『もう一つの救済 12』

(なん……だって!?)

 その言葉が、ヒュンケルに与えた衝撃は予想以上に大きかった。
 自分でも驚くぐらいの動揺が、ヒュンケルの心を揺さぶる。だからこそ、彼はポップの言葉を聞き捨てることなどできなかった。

「い、いい加減なことを言うな!!」

 そう怒鳴るヒュンケルの声がわずかに震えていたことに、ポップは気がついたのだろうか。ヒュンケルよりも年下のはずの少年は、落ち着き払った声でしっかりと言い切る。

「いい加減に言ってるわけじゃねえよ。おれは、事実を言っているだけだ」

 それがまだ、ムキになって言っているのならばただの子供の戯言だと聞き流すこともできただろう。

 だが、ポップは魔法使いだった。
 今現在魔法を封じられ、ほぼ魔法力を使い果たしてもなお、彼は魔法使いとしての目は失っていなかった。常人には見えない物を見据えるかのような目で、開いたままの扉を静かに見つめている。

 ヒュンケルがずっと目をそらし続けてきた禍々しい地獄門を、ポップは恐れる様子もなく真っ向から見ていた。

「分かるんだ。15年前に、ここで何があったのかが――」

「黙れっ!! おまえなどに何が分かる!?」

 苛立ちに、ヒュンケルは声を張り上げる。
 当時、ポップはここにいなかった――どころか、年齢から見て生まれていたかどうかも妖しいところだ。なのに、当時この地底魔城の片隅にいたヒュンケルよりも、自信満々にそんなことを言い切るポップに腹が立った。

 なぜ、そこまで確信を持って当時のことが分かると言い切れるのか。
 怒りが強すぎて言葉にならないヒュンケルが詰まっている間に、ポップは勝手に話を進めていく。

「分かるさ! この扉が、無理矢理開けられたものじゃないってことがさ」

 自信たっぷりに言いながら、ポップはその細い腕で開けっ放しの扉を叩く。

「門番が守るタイプの扉には、二種類があるってのを知っているか」

 突然投げつけられた質問に、ヒュンケルはとっさに答えられない。答えが分かる分からない以前に、唐突すぎて何のつもりでそんな質問をしたのか疑問に思ったせいだ。
 だが、ポップはヒュンケルの話を待たなかった。

「一つは、普通の門を守るために門番をつけるって方法だ。人間がやるのと、何の変わりもない。
 そしてもう一つは――門番の存在そのものが扉の一部に組み込まれている門だ。呪法を使って門番の命を鍵に変換し、門番が死ななければ絶対に扉が開かないという仕掛けだよ」

 不吉な門のシステムだが、言われてみれば思い当たる節がないわけでもない。実際、ヒュンケル自身もそんな門番に会ったことがないわけではない。主君の命令により、来るかどうかさえ分からない敵襲に備えるため、一生を門に縛り付けられる不遇な怪物達はいるものだ。

 別にヒュンケル自身が望んでそう命じたわけではないが、まるで自分自身がそんな非人情な命令を下したと非難されている様な気がして、声音に一層不機嫌さが混じる。

「言われなくても、そんなことは知っている」

「そうかよ、それなら話が早いや。なら、扉の鍵にされる門番は大抵は物質系だって言うのも、知ってるよな?」

 念を押すように聞かれ、ヒュンケルは不承不承頷いた。
 この魔法使いの小僧が何を言おうとしているのか分からないし、素直に彼の言葉に頷くのはどこか騙されている様な気がしてならないが、それでも真実を否定することは生真面目なヒュンケルには出来なかった。

 ポップの言う通り、長期の門番として門を守り続ける怪物は大抵は意思を持たず、主人の命令に忠実に従うゴーレムと言うのが定番だ。

「物質系の怪物は、見た目は無機物っぽくてもれっきとした生命体なんだ。それもそうだよな、生命を持った奴じゃないと生死に関わる呪法は使えない。
 分かるか、呪法だろうか魔法だろうが、命を持たない不死系の怪物には一切効果はないんだ」

「そんなことは知っていると言ってるだろう!!」

 ヒュンケルの苛立ちは、一層強まる一方だった。
 こう見えても、ヒュンケルは不死系怪物達を司る不死騎団長だ。その自分に対して、不死系怪物の基礎知識を披露する小生意気な魔法使いに対して、不信感と不快感が広がっていく。

「そんな分かりきったことを繰り返して、おまえは何を言いたいんだ!?」

 怒鳴るヒュンケルに怯むことなく、ポップも負けず劣らずの声を張り上げる。

「そっちこそ分からないのかよ!? おれは、この扉が門番を殺さなきゃ通れない扉なんかじゃなく、普通に開けられる扉だったって言ってるんだよ!! なにしろ、不死系怪物だったおまえの親父さんが守っていた門なんだからな! 
 この扉を通るために、わざわざ門番を殺す必要なんかなかったんだ! 鍵さえあればそれで十分なんだよ!!」

 ポップの言葉に、ヒュンケルが息を飲んだのは一瞬だけだった。

「だが、アバンは……ここを通っていった! 父を倒し、鍵を奪って、ここを通り抜けていったんだ!!」

 叫ぶヒュンケルの端正な顔が、苦痛に歪む。
 自分で言った言葉に触発されて、その光景を思い浮かべてしまったせいだ。
 それは幼い時、ヒュンケルが目立たない物置の片隅で膝を抱えながら思い浮かべた悪夢だった。

 アバンが魔王ハドラーを倒した勇者なのは、間違いがない。あの日、地底魔王城に勇者が侵入したという知らせや騒ぎは、幼いヒュンケルの耳にさえ届いた。

 それまでも、人間が地底魔城に侵入することはあった。
 だが、勇者と名乗った彼らはその自称ほどの力は持っておらず、途中で力尽き倒れるのが常だった。幼いヒュンケルは、勇者などよりも自分の父やその仲間達の方が強いとごく自然に思っていたのだが……あの日、訪れた『勇者』は特別だった。

 あの日の城が、いつになくざわめいていたのを覚えている。周囲の怪物達の不安が伝播したかのように、ヒュンケル自身も不安を抱えていた。

 魔王を倒そうと思うのなら、当然魔王のいる魔王の間へと行く必要がある。そのために、地獄門を通るのは必然だった。
 ならばその地獄門を守る門番だった父と、アバンとの間で戦いが起こらないはずがない。

 実際には見てはいないが、ヒュンケルにはまざまざとそれを想像できた。
 勇者の剣が骨だけの戦士を打ち倒し、怪物が持っていた鍵を奪う光景を。勇者に憧れる少年ならば拍手喝采で大喜びする光景こそが、ヒュンケルにとっては悪夢だった。

 その悪夢は、長年に亘って繰り返し、繰り返しヒュンケルを苛み続けていた。なのに、目の前にいる魔法使いの少年はきっぱりとその悪夢を否定する。

「んなこたぁ、先生だってできやねえよ。
 忘れたのか、おまえ自身が言ったんだぜ。不死系怪物は死を超越しているって。粉々にでも砕かれない限り、不死系怪物は動くのをやめないってな! 
 だけど、見ろよ! この門のどこに、そんな戦いの跡が残っている!?」

 今度、ヒュンケルが息を飲んだのは――不覚にもそれが正しいと認めてしまったせいだ。
 確かに、ポップの言う通りだった。
 激しい戦いを想起させる痕跡が随所に残っているこの地底魔城で、地獄門やその周囲は不思議なぐらいに綺麗なままだ。だが、それは本来ならあり得ない。
 不死騎団長として、断言できる。
 並以下の弱い不死系怪物でさえ、しばらく動けないまでに徹底的に破壊するためにはよほど強力な技を叩き込まなければならない。それは、ヒュンケル自身が一番よく知っていた。

 ましてやバルトスは地獄の騎士……不死系怪物の中でも相当な強さを誇る種族の上、彼はハドラーも認めるほどの剣技を誇っていた男だった。生半可な攻撃でとどめを刺せる相手ではない。

 そして、不死系怪物は動く力がある限りは主人に与えられた命令通りに動こうとするものだ。つまり、バルトスは動ける限りは死力を尽くして戦ったはず  なのに、戦いの痕跡が残っていないとは明らかに矛盾している。

 その事実に、ヒュンケルは戸惑わずにはいられない。
 なのにポップは、さらにその戸惑いを広げるようなことを言ってのけた。

「戦いは起こらなかった……なのに、この門の鍵は正規の鍵で、きちんと開けられているんだ。
 なら、こう考えるしかないじゃないか! 先生は、おまえの親父さんを殺して鍵を奪ったわけなんかじゃない……むしろおまえの親父さんが、先生に鍵を渡してここを通したんだっ!!」








「……ッ!?」

 絶句し、ヒュンケルはその場に立ちすくんでいた。
 それは、茫然自失と言ってもいい強い衝撃だった。しかし、そんな風にヒュンケルが驚きに立ちすくんだのは、そう長い時間ではなかった。再びこみ上げてくる怒りのままに、ヒュンケルは吠える。

「なぜ、そんなことが言い切れる!? 馬鹿も休み休み言え!」

 そう怒鳴りながら、ヒュンケルはその怒りの方向性が変わってきたのに気がついていた。

 さっきまでのように、単に小生意気な魔法使いの小僧に対する怒りではない。そんなのは小僧の口先だけの嘘だと笑い飛ばしも出来ず、いちいち動揺する自分自身に対する怒りだ。

 確かにポップの言葉には、不思議に裏付けがある。だからこそ否定も仕切れなかったが、今の言葉だけは聞き捨てならなかった。
 それは、父への侮辱に他ならないからだ。

「ふざけるな!! オレの父はっ、誇り高き騎士だったッ!! 戦いを恐れるような男ではない!」

 あり得ないにも程がある。
 今のポップの言葉は、ヒュンケルどころかバルトスの名誉を汚す言葉としか思えなかった。

 ハドラー直々から門番を命じられたバルトスは、確かにこの門の鍵を持っていたはずだ。それを決して人間に渡さないことも自分の任務だと、父が笑顔で教えてくれたことを今も覚えている。

 騎士は、主君に忠誠を尽くすのが本分だと教えてくれたあのバルトスが、戦いも放棄し、その上守るべき鍵を自ら敵に渡す理由などヒュンケルには思いもつかなかった。

 仮にそんなことをしても、バルトスにはなんの意味もない。それどころか、自らを不利に追い込むだけだ。

 門番がもしも人間か、生命を持つ怪物だとでも言うのならまだ話は分かる。到底勝ち目がない相手だというのならば、戦って殺されるよりはと鍵を差し出して命乞いをするという道はあるだろう。

 しかし、不死系怪物にとっては命乞いはあり得ない。
 元々死んでいる彼らにとって、従わなければ殺すという脅しは脅迫にはなり得ない。不死系怪物の息の根を止めることが出来るのは、彼らを生み出した魔族自身か、その魔族の死しかない。

 だからこそ、不死系怪物は己の主君に絶対の忠誠を捧げるのである。主君の死が自分自身の真の死に繋がると分かっているからこそ、自分の身を盾にしてでも主人やその命令を守ろうとするのだ。

「……っ!!」

 怒りのあまり、食いしばった歯がぎりりと嫌な音を立てる。その怒りのままに、ヒュンケルは拳を握りしめる。

 父を侮辱するなら、子供でも容赦する気などない。
 この小生意気で、人を動揺させるようなことばかりを言う魔法使いの少年を、暴力に訴えてでも黙らせてやろうと思った。

 だが、ポップはヒュンケルのその反応も読んだらしい。
 怯えたような顔をして一歩後ずさった物の、それでもさらに声を張り上げる。

「な、殴るなら、殴れよ! でも、事実は変わらないぜ!! 
 てめえの目は節穴かよ!? 自分で、よっくここを見れば分かるだろうが!」

 その言葉に、今にも振り上げられるばかりだったヒュンケルの手が、ぴたりと止まる。もう一度周囲を見返してから、ヒュンケルは苦い物を無理に飲み下す様な顔で呟いた。

「……確かに、事実は事実だな」

 地獄門から目を背け、近づくのを避けていた頃には見えなかったことが、今のヒュンケルには見ることができる。いや、ポップの言葉に導かれ、否応なく直視させられた今ならば、見える。

 戦士としての経験が、ここで過去に戦闘が行われたかどうかを教えてくれる。それを否定することは、ヒュンケルにはできなかった。

 同時に、ヒュンケルは振り上げかけた拳を収めざるを得ない。生真面目で誇り高い彼には、相手が事実を言っていると分かっていて、それを力尽くで黙らせる様な振る舞いをしたいとは思えなかった。

 それではまるで、相手に言い負かされた腹いせに暴力を振るっているかのようだ。
 そんなみっともない真似を行うなど、誇りが許さなかった。

「ここで、死闘は行われなかった……、それはどうやら事実らしいな」

 小競り合い程度ならばともかく、アバンが得意とする技は周囲に与える影響は大きい。同じアバン流の技を習得したヒュンケルには、それがよく分かる。

 この魔法使いの意見が正しいと承認するのは気に入らないが、百歩譲ってここで二人が戦わなかったのは、認めてもいい。だが、バルトスがアバンに鍵を譲渡したという言葉だけは、頷けない。そんなことをするぐらいならば、最後の力でその鍵を壊す方がまだ納得ができる。

「だが、父は自分の任務を成し遂げるためになら命を懸ける覚悟だった! なのに、なぜ、戦わずに勇者に鍵を渡す訳がある!? そんなことをして、父に何の得があったと言う気だっ!?」

 ヒュンケル自身は自覚はしていなかったが、それは本気の質問だった。さっきまでのようにポップの言葉を否定するためではなく、真相を知りたいと思うあまり、その答えを求めようとする気持ちから問い詰めていた。

 だが、そんな思いで投げつけた質問に対して、返ってきた答えは期待外れもいいところだった。

「んなこと、分かるもんかっ!」

 あまりにも子供っぽいその一言に、ヒュンケルは呆気にとられる。

「そんなの、分かるわけねえだろっ!! おれ、おまえの親父さんのこと、全然知らないんだからなっ! おまえの親父さんが何を考えていたかなんて、知るもんかっ!!」

 さっきまで理路整然と理屈を捏ねていたとは思えない程、子供じみた文句を並べるだけのポップにヒュンケルは呆れずにはいられない。
 大人顔負けの賢さを持っているくせに、変なところで年相応か、あるいはそれ以下の子供っぽさがアンバランスだ。

(なんなんだ、こいつは!?)

 全く、調子を崩される相手としかいいようがない。恐るべき知能を持つ魔法使いとして警戒すべきなのか、それとも所詮は感情的なだけの子供だと見下すのが妥当なのか、扱いに迷う。

 今まで会ったことのあるどんな敵とも違う魔法使いの少年に、ペースを乱されっぱなしだ。

 今まで気がつきもしなかった真相に無理矢理目を向けさせておいて、それでいて途中で解答を放り出す魔法使いの詰めの甘さに、苛立ちじみた感情を抱きながらヒュンケルはもう一度地獄門を見返す。

 もはや、ヒュンケルの目はそこから逸らされることはなかった。
 父の死を悼み、アバンへの憎しみでそれを晴らそうと思う気持ちよりも、ここで何が起こったのか知りたいという気持ちが上回っている。
 ここでいったい、15年前に何が起こったのか――。

(戦いは、ここでは行われなかった? いや、……父が、ここを離れたはずはない)

 真っ先に思いついた可能性を、ヒュンケルは自分で否定する。
 門番とは、文字通り門を死守することが役割だ。たとえ別の場所で戦いが起こったとしても、門を動かずに進入者を防ぐのが定石だ。

 バルトスは地獄門を守る優秀な門番だったし、彼は実際に最後までここにいた。ヒュンケルが駆けつけた時に、バルトスは瀕死だったとは言えここにいたのだから。

(何があったんだ、父さん……!)

 避けられなかったはずの勇者と門番の邂逅。起こらなかった戦い。そして、大きく開かれた扉――。
 矛盾する事実のいくつかが、ヒュンケルの脳裏を駆け巡る。

 それらは複雑なジグソーパズルのように合わさりきらず、ばらばらのピースのままだ。その矛盾に耐えきれず、ヒュンケルは性急に答えを求めようとする。

 何か、納得できる答えが欲しい。
 父が殺された悲しみを晴らしたいと願ったその時に、自分の目の前に仇敵である勇者が現れた時のように。

 自分の望む答えを強く求めていたせいか、フッと、今までとは全く違った思考がヒュンケルの脳裏に浮かぶ。

「アバンが、父を騙したのか……!?」

 父親が臆病者であるよりも、敵が卑怯者であった方が受け入れやすい。
 その発想が自分の根底にあると気がつかないまま、ヒュンケルは思いついた可能性をそのまま口にする。

「そうだ……それなら、分からないでもない。アバンは父を騙し、ここを通り抜けた――いや、魔法を使ったのかもしれない。
 幻惑魔法で目を眩まし、鍵を開ける呪文でここを通ったのならば――」

 最初は突拍子もないと思った可能性は、口にすることで事実であるかのようにしっくりと馴染む。
 ダイとの戦いの最中、マァムが魔弾銃を使って幻を見せたことを思い出しながらヒュンケルは呟く。

 それならば、納得できない話ではなかった。
 生死に関わる呪文は効かない不死系怪物にも、精神系の魔法ならば効果はある。目を眩ませた隙に、戦いを避けて門を魔法で開け放てば、戦いが起こらないまま扉が開いても、何の矛盾もない。

 門番ならば、たとえ一人敵を通してしまったとしても、その後を追うことは許されない。それならばなおのこと、後続者を断つためにもその場にとどまり続けるのが役割なのだから。

 アバンが戦いを避けたという前提の元、全ての責任を彼に押しつけた解答はヒュンケルにとっては魅力的だった。だからこそそれが真相であるかのように受け止めようとしたその時、待ったをかけるようにポップの声が響き渡った。

「何をバカを言ってるんだよ。んなこと、ありえっこねえよ!」

 せっかく辿り着きかけた解答を頭っから否定されたのは、それだけで苛立ちの対象になる。
 だがそれ以上にヒュンケルを苛立たせたのは、無条件の師への信頼を感じさせる語気の強さだった。

(こいつもか!?)

 思えば、アバンの使徒達はみんなそうだ。
 何の事情も知らないくせに、そのくせアバンの全てが正しいとばかりに未だに彼を信じている。妄信的とも言えるその無条件の信頼が、ヒュンケルの神経を逆撫でする。

 戦いの中でさえ、何度となくダイやマァムはアバンを庇って強く訴えかけてきた。それと同じことをこの魔法使いも繰り返すつもりなのかと、ヒュンケルの中で言うに言われぬ怒りがこみ上げる。

「アバンが人を騙したりしないとでも言うつもりか!? 生憎だな、そんなことは――」

 何の証拠にもならない、と続けようとした言葉はポップの強い叫びで遮られた。

「そんなことなんか、言うもんかっ!! 先生なら、やりかねええしよっ!」

 思いがけない全面肯定の言葉に、ヒュンケルは目を丸くする。まさか、ポップがそんなことを言うとは思いもしなかっただけに絶句するヒュンケルの目のまで、ポップはなおも言葉を続けた。

「アバン先生が口が達者で、しかもいざとなれば平気で人をだまくらかすような人だってのは、おれが一番よく知ってるよっ!! 先生ってば涼しい顔をして、何度もやらかしてくれたんだから!」

 本気で悔しがっている様な顔で、元弟子であるヒュンケルよりよほど辛辣にアバンを非難するポップは、迷いのない口調できっぱりと言い切った。

「おれがあり得ないって言ったのは、そんなことじゃねえよ!! 
 あり得ないのは、先生がこの扉を魔法で開けたってことの方だよ! 言ったよな、この扉は正規の鍵で開けられた物だって」

 言いながら、ポップは自分の数倍以上の大きさの扉に手を触れる。

「この扉は、魔法の力で開けられたわけじゃない。そいつを、今からおれが証明してやるよ」

 その口端をわずかに上げ、彼は不敵な笑みを浮かべていた――。
                                                                                     《続く》

 

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