『死神の贈り物 ー中編ー』 |
(……………あ) 目覚めた時、一面の白の中にいる自分をポップは自覚した。 現実感がない程に眩く、だが見覚えのある白一色な世界の中、ポップはぼんやりと瞬きを繰り返す。 そもそも意識を取り戻したこと自体が、驚きだった。正直、もう二度と目覚めることなどないと思っていたのだから。 (……おれは……死んだんだったけ……) 断片的ではあるが、凄まじい爆破が記憶に残っている。覚悟を超える激烈な苦痛が自分を引き裂いたのも、ぼんやりとだが思い出せる。 (そう……だ、おれは、あの野郎の爆弾で粉微塵になって……) 疑う余地すらない。 (なら、なんでおれはここに……?) 絵本のようにふわふわとした質感と見た目を持つ雲の感触が、心地好いなと思いながらポップはゆっくりと身を起こす。 自己犠牲呪文で一度死んだ後や、バーンとの戦いの直後の昏睡状態の時にいつの間にか来ていた場所。 多分、ここからあの世とやらに行くのだろうと思っていたが、問題なのはどちらに行っていいのか分からない点だ。 (……まさか、このままずーっとここで、こうしていることになるんじゃないだろうな?)
「……? だれ、だ?」 周囲を見回すが、自分以外の人影は一切見えない。それに、それは声という程はっきりとした言葉ではなかった。 『ド…コ……、行キ……タイ……?』 「どこって……おれが選べるわけ? まあ、問答無用で地獄に行けっていわれるよりもいいけどさ、別におれ、行きたいとこなんかないぜ」 天国に行きたいとは、特には思わない。 「それに、おれはもう死んだんだろ? なら、いいよ。やりたかったことは、やったんだしさ」 ダイを救えた。 ならば、それ以上を望むのは贅沢というものだろう……そう思おうとする心を暴くように、声は執拗に答えを迫る。 『……ドコへ? ……ポップ、ノ……望…ミハ?』 「なんだよ、しつこい奴だなぁ。おれの望みを叶えてくれるってか? ダイが戻ってこないと分かった、あの瞬間。 その意味では、ポップの時間は止まっていたも同然だった。多分、それはポップだけでなくて、仲間達全員に共通するものだったのだろう。 あの状況では、他に考えられない一番の解決策だったとポップ的には自画自賛したい気分だ。 顔どころか姿さえ定かではなく、なおかつ声すらもはっきりとは聞こえないくせに、その溜め息だけはしっかりと分かる。 「なんだよ、おい。なんか、失礼なやつだな、てめえ」 思わず、目には見えない相手に向かってポップは文句をつけるが、声はその不満は見事なまでにスルーして質問を変えてきた。 『……ミンナ、ニ、会イタ……クナイノ?』 「そりゃあ……会えるものなら、会いたいけど。でも、無理だろ?」 死んでしまった以上、もう彼らとの再会はできないだろうと、ポップは漠然と思っていた。 『ウン、無理。ケ……レド、見ル……デキ……ル』 途切れがちな片言の言葉をポップは少し考えてから、理解する。 「それって、会えないけど、見るだけなら出来るってことか」 『ポッ……プ……ガ、望…ムナラ……』 拙い声に保証されて、ポップの心が大きく傾く。 ポップがそう思った瞬間、眩い光が彼を包む。その眩さに、ポップは思わず目を瞑っていた――。
(……?!) 再び目を開けた時、ポップは地上にいた。 あまり馴染みを感じない町並みに、見覚えのない人々が行き交う通りをポップは呆然と眺めるばかりだ。 ぶつかると思った瞬間、荷物を抱えた男はそのままポップを突き抜けた。 まるでポップなど見えもせず、その存在さえ意識していないかのように。 その事実に戸惑いはしたが、すぐにポップは現実を受け入れた。 動こうにも自由に動ける気配もないし、妙にふわふわと頼りない感覚があるだけだ。海に浮かんでいるかのように、波に揺られながら少しずつ動いている感覚はあるものの、ポップの望み通りの方向に進めるわけじゃない。 停止することもなく、ゆらりゆらりと当てもなく彷徨っているような感じだ。 (せめて、今がいつか知りたいんだけどよ) 首をキョロキョロさせながらそう思った途端、ポップの身体は不意に強い力に押し流されていく。 知らない人の経営しているごく普通の道具屋にすぎないが、ポップが辿り着いた場所はカレンダーを張られた壁の前だった。 戦いが終わってから、一年半ほどの時間が経った頃。 姑息かもしれないが、どうせみんなの様子を見るのなら、戦いが終わった直後でなくてよかったと思う。 自分の死を、仲間達が悲しまないなどとは、ポップは思っていない。正義感も強く優しい彼らが、失った仲間の存在を嘆かないはずはない。 だが、時間はどんな悲しみも癒してくれる。 そして、時間は悲しみだけでなく戦いの傷跡も回復させてくれる。あれから一年半経ったのなら、世界もずいぶんと落ち着いた頃だ。 仲間達も、勇者捜索だけでなく別のことを始めている者が多くなっている。その様子を、彼らに知られないようにそっと見れるのなら、満足だ。 せめて、空から見れればどこの国にいるのか分かるのに……そう思った途端、ポップの身体が浮き上がっていく。 その高さは、ポップにとっては慣れた高さだった。 その経験上、この高さから見れば自分がどこの国にいるのか一目で分かる自信があった。 だが、見慣れた角度から町を見下ろして――ポップは軽く疑問を抱く。 (……変だな) 眼下に広がる町並みが、ポップが知るものと一致していないのだ。 だが、まだ荒れた町並みはポップの知っている今のカールとは、似ても似つかない。大戦直後の荒れ具合のままで、復興がほとんどといっていいほど進んでいないのだ。 町行く人々の表情もどこかしら暗いものであり、平和を謳歌している者のそれではなかった。 本来なら、カール王国は今や世界で一番華やぎ、賑やかなお祝いムードに包まれているはずの国だ。 実権こそはフローラにあるものの、夫婦で力を合わせてカール王国を復興させる新王と女王の姿は人々に大いに希望を与えた。 その祝いに、カールのみならず世界が歓喜したものである。だが、今のカール王国からはそんな喜びの気配などかけらも感じられなかった。 (なんで……なんだよ、先生やフローラ様がいるのに、どうして……っ?!) そう考えたことにに反応したのか、身体が自然に城へと向かったことに、ポップは驚かなかった。 やがてポップが辿り着いたのは、カール城の奥……本来なら後宮に当たる場所だった。本来ならば、王族の女性が生活する場所であり、王以外の男性はそうそう入れる場所ではない。 だが、以前、カールに留学していたポップは、ここは馴染みの場所だった。 ある意味で勝手知ったる場所だが、それでも身体が勝手にフローラの私室へと運ばれていくのを感じて、ギョッとせずにはいられない。 (やば……つーか、まずいって! もし、着替え中とかだったりしたらっ) それはそれで嬉しい気もするが、さすがに疚しさやら気の咎めを感じずにはいらない。だが、ポップの内心にお構いなしに、身体は勝手にカール女王の私室へと飛び込んでいた。 一瞬、身構えたものの――別に着替え中だとか、入浴中だとかではなさそうだ。 (あ……な、なーんだ。なんともないじゃん) 肩透かしをくらったような、どこかがっかりした気分は否めないが、それでもポップはホッとしてこの部屋の主に目をやった。 戦いの時は頼りがいのある指導者として助力を惜しまなかったフローラは、戦後、各国に留学したポップを優しく受け入れてくれた。 それだけに、フローラとの再会はポップには嬉しかった。たとえそれが一方的なものであり、ただ姿を見るだけであっても少しもその喜びを減じはしない。 (……なんで?) やけにすっきりと片付いた、洒落た雰囲気の落ち着いた部屋は、それ自体は問題はない。初めてポップが訪れた時の、フローラの部屋そのものだ。 ベビーベッドを初めとする、赤ん坊用の道具や玩具が一気に増え、賑やかさを増していたからだ。本来ならフローラのように高貴な女性は自分の手で子育てをしないで乳母に任せっきりの場合が多いと聞いたが、アバンとフローラは自分達の手で我が子を育てたいと望んだ。 そのため、女王の私室が一気に部屋が生活感の溢れるものになったと、アバンが笑っていたのを覚えている。 赤ん坊がいる家に特有の、ミルクの匂いの漂うカール女王の私室で、ポップはおっかなびっくりに赤ん坊を抱かせてもらったものだ。 だが、そんな暖かな記憶がまるで嘘であるかのように、今の部屋は静まり返っていた。 この部屋にいるのは――フローラ一人っきりだ。 赤ん坊の気配すらも感じない部屋で、物憂げな表情でぼんやりと窓の外を見ているフローラの姿は、ひどく寂しげに見えた。 (フローラ様……っ!) 思わず呼び掛けてから、ポップは自分には声が出せないことを思い出した。 あまりにもフローラらしくないその様子が、見ていて辛かった。 それがどうしても納得いかなくて、ポップはもう一度フローラに呼び掛けようとした時、ノックの音と共に扉越しに抑揚のない声が聞こえてきた。 「フローラ様。会議のお時間です」 その声に、フローラの表情は一層暗く沈みこむ。だが、すぐに彼女は女王としての表情を取り戻し、凛とした声を響かせる。 「……分かりました。今、行きます」
軽く化粧を整えて歩きだすフローラの後を、ポップは追っていた。 フローラが訪れた先は、カール王国の会議室だった。 (え……っ?!) 女王を上座に据え、重臣達が円座を囲む形にしつらえられた会議室は、王座が一つしかなかった。 だが、何度瞬きしても王座は一つしかないし、フローラは一人でそこに座っていた。 もし、なんらかの事情で欠席するにせよ、席は必ず用意しておくのが慣例だ。 (なんで……まさか、そんな――) 一人で王座に座る女王の姿に、初めてポップの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。だが、それをポップは打ち消そうとした。 「時にフローラ様、会議を始める前にお聞きしておきたいのですが、この前お渡しした見合い話のご検討はお済みですか?」 やけに押しの強いでっぷりとした男……ポップが一度も見た覚えのない貴族らしい男が、性急に不躾な質問をぶつけてくる。 だが、驚いたことに、その質問を皮切りには一斉にフローラへ同様の質問をぶつけだした。 そして、味方は一人もいなかった。 それに、重臣達もずいぶんと違っている。 だが、ここにいる連中は、ポップにとって見たこともない者達ばかりだ。 だが、どんなに苛立ち、フローラに味方をしたいと思っても、今のポップには何もできない。 フローラが、アバンと結婚していない『現実』を。 信頼できる部下達がいなくなり、強欲な部下達の暴走やわがままを抑えるのにも難儀し、押しつけられる結婚を交わすだけで精一杯のフローラでは、復興に力を注げないのも無理もない。 女王としてしっかりと指導権を握っていたはずの彼女が、なぜこんな苦境に立たされたのかは、ポップには分からない。 (先生は……っ、どうしてっ?!) アバンは、なぜ、こんなにも辛そうなフローラを放っておくのか。彼女を孤独のまま放置して、どこに行ってしまったのか。 あの不思議な声が言ったように、ポップの望みのままに自分の身体は移動し、『見る』ことができる。 だが、瞼を開けた時に飛び込んできた光景に、ポップは驚愕のあまり目を最大限に見開いていた――。
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