『そして、気づく真実 ー中編ー』 |
「お? ダイじゃねえか。どうしたんだよ、朝っぱらからシケた面しちゃってさ」 城の回廊を並んで歩いて来るポップとアバンの存在には、多分、ダイの方が先に気がついた。だが、挨拶をしたのは、ポップの方が先だった。 「あ……ポップ、アバン先生、おはよ……」 「おや、ダイ君、ずいぶんと元気がないみたいですねえ。どうかしたんですか?」 心配そうに自分を見るアバンに対して、ダイはなんとか首を左右に振った。 「ううん、なんでもないです……」 なんでもないどころか、大アリだ。 だが、そんなことはどうでもいい。 だが、本当のことを聞きたくて仕方がなかったはずなのに、いざこうしてポップとアバンを目の前にすると、気後れがすると言うのか、喉が詰まって声が出てこない。 戦いの時でさえ、そうめったには感じたことのない『恐れ』の感覚をどうしていいか分からず、ただ、その場に突っ立っているだけしかできなかった。 「おやおや、とてもそうは見えませんけどねえ。ダイ君、何かあったんですか?」 アバンの言葉は、泣きたくなるぐらい優しい。 「朝早くから申し訳ありません、アバン様。姫がお呼びなので、お越しいただけますか?」
「……うーん、それもそうですねえ。じゃあ、そうしますか。でもポップ、ちゃんとさっき言った通りにしてくださいね」 「はいはーい、分かってまーす」 「あなたの返事がいい時は、かえって心配なんですけどねえ……。じゃあ、ダイ君、後は任せますよ」 「……って、先生っ?! なんで、それをダイに言うんですか〜っ?!」 子供っぽく文句を言うポップに対して軽く笑い、アバンは兵士と一緒に去っていく。 「ポップ、どこ行くの?!」 「どこって、部屋に戻るんだよ。それよりおまえこそこんなとこ、うろついてていいのかよ? そろそろ、授業の時間なんじゃねえの?」 ポップにそう言われてから、ダイはようやく家庭教師のことを思い出したが、だからといってそちらに行く気にはならない。
食堂につくなり、ポップはさっさとテーブルにどっかりと座り込んで、当たり前のように注文を並べ立てる。 この食堂はセルフサービスであり、本来なら自分の分の食事は自分で取りに行くルールだ。 「ま、待ってよ、ポップ?! そんなにいっぺんに言われても、覚えきれないよ?!」 「じゃ、適当なモンでいいから、もってこいよ。あ、眠いから、手早く頼むぜ」 そう言って、あくびをする傍若無人っぷり――昨日のことが嘘だったかと思えるほど、ポップの様子はいつも通りだ。 「もう、ポップ、わがままだなぁ〜」 と、文句を言いながらも、ダイは全然怒ってなどはいなかった。むしろ、ちょっとホッとするぐらいだ。 「なんだよ、ほとんどあってねえじゃないか。ま、おまえが食うんだからいいけどよ」 そう言ってコーヒーだけを手にすると、ポップはそのままトレイをダイの方へ押してよこす。 「ポップは食べないの?」 「実はアバン先生んとこで、軽く朝飯は食ってきたんだよ。 食事はきちんと、食べなければいけないというのがアバンの主義だ。一緒に行動する限り、自分の生徒には手作りの食事を与えるのが彼のポリシーでもある。 「へー、いいなぁ。おれも食べたかったなぁ」 「なーに、心配しなくっても近いうちに食べられるって。先生、数日はパプニカにいるっていうし、一度ぐらいは腕を奮いたいって張り切ってたしよ。 促されるままに、ぱくんと朝ご飯を口に含むと――途端に、今まで忘れていた空腹感が押し寄せてきた。 「おいおい、あんま、焦って食うと喉をつまらせるぞ〜」 からかう声すら、嬉しく聞こえる。 「おーおー、すげえ食べっぷりだな。でも、まだ足りないんじゃねえの?」 「うん。ね、もっと食べてもいいかな?」 ポップのためにと思って持ってきた量では、ダイには全然足りない。甘えるように頼むと、ポップは機嫌よく頷いた。 「お、やっと調子がでてきたみたいじゃん? じゃ、おかわりを取りに行ってくりゃいいよ。腹、減ってんだろ?」 「うんっ」 そんな風にダイが二度目の朝ご飯を取りに行った時に、それは起きた。 ガチャン――!! 食器やトレイが床に落ちて、響く音。 大勢の人間が食事を取る場所なのだ、うっかりと失敗をする者が現れてもなんの不思議もない。 水面に小石を投げて波紋が生まれても、すぐに消えていく様に、また何事もなかった様に元に戻る。 不思議に思って振り向いたダイの目に、床にコップの破片が広がり、黒い液体が大量に撒き散らされている光景が映った。
「ポップッ?! ポップッ、しっかり?!」 再び、トレイや食器が床に落ちる音が派手に響くが、それはダイの耳に入ってもいなかった。 どす黒い染みとなってポップの服を汚している液体が、まるで血の様だと思い ダイは慌てて頭を振ってその考えを追い払う。 「……誰か……っ、はやく、マトリフさんか、先生を……っ」 息が詰まりそうで、助けを求める声は自分でも情けないほど、ごく小さなものだった。だが、それでも周囲にいた人達が気を利かせたのか、人波を掻き分けてアバンがやってくる。 どんな時でも穏やかな師は、一瞬だけ驚いたように目を見張ったものの、すぐに安心させるような笑みを浮かべてダイの頭を撫でた。 「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ、ダイ君。さあ、少し退いてくださいね、今、ポップを診ますから」 アバンに促され、ダイはやっとポップから手を放して数歩下がる。 「ポップ、私が分かりますか?」 「……先…生……?」 ぼんやりとそう呟いてから、ポップはやっと本格的に目を覚ましたのか、周囲をキョトキョトと見回す。 「あれ……おれ? あーー……、もしかしてまた、やっちゃいました?」 顔色は冴えないものの、そう言うポップの口調はいつも通りの明るさであり、調子のよいものだった。 「『また』じゃありませんよ。まったく、仕方がない子ですね。こんなことなら、やっぱりあのまま客室で眠らせておくべきでしたよ。 やんわりとした口調ながら、アバンは眉を潜めてポップに注意を与える。 「……まあ、そう分かっていて夜更かしをさせた私にも責任がありますが……。 「ええ〜、そんなのみっともないですよー。大丈夫ですって、ゆっくり歩けば平気だし」 「先生、そりゃないですよ〜」 ポップの突然の気絶に驚き、ショックを受けていた人々は、ポップとアバンのどこか間の抜けた師弟のやりとりを聞いてホッとしたような表情を浮かべだす。 (……おれの、せいだ……!) そう思わずには、いられなかった。 ポップの体調が、ひどく悪いことに。 (おれ……言われていたのに……っ) アバンとの別れ際、彼は言ったのだ。 『じゃあ、ダイ君。後は任せますよ』 本当なら、ダイがポップを気遣わなければならなかった。 ここ数日、ポップがどんなに眠ってもまだ眠り足りず、常に眠気に負けるほど疲れている様子だったのを、ダイは誰よりもよく知っていた。 本来だったら、昨夜、アバンと夜更かしをしていたポップの体調がよいはずがないことぐらい、気がついてもよかったはずなのに――。 (おれのせいで……ポップに、無理させちゃったんだ……) 担架が運ばれてきて騒然とする食堂の中で、ダイは青ざめた顔のまま身を固くして、じっと立ちすくんでいた――。
夜番の警備の仕事を終え、自室にやっと帰ってきたと言うのに、寛ぐどころか不審な訪問者がいたのでは迷惑極まりないだろうに、彼の対応は淡々としたものだった。 「どうした? 何か、あったのか」 ぶっきらぼうながら、どこか優しさを感じられる言葉。 「ねえ……ヒュンケル、教えてほしいことがあるんだ」 「……」 いつものダイなら、聞きたいことや疑問があれば、まず、ポップやレオナに聞く。それをあえてヒュンケルに聞くなど、そうそうあることではない。 いつもと違うダイの雰囲気を察したのか、ヒュンケルは無言で自分はベッドの上に座り、ダイにも座るようにと目線で促す。 最初から人が来ることなど想定していないのか、ヒュンケルの部屋には自分用の椅子が一脚しか置いてない。 「ポップって……もしかして、身体の具合が……あんまり良くないんじゃないのかな……」
ポップ本人に聞いても決しては教えてくれないと分かっていたからこそ、今まで聞かなかった。 だが、聞かなかっただけで、疑問がなかったわけではない。 だが……思えば、地上に戻って来て以来というもの、ダイはポップが強力な魔法を使うところを見たことがない。 それは、明らかに不自然だった。 だが、ポップがそれに参加しているのをダイは見たことがない。 「ポップがあんまり魔法使わないのって、もしかして、身体の具合が良くないから……なの?」 答えが戻ってくるまでの時間が、ひどく長く感じられる。 「その通りだ」 |