『秘するべき使命 2』 |
「ど、どうしましょう、隊長っ!? 大魔道士様が見当たりませんっ!!」 「うろたえるな、落ち着け! とりあえず、各所に通達をだして居場所を確認するんだ!」 「回廊の見張りの兵士に確認を取りましたが、ご自室にも執務室にも大魔道士様は戻られておりません!」 「表門の見張りに確認しましたが、大魔道士様はお通りにはなられなかったそうです!」 今や、近衛兵指令室は蜂の巣をつついたような大騒ぎの真っ最中だった。 これが普段の時ならば、これ程の大騒動にはならなかっただろう。要人の警備への不手際はそれだけで一大事とはいえ、ポップは護衛を嫌って自分の好きなように行動する傾向が強い。 こっそりと城を抜け出して遊びに行くなど、たまにやっている。 なにしろ、ポップ個人の戦闘能力は一般の兵士のそれを遥かに凌いでいるのだから。何かあったにしても自力で切り抜けられると本人も自負しているし、護衛に当たっている近衛兵達もそれは知っている。 これがごく普通の兄弟であったのなら、何の問題もないだろう。17才の少年が年上の兄にたしなめられて口喧嘩になった揚げ句、ぷいと外に飛び出すなど有り触れ過ぎるぐらいよく有る話だ。 しかし、ポップはただの17才の少年ではない。 パプニカ王国だけでなく、世界においても英雄と呼ぶにふさわしい実績と実力の持ち主だ。 安易な楽観はせず、常に最悪の事態を想定して対処にあたるのが近衛兵達の職務だ。 顔を青ざめさせ、右往左往している下っ端兵に比べると、場数が違うというのか副隊長は腹の座り方がいささか上だった。 「やれやれ。困った騒ぎになりましたねえ、どうしやすかい、隊長?」 苦笑しながら、副隊長は自分より年下の隊長に話しかける。 「今のところ、ルーラの軌跡の確認報告もありやせんが、ですが隊長が誰よりもよくご存じのように、大魔道士様は空を飛べる翼をお持ちですからねえ」 副隊長が肩を竦めて、そう言ってのけるのも尤もだ。 ポップにとって、高い塀を乗り越えるなど朝飯前だ。 だが、本気で城を出たいと考えれば、ポップは躊躇なく魔法を利用する。瞬間移動呪文で城から直接飛び上がれば見張りも気が付くだろうが、飛翔呪文でひょいと塀を乗り越えてしまうだけなら目立たない。 これだけ城内を探してもいない所を見ると、ポップはおそらく本当に外へ行ってしまったのだろう。 ただ、問題なのは、ポップの移動範囲が無限大と言ってもいい広さを持つことだ。捜索範囲が全世界かと思えば目眩もするが、副隊長は城門の記録帳を見ながらその範囲を狭めてくれた。 「まあ、少し前に、勇者様がパプニカの街へと遊びに行くと言って徒歩で外出されましたからね。勇者様付きの侍女から、今日は街で大魔道士様と遊ぶ約束をしているとの話を聞いたという裏も取りやした。 それを聞いてヒュンケルはかなりのレベルでホッとする。 ダイと遊んでいるうちに機嫌を直して、城門の門限までに城に戻ってくれるのなら何の問題もない。勇者と大魔道士が揃ったのなら護衛の心配もいらないし、もしポップの体調が悪くなるようなら、黙っていてもダイが強引に城につれ戻してくれるだろう。 「それだったら、兵士にちょっと街の様子を見に行かせて、後は邪魔をしないように放置でいいと思ったんすけど、一つ問題があるんですよね〜」 ぼりぼりと頭を掻きながら、副隊長は面倒臭そうに言った。 「実は、隊長には明日にでもご報告しようと思っていたんですが……最近、城の周辺を妙な連中がうろついていましてね」 パプニカ城は、基本的に開かれた城だ。 だがここ数日の間、昼夜問わずに城の周辺をうろつき、中の様子を窺おうとしつつも決して城に入ろうとしない不審な若者が数名、目撃されている。 目的が見えなくて不気味ではあるが、特に攻撃的な行動を取るわけでも無いし、放置してあったのだと副隊長は淡々と説明した。 「まあ、まだ若い連中でしたし、どうもやることなすこと素人臭いしそう危険もないとは思いますがね。 嘘から出た誠、と言うべきか。 隊長の見せるめったにない驚きの表情に気が付いているだろうに、副隊長はどこまでも淡々とした調子で最後に爆弾を落とす。 「さっき、隊長と大魔道士様が門の所でやりあっていた時も、遠くでチラッと見掛けた気がするんですが……さて、いったいどうしやしょうかね?」
(見てやがれ! 絶対、あの野郎をぎゃふんと言わせてやるからなッ!!) ムカッ腹を立てまくったポップはもはや、ヒュンケルの鼻を明かしてやることしか頭になかった。 今、ポップが考えていることと言ったら、ただ一つ――いかにしてヒュンケルを出し抜いてやるか、だ。 (くそっ、むかつくぜ! 自室に戻ってろ、だって!? 人をいつまでも子供扱いして、馬鹿にしてやがるのもいい加減にしやがれってんだ!) ポップにしてみれば、そんなのは我慢のならない扱いもいいところだ。 ましてや、それを言ったのがコンプレックスを感じさせてやまない兄弟子なのだから、ポップはすっかり普段の冷静さを無くしていた。 だが、ヒュンケルへの対抗意識と、積もり積もった借りを返してやりたいと思う気持ちの前には、余裕など吹き飛んでいた。 そのために最も手っ取り早い方法――自ら囮となって敵を誘い出してやろうと、ポップは街へ飛び出した。 まず、いくらなんでも昼間から堂々と襲撃してくる者もいないだろう。 (なんせ、未だに初対面でおれを大魔道士って思う奴なんか、いないもんな〜。せめて、盛装でも着てくればよかったかな〜?) だがしかし、それを実行していたとしても、標的である大魔道士が狙ってくれと言わんばかりに無防備に歩いているのを見て『反対派』が引っ掛かってくれるかどうか。 それなのに適当に街を歩くだけで彼らを誘い出そうというのが、そもそも無理な相談である。 短気なポップはカッとなるのも早いが、冷めるのも人一倍早い。 ポップはあまり、気配に敏感とは言えないがそれはあくまでダイやヒュンケルなど超一級の戦士と比べての話だ。 ポップとて、伊達に魔王軍との戦いに勝ち残ってきたわけではない。素知らぬふりをして背後を確かめると、確かに自分を尾行している男達がいる。 (……おいおい、マジかよ〜?) ポップの望み通りと言えばその通りなのだが、まさか本気で引っ掛かってくるとは思っていなかっただけに、驚かずにはいられない。 ある意味好都合と言えばそう言えるが、ポップは内心溜め息を付きたい気分だった。 (……にしても、あいつらド素人かよ?) 尾行してくる男達が、たいしたレベルでは無いのはポップにも分かる。 大体、尾行はあまり大人数でやってもメリットがないというのに、わざわざ複数の人間でポップを見張っているという点からしてなっていない。 (んー、城に戻ってもいいんだけどよ……) 尾行の相手がただのチンピラか、それとも『反対派』かどうかを確かめるためには、それが一番簡単な方法だ。 まして近衛兵達が反対派について調査中なら、それが一番の協力になるだろう。いつもならポップも面倒なことに関わりたくないし、効率を考えてそうするところだが、しかし、今日ばかりはそうするのは嫌だった。 ヒュンケルをアッと言わせてやるために、もっと、はっきりとした手柄が欲しい。 つまり――相手がポップに対して害意を持って尾行しているとすれば、これ以上都合のいい場所はない。 だが、それならこっちから仕掛ければいいだけの話だ。 「……!?」 倉庫と倉庫に挟まれた、細い道の先には海があった。行き止まりの道のはずなのに、そこには人影が全くない。 「お、おいっ、あいつ、いないぞ!?」 「だって、ここ、行き止まりなのに……?」 「まさか、海に飛び込んだんじゃないよな?」 「けど、水音なんかしなかったぜ」 騒ぐ彼らを、ポップは落ち着き払って眺めていた。 飛翔呪文で身体を浮かし、堂々と真上から彼らを見下ろしていたのだが、空を飛ぶという力を持たない一般人はまず上などは確かめない。 (ふーん、5人か) せいぜいが20才前後と言った若い男ばかりで、それほどたいした連中には見えない。ついでに言うのなら、ポップには誰一人として見覚えのない顔だった。 それは即ち、ポップの方が尾行者達を逃げ場のない行き止まりの通路へ追い込み、唯一の出口である通路を封鎖したということ。 「おい、おまえら。おれになんか用なのかよ?」 そう言いながら、手から大きな炎を放出して見せたのは脅しのためだ。 「さあ、答えてもらうぜ……!」 脅しを込めて一歩踏み出すと、男達は予想以上に慌てふためいて後ずさる。 「まっ、魔法っ!?」 ポップが魔法を使ったのが意外とばかりに驚くその姿を見て、多少違和感を抱かないでもなかった。 「ま、待てっ! ち、違うんだっ! オレ達は、おまえに何かしようとしたわけじゃないッ!!」 焦った言い訳を聞いて、ポップは炎を弱めるどころかもっと強める。 「へえ? おれが狙いじゃないなら、何の目的なんだよ?」 ポップにしてみれば、今の台詞は聞き捨てならない。 だが、人間と怪物の共存に力を注ぐレオナを目の敵にする政敵は多い。 駆け引きからではなく、無意識に炎が大きくなり揺らめいた。 「待ってくれ! オレ達の目標は、あの忌まわしい男……っ、銀髪の狂戦士だけなんだ!!」 《続く》
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