔法力の高い子供』を探してくれと、様々な占い師に声を掛けていたそうですね。
 下町で、ずいぶんと噂になっていましたよ」

「うっ……」

 その言葉に怯んでしまうのは、紛れもない事実だからだ。

(ちくしょうっ、口の軽い連中だぜっ)

 心の中でジャギーやマックが罵るが、ここは自業自得としか言い様がないだろう。
 占い師とは、本来は客の秘密に口を閉ざすのを本分とする。
 腕の立つ占い師ほどその原則は守るものだが……出た占いが気に入らないからと代金を払いしぶった、客とさえ言えないチンピラ達の秘密を守る理由もあるまい。

 むしろ、腹癒せとばかりに、喜んでチンピラの情報を流しただろう。
 ケチるんじゃなかった――今更の様に、チンピラ達は後悔したが、すでにどうしようもなく手遅れというものだ。

「あ、私の弟子は黒髪の魔法使いでしてね、まだ子供ですがなかなかの魔法力を持っている自慢の弟子なんですよー。
 ですが、あなたが私達の泊まっていた宿屋に来たのと同時刻に、誘拐されてしまった……さて、これが偶然と思えますか?」

 アバンの推理は澱みなく、その上理路整然とまとまっていて隙がない。だが、それでもジャギーは往生際悪く、言い抜けようとしていた。

「ぐ、偶然に決まっているだろっ! だいたいだなぁっ、おまえ自身が言ったんじゃねえかっ、オレはその時はカウンターにいたんだよっ! 二階にいたおまえの弟子を、どうこうできるわけがねえだろっ!?」

 唾を飛ばして力説するジャギーの言葉の矛盾を、アバンは見逃したりはしなかった。

「おやおや。なぜ、カウンターに来ただけのあなたが、わたしの弟子が二階の部屋にいたことをご存じなんですか?」

「あ……ぐ……っ」

 自らの失言を悟り目を白黒させるジャギーをしっかりと見据えながら、アバンの追及は別方向へと向かった。

「あなたにはいつも一緒に行動なさっている弟分がいると伺いましたが……宿屋に来た時は、ご一緒ではなかったそうですね。
 兄貴分さんがカウンターで暴れている間、あなたはどこにいらっしゃったんですか?」
「へっ、オ、オレっ!?」

 他人事の様に兄貴分への追及を聞いていたマックは、突然矛先を向けられて慌てふためいた。

「小耳に挟んだんですが、あなたはなかなか腕のたつ盗賊だそうじゃないですか。そんなに凄腕なら……宿屋の錠前を開けるぐらい、朝飯前何じゃないですか?」

 そんなものは言い掛かりだ――そう言い抜けるには、アバンの追及は鋭かったし、あまりにも的を射たものだった。

「ちょっと興味深い話を、耳にしましてね。
 あなた達が一昨日、大きな荷物を抱えているところを見掛けた人が、何人もいましたよ。 子供一人が入れそうな程の、大きなリュックサックだったそうですが……いったい、何を運んでいたんですか?」

 これはとても揺さぶりを掛けるなんてレベルではない、明らかにマックとジャギーを審判人と見越して自白を迫ってきている。
 だが、殊勝に罪を認めるほど小悪党達は潔くはなかった。

「しっ、知らねえっ、知らねえよっ! だいたいだなあ、証拠もねえくせに勝手に決めつけてんじゃねえっ!」

「そ、そうだっ、そうだっ! 役人でもないくせに、えらそうにっ!!」

 二人いるというのが強みになっているのか、開き直ってわめき立てるジャギー達を見て、アバンは小さく肩を竦めた。

「……困りましたね、白を切る気でしたか。駆け引きも嫌いじゃないですが、正直、今はそんな時間も惜しいんですよね。ここは一つ、さっさと白状してもらっちゃいますよ――あの子は、どこにいますか?」

 ポップの居場所を問う瞬間、アバンの目が鋭く細められる。
 その刹那、凄まじいまでの気迫がアバンから放たれた。
 殺気、と読んでも差し支えがないまでに鋭い気迫。酒場の酔客にさえ感じ取れる凄まじさに、酒場内は水を打った様に静まり返った。

 放たれた殺気に気圧された客達は、関わり合いにすらなりたくないとばかりに大きく場所を空ける。
 それを待っていたかのように、アバンは腰に差した剣を抜き放つ。

「言っておきますが、今日の私は本気で怒っているんです……! 余分な怪我をしたくなかったら、早めに白状してくださいね」

 その言葉が脅しではないと、チンピラ達が体感するまでにものの五分とは必要としなかった――。





  


「な、なんだって……!? 子供達の居場所が分かっただとっ!? しかも、犯人の目星がついただと!?」

 衛士達がざわめくのも無理はない。
 パプニカを震撼させている連続誘拐事件はここ一ヶ月ほどの間、衛士達の悩みの種だった。

 魔法力が高い子供ばかりが狙われているという共通点こそあれ、犯人からの要求もなければ子供達の手掛かりも一切ない。そもそも、子供達がいなくなった時間や手口もバラバラであり、共通点がほとんどない。

 事件は暗礁に乗り上げたも同然だった。
 国王直々の命令で精鋭の衛士達が事件の解決のために奔走していたものの、ほとんど手掛かりらしい手掛かりを得られなかった。

 宿屋の主人から、宿に泊まった旅人の連れの子供が誘拐されたと訴えがあり、調査のために聞き取り調査をするつもりが――そこからがまさに急展開だった。
 子供を探しに行くと言い置いて宿を出た男の話を聞き、隊長は内心、またかと辟易したものだ。

 子供が心配なのは分かるが、素人が無闇に事件に頭を突っ込んでも事態は好転しない。むしろ、厄介な騒ぎや新たな事件になることが多いものだ。
 手掛かりを求めてか下町に行ったという若い男の後を追ったのは、聞き取りをするためというよりも、彼を保護する意味合いが強い。

 一筋縄では行かない小悪党の巣くう下町の裏通りは、衛士でさえ警戒が必要な場所なのだから。

 だが――衛士達が見たものは、荒れた酒場の中で涼しい顔をして佇んでいる眼鏡をかけた旅人と、ボコボコにされて目を回しているチンピラ二人組の姿だった。
 そして、旅人の説明は更に衝撃的なものだった。

「ま、待てっ、それは本当なのかっ!?」

 職業柄、突飛な話を聞くことも多い経験豊富な近衛隊長でさえ、驚かずにはいられない。

「はい、この誘拐事件は黒幕がいて、複数のチンピラを金で雇い、バイトをさせる様な感覚で子供達を誘拐させていたんですよ。
 つまり、実行犯は複数存在する上に、彼らには何の繋がりもない……手掛かりが見つからないわけですね」

 旅人の説明は、破綻も澱みもない。なにより、不審者や嘘を見抜くのを生業としている近衛兵の目から見ても、彼は嘘をついているようには見えなかった。

「詳しい話や裏付けは、彼らを尋問して聞き出してください。
 私は、一足先に子供達が囚われているという場所へと向かわせていただきます」

 一礼して、すぐにでも移動しようとした旅人を見て、近衛兵達は慌てて止めに掛かった。

「ま、待つんだっ、さすがにすぐには隊を整えられない! 一人で先に行くのは危険だ、やめたまえっ!」

「そうだ、一般人はこれ以上危険を冒さず、後は我々に任せるんだ! 子供達は、きっと我々が救い出すから!」

 その制止は、決して悪気からのものではなかった。むしろ、本心から旅人を心配しての言葉であり、近衛兵達の厚意だった。
 だが、旅人は静かに首を横に振る。

「そうは行きません。私の油断のせいで、あの子が誘拐されてしまったんです。それに、他にも多くの子供達が掴まっている聞きましたし、少しでも早く救助してあげないと。
 幸いにも、私はお役人とは違って自由に動ける立場ですしね」

 と、軽くウインクをしていってのける旅人の態度を余裕と見なしていいのか、あるいはこの非常時に何をふざけているのかとたしなめるべきなのか。
 近衛兵達は判断に迷い、思わずの様に隊長の方へと注目する。

 勤務中、問題が発生した場合にはことの大小にかかわらず、それをいかに対処するかを決めるのは隊長の権限であり、義務でもある。

「ずいぶんと腕に自信がある様だが、失礼だが名を尋ねてもよろしいかな?」

 言葉こそは丁寧なものの、旅人の力量を推し量ろうとするかのように値踏む視線。だが、旅人はその視線を涼しい顔で受け止め、さらりと答えた。

「ああ、名乗りが遅れてすみませんでしたね。
 私の名前は……アバン。アバン・デ・ジニュアールと申します」

 その名乗りに、ハッと息を飲んだのは隊長だけだった。旅人――アバンよりも十歳ほど年嵩の隊長は、目を見開いてまじまじと彼を見返す。
 そして、しばしの時間をおいて、納得したように小さく頷いた。

「……それならば、私の騎馬をお貸ししましょう。どうぞ、先にお行きください」

「たっ、隊長っ!?」

「いいのだ、この方ならばな」

 驚く部下達を軽く制し、隊長は恭しいと言っていいしぐさで自分の馬をアバンへと譲る。それは部下にとっては二重の驚きだった。隊長の騎馬はパプニカで一、二を争う程の名馬であり、国王から拝領したものだ。おいそれと他人に貸していいものではないし、隊長自身もひどく大事にしていた。

 その愛馬を貸すだけでも驚きなのに、隊長の態度もそれ以上の驚きだった。
 叩き上げの武人であり、貴族や文官に対してはどこか横柄というか、無愛想な態度を示して憚らないはずの隊長が、こんなにも素直に礼を尽くすのは珍しい。

 まるで、国王などの高いの地位を持つ者に接しているかの様に、最上の敬意を払っている。
 いや、それを言うのなら普段から仕事に厳しく、事件を自分の手で解決するのを誇りとする隊長が、素人の手を借りること自体が信じられない。

 戸惑うばかりの近衛兵達の目の前で、アバンはヒラリと馬にまたがった。その身のこなしの見事さに、感嘆の声が幾つか重なる。
 馬に乗るのは、案外難しい。

 馬につけている鐙は高い位置にあるものだし、素人では乗ろうとして失敗してしまうのも珍しくはない。
 だが、アバンの乗馬は全く危なげなかったし、手綱を引く姿勢も堂に入っていた。

「ありがとうございます、感謝しますよ」

「後から、我々も隊を整えてすぐに追いかけます。どうか、ご武運を――子供達を、よろしくお願いします」

 敬う口調や態度は、どう見ても自分よりも上位の戦士に対するものだった。まるで、この旅人こそが誘拐事件を解決する主戦力であり、パプニカの近衛兵達がそれをサポートする立場であるかのような、逆転の構図。
 だが、隊長もアバンも、それが当たり前であるかの様に振る舞っていた。

「分かりました。全力を尽くします」

 力強く頷き、アバンは馬の腹を軽く蹴った。乗り手の意図を感じ取り、馬は飛ぶ様な速度で走り始めた――。

  





 馬の足は、申し分なく早かった。
 実際、馬に乗ってすぐ、アバンはこの馬がただの馬ではないと気が付いた。元カール王国騎士だったアバンは、馬の善し悪しを見抜く目には長けている。

 その経験から見て、今、貸してもらった馬はこの上ない名馬だと分かった。そんな馬を気前良く自分に貸してくれた隊長の厚意には、感謝しても感謝しきれない。
 これならば、最初に想定していた様に適当な店で馬を借りるよりも、ずっと早く目的地につけるだろう。

 目的とする洞窟には、成人男性の足で役半日掛かる程の距離だと聞いた。馬を飛ばせば、その約半分の時間で行ける。
 ましてや、これほどの足をもつ馬ならば、もっとその時間は縮められる。
 だが――それでもアバンには、もどかしいほどに遅く感じてしまう。

(ポップ……!!)

 ポップが誘拐されたのは、一昨日の夜だった。
 そして、あのチンピラ達を締めあげたところ、昨日の夕方頃、ポップを『マントの男』に売り飛ばしたと白状した。

 詳細な話を聞いただけに、不安が込み上げてくるのを止められない。
 魔法の筒を持ち、怪物を配下としている男が只者であるはずがない。ましてや『モルモット』などという言葉を聞いては、どうしても嫌な想像を振り払えない。

 呪法や非道な魔法実験の知識ならば、アバンにも少なからずある。魔法力の高い子供が、それらの儀式や実験において非常に利用しやすい存在なのも、知っている。

 それに弟子が巻き込まれそうになっていると知って、落ち着いていられるはずもない。
 ましてや、敵が魔法に対して造詣が深いのなら、尚更だ。最悪の場合、もう、すでに瞬間移動魔法を使って逃げている可能性だってある。
 もし、そうなればポップへの手掛かりの糸はそこで途絶えてしまう。

 それを思えば、どんなに馬を飛ばしてもアバンにとっては地を這っているように遅く感じられてしまう。
 そして、アバンの不安は敵の逃亡だけではなかった。

(あの子がなんともなければいいのですが……!)

 ラリホー草を利用した眠り薬は、普通ならばおよそ48時間続く。
 一昨日、それを使われたのならばそろそろ効き目が切れてもおかしくない頃合いだが……子供と大人では薬の効きが違う。

 同量の薬を服用した場合ならば、身体の小さな子供にはより強力に作用する傾向がある。 ましてや、その直前のポップの様子は明らかにおかしかった。あの急激な体調の悪化……何らかの薬物の疑いがあると診断したマトリフの言葉が、忘れられない。

 だが、それを確かめる前にポップは拐われてしまった。しかも、その際、ラリホー草をたっぷりとかがされてしまっている。

 異なる薬物を重ねて服用した場合は、どんな副作用が発生するかも分からない……それを知っているだけに、不安は募る一方だった。
 弟子の無事を祈りながら、アバンはひたすら馬を走らせる。
 そして、日が沈み掛けた頃、目的の洞窟が見えてきた――。


                                    《続く》
  
  

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