『秘するべき使命 2』

 

「ど、どうしましょう、隊長っ!? 大魔道士様が見当たりませんっ!!」

「うろたえるな、落ち着け! とりあえず、各所に通達をだして居場所を確認するんだ!」

「回廊の見張りの兵士に確認を取りましたが、ご自室にも執務室にも大魔道士様は戻られておりません!」

「表門の見張りに確認しましたが、大魔道士様はお通りにはなられなかったそうです!」

 今や、近衛兵指令室は蜂の巣をつついたような大騒ぎの真っ最中だった。
 ポップとヒュンケルが言い争いをしてから30分後――城の中に戻ったはずのポップの姿が見当たらない。

 これが普段の時ならば、これ程の大騒動にはならなかっただろう。要人の警備への不手際はそれだけで一大事とはいえ、ポップは護衛を嫌って自分の好きなように行動する傾向が強い。

 こっそりと城を抜け出して遊びに行くなど、たまにやっている。
 警備する側からすると言語道断な話ではあるが、ポップの実力から言えばそう無茶な話とも言えない。

 なにしろ、ポップ個人の戦闘能力は一般の兵士のそれを遥かに凌いでいるのだから。何かあったにしても自力で切り抜けられると本人も自負しているし、護衛に当たっている近衛兵達もそれは知っている。
 それに、ポップとヒュンケルの言い争いの件も、兵士達はすでに耳にしている。

 これがごく普通の兄弟であったのなら、何の問題もないだろう。17才の少年が年上の兄にたしなめられて口喧嘩になった揚げ句、ぷいと外に飛び出すなど有り触れ過ぎるぐらいよく有る話だ。

 しかし、ポップはただの17才の少年ではない。
 勇者一行の一員であり、世界で最高の賢者としての能力を持つ、二代目大魔道士。
 身分的には宮廷魔道士見習いであっても、彼がパプニカ王国において王女に次ぐ政治的権力を持っていることを、パプニカ城で働く者なら誰でも知っている。

 パプニカ王国だけでなく、世界においても英雄と呼ぶにふさわしい実績と実力の持ち主だ。
 警備の不備により、万一のことがありでもしたら只では済まない。近衛兵達が首になればそれで済むというレベルの問題ではなく、下手をすれば国際問題になりかねない。

 安易な楽観はせず、常に最悪の事態を想定して対処にあたるのが近衛兵達の職務だ。
 おまけに今はポップが体調を崩し掛けていると分かっているだけに、近衛兵達の心配は顕著だった。

 顔を青ざめさせ、右往左往している下っ端兵に比べると、場数が違うというのか副隊長は腹の座り方がいささか上だった。

「やれやれ。困った騒ぎになりましたねえ、どうしやすかい、隊長?」

 苦笑しながら、副隊長は自分より年下の隊長に話しかける。

「今のところ、ルーラの軌跡の確認報告もありやせんが、ですが隊長が誰よりもよくご存じのように、大魔道士様は空を飛べる翼をお持ちですからねえ」

 副隊長が肩を竦めて、そう言ってのけるのも尤もだ。
 元々、ポップの出入りを禁じるのは難問だ。なにしろ、魔法と言う翼のあるポップは、自由自在に空を飛ぶ能力がある。

 ポップにとって、高い塀を乗り越えるなど朝飯前だ。
 まあ、こっそり抜け出したのがバレると後でうるさく文句を言われると分かっているだけに、ポップも基本的には普通の人と同じように城門を利用する。

 だが、本気で城を出たいと考えれば、ポップは躊躇なく魔法を利用する。瞬間移動呪文で城から直接飛び上がれば見張りも気が付くだろうが、飛翔呪文でひょいと塀を乗り越えてしまうだけなら目立たない。

 これだけ城内を探してもいない所を見ると、ポップはおそらく本当に外へ行ってしまったのだろう。

 ただ、問題なのは、ポップの移動範囲が無限大と言ってもいい広さを持つことだ。捜索範囲が全世界かと思えば目眩もするが、副隊長は城門の記録帳を見ながらその範囲を狭めてくれた。

「まあ、少し前に、勇者様がパプニカの街へと遊びに行くと言って徒歩で外出されましたからね。勇者様付きの侍女から、今日は街で大魔道士様と遊ぶ約束をしているとの話を聞いたという裏も取りやした。
 十中八九、お二人はパプニカで遊ぶつもりかと思われますが」

 それを聞いてヒュンケルはかなりのレベルでホッとする。
 体調があまりよくないポップが一人でどこかに行ってしまったのなら心配だが、ダイと一緒だというのならその心配も半減する。

 ダイと遊んでいるうちに機嫌を直して、城門の門限までに城に戻ってくれるのなら何の問題もない。勇者と大魔道士が揃ったのなら護衛の心配もいらないし、もしポップの体調が悪くなるようなら、黙っていてもダイが強引に城につれ戻してくれるだろう。
 胸を撫で下ろしかけたヒュンケルだったが、副隊長の言葉にはまだ続きがあった。

「それだったら、兵士にちょっと街の様子を見に行かせて、後は邪魔をしないように放置でいいと思ったんすけど、一つ問題があるんですよね〜」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、副隊長は面倒臭そうに言った。

「実は、隊長には明日にでもご報告しようと思っていたんですが……最近、城の周辺を妙な連中がうろついていましてね」

 パプニカ城は、基本的に開かれた城だ。
 門番を通して城に入りたいと正式に申し入れれば、よほどの不審者でなければ受け入れられる。

 だがここ数日の間、昼夜問わずに城の周辺をうろつき、中の様子を窺おうとしつつも決して城に入ろうとしない不審な若者が数名、目撃されている。
 職務質問をしようとするとあからさまに逃げる処を見ると、何らかの意味で脛に傷があるのは間違いないらしい。

 目的が見えなくて不気味ではあるが、特に攻撃的な行動を取るわけでも無いし、放置してあったのだと副隊長は淡々と説明した。

「まあ、まだ若い連中でしたし、どうもやることなすこと素人臭いしそう危険もないとは思いますがね。
 しかし、連中のうろついている辺りが大魔道士様の行動範囲に結構かぶっているもんで……万一に備えて警備を強化しようと思ってた矢先でしてね」

 嘘から出た誠、と言うべきか。
 咄嗟に口に出した出鱈目が現実になってしまった成り行きに、さすがのヒュンケルも目を見開かずにはいられなかった。

 隊長の見せるめったにない驚きの表情に気が付いているだろうに、副隊長はどこまでも淡々とした調子で最後に爆弾を落とす。

「さっき、隊長と大魔道士様が門の所でやりあっていた時も、遠くでチラッと見掛けた気がするんですが……さて、いったいどうしやしょうかね?」






 その頃。
 ポップはパプニカの街の中を、ズカズカと足音を立てながら歩きまわっていた。

(見てやがれ! 絶対、あの野郎をぎゃふんと言わせてやるからなッ!!)

 ムカッ腹を立てまくったポップはもはや、ヒュンケルの鼻を明かしてやることしか頭になかった。
 ダイとの待ち合わせすら、脳裏からすっ飛んでしまっている。

 今、ポップが考えていることと言ったら、ただ一つ――いかにしてヒュンケルを出し抜いてやるか、だ。

(くそっ、むかつくぜ! 自室に戻ってろ、だって!? 人をいつまでも子供扱いして、馬鹿にしてやがるのもいい加減にしやがれってんだ!)

 ポップにしてみれば、そんなのは我慢のならない扱いもいいところだ。
 お姫様でもあるまいし、安全な場所に鎮座して回りの者に守ってもらうだなんて屈辱だと感じてしまう。

 ましてや、それを言ったのがコンプレックスを感じさせてやまない兄弟子なのだから、ポップはすっかり普段の冷静さを無くしていた。
 いつものポップなら近衛兵達の立場や警備の苦労を思いやって、不本意とは思っても忠告を聞き入れるぐらいの余裕はある。

 だが、ヒュンケルへの対抗意識と、積もり積もった借りを返してやりたいと思う気持ちの前には、余裕など吹き飛んでいた。
 ヒュンケルの仕事を、お株を奪うぐらい見事に自分がやってのけてやる……そんな気持ちでいっぱいだった。

 そのために最も手っ取り早い方法――自ら囮となって敵を誘い出してやろうと、ポップは街へ飛び出した。
 だが、時間が経つにつれ、自分のやり方の欠点や馬鹿馬鹿しさが身に染みてくる。

 まず、いくらなんでも昼間から堂々と襲撃してくる者もいないだろう。
 それに、自慢にもならないがポップは外見的にはごく平凡な少年にすぎない。自分を狙う連中が正確な情報を持っているのならいいが、そうでなければ普段着のポップを見て大魔道士だと分かってくれるかどうか。

(なんせ、未だに初対面でおれを大魔道士って思う奴なんか、いないもんな〜。せめて、盛装でも着てくればよかったかな〜?)

 だがしかし、それを実行していたとしても、標的である大魔道士が狙ってくれと言わんばかりに無防備に歩いているのを見て『反対派』が引っ掛かってくれるかどうか。
 そもそもポップは、今回の『反対派』の情報を一切知らないのだ。

 それなのに適当に街を歩くだけで彼らを誘い出そうというのが、そもそも無理な相談である。
 考えれば考えるほど自分のやっていることが馬鹿馬鹿しく思えてきて、ポップは段々とうんざりしてきた。

 短気なポップはカッとなるのも早いが、冷めるのも人一倍早い。
 だいたい、足で歩き回って聞き込みだの地道な調査などやるのはポップの性に合わない。 もういい加減、こんな馬鹿な真似なんてやめようかと思い始めた頃、背後の人影に気が付いた。

 ポップはあまり、気配に敏感とは言えないがそれはあくまでダイやヒュンケルなど超一級の戦士と比べての話だ。

 ポップとて、伊達に魔王軍との戦いに勝ち残ってきたわけではない。素知らぬふりをして背後を確かめると、確かに自分を尾行している男達がいる。
 歩くペースを変えてもポップに合わせてついてくるし、道を急に変えても同じことだ。

(……おいおい、マジかよ〜?)

 ポップの望み通りと言えばその通りなのだが、まさか本気で引っ掛かってくるとは思っていなかっただけに、驚かずにはいられない。
 こんなあからさまで杜撰な囮作戦に乗ってくるようなバカがいるだろうかと思ったが、予想以上に犯人はおバカだったらしい。

 ある意味好都合と言えばそう言えるが、ポップは内心溜め息を付きたい気分だった。

(……にしても、あいつらド素人かよ?)

 尾行してくる男達が、たいしたレベルでは無いのはポップにも分かる。
 尾行もポップにでさえすぐに気付くほど雑だし、身のこなしも鈍い。

 大体、尾行はあまり大人数でやってもメリットがないというのに、わざわざ複数の人間でポップを見張っているという点からしてなっていない。
 あれなら、撒くのなんて簡単だ。

(んー、城に戻ってもいいんだけどよ……)

 尾行の相手がただのチンピラか、それとも『反対派』かどうかを確かめるためには、それが一番簡単な方法だ。

 まして近衛兵達が反対派について調査中なら、それが一番の協力になるだろう。いつもならポップも面倒なことに関わりたくないし、効率を考えてそうするところだが、しかし、今日ばかりはそうするのは嫌だった。

 ヒュンケルをアッと言わせてやるために、もっと、はっきりとした手柄が欲しい。
 ポップは何も気が付いてない振りをして、港の外れの方へと歩いていく。船着き場の喧騒から少し離れた倉庫街辺りは、人目に付きにくいだけに少しばかり騒ぎが起こったとしても、周囲に気づかれにくい。

 つまり――相手がポップに対して害意を持って尾行しているとすれば、これ以上都合のいい場所はない。
 だが、そのつもりで誘っていると言うのに、尾行者達は跡を付けてくるばかりで特に行動を起こしてはこない。

 だが、それならこっちから仕掛ければいいだけの話だ。
 ポップはいきなり走って、曲がり角を曲がる。今までと大きく違う動きを取ったポップを見て、慌てて尾行者達が追って来た。
 だが、彼らは曲がり角を曲がった所で大きく目を見開くことになる。

「……!?」

 倉庫と倉庫に挟まれた、細い道の先には海があった。行き止まりの道のはずなのに、そこには人影が全くない。
 尾行していた相手が消えてしまったと慌てふためき、今まで互いも距離を置いていたはずの尾行者達は寄り集まって小声で騒ぎだす。

「お、おいっ、あいつ、いないぞ!?」

「だって、ここ、行き止まりなのに……?」

「まさか、海に飛び込んだんじゃないよな?」

「けど、水音なんかしなかったぜ」

 騒ぐ彼らを、ポップは落ち着き払って眺めていた。
 人間は、自分の中の常識に縛られがちな生き物だ。
 隠れるどころか、ポップは彼らのすぐ近くにいた。

 飛翔呪文で身体を浮かし、堂々と真上から彼らを見下ろしていたのだが、空を飛ぶという力を持たない一般人はまず上などは確かめない。

(ふーん、5人か)

 せいぜいが20才前後と言った若い男ばかりで、それほどたいした連中には見えない。ついでに言うのなら、ポップには誰一人として見覚えのない顔だった。
 人数を確かめ、それ以上増える様子がないのを確認してから、ポップは音を立てないように彼らの背後に回り込んで着地する。

 それは即ち、ポップの方が尾行者達を逃げ場のない行き止まりの通路へ追い込み、唯一の出口である通路を封鎖したということ。

「おい、おまえら。おれになんか用なのかよ?」

 そう言いながら、手から大きな炎を放出して見せたのは脅しのためだ。
 攻撃する気なら、真上から有無を言わさず魔法を打ち込んだ方がよっぽど手っ取り早いし、効果的だ。
 だが、ポップの望みは敵を倒すことではなく、その狙いや黒幕を探ることだ。

「さあ、答えてもらうぜ……!」 

 脅しを込めて一歩踏み出すと、男達は予想以上に慌てふためいて後ずさる。

「まっ、魔法っ!?」

 ポップが魔法を使ったのが意外とばかりに驚くその姿を見て、多少違和感を抱かないでもなかった。
 ポップが大魔道士を狙って尾行してきたのなら、魔法を使ったぐらいでここまで驚くこともないだろう。

「ま、待てっ! ち、違うんだっ! オレ達は、おまえに何かしようとしたわけじゃないッ!!」 

 焦った言い訳を聞いて、ポップは炎を弱めるどころかもっと強める。

「へえ? おれが狙いじゃないなら、何の目的なんだよ?」

 ポップにしてみれば、今の台詞は聞き捨てならない。
 ポップにとっても、パプニカにとっても最悪なのは、レオナを標的にされることの方だ。ダイが望んだ世界を見せてやるため……レオナの動機の根源は純粋であり、一途なものだ。

 だが、人間と怪物の共存に力を注ぐレオナを目の敵にする政敵は多い。
 そんな彼女を少しでも助け、力を貸すことこそがポップの望みだ。
 自分が標的になる以上に、レオナが反対派の標的にされることの方が、ポップにとっては恐怖だ。

 駆け引きからではなく、無意識に炎が大きくなり揺らめいた。
 それを見て、尾行者達は悲鳴じみた声で白状する。

「待ってくれ! オレ達の目標は、あの忌まわしい男……っ、銀髪の狂戦士だけなんだ!!」

                                             《続く》 

 

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