『釣竿を持たぬ太公望 ー中編ー』

 

「おい、いつまでもそんなところにいられたんじゃ、釣りの邪魔だ。
 話が終わったんなら帰んな、オレはおまえらの仲間になる気なんぞ、さらさらねえんだ」

 まるでとどめを刺すように。
 はっきりとした拒絶の意思を込めて、マトリフは傷心の若者達を追い立てにかかる。
 純粋な正義感から勇者に協力し、その行動は世間に人々に認められる善行だと疑いもなく信じていた彼らに対して、マトリフは容赦しなかった。

 強張った表情で自分を見ているロカやレイラの視線を感じ取りながら、ことさら下卑た口調で言ってのける。

「ま、そっちのネエちゃんがぱふぱふでもサービスしてくれるってんなら、ちったぁ考えてやらんでもねぇけどよ」

 本気とは程遠い軽いからかいのつもりだったのだが、ロカは面白いぐらい素早く反応した。
 レイラが言われた意味を悟って赤くなるよりも早く、怒りのせいで真っ赤な顔になったロカが声の限りに怒鳴りだす。

「おいっ、じじいっ! ふざけるのもいい加減にしやがれよっ、言うにことを欠いてなにをぬかしやがるっ!?」

(おーお、本当に若いねえ)

 潔癖な僧侶の少女では、この程度の軽い冗談を受け流す余裕などないだろう。また、若く血気盛んな兵士は、女性への侮辱を許せはしまい。
 そう考えて投げつけた軽い冗談なのだが、これほどまでに過敏に反応するとは正直予想外だった。

 だが、それはある意味で好都合だ。ここまでムキになるということは、おそらくはロカはレイラに対して特別な感情を抱いているのだろう。

 自分の感情を隠せもしないその若さに内心苦笑をしつつ、マトリフはロカの短気さを利用してさらに挑発を重ね、今度こそ追い払おうとした。
 だが、それより早く、割り込んできたのはアバンだった。

「まあまあ、ロカ。そんなに怒らないでくださいよ、ただの軽い冗談じゃないですか」

 アバンのその軽い文句に、ロカは敵が増えたとばかりにきつい目を向け、矛先をかえて勇者に噛み付いた。

「冗談だって!? とてもそうとは思えなかったぞっ! おいっ、アバン、本気でこのエロジジイを仲間にする気なのかよ!?」

 などと、声も抑えずに怒鳴るロカは、すでに礼儀や勧誘のことなどすっかり忘れているに違いない。
 しかし、失礼極まりない発言にもかかわらず、マトリフはロカを悪くは思わなかった。

(頭は悪そうだが、なかなか見る目はある若造じゃねえか)

 感情をまるっきり隠せない素直さや、猛然と文句をつけてくる一本気さには、好感を持てる。
 少なくとも全く腹を見透かせない老練さを持つ勇者よりは、よほどいい。

 だが、アバンの方はロカに比べると、まさに煮ても焼いても食えないしぶとさを持っていた。

「ええ、私は本気で彼を仲間に迎え入れるつもりですし、あの発言はちょっとお茶目な冗談だと思っていますよ」

 ロカに対してはけろりとした口調でそう言ってのけるものの、分かっていますよと言わんばかりの意味ありげな視線をマトリフに投げ掛けるのが癪に障る。
 マトリフにだけ見える場所でわざとらしく指を振っているアバンは、おそらくはマトリフの性格や思惑を見通しているのだろう。

 どうやら、アバンはロカに比べると格段に頭が切れて、見る目もあるくせに悪趣味な男らしい。

「ほら、冗談だという証拠に――」

 そう言ったかと思うと、アバンの身体がいきなり煙に包まれる。炎を全く上げず、熱くもないその煙が変身魔法特有のものだと、マトリフが見逃すはずもない。
 一瞬後には、変身を終了させたアバンがそこにいた。
 途端に、二つの驚きの声が重なる。

「ええっ!?」

「な、なんだぁっ!? レイラが二人っ!?」

 まるで分裂でもしたかのように、瓜二つの姿の僧侶の娘がそこに並んで立っていた。外見はそれこそ双子のようにそっくりで衣装まで同じだが、片方が驚いているのに対して、片方は平然とした顔でにこにこしている。

 ロカやレイラほどではないが、マトリフもその光景には驚かずにはいられない。
 とは言っても、その現象だけなら驚くには値しない。
 あらゆる魔法に関して世界一の知識を持つと自負するマトリフには、今、アバンが何の呪文を使用したのか何て一目瞭然だ。

 変身魔法、モシャス。
 レベルの高い魔法使いでなければ使えない特殊魔法の一つで、外見を他人そっくりへと変化させる魔法だ。

 モシャスならばマトリフ自身も使えるし、呪文の効力に驚いたわけではない。
 だが、魔法使いならいざ知らず、仮にも勇者と呼ばれる男がこの魔法を使ったことに驚かずはいられない。

 俗に勇者は全ての職業の長所を兼ね備えていると言われるものの、伝承で語られる勇者の能力値は戦士に近い場合が多い。
 僧侶や魔法使いの呪文も使えはするが、あくまである程度までであり、レベルの高い魔法は苦手とされる。

 あっさりとモシャスを使って見せたアバンは、レイラの姿形のまま、いかにも可愛らしい笑みを浮かべて訴えてくる。

「え、えっと、分かりました! 恥ずかしいですけど、それであなたが仲間になってくださるというなら……っ」

 両手で自分の腕を抱き締めるいかにも女の子らしい健気なポーズは、同時にさりげなく胸を寄せあげ、強調するポーズになっていた。
 そのしぐさや口調まで女の子そのものに見えてしまう辺り、またも舌を巻かずにはいられない。

 モシャスが変化させるのは、ほとんど外見のみだ。レベルが高い術者ならば、姿を写した相手の能力値までそっくり再現できるというが、まあ、この際それはどうでもいい。
 問題なのは、どちらにせよ魔法の効力は精神面までは及ばない点だ。

 術のモデルらしく見えるように振る舞うのには、本人の演技力がものを言う。異性に化けるのはいろいろと難しいものだが、アバンは実に多芸だった。
 レイラ本人を知らないマトリフからしてみれば、この演技がレイラにそっくりかどうかは分からないが、ロカやレイラの反応を見るとかなりのレベルで似せているのだろう。

 少なくとも、女の子としては申し分ない。
 ――が、いくら外見やしぐさが女性らしくとも、マトリフ的には魔法で化けたの男なんぞを相手にするのは願い下げだった。

 なまじ自分自身も変身魔法が使えるだけに、外見だけ美女なら中身はどうでもいいとは思えない。

「じ、冗談はよしやがれっ」

 反射的に身を引いた途端、レイラの顔に似合わない悪戯っぽい笑みが浮かぶ。途端に再び魔法の煙がはぜ、後にはその笑顔のままのアバンが残った。

「ほら、今のを聞きましたか、ロカ、レイラ? ね、さっきのはただの冗談だったでしょう?」

 そう言った時のアバンのしたり顔ときたら――!
 こんなことなら自分も精神的ダメージを受けてもいいから、セクハラでもかましてやればよかったとマトリフは一瞬、後悔する。
 しかも、アバンはちゃっかりと都合のいいところだけ揚げ足を取るのも忘れなかった。

「それにしても報酬次第では参加を考えてくれる気があるとは、朗報ですね」

「考えると言っただけだ。別に、参加すると言ったわけじゃねえ」

 ことさら不機嫌な声で肯定しつつも、マトリフは一応は抵抗して見せる。だが、内心では少々まずい展開になったなとは思っていた。
 傍若無人なまでに自分勝手なようでいて、マトリフは根っからの魔法使いだ。そして、魔法使いにとっては契約は絶対のものだ。

 精霊と契約を交わすことで初めて魔法を使う力を手に入れるように、契約にはそれ自体に力があるとの考えが捨てきれない。

 たとえそれが不本意なものであれ、また、勢いや口先だけの約束であったとしても、言葉には言霊が宿る。それを破ることは、魔法使いとしての格を自ら落とすことに他ならない。

 契約をないがしろにする魔法使いは、精霊との契約でも力を失うという俗説もあるぐらいだ。

 さすがにマトリフはそんな俗説をそのまま信じているわけではないが、それでも進んで自分から口にした契約を破りたいとは思わない。
 そんなマトリフの心を見透かしているのか、アバンは朗らかに言質をとろうとする。

「でも、考えてもいいとはおっしゃいましたよね? それなら、あなたのお望みのままにどんなものでも、と言いたいところなんですけどね。
 あいにくと、報酬はゼロです」

「はあ? なんだ、そりゃあ?」

 てっきり高報酬で釣ってくると思いきや、あまりに意外な話にマトリフはついつい間の抜けた声で問い返してしまう。

「ですから、お約束できる金銭的な報酬なんてないんですよ。なにしろ、私からしてボランティアですので。
 出かける時にうっかりとしていましてね、魔王を退治した後の報酬の交渉をするのなんて忘れてたんです」

「飽きれた野郎だな、なにをやってやがるんだか」

 辛辣なこきおろしなどものともせず、アバンは上機嫌でいってのける。

「いやぁ、お恥ずかしい。まあ、こんなうっかりものだからこそ、年配者の助言や助けが必要なんですよ。
 どうでしょう、お力添えを願えませんか?」

 朗らかに話しかけてくる言葉が、すでに勧誘になっていることに気が付いて、マトリフは舌打ちをした。

(いけねえ、どうにも厄介だな)

 若さに似合わず、アバンは口達者だ。
 しつこく勧誘するだけならば淡々と断ることもできるが、アバンの言動は意外すぎてつい、気を引かれてしまう。

 相手になどする気などないのに、気がつくとアバンのペースにまんまと巻き込まれてきる。
 こんな手に乗ってたまるかと、マトリフはいささか声を荒らげた。

「その件は断ると言っただろうが。おまえもいいかげんしつこい奴だな、どんな報酬で釣ったって同じことだ」

 実際、マトリフは欲深ではない。無報酬なのも歓迎はしたくないが、金銭的な報酬や褒美を約束されたからといってやる気など最初からない。

「いいか、オレもいい年なんでね、今更冒険なんざ望んじゃいねえ。
 ここでゆっくりと隠居してえんだ」

 その言葉は、半分は本当で半分は嘘だった。
 ここでのんびりと暮らしたいと思う気持ちは、もちろんある。だが、たまに退屈がすぎて、何やらちょっとした冒険をしてみたいと思うことはあった。
 もっとも、その冒険への疼きをマトリフはたいして問題視してはいなかった。

 そんなものは、昔の古傷のようなものだ。
 決して消えず、何かの折に思い出したようにたまに疼くが、それだけのこと。手当てもせず放っておけばいいだけの、終わった過去にすぎない。

 魔法の腕が衰えたとは思っていないが、マトリフもかなりの高齢だ。平均寿命を超える年齢まで生きてきたのだ、今更夢見がちな若者のように自分の冒険心を膨らませて旅に出たいなどと思わない。

 マトリフのそんな口には出さない思惑をどこまで読み取ろうとしているのか、アバンはしばらくの間無言で彼を見つめる。
 その時に見せた真剣な表情に、おやと思わないでもなかった。ついさっきまでのにこやかな笑顔にはない気迫が、そこに漂っているように見えたのだ。

 だが、マトリフがそれをしっかりと見定める前に、アバンは再びさっきまでと同じ笑顔と調子のよさを取り戻した。

「では、勝負をしてみませんか。
 私が勝ったら、あなたは私と一緒に旅に来る。あなたが勝ったのなら、私はおとなしくここから立ち去る……つまり、あなたに平穏な時間をお返しましょう。
 その条件ではいかがでしょう?」

「いいぜ」

 素早く、マトリフは頷く。
 普段のマトリフなら、こんな誘いなど歯牙にもかけないだろう。
 こんな若造に駆け引きで負ける気はないが、勝負事というのは水物だ。どんな勝負であれ、絶対はありえない。

 ましてや、この条件にはマトリフのメリットは少ない。
 こんな時はきっぱりと断るのがマトリフ流だが、幾ら何でも相手が悪すぎる。
 いくら断っても、まるっきり堪えた様子もなく涼しい顔で勧誘を続ける相手というのは、厄介だ。

 ここまで妙に人懐っこく、自分のペースに人を巻き込む男に側にいられると、調子が狂ってしまう。
 いや、すでにこんな勝負に乗った段階で、マトリフは冷静さを失っていると言える。

 しかし、こうなったらもう勝負でも何でもいいからさっさと済ませ、この奇妙な青年を追い出したいという気持ちの方が強かった。

「で、勝負ってのは何でやるんだ? 
 言っておくが、剣での勝負とかは言ってくれるなよ、こちとらは魔法使いなんでね」

 念を押すマトリフに対して、アバンは力強く頷いた。

「もちろん、言いませんとも。
 でも、私もさすがに、あなたを相手に魔法で勝負をしたいとは思いませんね。絶対に勝ち目がありそうもないですし。
 できれば、五分の条件で勝負できるものがいいんですが……」

 何かを探すように周囲を見回したアバンの目が、マトリフの竿で止まる。

「あっ、釣り勝負などはどうです? 私はこう見えても、なかなかの釣り名人なんですよー」

 さも、たった今いいアイデアを思いついたとばかりに手を打つしぐさをを見て、マトリフは内心思う。

(どうも信用できないんだよな、こいつは)

 本人が意図しているかどうかは不明だが、アバンの言動には、どこかしら芝居掛かったわざとらしさが見え隠れしている。
 オーバーに反応して見せることで他人の心の防御を緩め、親近感を抱かせる。

 だが、それはアバンの純粋さを証明とは言えないだろう。むしろ、アバンの言動の全てが計算した上での演出ではないかとの疑いを、マトリフは捨てきれない。
 買いかぶりかもしれないが、この油断のおけない青年ならばやりかねないとの危惧もある。

 つまり、今のアバンの思い付きが単なる思い付きではなく、予め仕組んであった予定である可能性を、マトリフは感じ取っていた。
 しかし、マトリフは無造作に頷く。

「ああ、いいぜ。
 なんなら、オレの予備の竿を使うか?」

 どう見ても旅装束の彼らを見て、マトリフは珍しくも出血大サービスな申し出をしてやったが、アバンはピッと指を一本立ててそれを振って見せた。

「チッチッチッ、ご心配なく! ちょーっとだけ待っててくださいね」

 弾んだ声でそう言いながら、アバンは自分の荷物の中から小さな包みを取り出す。その中には、細い竹を短く切った物が何本も包まれていた。
 よく見れば微妙に太さの違う竹を手際よく次々に繋ぎ合わせ、アバンが一本の釣竿を作り上げるまで数分とかからなかった。

「どうです、アバン流スペシャルロッド・マーク?は! 研究に研究を重ね、一から手作りした自慢の品なんですよ〜。
 ふっふっふ、こんなこともあろうかと持ってきて、本当によかった!」

 などと、得意げに竿を軽く振って見せるアバンに、呆れたのはマトリフだけではなかった。
 ロカやレイラさえ、呆気に取られた表情でぽかんとしている。

(……なんだってこいつは、魔王退治の旅に釣り竿なんて持ってこようと思ったんだ?)
 しごく当然の疑問がマトリフの脳裏によぎったが、とりあえずそれを口にするのはやめておこうと老魔道士は賢明にも判断する。
 ある意味、アバンが釣りに自信を持っているのなら、それはそれで都合がいい。

「勝負の条件を決めるぜ。
 期限はこれより夕暮れまで、それまでの間に魚を一匹でも多く手に入れた方が勝ち。使う道具は自由だが、餌は同じ物を使うって辺りでどうだい?」

「ええ、いいですよ。それなら公平ですし」

 にこにこと快諾するアバンを見て、マトリフは密かにほくそ笑む。
 日没まで後1、2時間もないが、もはやそれを待つまでもない。
 この時点で、マトリフにとっては勝負はついたも同然だった。

「じゃ、早速始めるとするか」

 と、手にした竿をそのまま振り上げたマトリフを見て、アバンは戸惑った声を上げる。

「え? 竿を変えないんですか?」

 釣りの知識が少しでもある者なら、数釣り勝負で大物釣り用の仕掛けがどれだけ足を引っ張るか、知らないはずがない。

 大物用に糸の太さや針の大きさをそろえてしまうと、小魚の口のサイズには合わない。大物釣りに挑む者は、大きな獲物を釣るか、さもなくばまるっきりのボウズになるかの二択しかない。
 重量勝負ならともかく、数が勝敗を決める数釣りでは不利になるだけだ。

 それに対してアバンの持つ軽い簡易竿こそ、数釣りにはぴったりだ。大物を釣るには強度が足りないが、広く浅く釣るためには手頃な竿と言える。
 だがそんなことは、アバンに言われるまでもなくマトリフも承知していた。

「ああ、その必要はねえ」

 初めて見るアバンの戸惑いを楽しみながら、マトリフは竿を持っていない手を水面に向かって振り下ろす。
 一つの呪文を唱えながら――。

「イオラ!」

 途端に凄まじい爆音が響き渡り、水面が激しく波打つ。いきなりの魔法に驚いたのか後ろからロカやレイラの悲鳴じみた声が上がるが、マトリフは後ろを見ようともしなかった。 充分に手加減して水に打ち込んだ魔法は、派手に水飛沫はあげるものの実害はほとんどない。

 ただ、一瞬、水を激しく揺らすだけのことだ。
 しかし、その揺らぎは魚にとっては致命的だった。魔法が終わるやいなや、まだ揺れる水面にぷかぷかと魚が浮かび上がる。

 それも、一匹や二匹などという生易しい数ではない。数十匹、もしかすると百にまで届くかもしれない数の魚達が一斉に浮かんできたのだ。

「なっ、なんなんだよっ、こりゃあっ!?」

 驚きのあまり水面を飛び込みそうな勢いで覗き込むロカを、マトリフは面白そうに見やる。

「うそ……っ!? こんなのって、信じられない」

 レイラも驚きを隠せないが、マトリフにとってはアバンの驚きの方が見ていて気分がいい。
 やっと、この若造に一泡吹かせることができたという爽快感が込み上げてくる。

「これは――信じられない腕ですね」

 感嘆したようにアバンが呟く言葉自体はレイラと似ているが、その意味は大きく違う。 ただ、驚いているだけのロカやレイラと違い、アバンはマトリフが行った魔法がどれほど卓越した技術なのか、理解しているのだろう。

 あまり推奨されない魚取りの方法として、ガッチン漁と呼ばれる手法がある。川の中にある岩を叩き、その振動で周囲の魚を気絶させて捕らえる手法だ。
 だが、それを魔法で行うなどとは、普通なら考えられない。

 普通に魔法を水に叩き込むだけでは、これほど大量の魚を得ることなどできない。水の抵抗というのは予想以上に強く、ほとんどの魔法は威力を殺されてしまうものだ。
 また、逆に強すぎれば魚もそれに巻き込まれて引き裂かれて終わるだけだ。

 ちょうど、魚が気絶するだけの威力の魔法を広範囲に亘って叩き込む――それがどんなに凄まじい魔法技量を必要とするものなのか。
 魔法を全く使えない者よりも魔法の使い方に詳しい者ほど、そのすごさを実感できるはずだ。
 現に、アバンの驚きは残り二人よりもはるかに大きい。

 しかし、こんなことは、マトリフにとってはまさに朝飯前だ。
 釣りなど、マトリフにとっては遊びに過ぎない。その気になれば魔法を使って幾らでも魚を取れる彼にとって、わざわざ釣竿を使って行う釣りは食糧補給の手段ではなく、趣味であり、ただの遊びだ。

 本気で食糧補給を狙うなら、マトリフが頼りにする獲物は、ただ一つなのは言うまでもない。
 なにしろ、彼は世界一の魔法使いなのだから。

「――オレの勝ちで文句はねえな」

 そう言って、マトリフは不敵にニヤリと笑みを浮かべた――。       

                     《続く》 

 

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