『傷だらけの手 4』

 

「フン、どうしたってんだ? どいつもこいつも辛気臭い面で黙りこくりやがって。全く葬式でもあるまいしよ」

 ギロリと一同を睨み付けながら、いささか伝法な口調で言ってのける先代当主に対して、つい身を竦めた男達の数は多かった。
 現当主であるティンに対しては慇懃無礼に振る舞う親族達も、先代当主に対して同じ態度はとらない。

 というよりも、とれっこないのである。年齢的にも自分達よりも上回り、また、長年に渡って一族を統率してきた彼に対して大きな態度が取れる者など、この一族には一人としていない。

 特に職人の修行を受けた者にとっては、先代当主は師匠にあたるのである。昔ながらの職人気質の男にありがちな、鉄拳制裁を標準装備して弟子の育成にあたってきたこの男を恐れない弟子はいないだろう。

 いかに今は年老いていようとも、人間、最初に出会った頃のインパクトや恐怖というのはそうそう忘れられるものではないのである。大人になった後でも親父の拳骨を恐れる息子のように、職人の修行を少しでも受けた経験を持つ者ならば先代当主の恐ろしさを骨身に刻み込んでいる。

 ついでに言うのなら、彼を苦手にしているのは職人だけではない。白い手の一族は、今となっては職人だけが揃っているわけではない。鍛冶を得意とする者、作られた武器を高く売り買いする商人的な活動をする者が半々ぐらいである。

 だが、商品の売り買いに長けた商売人達は口が達者であり、親族会議を仕切りたがるのはほとんどが商人派の連中だ。職人派の男達は腕は達者でも口が重い者が多く、会議を嫌がって不参加を決め込む者が多い。実際に、現在親族会議の場に出席している親族達の4分の3は商人寄りの人間だ。

 数の多さもあり、職人らを軽んじているところがある商人派の連中だが、それでも職人の頂点に立つ先代当主にだけは頭が上がらない。

 商人が商売をできるのは、物を作り出している職人がいるからこそ、だ。
 そして、職人というものは上下関係を大切にするものである。たとえ自分がいっぱしの腕になったとしても、師匠からの恩を忘れてはならないと考えるのが職人だ。

 つまり、師匠の命令ならば職人らは無条件でそれに従う。
 その気になれば全職人に命じてストライキを起こすことも、商品の流通を一族を通してではなく別ルートに切り替えることも、先代当主には可能なのである。

 そうなれば、実際に商品を作り出せない白い手の一族の商人達は非常に困った立場に追い込まれることになる。
 しかも、それは決して有り得ない可能性ではない。

 利権よりも鍛冶の技の追求に拘る先代当主は、商人派の暴利を決して許さない。先代当主に睨まれて、職人からもそっぽを向かれて武器商人を廃業せざるを得ないまで追い込まれた者も、一族の中にはいた。
 彼の不興を買いたいと思わないのは、商人派も同じなのである。

「こ、これは、お珍しい……! まさか、先代様がこんな会議に出席なさるとは思いもしませんでしたから、驚きましたよ」

 顔をひきつらせつつ、それでもなんとかお追従じみた笑みを浮かべる親族達だったが、それはまんざら口先だけとは言えない。本心からの驚きが込められている。

 先代当主は、本来、親族会議を好まない。
 いかにも職人らしく鍛冶に一途で頑固一徹なこの男は、親族会議で無駄な話し合いに時間をかけるぐらいならば、炉の掃除でもしていた方がましだと言ってはばからない男だった。

 現役の当主だった頃から、彼が自分から進んで親族会議に参加することはめったになかった。だが、その事実を知っている古株こそ、先代当主が呼ばれもしない親族会議に出てきた事態に戦慄していた。

 なぜなら――彼が親族会議に出席するのは、大抵が目に余る親族の行動を抑制するためなのだから。かつて、親族会議の場で裁きを受けるかのように先代当主の叱責を浴び、その後、長きに渡って不遇を味わった者は一人や二人ではない。

 その筆頭とも言える者は、なんといっても彼の息子であるジャンクだろう。ジャンクが勘当を言い渡されたのは、まさにこの親族会議の場でのことだった。

 ジャンク本人は一切の弁解もしなかったが、実の息子に対していくらなんでも厳しすぎるのではないかと取り成そうとした親族達を一刀両断しかねないほど苛烈な処断だった。
 当時を知っている者程、先代当主に対して恐れを抱くのは当然だろう。

「なんだ、オレがここに来ちゃまずいってえのか?」

 文句があるのなら言ってみろとばかりに挑発的にそう言う先代当主に対して、正面切って不満を言える者などいるはずもない。

「い、いえいえ、滅相もありませんとも! ただ、今回の親族会議はわざわざ先代様に来ていただく程の議題ではありませんので……」

 言葉を濁しながらも、それでも先代当主をなんとか穏便にこの場から遠ざけようと努力する男らに対して、先代当主は不敵と言えるだけの笑みを浮かべる。

「ほう? そうなのか?
 聞いた話によりゃあ、オレの孫とか名乗る小僧がベンガーナに来たそうじゃねえか。なのに、オレ抜きで話を進めようって了見かい?」

 どこか面白がっているような口調でありながら、その奥に凄みが含まれているのははっきりしている。自分抜きで勝手に物事を決めようとしている連中に対する不快感が、いやでも感じられる口調だった。

 その言葉に顔色を変えた人間は多数いたが、ティンもその一人だった。正直な話、師匠がここに登場してくるだなんて思いもしなかったのだ。

(ど、どうして師匠がっ?! つーか、すでに全部お見通しってわけっすか?!)

 決して師匠をないがしろにするつもりなどなかったが、迷惑をかけたくもなかった。だからティンはポップの存在に気付いた後も、先代当主にはそのことは一切話していなかった。
 親族会議が無事に済んでから、話せばよいと思っていたのだ。

 欲の皮の突っ張った親族達にとっては大魔道士ポップは利用するのにちょうどいい駒にしか見えないだろうが、先代当主にとってはたった一人の直系の孫だ。

 会えるものなら、会わせてやりたい。
 未だに意地を張っているのか戻ってこないジャンクの代わりに、彼の面影を感じさせる少年を、ジャンクの父に会わせたいと――お節介にもそう思ったのだ。

 別れた当時は何もしてあげることのできなかったジャンクのために、何かをしたかった……その気持ちでいっぱいになっていたティンは、それが師匠の機嫌を損ねる可能性など今の今まで考えてもいなかった。焦りを感じながら、ティンはそれでもきちんと釈明しようとした。

「いえ、師匠、別に師匠をないがしろにする気など、ありません。ただ。ジャンクさんの息子――」

 言いかけたティンの言葉は、最後まで言わせてさえもらえなかった。 

「ジャンク? そんな名は、知らんな」

 一刀両断。
 そう呼ぶに相応しい、冷たい一言がティンの言葉をぶった切る。親子の情など微塵も感じられない淡々とした口調で、先代当主は誰へともなく言い切った。

「破門した以上、弟子だろうが息子だろうが他人だ。なら、赤の他人の子も同じことだ。
 そいつが誰の子だろうと、孫でもなんでもねえ。ただの他人だ」

 議論の余地すら感じさせない一方的なその宣言に、円卓を囲む男達がざわめいた。
 彼らにしてみれば、そんな言葉は想定外だ。

 孫は、子よりも可愛い。
 一般的にそう言われる言葉は、多くの人に当てはまる真理でもある。子供には厳しかった親も、孫はべたべたに甘やかすのはよくある話である。だからこそ、親族達は無意識に考えていた。

 先代当主も、息子の帰還は歓迎しなかったとしても孫の帰還は歓迎するだろうと――。

 ティンでさえ、その例外ではない。
 しかし、そんな予測の甘さを吹き飛ばす勢いで、先代当主は円卓の机を叩き堂々と宣言する。

「で、その赤の他人をこのオレに孫と認めさせようだなんて、ふざけたことを言い出しやがった奴はどこのどいつだ?
 こととしだいによっちゃあ、ただじゃおかねえぞ……!」

 べらんめえ口調を通り越してもはや恫喝の域に近くなった先代当主の態度に、親族達は誰もが当惑したように顔を見合わせあう。それらの顔が引きつっているのは、この脅しがただの脅しでは済まないと知っているからだ。

 先代当主は、二度、引退した経験のある珍しい当主だ。
 今から十数年前に息子であるジャンクに後を継がせ、一度は引退した。そのジャンクが大臣とひと悶着を起こして国を飛び出してしまった時、再び当主の座についたのは彼だ。

 当主なんて面倒な座はさっさと捨てたいと壮年の頃から言っていたのにも関わらず、彼がずっと当主であり続けたのは他に人材がなかったからとしか言いようがない。

 彼は職人の技術も高く、弟子達もきちんと掌握する指導力を持ち合わせているだけでなく、その上で商人や王侯貴族との渡り合えるだけの度量まで備えた稀有な当主だった。ついでに言うのならば、彼の鍛冶の腕は先王に甚く気に入られており、そのせいもあって現王の信任も厚い。

 年齢を理由に2年前にテインに当主の座を譲り、二度目の引退を迎えたものの、それは誰もが納得した大団円ではない。

 先代当主を尊敬している者は、ティンではいかにも力不足で師匠の足元にも及ばないと考えている。真面目で実直な男とはいえ、当主としても鍛冶職人としてもさして優秀とは言えないティンに物足りなさを感じてる者は少なくはない。

 先代当主が強く押さなければ、決して彼は当主にはなりえなかっただろう。
 先代当主派にとっては、ティンは納得しきれるリーダーではない。そう考えているのは、先代当主の反対派にとっても同じだ。

 先代当主に比べれば経験不足で御しやすい相手だからという理由でティンを当主として受け入れているものの、それは尊敬しているとは縁遠い。

 当主としてのティンの立場は、結局のところ先代当主の後ろ盾がなければ成立しない程、弱いのである。もし、先代当主が一言いえば、ティンが当主の座から失脚することだってあり得る。

 さすがに以前よりも仕事量は減らしているというものの、鍛冶職人としては未だに現役で働いているぐらいだ。体力的にも、気力的にも、先代当主が再び引退を撤回して返り咲くのは不可能ではない。
 彼にはそれだけの人望と影響力がある。

 そして、その力をもってすれば、気に入らない一族の一員を永久追放することだってできなくはない。ジャンクのように職も身分を失って他国へ流れていく度胸などない白い手の一族達は、一族の中で最も力を持つ総帥の機嫌を損ねてまで自分の意志を主張するほどの気概はなかった。

「い、いや、誤解ですとも。我々はなにも、ジャンクの息子をどうしても一族に迎え入れようとしたわけでは……、その証拠に最初は反対していましたのですからな」

 風向きが変わった途端、意見をコロリと変えることに恥じらいを持たない壮年の男は、同意を求めるように周囲を見回す。と、その尻馬に乗る形で男達は異口同音に騒ぎ立て始めた。

「さ、さよう、さよう。大体、ジャンクの息子を一族として認めてほしいなどと願い出たのは、そもそもティン殿だったのですからな」

「我らは反対したのにご当主様がどこまでも食い下がるから、それならば考えなおしてやってもいいかと思ったまでのこと、本心からジャンクの息子を認めたわけではありませぬぞ!」

(……おっさん、おっさん、またまた言うことが180度変わっとりますが)

 あまりに露骨な意見の急転にティンは唖然とするしかできなかったが、先代当主は役者が違った。意見の変節など微風程度にも気にした様子もなく、平然と円卓に目をやってぐるりと一同を眺めやる。

「ほぉう……。
 つまり、てめえらはその自称『オレの孫』とやらは、他人だと認めるわけだな? 白い手の一族とは何の関係もない、赤の他人に過ぎないと……そう認めるのか?」

 先代当主のその言葉に、眉をしかめた者は少なくなかった。
 認めたくなどない。面白いほどはっきりと、顔にはそう書いてある。実際に彼らにとってはポップが先代当主の孫と認められ、同じ一族の者として王宮で便宜を図ってもらえるようになるのが一番都合がいいのだ。

 だが、物事はそう理想的に進むとは限らない。
 大魔道士ポップがそこまでうまく利用できる駒かどうか、それからしてまず分からない。そもそも白い手の一族の連中は、まだ直接ポップに会ったわけではない。

 協力を期待できるかどうかさえ分からない相手に取り入る前に、自分達の一族の最高権力者に睨まれても構わないと計算できるわけがない。商人とは、常にリスクを最低限に抑えて利益を生む方法を考えるものだ。

 成果も期待できないのにハイリスクな選択など、選ぶ気などさらさらない。
 先代当主を本気で怒らせた時のリスクの高さならば、一同は嫌というほど知り抜いているのだから。

「言い出しっぺのティンには後でじっくり話があるが……まあ、それはいい。じゃあ、恒例のやつをやって親族会議を閉めようじゃねえか。おい、ティン、おめえが今は当主なんだ、さっさとやりな」

 先代当主に急かされ、現当主であるティンは慌てて立ち上がる。当主の威厳でも議題の進行取でも先代に貫録負けしているティンは、それでも声を張り上げて一族に結論を求めた。

「あ、はい。で、では、ジャンクの息子は今後、一切一族として扱わないということで、良いでしょうか。賛成の人は、挙手を願います」

 先日と同じ言葉が、再び円卓会議の場に響き渡る。
 こんなはずではなかった  そう言いたげな無念そうな顔で、それでも白い手の一族達はしぶしぶといった様子で白い手袋をはめた手を、そろって高く上げたのだった――。

 

 

(……これって、成功……したとはいえないよな、やっぱり)

 一族の連中が次々と去っていくのを眺めながら、ティンは虚脱したようにぼうっと椅子に座っているだけだった。

 一応、彼の目的は叶ったと言える。
 一族の連中が損得がらみでポップに対して余計なちょっかいを出さなくなるように牽制しておく――元々はそれが目的だったのだ、十分に目的は達成したと言える。

 だが、それはポップを祖父に会わせるための布石だった。
 ポップが会いたいと望むのなら、いつでも気兼ねなく家族に会うことができるように。だが、その祖父本人の口から『孫などいない』と言い切られてしまっては、話は根底から覆ってしまう。

 ここ数日、親族会議の準備やら何やらに神経を使っていただけに、今までの疲れが一気に噴き出たようだった。立ち上がる気力もなく座り込んでいるティンなど気にする様子もなく、誰もが逃げるようにそそくさと会議場を出ていく。

 気が付いた時には、残っているのはティンともう一人だけだった。自分の前に佇む男を見て、ティンは小さく呟く。

「師匠……」

 年老いた師は、苦みを帯びた表情でティンを見下ろしていた。

「馬鹿が。てめえで尻拭いもできねえんなら、最初から下手な小細工なんざ企んでるんじゃねえよ」

 オレが来なかったらいったいどう話を締めくくる気だったんだと言われ、ティンはごもっともとばかりに頭を深く下げる。

「はあ、おっしゃる通りで。そういえばお礼が遅れて申し訳ありませんでした、お助けいただいてありがとうございます」

 立ち上がってから正式に頭を下げると、先代当主はふいっとそっぽを向く。てめえのためにやったわけじゃねえと、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟くのを聞いて、ティンは声を立てないように気を付けて笑う。
 頑固なようで、意外と照れ屋なところのある人なのだ。

 そのまま立ち去るかと思ったが、なぜか先代当主はどっかりとその辺の席に腰を下ろした。手真似でティンにも腰を掛けろと進めつつ、ボリボリと先代当主は頭を掻く。

「まあ、なんだな。
 今回はてめえも苦労したかもしれねえが……、まあ、あれだ。一族ってのは時としちゃひどく面倒で厄介なもんだと思うかもしれねえが、そればっかりってわけじゃねえ」

 そういう先代当主の声は、彼にしては随分と穏やかなものだった。優しいと言ってもいいその言葉に、ティンは思わず目を丸くする。

 修行時代どころか、今になってさえ叱り飛ばされることばかりだった師匠が、こんなことをいうのはひどく珍しい。本人もあまり慣れていないのか、言いにくそうだった。

「なんだかんだいったところで、身内ってのはいれば心強いもんだ。結局、人間ってのはてめえ一人じゃ生きられねえもんなんだからよ。鍛冶職人一人だけじゃ、武器は作れねえんだ」

 修行時代によく聞かされたのと同じ言葉が、ひどく懐かしい。だが、今のティンにはその言葉は以前より深みを持って感じられた。

「……はい。心得ています」

 武器を作るためには、材料が必要だ。それを手に入れなければ話は始まらないが、武器の材料である鉱物はそうそう手に入る品ではない。火を一つ起こすにしたって、燃料の準備や炉の設置など多くの人の助けがいる。
 出来上がった武器にしても、それを売りさばく者も必要だ。

 一人でそれら全てをこなすよりも、他人と協力し合ってそうした方がより強い武器を作れる。各自が得意な部分や苦手な部分を補い合い、最強の武器を作るために寄り集まった者が一族となった――昔、ティンはそう習った。

 血の繋がりではなく、最強の武器を作り出すために協力し合う絆こそが一族の源なのだと。

 だからこそ、白い手の一族には商人の数も多い。
 職人だけでなく、協力し合う者すべてを一族と見なしてきた結果、自然にそうなったのだ。職人と商人の対立が発生して苦労することも確かに多いが、そればかりではないこともティンはもう知っていた。

 一族として協力し合うことを知っているからこそ、白い手の一族は一職人ではなしえない力を手に入れ、王宮と深い繋がりを持つまで発展できたのだから。

「不安かもしれませんが見ててください、師匠。オレじゃ頼りないかもしれませんが、精一杯のことはするつもりですから」

 ジャンクさんの代わりに。
 そう、口には出さなかったティンの心を読み取ったかのように、先代当主は言った。

「ああ、是非そうしてもらいたいもんだ。他にはもう後継ぎに向きそうな弟子なんぞいないからな。
 なんせ、オレにはもう息子はいねえ」

 会議の場で聞いたのと同じ言葉が、ぐさりとティンの胸に突き刺さる。

「だから、オレには孫なんざいねえ」

「…………そうですか」

 頷くために、ティンは自分の中に残った気力を振り絞らなければならなかった。

 正直、がっかりしていた。
 ジャンクの息子を、祖父に会わせてやる――そうすることで、何かが救われるのではないかと思っていた。いや、救われると思いたかったのだ。

 二度と祖国に帰ってこれないジャンク本人にとっても、また、立場上息子と連絡を取るわけにはいかない先代当主にとっても。そして、尊敬している師匠や兄弟子に対して何一つできない不肖の弟子である、この自分自身にとっても。

 だが、どうやらティンのやろうとしたことは、先代当主にとっては迷惑なことだったようだ。一族の中にゴタゴタを引き起こし、騒がせただけだったのだから。

(結局……オレには何もできないのか、あの時と同じように……)

 ひしひしと、無力感がティンの中にこみ上げてくる。
 祖父に会いたいかと聞かれ、少し迷ってから乗り気を見せたポップを思い出して、ティンはかすかに胸が痛むのを感じる。

 まだ年若いのに、英雄と呼ばれて王宮で賓客扱いされているポップに対して、ティンは同情じみた感情を抱いていた。庶民感覚が抜けず王宮に馴染めない自分の経験と重ねあわせ、同じように苦労している年下の少年を少しでも庇ってやりたいと思ったのだ。

 身内が近くにいることを知れば少しは心強いのではないかと思い、会わせてやりたかったのだがそれすらもティンにはできないらしい。

 今度の祝日に会う約束をした時のポップの嬉しそうな顔を思い出しながら、ティンは深くため息をつく。一人でいた時、どこか寂しそうに見えたあの少年――彼に救いを与えることも、ティンにはやはりできないらしい。

 自分から持ち掛けた話なのに、やっぱり駄目だったと話さなければならない辛さを実感しつつ、ティンは一礼をした後とぼとぼと部屋を退出しようとした。
 が、思いがけずに呼び止められる。

「どこ行きやがる。話はまだ、終わってねえぞ」

「は?」

(なに、まだ、説教があるのかな? 今日ばかりはいい加減、勘弁してほしいんだけど)

 そう思いながら振り向いたティンは、世にも珍しいものを見た。
 豪放磊落で知られた先代当主が何かに恥じらうように顔を赤くして、もじもじとしている姿などというものを。

「だ、だ……っ、だから、そのよ……、オレには、孫はいねえ。けどよ、孫でもなんでもねえただの赤の他人の小僧なら、その、他人だし……オレの家にきたって別にかまわねえんだぞ……っ」

 そっぽを向いてティンとは目を合わせないまま、彼に向かって言っているとも独り言ともつかぬ口調で、ひどく言いにくそうに言う師匠の姿に思わず絶句してしまう。

 それこそ、さっき以上に呆然自失してその場に立ちすくんでしまっていた。それから一拍以上おいて、つい吹き出してしまう。

「こ、こらっ、なに笑っていやがるんだっ、てめえはっ?!」

 怒った声で叱責されても、そうそう笑いやめるわけがない。笑いながらも、ティンはなんとか返事をする。

「わ、分かりました、ぷぷっ……いや、失礼、ジャンクさんの息子……じゃなくって、ポップ君は来週の祝日に必ず師匠のお宅にお連れしますから!」

 そう答える自分の声が、さっきまでとは比べ物にならないほどの元気さでいっぱいだと気が付いて、これでは親族達の豹変ぶりをとやかく言えないなと自分で自分の現金さに呆れつつ、ティンはなおも笑っていた――。


                                                      《続く》


 

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