『死神の贈り物 ー中編ー』

 

(……………あ)

 目覚めた時、一面の白の中にいる自分をポップは自覚した。
 見上げる空は淡い雲に覆われ、そこから漏れる日差しによって白く輝いていた。そして、横たわっているのもまた、白い雲の上だ。

 現実感がない程に眩く、だが見覚えのある白一色な世界の中、ポップはぼんやりと瞬きを繰り返す。
 たゆたうような頼りなさの中、ポップは嬉しさよりも当惑の気持ちの方が強かった。

 そもそも意識を取り戻したこと自体が、驚きだった。正直、もう二度と目覚めることなどないと思っていたのだから。

(……おれは……死んだんだったけ……)

 断片的ではあるが、凄まじい爆破が記憶に残っている。覚悟を超える激烈な苦痛が自分を引き裂いたのも、ぼんやりとだが思い出せる。

(そう……だ、おれは、あの野郎の爆弾で粉微塵になって……)

 疑う余地すらない。
 今度こそ死んだのだと、理屈ではなく感覚で納得する。
 だが、それだからこそ疑問が沸き上がる。

(なら、なんでおれはここに……?)

 絵本のようにふわふわとした質感と見た目を持つ雲の感触が、心地好いなと思いながらポップはゆっくりと身を起こす。
 そこは、見覚えのある場所だった。

 自己犠牲呪文で一度死んだ後や、バーンとの戦いの直後の昏睡状態の時にいつの間にか来ていた場所。
 ここは生と死の狭間の世界なのだろうと、ポップは勝手に解釈している。

 多分、ここからあの世とやらに行くのだろうと思っていたが、問題なのはどちらに行っていいのか分からない点だ。
 一番最初に来た時は進もうとしなくても勝手に足が一方向を目指したものだが、二度目以降にはどうやらそのサービスはないらしい。

(……まさか、このままずーっとここで、こうしていることになるんじゃないだろうな?)


 地獄に落ちるよりはましかもしれないが、それはさすがに嫌だと思ってしまう。どうしていいのか分からずにぼうっとしているポップの耳に、ごくかすかな声が囁かれた。

「……? だれ、だ?」

 周囲を見回すが、自分以外の人影は一切見えない。それに、それは声という程はっきりとした言葉ではなかった。
 夢の中で聞いている言葉のようにあやふやで、ぼやけた言葉は聞き取りにくかったが、それでもなんとかポップの耳に届く。

『ド…コ……、行キ……タイ……?』

「どこって……おれが選べるわけ? まあ、問答無用で地獄に行けっていわれるよりもいいけどさ、別におれ、行きたいとこなんかないぜ」

 天国に行きたいとは、特には思わない。
 そもそも、ポップはここに来たいと思ってここに来たわけじゃない。

「それに、おれはもう死んだんだろ? なら、いいよ。やりたかったことは、やったんだしさ」

 ダイを救えた。
 それだけで、ポップは満足だ。いや――満足しなければいけないと、思う。
 死神の誘惑に乗って、本来ならやってはいけないことをやってしまったという自覚はあるが、それでもポップは自分の望みは果たした。

 ならば、それ以上を望むのは贅沢というものだろう……そう思おうとする心を暴くように、声は執拗に答えを迫る。

『……ドコへ? ……ポップ、ノ……望…ミハ?』

「なんだよ、しつこい奴だなぁ。おれの望みを叶えてくれるってか?
 だから、もう望みを叶ったって。ダイが助かったなら、もういいんだよ」

 ダイが戻ってこないと分かった、あの瞬間。
 あの時から、時間は止まった。
 少なくとも、ポップやレオナにとってはそうだった。いつも、心のどこかは常にあの瞬間を悔いて、ダイを取り戻したいと望む気持ちがあった。

 その意味では、ポップの時間は止まっていたも同然だった。多分、それはポップだけでなくて、仲間達全員に共通するものだったのだろう。
 その原因だったダイが行方不明にならないのならば、みんなが救われる。これでみんなの時間が正常に流れだすだろうと、ポップは確信していた。

 あの状況では、他に考えられない一番の解決策だったとポップ的には自画自賛したい気分だ。
 だが、謎の声はなぜか溜め息を漏らす。

 顔どころか姿さえ定かではなく、なおかつ声すらもはっきりとは聞こえないくせに、その溜め息だけはしっかりと分かる。
 しかも、溜め息にこめられた失望感というか、ポップに対する不満だけははっきりと感じ取れるものだった。

「なんだよ、おい。なんか、失礼なやつだな、てめえ」

 思わず、目には見えない相手に向かってポップは文句をつけるが、声はその不満は見事なまでにスルーして質問を変えてきた。

『……ミンナ、ニ、会イタ……クナイノ?』

「そりゃあ……会えるものなら、会いたいけど。でも、無理だろ?」

 死んでしまった以上、もう彼らとの再会はできないだろうと、ポップは漠然と思っていた。
 実際に、声もそれを肯定する。

『ウン、無理。ケ……レド、見ル……デキ……ル』

 途切れがちな片言の言葉をポップは少し考えてから、理解する。

「それって、会えないけど、見るだけなら出来るってことか」

『ポッ……プ……ガ、望…ムナラ……』

 拙い声に保証されて、ポップの心が大きく傾く。
 満足しきったつもりだったが、仲間達のことはやはり気になる。彼らの無事を、できるのなら彼らのその後をこの目で確かめることができたのなら。

 ポップがそう思った瞬間、眩い光が彼を包む。その眩さに、ポップは思わず目を瞑っていた――。

 

 

(……?!)

 再び目を開けた時、ポップは地上にいた。
 ガヤガヤと聞こえる人の声がすぐ間近に聞こえる町中……どうやら、ここは市場のようだ。

 あまり馴染みを感じない町並みに、見覚えのない人々が行き交う通りをポップは呆然と眺めるばかりだ。
 大荷物を抱えたまま急ぎ足で歩く人間が、自分の方に近付いてくるのが見える。だが、それを避けようとしても身体が思うように動かない。

 ぶつかると思った瞬間、荷物を抱えた男はそのままポップを突き抜けた。
 びっくりして思わず振り返ったが、男は何事もなかったような顔のままだし、男の荷物はぶつかって落ちるどころか、揺らいでさえいなかった。何の変化もなく、そのまま歩いて行く。

 まるでポップなど見えもせず、その存在さえ意識していないかのように。
 それはその男だけでなく、他の人間も同じだった。誰一人として、ポップに目を止める人間はいない。

 その事実に戸惑いはしたが、すぐにポップは現実を受け入れた。
 あの謎の声は、『見るだけならできる』と言った。その言葉通り、今のポップは幽霊のような存在なのだろう。

 動こうにも自由に動ける気配もないし、妙にふわふわと頼りない感覚があるだけだ。海に浮かんでいるかのように、波に揺られながら少しずつ動いている感覚はあるものの、ポップの望み通りの方向に進めるわけじゃない。

 停止することもなく、ゆらりゆらりと当てもなく彷徨っているような感じだ。
 今のポップにできるのは、本当に見ることだけのようだ。

(せめて、今がいつか知りたいんだけどよ)

 首をキョロキョロさせながらそう思った途端、ポップの身体は不意に強い力に押し流されていく。
 打ち寄せる波に押されるようにポップが辿り着いたのは、とある店先だった。

 知らない人の経営しているごく普通の道具屋にすぎないが、ポップが辿り着いた場所はカレンダーを張られた壁の前だった。
 そこに書かれた数字は、ポップにとって見慣れたものと同じ年、同じ月を指し示していた。

 戦いが終わってから、一年半ほどの時間が経った頃。
 ポップがついさっきまでいたはずの、ダイと別れた直後の時間ではない。
 ちょうど、ポップがキルバーンと会った時の時期まで月日が流れたのだと知り、真っ先にポップが感じたのは安堵じみた感情だった。

 姑息かもしれないが、どうせみんなの様子を見るのなら、戦いが終わった直後でなくてよかったと思う。
 さすがにあの直後ならば、みんなも落ち着いてはいないだろう。

 自分の死を、仲間達が悲しまないなどとは、ポップは思っていない。正義感も強く優しい彼らが、失った仲間の存在を嘆かないはずはない。

 だが、時間はどんな悲しみも癒してくれる。
 アバンが亡くなったと思った後も、ダイやマァムが次第に笑顔や元気を取り戻したように。

 そして、時間は悲しみだけでなく戦いの傷跡も回復させてくれる。あれから一年半経ったのなら、世界もずいぶんと落ち着いた頃だ。
 レオナやアバン、フローラを初めとする各国の王達の尽力で、多くの国々が目覚ましく復興を果たし、活気づいてきた。

 仲間達も、勇者捜索だけでなく別のことを始めている者が多くなっている。その様子を、彼らに知られないようにそっと見れるのなら、満足だ。
 そう安堵した後で、ポップはここがどこなのだろうと疑問を抱く。

 せめて、空から見れればどこの国にいるのか分かるのに……そう思った途端、ポップの身体が浮き上がっていく。
 飛翔呪文を使っているわけでもないのに、ポップの身体は自動的に空中高くに飛びあがっていた。

 その高さは、ポップにとっては慣れた高さだった。
 町並みや復興度を把握する際、手っ取り早いのは空から見下ろすことだ。そのため、ポップは戦後、各国に留学している時は何度となくこうして空に浮かび上がり、町並みを眺めた覚えがある。

 その経験上、この高さから見れば自分がどこの国にいるのか一目で分かる自信があった。 だが、見慣れた角度から町を見下ろして――ポップは軽く疑問を抱く。

(……変だな)

 眼下に広がる町並みが、ポップが知るものと一致していないのだ。
 正確に言えば、一致しているようで一致していない、というべきか。
 基本的な地形や城を見れば、ここがカール王国なのは一目瞭然だ。

 だが、まだ荒れた町並みはポップの知っている今のカールとは、似ても似つかない。大戦直後の荒れ具合のままで、復興がほとんどといっていいほど進んでいないのだ。
 そう言えば、とポップはさっきの市場にいた人々の顔を思い出す。

 町行く人々の表情もどこかしら暗いものであり、平和を謳歌している者のそれではなかった。
 だが、それはよくよく考えれば、変だ。

 本来なら、カール王国は今や世界で一番華やぎ、賑やかなお祝いムードに包まれているはずの国だ。
 なにしろ大戦の直後に大勇者アバンが祖国に帰郷し、フローラと結婚してカール王が誕生したのだ。

 実権こそはフローラにあるものの、夫婦で力を合わせてカール王国を復興させる新王と女王の姿は人々に大いに希望を与えた。
 その上、カール王国はさらなる僥倖に恵まれた。フローラが懐妊し、しかも王子を出産したのだ。

 その祝いに、カールのみならず世界が歓喜したものである。だが、今のカール王国からはそんな喜びの気配などかけらも感じられなかった。
 むしろ、疲れきっているかのような陰鬱さの方を強く感じてしまう。

(なんで……なんだよ、先生やフローラ様がいるのに、どうして……っ?!)

 そう考えたことにに反応したのか、身体が自然に城へと向かったことに、ポップは驚かなかった。
 ごく当たり前のように身体が城の厚い外壁を突き抜け、内奥へと入り込む。

 やがてポップが辿り着いたのは、カール城の奥……本来なら後宮に当たる場所だった。本来ならば、王族の女性が生活する場所であり、王以外の男性はそうそう入れる場所ではない。

 だが、以前、カールに留学していたポップは、ここは馴染みの場所だった。
 まだ未成年だから構わないでしょうと、フローラが特別の許可を与えてくれたおかげで、ポップはここにも自由に出入りすることができた。

 ある意味で勝手知ったる場所だが、それでも身体が勝手にフローラの私室へと運ばれていくのを感じて、ギョッとせずにはいられない。
 いくら身内も同然の厚遇をしてもらったとはいえ、さすがに彼女の部屋に勝手に入りこむような不作法まではしたことがない。

(やば……つーか、まずいって! もし、着替え中とかだったりしたらっ)

 それはそれで嬉しい気もするが、さすがに疚しさやら気の咎めを感じずにはいらない。だが、ポップの内心にお構いなしに、身体は勝手にカール女王の私室へと飛び込んでいた。 一瞬、身構えたものの――別に着替え中だとか、入浴中だとかではなさそうだ。

(あ……な、なーんだ。なんともないじゃん)

 肩透かしをくらったような、どこかがっかりした気分は否めないが、それでもポップはホッとしてこの部屋の主に目をやった。
 窓辺の椅子に腰掛けている、金髪の女性。理知的な瞳と大人びた落ち着きが一際美しく見える彼女こそが、カール女王フローラだ。

 戦いの時は頼りがいのある指導者として助力を惜しまなかったフローラは、戦後、各国に留学したポップを優しく受け入れてくれた。
 アバン共々一緒になって家族同然の親しげな歓迎をしてくれたおかげで、ポップはフローラに対して年の離れた姉に対するような親しみを感じている。

 それだけに、フローラとの再会はポップには嬉しかった。たとえそれが一方的なものであり、ただ姿を見るだけであっても少しもその喜びを減じはしない。
 だが……すぐに喜びは違和感に変わった。

(……なんで?)

 やけにすっきりと片付いた、洒落た雰囲気の落ち着いた部屋は、それ自体は問題はない。初めてポップが訪れた時の、フローラの部屋そのものだ。
 しかし、ついこの間ポップがこの部屋にきた時は、もっと雑然とした印象があった。

 ベビーベッドを初めとする、赤ん坊用の道具や玩具が一気に増え、賑やかさを増していたからだ。本来ならフローラのように高貴な女性は自分の手で子育てをしないで乳母に任せっきりの場合が多いと聞いたが、アバンとフローラは自分達の手で我が子を育てたいと望んだ。

 そのため、女王の私室が一気に部屋が生活感の溢れるものになったと、アバンが笑っていたのを覚えている。
 綺麗好きなはずのフローラも、そんな部屋が嬉しいとばかりに微笑みながら赤ん坊を抱いていたはずだ。

 赤ん坊がいる家に特有の、ミルクの匂いの漂うカール女王の私室で、ポップはおっかなびっくりに赤ん坊を抱かせてもらったものだ。
 小さくて頼りなげなのに、それでも見た目以上にずっしりと重い赤ん坊の手応えも、嬉しそうに微笑むアバンとフローラの姿を見るのも、ポップは好きだった。

 だが、そんな暖かな記憶がまるで嘘であるかのように、今の部屋は静まり返っていた。 この部屋にいるのは――フローラ一人っきりだ。

 赤ん坊の気配すらも感じない部屋で、物憂げな表情でぼんやりと窓の外を見ているフローラの姿は、ひどく寂しげに見えた。
 彼女らしくもない、その弱々しい表情にポップは胸を突かれる。

(フローラ様……っ!)

 思わず呼び掛けてから、ポップは自分には声が出せないことを思い出した。
 なにより、こんなに近くにいるのにフローラはポップに気がついてくれない。まるで彫像になったかのように、彼女は静かに座り続けているだけだ。

 あまりにもフローラらしくないその様子が、見ていて辛かった。
 本来ならあれほど幸せそうだった女性が、こんなにも辛そうな様子で孤独でいるのが信じられない。

 それがどうしても納得いかなくて、ポップはもう一度フローラに呼び掛けようとした時、ノックの音と共に扉越しに抑揚のない声が聞こえてきた。

「フローラ様。会議のお時間です」

 その声に、フローラの表情は一層暗く沈みこむ。だが、すぐに彼女は女王としての表情を取り戻し、凛とした声を響かせる。

「……分かりました。今、行きます」

 

 

 軽く化粧を整えて歩きだすフローラの後を、ポップは追っていた。
 それは厳密に言えばポップの力で移動しているのではなかったが、彼女が気になるというポップの望みがそうさせているらしい。

 フローラが訪れた先は、カール王国の会議室だった。
 ポップ自身も何度も訪れた覚えのあるその部屋は、王を初めとして重臣達が国勢について話し合うための部屋だ。
 だが、部屋の座席を見てポップは目を疑った。

(え……っ?!)

 女王を上座に据え、重臣達が円座を囲む形にしつらえられた会議室は、王座が一つしかなかった。
 本来ならフローラが王座に、そしてその隣に王の配偶者に与えられる次席にアバンが座るはずだ。

 だが、何度瞬きしても王座は一つしかないし、フローラは一人でそこに座っていた。
 それは、本来なら有り得ないことだ。
 王と配偶者は、国政に関するどんな会議にも参加する権利と義務がある。今日は休みだから椅子を用意しない、なんて有り得ない。

 もし、なんらかの事情で欠席するにせよ、席は必ず用意しておくのが慣例だ。
 なのに、フローラの隣には椅子はない。この会議場でも、彼女は一人だった。

(なんで……まさか、そんな――)

 一人で王座に座る女王の姿に、初めてポップの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。だが、それをポップは打ち消そうとした。
 それはポップにとって、あまりにも歓迎できない『現実』だったから。
 だが、現実は過酷だった。

「時にフローラ様、会議を始める前にお聞きしておきたいのですが、この前お渡しした見合い話のご検討はお済みですか?」

 やけに押しの強いでっぷりとした男……ポップが一度も見た覚えのない貴族らしい男が、性急に不躾な質問をぶつけてくる。
 普通なら、会議の場で女王のプライベートに関わるような質問をぶつける者は、他の者に窘められるだろう。

 だが、驚いたことに、その質問を皮切りには一斉にフローラへ同様の質問をぶつけだした。
 それに対し、フローラは表情を動かさずになんとか交わそうとしているが、なにしろ相手が多い。

 そして、味方は一人もいなかった。
 会議の場で、フローラが困った時はいつだってさりげなく、そしてユーモアたっぷりな態度で場を和ませるアバンは、ここにはいない。

 それに、重臣達もずいぶんと違っている。
 カール王国の重臣達なら、ポップも大半以上が顔見知りだ。
 真面目でお堅い連中揃いな古参の重臣達は、フローラの話では代々カール王国に仕える家柄のものばかりで、少々口うるさいもののフローラに忠実で誠実な者達だった。

 だが、ここにいる連中は、ポップにとって見たこともない者達ばかりだ。
 自分の欲望ばかりを前面に出し、フローラを軽んじるような口調で一方的に話を運ぼうとする彼らに、ポップは不快感を感じずにはいられない。

 だが、どんなに苛立ち、フローラに味方をしたいと思っても、今のポップには何もできない。
 黙って見ているしか、なかった。
 会議の様子をしばし傍聴して、ポップは今度こそ認めざるを得なかった。

 フローラが、アバンと結婚していない『現実』を。
 しかも、今、フローラはかなり苦しい立場に立たされているようだ。

 信頼できる部下達がいなくなり、強欲な部下達の暴走やわがままを抑えるのにも難儀し、押しつけられる結婚を交わすだけで精一杯のフローラでは、復興に力を注げないのも無理もない。

 女王としてしっかりと指導権を握っていたはずの彼女が、なぜこんな苦境に立たされたのかは、ポップには分からない。
 だが、現実を把握すると同時に、ポップの中に浮かんできたのは怒りにも似た不満の感情だった。

(先生は……っ、どうしてっ?!)

 アバンは、なぜ、こんなにも辛そうなフローラを放っておくのか。彼女を孤独のまま放置して、どこに行ってしまったのか。
 憤りと共にそう思った途端、ポップをまたも眩い光が包む。その眩さに咄嗟に目を瞑ったポップだったが、すでに覚悟はできていた。

 あの不思議な声が言ったように、ポップの望みのままに自分の身体は移動し、『見る』ことができる。
 ならば、次に目を開けた時にはアバンに会えるはずだとポップは半ば確信していた。

 だが、瞼を開けた時に飛び込んできた光景に、ポップは驚愕のあまり目を最大限に見開いていた――。
                                                  《続く》

 

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