『ときめきの白い日 3』 |
「……お祖父様の名にかけてって、んな初めて聞く人の名前にかけて言われてもなぁ」 得意満面で堂々と探偵宣言をしたプリンセス・レオナに対して、大魔道士の反応はいささか覚めたものだった。 「失礼ねー。あたしのお祖父様って、名裁判官として有名だった方なの。探偵も顔負けなぐらいに、事件の真相を解き明かすのが得意な方だったそうよ」 あたしもお会いしたことはないのだけれどと嬉しそうに語るレオナに対して、ポップは特に反論はしなかった。 だいたい高貴な身分やら有名人の噂と言うのは過剰に装飾され、実物とかけ離れた理想像になってしまうことは多い。伝説や噂ほど当てにならないものはないと、ジャックは確信している。 実際、ジャックにしてみてもダイやポップと出会って、勇者や大魔道士に対して抱いていた夢やら希望やら憧れやらをぶっこわされた口である。 「だいたい密室って言ったって、思いっきり窓が開いてるじゃねえかよー」 恐れ多くも、一国の姫に対して不敬にも程のあるタメ口を叩いている口の悪い少年が実は大魔道士だなんて、誰が思うだろうか。 他人の目があるところならともかく、仲間内だけで話す時は王女や勇者、大魔道士も普通の少年少女も大差はない。 「あら、だってここは3階なのよ? 窓が開きっ放しでも誰も忍び込めるわけがないじゃない。唯一のドアには鍵が掛かっていたし、やっぱりこれは密室事件なのよ!」 (……いやその姫様、そんなに密室に拘らなくても) 「どこがだよ!? そんなの、トベルーラでも使えば一発じゃないか」 (……そりゃあ大魔道士様なら簡単でしょうけど、普通の人間は飛べませんから、空) と、心の中ではいちいち突っ込みが浮かぶが、ジャックは賢明にも口にはださなかった。まかり間違っても、国のツートップとも言うべきこの二人の口喧嘩になど関わりたくはない。 出来るのなら自分の部屋から逃げ出したいぐらいだが、よりによってポップとレオナが唯一のドアの前で言い争いをしているものだから、ジャックに逃げ道はない。 どこかに助けはないものかと縋る目をダイへと向けてしまうが、非常に遺憾なことに勇者は助けになってくれそうもなかった。 それだけならまだいいがケースを拾い上げてじっと見たり、くんくんと臭いを嗅ぐような仕草まで見せる始末だ。 (あぁああっ、なにそれっ!? 勇者様ってのはもっと格好よく、ビシッと人を助けてくれるものだと思っていたのにっ! いっつもいっつも大魔道士様の後をおっかけ回しているだけだし、あれじゃあまるで子犬じゃないですかーっ!) 勇者に対してなかなか失礼な感想だが、それがジャックの偽らざる本音と言うものだ。 (ううっ、それにしてもお姫様って、お姫様って、もっとお淑やかなものだと思っていたかったのに〜) 女性に対していまだに多大な夢を抱く若き青年は、美貌の王女をちょっぴり恨めしい視線で見ずにはいられない。 確かにレオナは外見は非の打ち所がない程美しく、王女の名に恥じない淑やかさや礼儀の持ち主ではある。 ……が、なまじ身近で接したからこそ知ってしまう現実というものがある。 と言うよりも、地を隠さなくてもいい気のおけない相手だと認識されたと言った方が正解かもしれない。 今もレオナは、とびっきりのいたずらをしかけようとしている子供の様に目を輝かせ、美しい白い指を突きつけながら叫んだ。 「分かったわ!! 犯人はあなたね、ポップ君!」 「はぁあっ!?」 唐突な犯人宣言に、ジャックも驚いたがポップの驚きはそれ以上だ。が、レオナはひどく楽しそうな様子だった。 「だって、ポップ君なら空を飛べるんだし密室に侵入するのだって、簡単でしょ? それにジャックとその恋人のことも知っているんだし、ほら、犯人にぴったりじゃない。ちょうどいいわ」 犯人にちょうどいい――あまりにも斬新すぎる名探偵の推理に、ジャックは冗談抜きで目眩がしそうだった。 果たしてこれは、姫のちょっとした冗談なのか、それとも悪乗りしまくった本気なのか。ジャックにはどちらなのか見当もつかなかったし、理解もしたくなかったが、ポップはどうやらそれを後者と判断したらしい。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ、姫さんっ!? おれがそんなことするわけないだろ、なんだっておれがジャックの指輪を盗むんだよ!? そんなことする理由なんか、ねーよっ」 「えぇー、そうなの? えっと……あっ、そうそう、そういえば、ポップ君ってジャックのお目当ての女の子と知り合いなんでしょ? じゃあ、とりあえず横恋慕しているとかでどうかしら」 (うわぁ。すっごい推理……) 暴論にもほどのあるこじつけの推理に、聞いているだけのジャックの方が気が遠くなりそうだ。兵士という役目柄、ジャックも泥棒などの事件現場の検分をしたことも何度かあるが、こんな推理を披露したりした日には、即座に首になるだろう。 「なんだよ、その『とりあえず』ってのは!?本気で推理する気あるのかよ、姫さんっ!? だいたいそんなことする時間なんかなかったって、おれは今日は朝から昼までの間、ずーっと城の厨房を借りてケーキを焼いてたんだからさ!!」 「なるほど、現場不在証明……つまり、アリバイを主張するわけね? それを証明出来て?」 専門用語を使いもっともらしく頷く姿だけは、美少女探偵らしき風格を漂わしていると言える。 「証明もなにも、姫さんにさっき作ったばかりのケーキを渡したばかりだろうがっ! その後はずっと姫さんと一緒にいたし!!」 「そうね、確かにあたしと会ってからはアリバイはあるわよね、残念ながら。 「そういうことを言うのかよっ、ああくそ、姫さんのリクエストだったから、面倒だったのにホワイトチョコをたっぷりと使った天使のケーキを作ったのにっ。 くやしげに地団太を踏むポップに対して、ジャックはひたすら無言に徹するしかなかった。 (……ああ、昨日の買い物って、そんなのだったのか……) ポップの自室は常に兵士達が見張っており、出入りする時間や行く先を細かくチェックしている。 結局門限を過ぎてから大荷物を抱えて戻ってきたのだが、その荷物の中身がお菓子作りの材料だったと知っては気抜けするもいいところだ。 まあ、ジャックも男がお菓子作りをしてはいけないと言う気はないが、料理をする男が少数派な中、お菓子も作れる程やたらと料理上手な男というのは珍しい。 だいたいのところ、男がエプロンをつけてちまちま料理をするなんてしゃらくさいし、みっともないと考える古い考えを持つ男はまだまだ多い。 よりによって大魔道士ともあろうものが、エプロンを付けてせっせと料理に勤しんでいる姿というものは――世間のイメージぶち壊しもいいところだ。 「あ、そうだ! そういえば!! ダイ、おまえなら見ていただろ!?」 と、助けを求める様にポップがダイに声を掛けると、いまだに座り込んだまま床をしげしげと見ている勇者は、無邪気に頷いた。 「うん、ポップはずっと台所にいたよー。おれ、ずっと一緒だったもん。 なにかを言いかけたダイに構わず、ポップは勝ち誇った様な顔で名探偵に反論する。 「ほらっ、ダイだって見ていたんだ、ちゃんとアリバイはあるだろ!」 「ダイ君が言うなら、事実みたいね。……残念だわぁ、せっかく犯人にぴったりだったのに」 発言の不穏当さはさておき、深々と溜め息をつく姿は深窓の令嬢というに相応しく、思わず目を奪われてしまうような美しさではあった。 「なんだよ、そのいいぐさはっ!! 飛べるから犯人だなんて、んな無茶な理屈があるかーっ!? だいたいそれならダイだって空を飛べるだろうが、なんでダイを疑わないんだよっ!!」 カンカンになってそう言うポップの気持ちが分からないでもないが、たった今ポップ自身のアリバイを証明してくれた相手に対して、それはあんまりなんじゃないかとジャックは心配せずにはいられない。 が、そんな心配は無用だった。 「え? おれじゃないよ、だって――」 そう言いかけた本人を遮って、レオナはきっぱりと宣言する。 「いやぁね、ダイ君が犯人だなんて有り得ないじゃない」 そんなのは考える余地もないとばかりに、レオナは上機嫌に笑う。 「だって、ダイ君が盗みをしたり、ましてや他の女の子にちょっかいをだすなんて真似をするわけないじゃない、ポップ君じゃあるまいし」 ――依怙贔屓にも程のある推理をする探偵である。 (……というか、推理じゃないですよね、もうこれ) もはや諦めを通り越し、悟りの極致に達してしまったジャックと違い、ポップはまだまだ不満そうだった。 「待ていっ、どういう意味だよっ、それはっ!?」 怒るのも無理もない話だが、ポップも怒鳴るだけでは話が進まないと気がつくぐらいの冷静さを取り戻したらしい。 「だいたいよー、鍵がかかっていたって、どうせ合い鍵とか、マスターキーとかあるんだろ? おい、この部屋の鍵って予備はないのかよ」 と、ポップから話しかけられ、ジャックは反射的に頷いていた。 「え、あ、はい。予備というか、合い鍵やマスターキーならば近衛兵本部で保管していますけど、普段は誰も使いませんよ。ここって、独身兵士達の宿舎ですし」 城の大半の部屋は侍女が掃除をするのが決まりだが、文官や兵士など城に使える者達の宿舎のある一角はその限りではない。 鍵をなくしただとか、緊急時、部屋主不在の時に開ける必要がある時など、よほど特殊な事情がなければ合い鍵の出番などない。 だが、ジャックが入隊して以降、合い鍵を使って兵士の部屋に強制的に入ったなどと言う話は聞いたこともない。 「ふぅん、じゃあ、管理の責任者はヒュンケルってわけかー……よしっ、決めた! 「……は?」 第二の名探偵によるあまりに唐突な犯人指摘に、ジャックの顎がカクリと落ちる。 「いやっ、隊長が犯人とかありえないでしょう?」 思わず、ジャックは反論せずにはいられない。 「甘いな。犯人ってのは、いつだって『ありえない』とか『らしくない』奴が一番怪しいんだよ。おまけにあいつ色男だし無駄に暗い過去があるし、そーゆー奴が一番犯人っぽいんだぜ」 確かにそれは推理小説の定番とも言える話ではあるが、そんなものを現実の事件に当てはめられても困る。 「だいたいあいつ、ムカつくったらねえんだよ、人が先月のバレンタインで苦労しまくっている間に、自分ばっかりチョコを山ほどもらいやがって……! 城内の女の子だけじゃなく、町で出会った女の子からももらってたんだぞ、あのむっつりスケベが!! (り、理由になっていません、大魔道士様ぁ〜っ) レオナの推理も大概だと思っていたが、ポップの推理はそれ以上にひどい。というか、もはや推理でもなんでもない。 ダイを依怙贔屓するレオナとは逆方向だが、ポップもポップで恐ろしい程に私情だけで犯人を決めつけてしまっている。 「へえ、ヒュンケルってばやるじゃない。誰からどれぐらいもらったか、興味あるわぁ♪」 楽しそうにそう言ったかと思うと、少しばかり考えた末にコロッと方向転換する。 「こほん、そうねー、ポップ君の言うことにも一理あるわ! ヒュンケルが事件に関わっているかどうかはともかくとして、事情徴収ぐらいはしてもいいかも、よね」 (ひ、姫様、それってもしや面白がっているだけでは……) 今までポップを犯人よばわりしていたというのに、いきなり方針をまるっきり変えてのこの意見に、ジャックは本日何度目か数えるのも忘れた目眩を覚える。 だが、ノリノリのレオナはすっかりその気の様だ。 「じゃあ、善は急げというし、さっそくヒュンケルを呼びよせましょうよ!」 「あー、呼び出すって言っても無理、無理。ヒュンケルなら、今日は町に買い物に行くって言っていたぜ。ほら、姫さんも知っているだろ、あの店」 そう言いながらポップが上げた店の名前は、ジャックでも知っている超有名店だった。 「へー、ヒュンケルがあそこへ? よく彼があの店を知っていたわね」 「おれが教えたんだよ。ホワイトデーのお返しに何を送ったらいいか分からないって相談にきやがったから、一番高くて並らばされる店を教えてやったんだ。 (……ああ、大魔道士様と隊長って、相変わらず仲がいいんだか悪いんだか分からないです) すでに目眩のせいで立つのも辛く、壁に持たれかかりながらジャックは思う。もう、いっそこのまま寝込みたいとさえ思ったが、パプニカ王女はやたらと行動的でパワフルな少女だった。 「じゃ、今からみんなであの店に行きましょう! 久しぶりにあそこでお茶もしたいし、ちょうどよかったわ」 と、真っ先に言い出したのはレオナだったが、ポップもそれに追従した。 「そうだな、それもいいか。ダイ、おまえもくるだろ?」 その質問にダイが無条件に頷くかと思ったが、意外にも彼は首を横に振った。 「んーと、先に済ましたいことがあるから、おれは後でいくよ」 その返事に、ジャックは少しばかり驚きを感じてしまう。なにしろ、ダイときたら普段からポップの行く先々について回ることで有名だ。 ポップ本人から邪魔をするなと追い払われても、まだ平気でついていく様な有様である。そんなダイがポップからの誘いを断るのは非常に珍しい。 「何言ってんだよ、そんなの後にしろ、後に!」 「えー、でも――」 「いいから、来いって言ってんだよ!」 と、強引にダイとレオナの手を引っ張り、そのまま行ってくれればよかったのだが――ポップがふと、思い出した様にくるりと振り向いて声を掛けてきた。 「あ、ジャックも一緒にこいよ。おまえだって被害者なんだからさー、あの野郎にたっぷりと損害賠償を請求してやれって」 などと、手を引っ張られたからたまらない。 (い、いや、オレは隊長は犯人じゃないと思うんですけど……。第一、隊長が朝から出かけていたなら、犯行は不可能じゃないかと) と言う、いたって常識的なジャックの推理は披露する隙すらなかった。
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