『傷だらけの手 3』

 

 荘厳でありながら、煌びやかな城。
 極めて男性的な威厳の高さと、惜しげもなくこれでもかとばかりに飾り立てられた、贅を尽くした装飾の数々――相反するその二つこそが、ベンガーナ王城の特徴だった。

 いささか成金趣味だと陰口を叩かれることがあるものの、ベンガーナ城が世界でも有数の贅を凝らした城だという評価は誰もが認めるところだろう。
 選ばれた者しか入城を許されないこの城はベンガーナの国民にとっては憧れの場所であり、雲の上の場所にも等しい。

 この城に出入りできるということは、ベンガーナの人間にとっては一種のステータスになっている。
 それだけに城への出入りを許可されている者はそれを自慢し、誇りに思っている者が大多数だ。

 ――が、いつの世も、また、どんな場所にも例外というか、変り者というものはいるものである。

(あー、肩凝るなぁ。ねみいし、だるいし、もう、早く帰りたいよ〜)

 王宮内を武器を持ったまま出入り自由という、特権中の特権を有している宮廷鍛冶職人の当主ティンは、げんなりとした表情で城の中を歩いていた。やたらと広い上に無駄に飾りが多くて迷いやすい城内は、ティンにとっては全くもって落ち着かない場所だ。

 仕事でなければ、決して来たいような場所ではない。
 だからこそティンはいつも最低限の時間しか、王宮にいようとはしない。かしこまった案内も嫌い、断って一人で動くことが多い。

 それも立派な回廊を歩くよりも、人があまり来ないような裏道や抜け道じみた場所を選んでそそくさと歩く方が性に合っている。

 今日もティンはそうしていた。
 どんな立派な城でも目が行き届かず、手入れもろくにされていない裏庭に近いような一角というのは存在するものだ。使用人でさえろくに来ないような場所であり、たまにしか城にこないティンが通りかかる時はいつだって無人だった裏庭を通りかかった時、思いがけない人影を見つけた。

 木の上にいる少年  その辺の村や町でなら、それは珍しくもない光景だろう。男の子は木登りを好むものだし、大人がびっくりするような高い木にも平気で登っていたりするものだ。

 だが、王宮の庭でそんなことをする少年など、そうそういるわけがない。そもそも王宮は子供が気軽に出入りできるような場所ではないのだし、そこに出入りをするような身分の高い子供ならば、周囲の人間がそんな危険な真似などさせはしないものだ。

 大体、身分の高い子はそもそも一人で出歩いたりなどしない。大人でもそうだが、身分の高さを誇るかのように常にお付きや取り巻きを引き連れているものだ。

 だが、その少年はたった一人で木の上にいた。
 木登りには不向きな豪奢な賢者の衣装を着ているのに、頭に巻いているのは質素な黄色だけという特徴的な格好は、まぎれもなくポップだ。

 それが単に木登りをして遊んでいるとでもいうのなら、ティンは苦笑しつつも見て見ぬふりをして通り過ぎただろう。
 だが、ポップの様子は遊んでいるのとは程遠かった。

 ちょうど木の又の辺りに腰かけ、何をするでもなくぼんやりと空を見上げている。木の下を通りかかったティンにまるで気が付いた様子もないポップは、なにやら考え事をしているように見えた。
 やけに寂しそうに見えるその横顔を見て、ティンは思わず声をかけていた。

「やあ。ポップ君かい?」

 声をかけると、やっとポップは驚いたように下を見下ろしてくる。

「あ、ティンさん、こんちは!」

 人懐っこい笑みを浮かべた途端、ポップの印象はがらりと変わる。寂しそうに見えたのは気のせいだったのかと思える程陽気で、元気いっぱいの少年がそこにはいた。

「やあ、こんにちは。ところで、こんなところで何をしているんだい?」

「え……、あはは、なんていうか、ちょっとサボり、かな?」

 照れ臭そうに頭を掻きながら、ポップは軽く肩を竦めて見せる。

「どうも城ってところは、立派すぎて落ち着かないっていうか、なんか居心地が悪くってさー」

 そうぼやくポップが、ティンにはひどく微笑ましく、また、懐かしいもののように思える。

「はははっ、やっぱり、君ってジャンクさんの息子だね」

 顔はまるっきり似ていないのに、ポップの言動はおかしいぐらいに父親であるジャンクを連想させる。

 ジャンクもまた、城を苦手としていた。
 無駄に立派な空間も、妙に儀礼ばった宮廷礼儀も苦手だと言って長居をしたがらなかったし、不作法すれすれのぶっきらぼうな言葉づかいで通していた。

「ちぇっ、親父に似てるなんて言われても嬉しかないんだけどな」

 父親に似ていると言われて不機嫌になるあたりが、ますますそっくりだ。そのことを指摘してからかおうかと思ったティンだったが、ポップはそんなからかいをじっと待ったりはしてくれなかった。

「あ、そうだ」

 そういったかと思うと、ひょいとポップが木の枝を蹴って飛び降りる。
 あまりに唐突なその飛び降りに、ティンはもう少しで危ないと叫ぶところだった。ポップの登っていた木は、高かった。いくら運動神経がよかったとしても、木に伝わらずにいきなり飛び降りるのは無謀すぎる高さだ。

 しかも、ポップは枝に捕まりもせずに空中に身を投げ出すような勢いで飛び降りた。

 飛び降りというよりは落下ではないかと思ったのは、一瞬だった。
 すぐに、ティンはその不自然さに気が付く。

 空中に投げ出されたポップの身体は、ティンの予測を裏切る速度でゆっくりと落下してくる。肉を持った生身の生き物としてではなく、フワフワした羽であるかのような軽やかさでポップは緩やかに地面に着地した。
 それを見てから、ティンはやっと思い出した。

(ああ、そうか……この子は、大魔道士だったっけ)

 一見、普通の少年のように見えるからつい忘れてしまうが、世界でも指折りと噂されるほどの魔法使いならば、この程度の魔法などなんてことはないのだろう。

 道理で、こんな木登りに向きそうもない服であんなに高い木に登れたはずだと、ティンはしみじみと納得する。
 ティンにとっては初めて見る珍しい魔法だが、実行したポップにしてみればごく日常茶飯事なのか、何事もなかったかのように普通に話しかけてきた。

「そういえばこの間の話だけど、じーちゃん達に会えるのっていつぐらいになりそうかな? おれ、来週の祝日なら時間が空いてるんだけど」

(う……っ)

 痛いところをピンポイントで突かれ、ティンは上がりそうになるうめき声を何とかこらえる。何も知らないポップは、結構乗り気っぽいだけになおさら心が痛む。

 会わせるも何も  正直にぶっちゃけてしまえば、それどころじゃない事態になってきているのである。祖父との面会の約束を取り付けるどころか、話は複雑化する一方だ。

 後で厄介ごとを引き起こしそうな親戚連中の文句を封じ込めようと思ってわざわざ親族会議まで開いたというのに、ものの見事に失敗したっぽいなどとは口が裂けても言えない。

 しかも、昨日の会議の結末を思えばこのまま丸く収まるとはとても思えない。現に、すでに親族一同から今日もぜひ親族会議を開きたいとの申し出があるのだ。

 昨日以上に紛糾の予感がひしひしと感じていながら、ティンはそれでも何気なさを装って返事をする。

「ああ、そうなのかい。じゃあ、一応、その線で話を進めてみるよ」

 軽い口調の中に本気さをこめ、ティンは笑顔のままそう請け負った――。

 

 

「……今、なんとおっしゃいましたので?」

 呆れるのが半分、いささかの皮肉を込めた意味合い半分でのティンの問いかけが、円卓の置かれた会議場に冷たく響き渡る。

 昨日と全く同じ場所であり、顔ぶれもほぼ変わりがない。しかし、会議の場の雰囲気は、昨日とは一変していた。
 白い手袋をはめた男達は、わざとらしく咳払いしながらもう一度繰り返す。

「あー、だから、つまりだな……、要するに我らも昨日の会議ではいささか大人気のない真似をした、と言いたいのだよ」

 どこか気まずそうに、だが、それでいて隠しようもない尊大さを滲ませながら初老の域に達した男は発言する。

「親が何をしたにしろその子にまでは罪はない。無論、ジャンクの帰還を許す気まではないが、ジャンクの息子を一族として認めるのは吝かではない……ということだ」

(おっさん、おっさん、昨日までと、意見がまるっきり違っているじゃないすか〜)

 できるならそう言いたのはやまやまだが、呆れすぎてティンはツッコミもままならない。

 昨日の会議では声を枯らしてジャンクの悪口を言いまくり、その息子ならば我らへのすり寄りが目的に違いないとまで断じていた男がたいした変わりようである。
 が、そんな風に意見を180度翻した者は彼一人だけではなかった。

「昨日は突然の話で驚いた故、つい過度な反応をしてしまったが、私もジャンクの息子を一族に迎え入れるのには不満はありませんな」

「さよう、さよう。私も同感ですとも」

 一人が言い出すのにつられたように、居並ぶ親族達が口々に賛成の意志を表明していく。
 たった一日でここまで、よくもまあここまで露骨に態度を変えられるものだと呆れるような豹変ぶりだった。

 無論、彼らがこうまでジャンクの息子を歓迎してもいいと意見を変えたのは、己の言動を反省したからではない。大体、そんな殊勝な考えを持っているような連中ならば、最初からジャンクを追い出すような真似などしなかっただろう。彼らが気を変えた理由は、はっきりしている。

 ジャンクの息子  ポップの利用価値に気が付いたからに他ならない。

 昨日までは、彼らははっきりとジャンクの息子を見下していた。彼のことを、ただの若造だとなめていたといっていい。
 元ベンガーナ王国宮廷鍛冶職人の息子……親族が手を貸してやれば辛うじて宮廷に顔を出せるかもしれない程度の地位であり、ほとんど一般人と同じだ。

 親族にとっては、厄介者としか言いようがない地位でもある。
 成人に達しているかいないかの年齢の若造が、親の縁故に頼って宮廷へ上がりたがるのは珍しくもない話だ。誰だって、楽して儲かる場所で働きたいと願うものだ。

 チャンスとコネを求めて、もしくは父親に言い含められ、遠い親戚にすり寄ってくる無礼な若造。
 少なくとも白い手の一族の連中は、ほとんどがジャンクの息子に対してそんな認識を持っていたはずだ。

 その程度の縁しかない遠い親戚に利用されてはたまらないとばかりに、ジャンクの息子を拒否していた親族一同だが、昨日の会議でポップの正体に気が付いてしまったのが問題だった。

 ジャンクの息子は、噂に高い大魔道士ポップなのではないか――その可能性に気がづいた途端、一同は揃いもそろってその場での決議を避けてうやむやのうちに会議を終わらせた。

 そして、おそらくはその後で情報収集に精を出した結果、彼らは気が付いてしまったのだ。自分達が見下していたジャンクの息子が凄まじいまでの実力を備えた大魔法使いであり、、本当は驚く程に高い身分と強力なコネを持ち合わせている人物だと――。

 

 

 ポップの身分自体は、宮廷魔道士見習いに過ぎない。
 普通の宮廷魔道士見習いならば、せいぜい認められた国の城の中に入る許可を持っているという程度であり、そう高い地位とは言えない。

 そのレベルの宮廷魔道士見習いならばいくらでもいるだろうが、大魔道士ポップは、特別中の特別だ。

 大魔王にさえ通用するレベルの攻撃魔法を備えている上に、死者蘇生をも可能にすると言われるほどの回復魔法を使える――そんな存在は、伝説の中でさえそうそうめったにいるものではない。
 それ程の腕前の魔法使いを、欲さない国家があるはずもない。

 普通の宮廷魔道士見習いは一国でしか通用しない地位に過ぎないが、ポップの場合は世界会議の場で承認されている。つまり、世界各国のどの国にでも出入り自由の特権を有しているのである。

 実際、ポップは各国の王達と面識があるどころか、相当以上に親しい関係にあると聞いている。

 噂によればポップはカールの新王の愛弟子であり、カール女王の年齢が年齢だけに一時は養子に望まれたとも言われている。カール女王は昨年王子を出産したためこの噂は立ち消えになりはしたものの、意味深長な噂ではある。

 また、一説によればパプニカ王女レオナはポップを大層気に入ったらしく、彼の後見人として名乗りを上げている。年頃もつり合いだし、もしかすれば結婚してもおかしくはないというのはいささか先走った噂だが、可能性はないとは言えない。パプニカ王国はもともと魔法王国として名高い国であり、特に賢者の資質を持つ者を重用する傾向がある。今や世界一の魔法使いの名をほしいままにしているポップならば、パプニカ国王として君臨するのにも問題はおきないだろう。

 ついでに言うのならば、テラン王国も大魔道士ポップと縁の深い国だ。世界会議の場でテラン国王が、ポップに国王候補として養子になる意思はないかと勧誘したことは公式記録として残されている。

 古来より伝わる知識の伝承を国の源とし、血筋以上に能力を重視してきたテラン王国だからこそできる勧誘だ。その時はポップは断ったらしいが、それでも彼がテラン王国に見込まれた事実に変わりはない。

 後継ぎ問題では困っていないロモス、リンガイア、オーザムの三国でも、養子とは望んでいなくてもポップへの評価は高いのは変わらない。どの国もポップを自国に招きたいと望んだと聞いている。

 彼への評価の高さは、ベンガーナ王国とて同じことだ。
 ベンガーナ王が勇者一行をひどく気に入り、魔王軍との戦いの最中に大きく肩入れしたのは有名な話だ。武勇を好むベンガーナ王は勇者ダイと魔剣士ヒュンケルを特に招聘したがっていたが、あいにく勇者は最後の戦いの終わりに行方不明になって久しい。

 そして、魔剣士ヒュンケルは「自分は、恩義を感じるパプニカ王国以外に仕える意思はない」と、きっぱりと他国からの招聘を拒否した。

 その代りにと、ベンガーナ王が彼らの兄弟弟子であるポップに目をつけるのも無理はないだろう。ポップへの持て成しが破格のものであり、王自らがポップをベンガーナ王国に勧誘しているのはすでに有名な話だ。

 これほどまでに各国の王に気に入られる人間というのは、そうめったにはいない。
 つまり、大魔道士ポップはその気になればいくらでも出世できる立場にいるのである。それこそ、親戚のコネなど必要などない。ポップの持っているコネやチャンスは、すでに白い手の一族の持つそれをはるかに上回っている。

 身内としては情けない限りの話だが、どうやら親族達の関心はそこに一点集中してしまったらしい。

「いや、昨日は取り乱しましたが実は以前よりジャンクの息子を不憫にも思っ
ておりましたし。
 なんなら、我が家で引き取って面倒を見てもよいと思っていましてな」

 ぬけぬけとそんなことまで言い出す親族の出現に、色めきだったのは一人や二人ではなかった。

「お待ちを! それはいくらなんでも、抜け駆けがすぎるというものではない
のですかな?!」

「そうだ、そうだ! 私は、ジャンクの母方の叔母の嫁ぎ先の弟だぞ! ジャンクの息子を後見するというのなら、私にだって権利はある!」

(……そりゃ、ほとんど他人だっつーの)

 内心呆れ果てながら、ティンは親族達の盛り上がりを眺めているしかない。止めたいのはやまやまなのだが、彼らの盛り上がりっぷりは尋常ではなかった。

「それを言うのなら、私の娘はあのジャンクと見合いをさせる予定があったのに、例の侍女との駆け落ち話で立ち消えになったのだ、これは婚約不履行もいいところだ!
 その代りとして、私の娘の娘との婚儀を主張する!!」

「いや、それは待ってもらおうか、ジャンクの息子はパプニカ王女との婚約の可能性もあるはず、ここで結婚話を進めるのは得策ではあるまいて」

 随分と先走った上に、親族達は勝手なことを言いまくっている。
 王の側近に選ばれた者の幸運にあやかろうとするかのように、親族がすり寄
ってきて声高に権利を主張しだすのは、珍しくもない話だ。

 歴史上、王に気に入られた寵姫や家臣の親族が隆盛を極める例は多い。だからこそ、貴族達は誰もが躍起になって自分の娘を少しでも王位に近い者へと嫁がせようとする。

 自分の子を通じて王の親族としての地位を獲得し、権勢を奮う――それは、多くの貴族にとっては典型的な夢物語だ。誰もが憧れながらも、そう容易くは手の届かない夢。

 それが手を伸ばせば届くほど身近に迫っているともなれば。信じられないぐらいの幸運に目がくらみ、親族達が目の色を変えるのも無理もないと言えば無理もない。

 だがいくらなんでもこうまでも露骨に、年若い少年を利用しようと考えるとは浅ましすぎる。勢力争いやら政治に無関心なティンから見れば、親族達の盛り上がり様は不愉快としか言いようがない。

「御一同、とにかく落ち着いて、あー、ちったぁ冷静になってもらえませんかね」

 禿鷹のような親族達がポップにちょっかいを出さないように、なんとか穏便に抑えたい――そう思ってはいても、まだ当主として経験の浅いティンには手の打ちようもないような騒ぎっぷりだった。

 決して狭くはない会議場は、今や蜂の巣をつついたかのような喧騒に包まれている。興奮に声を荒げながら、自己の権利を強く主張する男達の怒号が飛び交う室内はやかましいの一言に尽きる。

 止めようにも、静粛を呼びかける議長のティンの声すら耳に入っていないような勢いである。
 どうにもこうにも収拾がつかない程の騒ぎが繰り広げられる会議場の扉が、突然開く。

 それも、驚くほど強い勢いで。
 バンッと壁に叩きつけられる勢いで開かれた扉に、騒ぐだけ騒いでいた親族一同も驚いて目を見張る。

「――っ?!」

 全員の視線が扉に向かって一斉に注がれる。多数の視線を浴びながら小動もせずに佇むのは、痩身の老人だった。

 しかし、枯れた年寄と呼ぶには彼には相応しくはないだろう。
 癖の強い髪は、奔放に跳ねまくっている。今は真っ白に近いが、名残のように残る黒い色合いが彼の若い頃の髪の色を未だに教えてくれている。

 全盛期に比べれば痩せて衰えているのは間違いないだろうが、それでもまだ引き締まった身体つきは逞しいと言える筋肉が残っているのが見て取れる。それが一番よく表れているのは、彼の手だった。

 肉が落ち筋張っている手は、いまだに生傷や治りきっていない火傷の跡が絶え間なかった。古傷以上に目立つ新しい傷の数々は、彼が未だに現役の鍛冶職人であると示している。

 だが、何よりも彼を年寄という印象から遠ざけるのは、挑みかかるようなその視線だ。顎の張った、いかにも不機嫌そうな仏頂面の中で、その目は敵を見るかのように部屋の中にいる連中を睨み付ける。

 その目の鋭さに恐れをなしたように、慌てて目をそらしたのは一人や二人ではなかった。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った会議場の中で、ただ一人、声を出すだけの余裕が取り戻せたのはティン一人だった。だが、それでさえその声は掠れ気味になる。

「し、師匠……? 師匠が、わざわざお見えになるなんて……!」

 ティンが師匠と呼ぶ人物は、ただ一人。
 ここ数代の宮廷鍛冶職人の中で最高峰の腕前と絶賛された、先代当主。ジャンクの父親にあたる、白い手の一族の総帥の登場だった――。

                          《続く》
 

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