『もう一つの救済 7』

 

(あー、こりゃあ、バレたかな?)

 狭い通風孔の中を這いながら、ポップはそう思わずにはいられなかった。
 通路を行き交っていた骸骨や死者達の動きが明らかに変わったのに、ポップは気がついていた。

 死せる兵士達は、大半が口さえきけない。だからこそ他者と会話することもなく、ただ黙々と移動しているだけだ。しかし、しばらく前から武器を手にした骸骨兵士達の姿が多くなり、足取りも妙に速く移動するようになった。しかも兵士達は何かを探すように、あちこちを見回すそぶりを見せている。

 自分の脱走が、もう知られてしまった――そう思いたくはないが、たぶんそうなのだろうと見当はつく。

(ま、どーせバレるだろうとは思っていたけど、思ってたよりも早かったな)

 ポップに食事を運んできたモルグという腐った死体は、席を外すと言っていた。つまりそれは、後でまた様子を見に来ると言ったも同然だ。すぐにバレるのは承知していたが、ポップは体力の回復を待つよりもチャンスを逃さずに早めに脱走した方がいいと判断した。

 魔封の鎖だの縄で縛られていては手も足も出ないが、魔法封じ効果を持つ封印ではなく魔法力吸収タイプの封印だったのは、今のポップにとっては不幸中の幸いだった。

 魔法力が完全に空にさえならなければ、魔法も使えるし呪文契約もこなせる。以前から存在は知っていたものの、契約したことのなかった鍵開呪文の契約を試みたのは賭けだったが、予想以上にすんなりと契約できた。

 本来、魔法契約は精霊の力が強く働く場所……人間の気配の薄い自然の中で行う方が成功率が高いとポップは習ったし、今までの契約もずっとそうしてきた。

 地下牢なんて場所で契約を結ぶのは初めてなだけに不安もあったが、自分でも不思議なぐらいに違和感なく契約を結ぶことができた。

 初めて使った呪文は見事に効力を発揮し、地下牢の扉を開けるのも簡単だった。むしろ、ポップにとって大変だったのは通風孔を進むことの方だ。堂々と地下通路を歩くよりは、あちこちに見え隠れしている通風孔に潜りこんで移動した方が見つかりにくいだろうと判断したのだが、これが意外としんどかった。

 そもそも通風孔はさほど広くはない。まだ少年のポップが四つん這いになって、やっと通れる程度の広さしかない。狭くて暗く、ほこりっぽい場所を延々と四つん這いで進むというのも体力を消耗するものだ。

 そうたいした距離を進んだわけでもないのに身体のあちこちがきしむように痛むし、そもそも魔法力をほぼ失っているポップはただでさえ疲れている。ともするとあくびが出そうになるのを噛み殺しながら、ポップはせっせと通風孔の中を這い続ける。

 できる限り早く、安全な場所へ移動しなければならない。できるのならダイ達と合流できるところまで逃げたいところだが、牢屋を脱出していくらもたたないうちにポップは自分がいかに不利な場所にいるかを理解した。

 空気の流れが全く感じられない点や薄暗さ、湿っぽい気温から自分が地下牢に閉じ込められていたのは薄々察していたが、まさかここまで巨大な地下迷宮の中にいたとは想像だにしていなかった。

 あまりにも広すぎて、今の自分の現在地すら分からない。上に登る階段を見つけようにも、複雑化した通路はただでさえ迷宮そのものだ。その通路に沿う形で配置された通風口は更に複雑で、手がつけられないほど入り組んだ迷路と化していた。

(まったくどこなんだよ、ここって。魔王の城かなんかかよ!?)

 腹立ち紛れのそのぼやきが、実は大正解だとポップは知らなかった。気絶しているうちに運び込まれたため、建物の構造すら把握していないポップにはとにかく無理矢理にでも前に進むしかない。

 幸いにも、と言うべきか、地下という構造上か通風口は多くの部屋や廊下に通じている。それらの部屋や廊下を片っ端から確かめながら、ポップは進んでいく。

 思考力のない不死系怪物達はポップのことを探しているようでいて、その探し方は不完全な物だった。目線の高さより上の方を見ようとはしないので、通風口からポップが少しぐらい外の様子を窺っても、まるっきり気がつかない。真正面からぶつかれば手強いが、捜索者としては抜け作もいいところだ。おかげで、ポップは比較的楽に逃げることができた。

 脱出の手がかりを求めてひたすら這いながら、ポップは何度となく自分の首筋に触れずにはいられない。

 首輪が不愉快で外したいと思うが、残念ながら魔法力不足だった。正確にいうのなら、今のポップには初級の呪文を1、2発程度放てる程度の魔法力は辛うじて残っているが、その力は温存すべきものだ。

 いざという時に、わずかでも攻撃呪文の放てるかどうかが脱走の分かれ目になる可能性もあるのだ。それを思えば、鍵解呪文一回分でも節約したい。鍵解呪文に使用する魔法力はほんの微々たる物だが、それさえ今のポップには惜しいのだ。

 どうやらこの首輪はあの部屋の鎖に繋がれていないと効力を発揮しないようだし、それならば無理に外す必要はない。

 個人的にはひどく屈辱的な上に腹立たしいが、それでも今は後回しにすべきことだろう。そう思いながらポップはとある部屋の中を覗き込む。もう、とっくに両手の指を超える数の部屋を探っていただけに、特に期待をしていたわけではなかった。

 この城は広いことは広いが、特に立派なわけではない。むしろどの部屋もほとんど使われていない様子の空き部屋ばかりで、荒れていた。家具らしい家具どころか、ろくな荷物もない空っぽの倉庫じみた部屋は埃臭く、もう何年もほったらかしのような雰囲気が強い。

 壊れたまま放置してある扉や壁も多数あった。どう見ても戦いの後のように見えるのだが、その割には年季の入った放置っぷりであり、廃墟じみた印象を強めている。

 だからこそ、ポップはまたそんな部屋だろうと思って無造作に覗き込む。が、その中に見えた物は予想外のものだった。

「えっ!?」

 思わず声を上げてしまったが、その声が聞こえる範囲に不死系怪物達がいないのは幸運だった。もし誰かがいたのなら、すぐに見つかっていただろう。
 だが、ポップはそんなことさえ考えずに通風口から躊躇なく降りて部屋の中へと入る。そして、『それ』に手をついて呼びかけていた。

「おっさん……!?」

 見覚えのある鎧姿のリザードマンが、球状の水槽の中に閉じ込められている姿はひどく不吉だった。

 上下を木の根のような柱で支えられた球状の水槽は、見るからに何か仕掛けがありそうな代物だ。水槽自体はかなり大きなもので、大人が手足を広げて余裕で入れる程大きかった。

 だが、クロコダインの巨体にとってはいささか小さすぎるのか、手足を折り曲げて無理矢理押し込まれているような印象が強い。どういう仕組みなのか、水泡が下から上に上がり続け、小さな水音を響かせ続けていた。

 目をつむったままぴくりとも動かないクロコダインの巨体を、ポップはおそるおそる見つめる。

(まさか……死んじまったんじゃ……)
 
 以前、ポップはアバンに連れられて訪れた魔法使いの研究室で、蛙の標本を見たことがある。

 腐敗を防ぐ特別な薬品に浸し、生き物の死骸を標本として保存しておくという説明を聞いた後でも、それが不気味に見えて仕方がなかった。だが、今感じる恐怖は、あの時とは比べものにはならない。

「おっさん、おっさん、聞こえるか!? おい、生きてるのかよ!?」

 水槽を叩いて呼びかけても、クロコダインはなんの反応も見せなかった。だが、思わぬところから小さな鳴き声が聞こえる。

「ピィ……」

「えっ!?」

 聞き覚えのあるその声に思わず目を向けると、物陰から小さな金色のスライムが顔をのぞかせているのが見えた。

「ゴメッ!?」

「ピッピピ、ピーッ!」

 おどおどとこちらを伺っていたゴメちゃんは、ポップの姿を認めるなり喜びの声を上げて飛びついてくる。それを受け止めながら、ポップは小さくてぷにぷにした身体を撫でてやる。

「ゴメ、おまえ……っ、ダイ達と一緒じゃなかったのかよ?」

 ゴメちゃんは普段からいつもダイの側にまとわりついているスライムだ。意外と頭が良いのか、危ない時には距離をおいて見守るぐらいの知恵もある。だからこそ、ポップはゴメちゃんの心配はしていなかった。

 あの時、ポップはゴメちゃんの面倒までは見なかったが、彼には自前で飛べる翼を持っていることだし、ガルーダの後をついて行き隙を見てダイの身体に飛びつくことは可能だったはずだ。
 そんな風に思っていただけに、驚きは大きかった。

「ばっかだなぁ、何だって逃げ損なったりしたんだよ。ここ、まじヤバいとこっぽいのによ」

 思わずそう言ったポップに対して、ゴメちゃんは急に目つきを鋭くして咎めるように高い声で鳴いた。

「ピッ!」

「へ?」

「ピピピッ、ピッピ、ピピ! ピッピピピピ!!」

 やけにムキになって強く泣き続けるゴメちゃんは、嫌々するように幾度も翼をぱたぱたさせている。

 その行動の意味を計りかねて、ポップは首を傾げずにはいられない。ダイのようにゴメちゃんの言葉をすんなり理解できないとはいえ、ポップもゴメちゃんとの付き合いはそこそこある。

 言葉は分からなくても、今の仕草が否定の意味の行動だとは理解している。だが、彼が何を否定しようとしているのかは、ポップには分からなかった。

「えー? 違うって、何が違うんだ? ここ、どう考えたってヤバいところなんだぜ、なんたって怪物がうじゃうじゃいる敵の本拠地なんだからよ」

 そう言った途端、ゴメちゃんはポップの頭に飛び乗ってなおも激しく鳴きながらポンポンと頭の上で弾む。

「ピピーッ、ピピッ、ピッ!」

 何せ軽量の上に柔らかいスライムなだけに、そうされたって痛くもかゆくもないものの邪魔くさくて困る。おまけに、翼でペしペしとポップを叩くそぶりを見せているところを見ると、本気で怒っているようだ。

「や、やめろって! じゃなんだよ、なにが違うってんだよ、おれはおまえも逃げ損なったのかって聞いただけ――あ」

 そこまで言ってから、ようやくポップはゴメちゃんがここにいる理由に思い至った。

「もしかしてゴメ、おまえ……おれが逃げ損なったのを心配して、一緒に残ったってわけか?」

 その質問の答えは、明白だった。
 途端にポップの頭の上ではねるのをやめた金色の小さなスライムは、翼を大きく広げ、機嫌良さそうに一声鳴く。

「ピッ♪」

 どうやら、それが正解らしい。
 しばらくの間あっけにとられていたポップだが、その顔にやがて笑みが浮かぶ。

「ははっ、そりゃありがとな。心強いぜ」

 ぽんぽんと頭を撫でてやりながら言った言葉は、まんざら嘘でもお世辞でもない。

 実際問題として、ゴメちゃんがこの状況で何かの役に立つかと聞かれれば、ポップも答えに窮するだろう。見た目は可愛らしいこのスライムは、その辺にいる普通のスライムとはずいぶん変わってはいるが、戦いの場においてはまるっきり役には立たない点については普通のスライムと大差はない。

 戦力としてはまるっきり当てにできない相手である。だが、それでも敵の捕虜になった今のポップにとっては、一人ではないというのはそれだけで心強い。

「それにしても、ゴメ、おまえ、どうやってここに潜り込んだんだ? よくあいつらに見つからなかったな」

「ピーピピ!」

  ポップの質問に、ゴメちゃんは水槽にいるクロコダインを羽で指してから、ポップの服の隙間に潜り込んでくる。

「わわっ、くすぐってえよ!? わ、分かった、おまえ、おっさんの鎧に隠れて一緒に運ばれてきたんだな?」

「ピッ!」

 正解だとばかりに、ゴメちゃんが再び大きく鳴く。
 スライム族特有の柔らかさを持つゴメちゃんの身体は、柔軟性に富んでいる。身体をぐにゃりと歪ませて細い隙間に入り込むなんてのは、スライムの得意技だ。

 それを思えば鎧や服の隙間に潜り込むなんて朝飯前だろうし、運んだのが不死系怪物達ならばその目を盗んでこっそりと隠れるのも難しくはなかっただろう。
 納得してから、ポップは気になっていることを聞いてみた。

「じゃあ……、おまえ、おっさんがその……、無事かどうか知っているか?」

 その質問に、小さなスライムはすぐには答えなかった。困ったようにポップとクロコダインを見比べ、プルプルと震えるように身体全体を振る。
 分からない、と言うことらしい。
 ポップはため息をついて、水槽に手を触れた。

「そっか……。せめて、おっさんが少しでも動いてくれりゃあ希望も持てるんだけどな」

 水にたゆたうリザードマンをじっと見つめていたポップは、自分の肩に乗ったスライムの方は全く見てはいなかった。だからこそポップの呟きに応じるように、小さな金色の塊が一瞬とは言え眩い光を放ったのは見過ごした。

 ポップが見たのは、クロコダインのまぶたが引きつるように動き、その口元がわずかに動いて気泡が上がるところだけだった。

「おっ、見たか、ゴメ!? おっさん、今、動いたぜ!」

「ピッ!!」

 ポップの見間違いではないと証明するかのように、ゴメちゃんも大真面目に鳴いて羽をはためかせる。

「そっか、おっさんは生きてたんだな、さすがだよなー」

 幾分かほっとして、ポップはもう一度奇妙な装置を見返した。まがまがしい印象を受けるのには変わりはないが、クロコダインが生きているのならばこれは彼を治療するための道具か何かなのだと見当はつく。

(そういえば、あの野郎もおっさんは生きているって言ってたっけ)

 ヒュンケルの言葉を思い出しながら、ポップは改めてクロコダインの生存を実感する。敵とは言え、ヒュンケルは少なくとも嘘をつくような人間には見えなかった。

 彼のアバンへの恨みは逆恨みとしか思えないが、それでも彼はアバンが一方的に悪いだの、アバンは実は悪い奴だというようなことは言わなかった。変なところで正直というか、妙に不器用な愚直さを持ち合わせているようだ。

 が、頭に浮かんだそんな考えをポップはすぐに振り払った。そんなことは、今はどうでもいい。

「ところでゴメ、おまえ、外に出られる道は知らねえか?」

 物は試しと思って聞いてみると、意外にも元気の良い返事が戻ってきた。

「ピッ!」

 そう言ってゴメちゃんが指さしたのは、部屋の上の方に位置する天窓だった。風を通すためのものなのか、ほんのわずかに開いている隙間はポップでさえくぐれそうもなかったが、外の様子を確かめることはできそうだ。何とか足場を寄せ集め、外を窺うポップだが――その口から落胆の息が漏れる。

「げ……っ」

 こりゃだめだと、一目でポップは諦める。
 今まで、ポップは自分は地下牢に閉じ込められていると思っていたが、外を見て自分の勘違いに気がついた。窓の外に広がっているのは、延々と続く岩壁だった。ほとんど断崖絶壁の底にいるような感じで、上を見上げると岸壁のその先に青空がぽっかりと見える。

 ポップがいる場所は単なる地下ではなく、巨大なすり鉢状の窪みの底にあたる部分のようだ。以前、ポップはアバンから火山の頂上部が窪んでいるカルデラと言う地形について教えられたことがあるが、それによく似ていた。

 よくよく見れば岸壁に沿って大きな円を描くかのように作られた階段もあるが、この狭い窓からその階段へ移動するのは不可能というものだろう。
 だが――ポップには無理でも、この窓はゴメちゃんならば十分に抜け出すことができる。

「よし、ゴメ! おまえはこっから逃げろ」

「ピピーッ!?」

 ポップの提案に、ゴメちゃんはプルプルと身体を大きく震わせて嫌だと意思表示する。臆病ではあるが、心優しい小さなスライムらしい反応だ。
 ゴメちゃんのその反応を予測していたポップは、なだめるように彼を撫でながらもっともらしく彼を説得する。

「いいか、ゴメ。おまえにはやってもらいたいことがあるんだ。おまえは今頃、ダイ達がどうしていると思う?」

 ダイの名前を出した途端、ゴメちゃんが泣きそうに目を潤ませてピーと呟く。見た目よりもずっと賢いスライムは、他人を思いやる気持ちも持っているのだ。その心を見通すように、ポップは言葉を続けた。

「ああ、ダイの奴もマァムの奴も、きっとおれ達のこと心配しているに決まっている。なんせ、おれ達が生きているか死んでいるかも分からないんだからな。
 だから、おれ達が無事だって教えてやらないといけないんだよ」

 そう言いながら、ポップはポケットの中をごそごそと探る。
 ヒュンケルはよほどポップを侮っていたのか、ろくな身体検査もしなかったらしい。鉛筆やメモ帳などはそのままポケットに入っていた。それに簡単に走り書きを書きながら、ポップはなおもゴメちゃんを説得した。

「おれ達が無事だって分かったら、あいつらだって安心できるだろ? 
 それに、おれ達が捕まってる場所が分かれば助けに来てもくれるしさ。そのためにもおまえにダイを探してもらいてえんだよ、分かるか?」

 幼い子に言い聞かせるようなポップの言葉を、ゴメちゃんはゆっくりと目を瞬かせながら聞いていた。迷うように何度かそうしていたが、やがて心を決めたのかきりっとした目を見せ、一声高く鳴く。

「ピッ!!」

「そっか、ありがとな。じゃあ、よろしく頼むぜ」

 バンダナを外して走り書きのメモが落ちないようにしっかりと包みこみ、それをゴメちゃんの身体に巻き付けるのにポップは少々手こずった。なにしろスライムの身体はふにゃふにゃ柔らかくて何かを結びつけるのには不向きな上、飛ぶ妨げにならないように翼を避けてやらないとならない。

 だがなんとかメモをゴメちゃんに託したポップは、気をつけて彼を天窓の所まで持ち上げてやる。

「じゃあ、気をつけていけよ、ゴメ。見つかるんじゃねえぞ」

「ピピイッ」

 元気な鳴き声を残し、ゴメちゃんはそのまま高く飛び上がっていく。心配していたが、運良く外側には見張りなどはいないらしく、特に矢や魔法がゴメちゃんを襲うこともなかった。

 あるいはいたとしても、不死系怪物の脳では飛ぶスライムは警戒対象に当たっていないだけかもしれないが。

 どちらにせよゴメちゃんは誰にも邪魔されることなく、崖を軽々と飛び越えてその向こうまで飛んでいった。視界に金色のスライムが見えなくなってから、初めてポップはため息をついた。

(よかった……これでとにかく、ゴメだけでも逃がせたぜ)

 正直な話、ポップはダイ達の助けはあまり当てにしてはいなかった。というよりも、むしろ来てなどほしくないと思っている。

 アバンへの恨みを抱えたヒュンケルは、あまりにも剣呑すぎる。悔しいが、さすがは兄弟子と言うべきかヒュンケルの方がダイよりも剣の腕では勝っている。おまけにダイが彼との戦いに乗り気ではなかったことを思えば、再戦したところで結果が変わるとは思えない。

 何より、自分が人質としてダイの足を引っ張るのなんてごめんだった。
 ポップが逃げそびれたのは、はっきり言って自業自得だ。クロコダインがあれだけ協力してくれたし、ダイもポップを助けるために必死に手を伸ばしてくれた。

 なのに、そのチャンスを潰してしまったのはポップのミスだ。自分のミスの尻ぬぐいを、ダイ達にさせるつもりなんて最初からない。
 同じく、ゴメちゃんにも危険を冒させるつもりなどなかった。

 敵がゴメちゃんの存在に気がついていないのなら、なおさらここから逃がしてやろうと思った。現在地すら分からない場所から逃がしても、ゴメちゃんが無事にダイ達と合流できるかは大いに疑問ではあるが、少なくとも敵地にとどまっているよりは安全だろう。

 後は、犬が一度も行ったことがないはずの引っ越し先の飼い主の元に駆けつけることができるように、帰巣本能とも言うべき不思議な力がゴメちゃんにもあることを祈るしかなかった。

(おれは大丈夫だからよ……心配すんなよ、ダイ)

 声に出さずにそう思いながら、ポップは気分を切り替える。
 助けを待つのではなく、自力でここから脱出する  それこそがポップの目的なのだから。
 しかし、ちょうどその時、背後から嫌な感じの笑い声が響き渡った。

「ヒッヒッヒ……、何ともまあ、驚いたことよ。まさか、あの時の小僧がこんな所にいようとはのう」

 ハッとして振り返ったポップの目の前にいたのは、不気味な杖を手にした、やけに小柄な老人だった――。   《続く》

 

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