『もう一つの救済 21』

「それ……どういうことなの?」

「魔法使いの少年って、ポップのことだよね!?」

 話を聞くなり、ダイとマァムは目に見えて顔色を変えた。それこそヒュンケルが口を挟む隙もなく、二人そろってモルグを問い詰める。

「ポップはどこにいるんだよ!? 教えてよ!」

 本来なら、侵入者であるダイやマァムの問いかけに応える義務など、モルグにはない。だが、ひどく動揺し、恐れおののいているように見えるモルグは質問の相手が誰かということさえ、気にする余裕もなかった。
 震えながら、懺悔をするような口調で必死に言葉を紡ぐ。

「な、なんてことでしょう……!! こんなことになると知っていたのなら……、あんなことなんてするんじゃなかった……!」

 震えがちのその声には、ありありとした後悔が刻まれていた――。








 それは、細やかな気遣いだった。
 少なくとも、モルグはそのつもりだった。魔法力を使い果たして倒れたポップを、再び閉じ込めろと命令を受けた時、モルグは最初はおとなしくそれに従うつもりだったのだ。

 ヒュンケルはどこに閉じ込めろと迄は言わなかったが、魔法使いを最も厳重に封じ込めることの出来る場所は、最初にポップを閉じ込めた地下牢だ。

 だが、ポップを再び元の牢屋に閉じ込めようとした直前に、ためらいが生じた。
 ポップを閉じ込めていた牢屋は、魔法力を吸い取る仕掛けがある。

 しかし、通常の状態ならばともかく、魔法力を使い果たして気絶した魔法使いをそこに閉じ込めるのは、あまりにも危険ではないかと不安になった。

 魔法力とは、基本的に睡眠によって回復されるものだ。
 だからこそ限界まで魔法力を使い果たした魔法使いや賢者は、その力を回復させようとして無意識に深い眠りに落ちる。限界以上の魔法力を使った魔法使いは、時として仮死に等しい昏睡状態になることもあるぐらいだ。

 モルグの見たところポップの眠りは昏睡と言う程はひどくなかったが、顔色も悪かったしずいぶんと消耗している様に見えた。そんな状態の少年を、再び魔法力を吸収する仕組みのある牢屋に閉じ込めては、身体に悪影響を与えるのではないかと不安を感じた。

 魔法力の高い者ほど、魔法力を使い果たした時の消耗は大きくなる。
 そんな弱った状態で魔法力を奪われ続けるのは、大きなダメージになりかねない。最悪の場合、昏睡に陥って眠りから目覚められなくなるかもしれない……それがモルグには心配だった。

 それがあまりにも忍びなくて、モルグはポップを牢屋ではなく普通の小部屋で眠らせることにした。ポップが意識を取り戻してから、あらためて魔封の地下牢へ移動させればいいだろうと考えたのだ。

 ポップが目覚めればすぐに分かるように連絡役と見張り役の兵士もつけ、彼を小部屋に残してモルグはその場を立ち去った――。







「なぜ、それを言わなかった?」

 感情を押し殺したかのように静かなヒュンケルの問いに、モルグは大仰なまでに頭を下げる。

「も、申し訳ありませんっ、ヒュンケル様っ。隠す気はなかったのですが……」

 言いながら、モルグはそれが言い訳だと自覚していた。
 ヒュンケルにポップは地下牢かと聞かれた時、モルグは返事をためらった。
 忠実な執事としては、もちろん、正直に全てを打ち明けるべきだと分かっていた。

 だが、それにも関わらず真実を打ち明けなかったのは、主君に対する不安があったからだ。
 言うまでもなく、モルグはヒュンケルを主君として尊敬しているし、信頼を抱いてもいる。

 無口でぶっきらぼうとは言え、偏見を抱かれがちな不死系怪物に対しても寛大さを持つヒュンケルは、上司としてはやりにくい相手ではない。それどころか、ヒュンケルが本来は復讐などとはほど遠い優しさを持つ人間だと、モルグはずっと前から気がついていた。

 だが、そうと分かっていてもポップのことを正直に打ち明けるのにはためらいがあった。

 ヒュンケルがポップを必要以上に気にして、過去のことを思い出してナーバスになっているのを見ていたからだ。
 女子供に対しては比較的寛大なはずの彼にしては珍しく、声を荒げてポップに怒鳴り散らしてさえいた。

 ヒュンケルの自制心を信じていないわけではないが、人間や正義に対して過剰なまでの復讐心を抱く若い戦士に対して、下手にポップを庇う様な発言をすればかえってムキになるかも知れないと思った。

 正直に言うことで、小部屋ではなくちゃんと牢屋に閉じ込めておけと命令される可能性を恐れたモルグは、ポップは地下牢にいるのかという主君の問いに曖昧に頷いた。
 しかし――それは完全に裏目に出てしまったようだ。

「申し訳ありません、まさか、こんなことになろうとは……」

 自分を初めとする不死系怪物達全員がミストバーンの部下であり、彼の思惑一つで操り人形となることは知っていたが、このタイミングでミストバーンの命令が発動するとは夢にも思わなかった。

 確かにヒュンケルがバルトスについて関心を持ち始めたのは事実とは言え、現段階ではそれだけだ。

 ヒュンケルが魔王軍やミストバーンに対して、なんらかの謀反の気配を見せたわけでもないのに、早々とヒュンケルを切り捨てる様な結論に達するとは夢にも思わなかった。

 ミストバーンは、もっと弟子とした人間を買っていると思っていたのだ。
 ヒュンケルに対して厳重な監視をつけているのも、いざという時には早めに対処し、心変わりを防ぐことこそが目的だとモルグは考えていた。

 だが……モルグの考えを遙かに上回って、ミストバーンは非情な男だったようだ。真偽を確かめようともしないまま、冷酷にも弟子を殺すという判断を下したあの魔影参謀は、その命令のせいで巻き添えになる人間が存在することなど、気にもとめまい。

「こんなことならいっそ、あの子を普通の牢屋に閉じ込めておけば良かった……!」

 心からの悔恨を込めたモルグの声には、隠しきれない悲痛さに満ちていた――。








 頭を抱え込み、罪悪感に震えるモルグを、ヒュンケルは責めなかった。
 責めるまでもない――すでに彼は己自身の良心に嫌という程、責められているのだから。

 不死系怪物とは思えない人の良さを持つこの執事は、預かった子供を死なせてしまうかもしれないという罪に打ちのめされている。人間の子供に対して常に優しさを見せるモルグにとっては、許しがたい過失だろう。

 己の罪に戦いている執事はそれっきり口を閉ざしたが、ヒュンケルにとってはそれ以上の説明は要らなかった。

(……まずいな)

 このままでは、ポップは不死系怪物達に殺されてしまうだろう。
 モルグが感じているに違いない危機感を、ヒュンケルもはっきりと感じ取っていた。

 いつも通りの地底魔城ならば、問題はなかった。
 地底魔城を無数にうろついている不死系怪物達は、見た目の不気味さに反して実は恐れるには値しない。ヒュンケルの命令で、彼らは侵入者に対する牽制と見張りを兼ねてうろついているだけだ。

 ヒュンケルが特別に命令を出さなければ、無闇に人間を襲うような真似はしない。
 だが――もはや、彼らはヒュンケルの命令から離れてしまった。ミストバーンの命令に応じて行動している彼らは、並の人間にとってはとてつもなく危険な存在だ。

 ポップがまだ眠っているのならば、問題はない。
 意思を持たない不死系怪物の知能は、ごく低い。眠って動かないままの人間に興味を持つこともなく、そのまま放置するだろう。

 だが、問題なのはポップが目を覚ました場合だ。
 おそらく、不死系怪物達に命じられた命令は人間の戦士を殺せ、だろう。
 だが、それで確実に彼らがヒュンケルだけを狙うようになるかと言えば、そうではない。

 不死系怪物の低い知能では、人間の顔や職業、性別の見分けはつけにくい。大半の怪物は、人間の戦士とただの人間の区別もつかないだろう。

 現にダイやマァムが相手であっても、相手を誤認して襲いかかる不死系怪物達は少なくなかった。それと同様に、不死系怪物達はポップが魔法使いだと気がついても気にせずに襲いかかるのは目に見えている。

 それも見張りだけならまだしも、近くにいる不死系怪物全てが相手だ。
 ポップが見た目以上の魔法使いだとは承知しているが、接近戦に弱く、また魔法力が完全に回復しきっていない魔法使いが、多数の不死系怪物との戦いに耐え凌げるとは思いがたかった。

 これなら、確かにまだ牢屋に閉じ込めた方がマシだった。
 牢屋とは、絶対に出られない場所であると同時に、外部からの侵入も防ぐ場所でもある。

 だが、ただの小部屋にいるのでは次々に現れてくる不死系怪物を防ぎ続けられるはずがない――。

「……すぐ、ポップを助けに行かなきゃ!」

 毅然とした口調でそう言ったダイもまた、ヒュンケルと同じ結論に達したらしい。

「ポップはどこ!? お願い、教えてちょうだい!」

 マァムもまた、懇願するようにモルグにすがりつく。
 そんな風にポップの命を気にかけているのは、二人だけではなかった。

「そ、それは……」

 ダイとマァムに同時にしがみつかれ、モルグがヒュンケルに伺うような視線を投げかける。

 口に出さなくとも、その目が訴えていた。
 この子達に、あの魔法使いの少年の居場所を教えてもいいか、と。
 そしてもう一人、ヒュンケルに熱い視線を注ぐ男がこの部屋にはいた。

「ヒュンケル……オレから頼むべきことではないのかもしれんが――」

 重々しく言いかけた獣王の言葉を、ヒュンケルは最後まで言わせずに断ち切った。

「頼む必要など、ない」

 ぶっきらぼうなその一言に、その場にいた全員が息を飲む。ダイとマァムが、驚きの表情を見せるのがヒュンケルには意外なぐらいだった。

「ヒ、ヒュンケル様……!?」

 責めるような、それでいてすがりつくようなモルグの視線や、物言いたげなクロコダインの視線を感じながら、ヒュンケルはわざと何でもないことのように言った。 

「頼まれずとも、オレも最初からそのつもりだ。モルグ、あの魔法使いはどこにいる?」

 それは、ヒュンケルの遠回しな意思表示だった。
 今となっては、ポップをこんな形で死なせたくないという思いを、ヒュンケルも持っている。

 腹立たしいぐらいに生意気で、とてつもなく賢いのか、それともとんだ間抜けなのか判断に困るあの無茶な魔法使いの少年を、このまま見殺しにする形で城から離れる気などない。

 だが、その気持ちを素直に表現する程、ヒュンケルは素直ではない。
 それでいて、他人に頼まれたから従うのだと思われるのも癪だった。だからこそ少しばかり斜に構えた彼独特の言い回しを、忠実な執事はすぐに理解してくれたようだ。

「ヒュンケル様……っ」

 モルグの顔に、見る見るうちに笑みが浮かぶ。
 それは、クロコダインも同じだった。水中にも関わらず、彼が大きく安堵のため息をつくのがはっきりと聞こえる。
 彼らに比べると、ダイとマァムはもっとはっきりとした喜びを見せた。

「ありがとう、ヒュンケル!」

 何の衒いもなく、真っ直ぐに礼を述べるダイに対して、ヒュンケルはどこかしら心地悪さを味わう。
 そう思うのは、こんな風に真正面から相手に礼を言う相手に会ったことがないからかもしれない。

 少しばかり捻くれた口調が身に染みついているヒュンケルにとって、ダイの素直さは眩いぐらいだった。太陽を直視してしまったかのように、ヒュンケルはわずかに目をそらして素っ気なく言う。

「……誤解するな。オレはあいつを助けるわけではない。――取り引きの前に、捕虜が勝手に死んでは何もならないからな」

 そう言いながら、ヒュンケルは自分で自分の言葉に苦笑せずにはいられない。

 あまりにも、建前じみている。
 取り引きも何も、ヒュンケルは最初からポップと言う捕虜を戦いの駆け引きに使うつもりさえなかった。ダイをこの地底魔城におびき寄せる囮にさえなれば、それで十分だと思っていた。

 その意味で言えば、捕虜としてのポップの価値はすでにもうない。実際に、ダイ本人がここに来ているのだから。

 もし、本気でダイと戦いたいと思うのなら、この場で即座に実行すればそれでいいだけの話だ。だが、ヒュンケルはそんな気などかけらもなくしている自分に、気がついていた。

 あの乱戦の最中、突然飛び込んできたアバンの使徒達の命を狙うよりも、自分の執事を殺したくないと思った段階で、ヒュンケルは絶好の機会を見逃した。

 今でさえ戦おうとさえしていないのに、こんな口実などにすがるなどばかげた強がりだ。
 が、ダイはどこまでも素直だった。

「あ、そっか、そう言えばヒュンケルはおれと戦いたいんだっけ……、でも、それならそれでいいよ」

 あっけらかんと言ったその言葉に、ヒュンケルの方が意表を突かれる。

「なんだと?」

 まさか、こんな返しが戻ってくるとは思っても見なかっただけに、ヒュンケルも気をそがれる。が、ダイは大真面目だった。言葉の裏を読むなど考えもしないお子様は、至って無邪気に言ってのける。

「後でいいんなら、戦ってもいいよ。先に、ポップを助けてくれるなら、それでいいや」

「……」

 あまりにも呆気のないその答えに、戸惑っているのはヒュンケルだけだったようだ。

「そうね。そうと決まったら、まず、ポップを助けにいきましょう。どこに行けばいいのか教えて」

 仲間の突拍子もない発言には慣れているのか、マァムは動揺した気配すら見せない。

「いいえ、私がご案内します」

 思わぬ強さで、きっぱりとモルグが言いきった。

「この地底魔城については、私ほどよく知っている者はおりません。裏道や抜け道も、私ならば存じております。それに、私のこの鈴には、不死系怪物に簡易的な命令を与える効果が付与されております」

 そう言いながら、モルグは手にした鈴をチリンと鳴らす。
 それはヒュンケルにとっては、聞き慣れた音だ。人間にとってはただの鈴の音にしか聞こえないが、その音は不死系怪物達にとっては犬笛のような効果がある。

 鈴の音の鳴らし方で、モルグは周囲にいる不死系怪物達に命令を下すことが出来るのだ。

「さすがにミストバーン様の命令に反することをさせる程の力はありませんが、それでも近くにいる不死系怪物達の動きを止めるぐらいの効力はあります。……それでも、完全に戦いは避けられないでしょうが」

 危険が待っていることを匂わせるモルグの言葉に、ダイはもちろんマァムでさえ怯まなかった。

「それなら、なおさら早く行かないと! あ、でも――」

 と、ダイは心配そうにクロコダインの方を振り返る。

「クロコダインは? 大丈夫なの?」

 それは、思えば奇妙な話だった。
 かつて、クロコダインはダイを抹殺するために六団長の中で真っ先に戦った男のはずだった。だが、そんなことなど忘れたかのように、ダイはクロコダインを純粋に心配している様に見える。

 そしてクロコダインもまた、ダイに対する遺恨など全く感じさせないさばさばした口調で言った。

「うむ。オレの心配はいらん」

 言うと同時に、クロコダインの拳が水槽の壁に叩きつけられる。驚いたことに、水中からの攻撃にも関わらずその一撃は巨大な水槽を粉々に砕いた。
 溢れる水の中から、クロコダインの巨体がのっそりと立ち上がる。 

「ク、クロコダイン様!? 大丈夫でございますか!?」

 その光景に誰よりも驚いたのは、モルグだった。
 それもそのはずで、クロコダインがどんなに重傷だったのかを誰よりも良く知っているのは、他の誰でもないモルグだ。本来なら彼の怪我では、まだ当分は蘇生装置から出られるようなものではなかったはずだ。

 強力な魔族や怪物ならば、内部から蘇生装置を破壊するのは不可能ではないとは言え、並外れた力と体力と言うほかない。

「なに、動くぐらいならどうということはないさ。さすがに戦いは無理だが、脱出ぐらいならどうにでもなる」

 足手まといにはならんと言いながら立ち上がるクロコダインだったが、さすがにそれには無理はあったのか多少ふらつく。
 だが、それを支えたのは、マァムだった。

「大丈夫……?」

 怪異な巨体の戦士にマァムは恐れる様子もなく近寄り、きゃしゃな手で軽々とその身体を支える。その手がかすかに光っているのは、回復魔法をかけているからだとヒュンケルはすぐに気がついた。

 だが、マァムの回復魔法は魔法が全く使えないヒュンケルの目から見ても、いかにもたどたどしいものだった。クロコダインを全快させるどころか、苦痛を軽減させるのがやっとといったところのようだ。

 マァムの助けを受けながら、クロコダインは身体の苦痛ではない理由で顔をしかめる。 

「すまんな。本来なら手を貸したいところだが……」

 それが心残りとばかりに顔を俯かせる獣王に向かって、きっぱりと言ったのはマァムだった。

「いいえ、もうあなたは十分に私達に手を貸してくれたわ」

 彼女のその言葉は、事実だ。 
 元々、ダイにとどめを刺そうとしたあの時にクロコダインが手を貸さなければ、あの場でダイ達は全滅していたに違いない。

「そうだよ、クロコダイン。ポップから聞いたよ……、クロコダインがおれ達を助けてくれたんだって。ガルーダにも助けられたし、今度はおれ達が助ける番だよ」

 そう言ってから、ダイはマァムに向かって向き直る。

「ねえ、マァム。マァムとゴメちゃんはクロコダインを助けて、先に逃げていてくれないかな?」

「え……!?」

 まさかそう言われるとは思わなかったのだろう、マァムの顔に戸惑いが浮かぶ。しかし、彼女はすぐに心を決めたように頷いた。

「分かったわ、ダイ。バダックさんも心配だし、先にここから出ているわ」

 そう言ってから、マァムはヒュンケルに視線を移す。真っ直ぐに自分を見つめる少女の目に、ヒュンケルはなぜか胸がどきりとするのを感じた。

「ポップのことをお願いね、ヒュンケル」

「…………」

 珍しく、ヒュンケルは言葉に詰まる。
 真正面から信頼を自分に預けてくれる人間を前にして、ヒュンケルはどう振る舞っていいかも分からない。
 ただ軽く頷き、ぶっきらぼうに言う。

「……話が決まったなら、急ぐぞ」

「は、はい。では、まずはこちらに来て下さい。あ、脱出の際はそちらの扉から奥に向かい、外階段を目指せば比較的に楽かと思います」

 モルグの言葉に従って、ダイとヒュンケル、マァムとクロコダインはそれぞれ別の方向に向かって移動する。
 モルグの鈴の音が忙しくなく鳴る後を追いながら、ヒュンケルは内心は焦りを感じていた。

(あの魔法使いが、おとなしく眠っていればいいのだが――)

 ポップが眠ったままだったとすれば、この騒動も彼にとっては夢も同じことだ。何の危険もありはしない。
 だが――残念ながら、そうはならないだろうという確信めいた予感が、ヒュンケルにはあった。

 さっき、地底魔城を揺らした大きな揺れは特別だった。その上、奇妙な鐘の音はやけに大きく響き渡っていた。あの騒ぎの中で、全く目を覚まさないというのも不自然な話だ。

 おそらく、ポップはさっきの騒ぎで目を覚ましたことだろう。
 事情が分からないまま、不死系怪物に襲われたあの魔法使いがどうなったことか……不安じみた焦燥感に焼かれながら、ヒュンケルはダイと共に並んで走った――。 

                                                                                                 《続く》

22に続く
20に戻る
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system