『もう一つの救済 22』

 突然、身体を揺らした揺れと、鳴り響く轟音に対して、ポップはころんと一つ寝返りを打つ。

「んー……、もうちょっと」

 その上で漏らした言葉がこれなのだから、呆れたものだ。 
 なまじ父親が鍛冶職人も兼ねた武器屋なだけに、ポップは金属を叩く音は聞き慣れている。普通の人ならば驚くような火花を散らすその音も、ポップにとっては朝寝をちょいと邪魔する雑音に過ぎない。

 ついでに言うと寝坊なポップにとって、誰かに揺すり起こされるなど日常茶飯事だ。
 異変など気にとめず眠ろうとしたポップだったが、それでもふとした疑問が寝ぼけた頭に過ぎる。

(あれ? おれ、家を出たんだよな……じゃ、今の音ってなんだよ?)

 家出をして、アバンの押しかけ弟子になって以来、ポップを毎朝起こしてくれたのはアバン先生だ。優しいアバンは寝坊気味なポップを叱りつけたりせず、凝った料理を作ってはその匂いで自然に目を覚ますように誘導することが多かった。

 それでも、どうしてもポップが起きない時は揺さぶり起こすが、その時だって乱暴に大きな音を鳴らすことなんてなかった。

 そんな起こし方をしないのは、ダイとマァムも同じだ。
 早起きな二人は大抵ポップを起こすが、彼らは大声でポップを呼びながら起きるまで揺さぶり続ける。一度だけ大きく揺さぶって、後は変な鐘の音を鳴らすなんて遠回しな真似はしない。

 ならば、誰が自分を起こそうとしたのか。

 ぼんやりと目を開けたポップの目の前に飛び込んできたのは、ウロウロと落ち着きなくうろつき回っている二体の骸骨兵士だった。そう広くもない部屋を、あっちにいったりこっちにいったりと忙しくうろつき回っている骨だらけの兵士――それを見た途端、ポップの眠気は一気に吹っ飛んだ。

「うわぁあああああっ!?」

 思いっきり悲鳴を上げてしまったポップに、骸骨兵士がそろって顔を向けてくる。しかも、その見方が不吉だった。

 先ほどまでは迷子のようにただウロウロしていただけだったのに、今や彼らは明確な殺気を込めて剣を握り直している。ターゲットをロックオンしたと言わんばかりに、そろってポップに向かってジワジワと歩を進めてきた。

「わ……、わっ、ま、待てッ、待てよっ!? おれは逃げる気なんかは……ひゃあっ!?」

 問答無用とばかりに降り下ろされた剣が、ポップの癖っ毛をかすめる。はらりと数本の毛が舞うのを見て、ポップはぞっとせずにはいられなかった。今の攻撃を、ポップは見切って躱したわけではない。

 言い訳しながら後ずさっていたところ、運良く敵の刃に当たらなかっただけだ。一歩間違っていれば、この場で真っ二つにされていたとしてもおかしくなかった。

 だが、今のピンチを振り返る間もなく、次の攻撃がポップを襲う。
 それを躱したのも、ほとんど偶然みたいなものだ。

「な、なんなんだよっ、いったいっ!? 待てよ、おれが何をしたってんだよっ!?」

 悲鳴のようなポップの叫びに、骸骨兵士が答えることはない。ただ黙々と剣を振るだけの死せる兵士達は、文字通り聞く耳など持ち合わせていない。すぐにそれを悟ったポップは、叫ぶのをやめて避けるのに専念する。

 だが、それは実に危うかった。
 逃げ足には自信はあっても、こんな狭い部屋の中ではポップの自慢の逃げ足も意味はない。むしろ敵の攻撃を的確に見抜き、紙一重で躱す体術の方を求められるのだが、それはポップには不得手な分野だ。

 しかも相手が二人もいるのだから、たちまちのうちに部屋の隅に追い詰められる。

「ひえ……っ」

 情けない悲鳴を上げ、ポップはなんとか逃げ道はないかと必死に周囲に目を走らせる。
 そんなポップが見いだした逃げ道は、頭上にあった。

 地底魔城のあちこちに張り巡らされた、通風口――その一つを見つけて、ポップは必死につくに飛びつく。しかし、ポップが飛びつくのと同時に骸骨剣士達も剣を振ってきた。
 閉ざされた地底の部屋なのに感じる鋭い風が、ポップの肝を冷やす。

「あわわっ!?」

 一瞬切られたのかと焦りはしたが、それでもポップはなんとか通風口に転がり込む。そうやって身体を狭い通路に転がり込ませてから、ポップはやっと自分がどこも怪我をしていないことを確認した。

 それで一旦はホッとしたものの、後ろから骸骨兵士達が追ってきたらと思うと、気が気ではない。
 ポップは向きを変える余裕もない狭い通路の中を、半ば無理矢理押し進む。
 と、いくらも行かないうちに、その道は閉ざされていた。

(げっ、行き止まりかよ!?)

 一瞬焦ったものの、よく見るとそれはごつごつした石で簡単に塞がれた小窓のようだった。大きめの石を雑に組み合わせ塞いでいるだけなので、石をどかせば簡単に取り除くことができる。

 逃げ場を求めてその石を外したポップだったが、その先にあったのは彼が期待していた通路ではなかった。
 そこにあったのは、ごく小さな小部屋だった。

 窓もないその部屋が明るく見えるのは、壁に掛けられた蝋燭の明かりがあるからだ。そのおかげで、ぽつんと置かれた宝箱がよく見える。
 一瞬、呆気にとられたポップだったが、すぐにこれが隠し部屋だと気がついた。

 人為的なダンジョンで、わざと行きにくいように工夫を凝らして細工した部屋を、隠し部屋と呼ぶ。アバンと一緒にいくつものダンジョンに入った経験のあるポップは、隠し部屋についての授業も一通り習っていた。
 実戦形式で習った授業だっただけに、良く覚えている。

(……なんっか、いかにも怪しげっていうか、それっぽい部屋だよな〜)

 本来ならば暗いはずの部屋が、都合良く明るいのは明かりが灯されているせいだ。一見は普通の光景に見えるが、ポップはその蝋燭の不自然さを見逃さなかった。

 そもそも、誰も来ないはずの隠し部屋にずっと蝋燭がつけられていること自体がおかしいのだ。

 そう思って注意を払えば、それは蝋燭の形はしていても似て非なるものだとすぐに気がつく。普通の蝋燭と違って全く揺らめかないその明かりは、単に普通の蝋燭ではなく、蝋燭をかたどった魔法道具だ。

 古代期にはよく使われていた仕掛けらしく、ポップも実際に何度か見たことがある。どういう仕組みなのか、蝋を燃やしているわけでもないのにずっと火を灯し続けているそれらの照明具の謎は、未だに解明されていないとアバンに教わった。

 研究しようにも設置された場所から動かした途端、その火は消えてしまう。だから調べようもないのだと教わった擬似的な灯りを、ポップはこわごわと眺める。

 別にその灯り自体は恐れるような仕掛けではないが、問題なのはそれが設置された場所の方だ。
 いくら割に有り触れた魔法道具とは言え、魔法道具は魔法道具だ。

 用意するのにそれなりの手間や金がかかるのか、ダンジョンの全てに設置されているわけではない。そのダンジョンを作った者が、特に重要だと決めた場所だけに設置されるのが普通だ。

 つまり、魔法の灯りがある隠し部屋というのは、その部屋を用意した者が特別な場所と認識した場所だと断言できる。

 そんな部屋に、ぽつんと一個だけ宝箱が置かれていると言うのは、いかにも怪しい。
 怪しすぎた。

(……人食い箱とか、ミミックだったりして)

 宝箱そっくりに化けて、宝を手に入れようと喜々として宝箱を開けようとした人物に不意打ちで襲いかかる怪物を思い浮かべ、ポップはしばし悩む。
 ミミック系の怪物は、相当に強い部類の怪物だ。

 ポップの力では、とても一撃で倒せるような相手ではない。それどころか、相手の攻撃を先に食らったりすれば、間違いなくポップの方が先におだぶつである。
 それだけに、この宝箱を開けるのにはためらいがあった。

 普段のポップなら危険だと分かっていたも好奇心に負けて開けてしまうところだが、さすがに今は状況が状況だ。脱走途中で欲を出して宝箱にちょっかいをだし、そのままジ・エンドというのはあまりにも情けなさ過ぎる終わり方だ。そんな笑い話にもならないような最後は、出来るなら迎えたくない。

 が、だからといってこの宝箱を無視するのも考えてしまう。
 隠し部屋にわざわざ隠しておく宝ともなれば、相当に重要な品だと予想はつく。

 うまくすれば、この状況を打破することもできる貴重な魔法道具か、武器でも入っているかも知れない。だが、悪くすれば箱を開けた途端に怪物に食い殺されるか、罠に引っかかるか――あまりにも極端な二択に、ポップは頭を悩ませる。

(あーあ、こんなことなら、先生の授業をもっと真面目に受けていりゃよかったぜ)

 優しかった師を思い出し、ポップは一つため息をつく。
 宝箱を開ける前に、それが安全な物か危険な物か確かめる魔法もあるにはあるが、残念なことにポップは使えない。どうせ先生が使えるのだからと、覚えようともしなかった魔法の一つだ。

 しかも、アバンはその呪文のスペシャリストだった。

 普通ならその宝箱に入っている物の種類を大まかにしか見分けられないものだが、アバンはもっと詳細に、その宝箱が価値があるかどうかまで細かく見定めることができた。
 だが、それを思い出すと同時に、ポップはもう一つのことを思い出した。

(そっか、ここも、アバン先生が来たことのあるダンジョンだったっけ)

 ここは、地底魔城。
 かつてはハドラーの居城であり、勇者が魔王を倒した場所だ。それを思い出した途端、ポップは宝箱にくるりと背を向けて狭い通路を逆戻りし始める。
 
 ポップに宝箱を放棄させる、最大の基準になったのはアバンの存在だ。
 アバンと共にダンジョンに何度も潜ったポップは、彼のやり方を熟知している。

 あれで、アバンはかなりのちゃっかり者だ。
 危険な宝箱や価値のない宝箱は避けるし、役に立つ品の入った宝箱は決して見逃さない。魔法と経験を活かして、宝箱を漁るのに熱心な人だった。

 ダンジョンに潜るのを好む冒険者達は、先に入った人間に宝を荒らされた洞窟を枯れた洞窟と呼ぶが、まさにアバンは洞窟を枯らす名人だった。弟子であるポップが呆れるぐらい、アバンはこまめに宝箱を漁り、片っ端からお宝をゲットしまくっていた。

 アバンが開けようとしなかった宝箱は、役に立たないがらくたが入っているか、でなければミミック系ばかりだ。
 そのアバンが昔ここに来たのに開けなかった宝箱なら、それは危険な物か、でなければたいしたものではない。

 そう思えば、ポップもそれ以上その宝箱に拘る気はなかった。
 となれば、こんな行き止まりの隠し部屋にこれ以上いる理由もない。さっさとこんな場所から抜け出すに限る。

 狭い通路を這って進むポップは、それっきり小部屋にある宝箱のことなど考えもしなくなった。
 代わりに、彼の脳裏を占めるのは現実的な問題だ。

(いったい、何がどうなったってんだ?)

 ヒュンケルの目の前で扉解除の魔法を使ったところで、ポップの意識は途絶えている。当然のことながら、その後、何がどうなったのかポップには分からなかった。

 まだ、最初に入れられたのと同じ牢屋で目覚めたのなら、こんなに戸惑いはしなかっただろう。脱走に失敗して、元の牢屋に連れ戻されるというのは妥当な扱いだ。

 まだ地底魔城にいるところを見ると、助かっていないことだけは確かなようだが、まさか目覚めると同時に骸骨兵士に襲われるとは思いもしなかった。

(……さすがに、あいつも怒ったってわけか?)

 ヒュンケルの神経をさんざん逆撫でした自覚は、ポップにもさすがにあった。なにしろポップは、ヒュンケルの気を引くためとは言えことさら挑発的に振る舞い、相手の心の奥に隠していた秘密を暴き立てたのだから。その態度に腹を立て、ヒュンケルがポップを殺そうと考えたとしても不思議ではない。

 そもそも捕虜なんてものは、捕らえた相手の思惑一つで命が危うくなっても
何の不思議もない立場だ。
 ――が、一度そう考えてから、ポップは小さく首を横に振る。

(いや……違うな)

 その瞬間、ポップの脳裏に浮かんだのは、やけにムキになってポップの言葉を否定しようとしていたヒュンケルの顔だった。

 あの時は謎解きに夢中だったのと、とにかくヒュンケルの鼻を明かしてやりたい気持ちが強くて気がつかなかったが、こうやって時間を置くと見えてくるものもある。

 父親がアバンに殺されたわけではないと聞かされ、ヒュンケルはひどくショックを受けていた様子だった。

 あんなに偉そうで、傲岸不遜な態度をとっていた男が、まるで子供のように父親の最後に拘っていた。どうしても信じたくないとばかりに、何度も否定していた姿は印象的だった。

 それでいて変なところで真面目なのか、ヒュンケルは最後にはポップの言葉を頭ごなしに否定せず、魔法の実験にもつきあってはくれた。
 妙に筋を通したがるあの生真面目さを思えば、ヒュンケルがただの腹いせで自分を殺そうとするとは思いにくい。

(あいつは、そんな奴には見えなかったよな……)

 それに感情的な判断はさておくとしても、理屈に合わない。
 もし、これがヒュンケルの意思による攻撃だとすれば、少し変だ。骸骨兵士達が襲ってきたのは、ポップが目覚めた後……正確に言えば、悲鳴を上げた後のことだった。

 殺せと命じられたのなら、別にポップが起きてから襲ってくる必要もないだろう。それこそ、ポップが気絶している間に息の根を止める機会はいくらでもあったはずなのだから。

 目を覚ました後で嬲り殺しにしたいと思ったのだとすれば、ヒュンケルが見ていないところでそうする意味がない。あの時、ヒュンケルの姿は見えなかったし、それにポップを殺せと命じられているのならば未だに追っ手も来ないのも不思議な話だ。

 なにしろポップが今逃げたのは行き止まりの隠し部屋だ、骸骨兵士達に追われたのなら逃げ場などなかった。なのに、逆戻りしている今でさえ追っ手がやってくる気配はない。

 元の部屋の通風口の入り口まで戻ってきたポップは、用心しながらそっと部屋の中の様子を伺う。

 見れば、骸骨兵士達はポップを追って通風口に這い上がろうとするでもなく、再び部屋の中をうろうろとうろついていた。隠れているポップに気がつかない骸骨兵士達は、そう広いとは言えない小部屋の中を何度も往復している。
 その動きを上から見ていて、ポップは気がついたことがあった。

(こいつら、おれじゃなくて出口を探しているのかよ?)

 骸骨兵士は、どうやら視界から消えた人間などには早々に興味をなくしてしまったらしい。

 骸骨兵士達の動きは、外に行きたがっているように見える。だが、悲しいかな知能の極端に低い不死系怪物には、ドアを開くということすらできないようだった。

 そのため、閉まったままのドアに向かっては外に出るのを失敗した後、他にも出口はないのかと無意味に部屋を巡るという行為を繰り返しているのだ。

 どこかに行こうとしている、でなければ、何かを探している――そんな行動をとっているように見える骸骨兵士を眺めながら、ポップは自分の拳を軽く握ったり開いたりする。

(三分の一……いや、いいとこ四分の一ってとこかな?)

 出来るだけ冷静に、ポップは自分の中の魔法力を計る。
 魔法力というものは、休息を得ることで回復できる。特に睡眠による魔法力の回復は大きい。一晩眠れば魔法力は完全に回復するものだが、残念ながら今の眠りはかなり中途半端なものだった。

 熟睡したとは言えない上、多分、眠っていた時間も短いのだろう。身体がまだ重いし、魔法力も完全には回復しきっていない。
 それでも、多少でも魔法が使えるのはなんとも心強かった。

 おまけに骸骨達の意味不明な動きも、ポップにとっては悪いものとは言い切れない。

(これって、チャンスかもな――)

 どんな事情があったのかは分からないが、ポップが今、閉じ込められているのは魔法を封じる効果を持つ頑丈な牢屋などではない。
 半ば倉庫じみた、小さな部屋だ。

 ここがなんのためにあった部屋なのかとか、なぜこんな場所に閉じ込められたのかという疑問は、この際ポップは考えないことにする。
 問題なのは、この部屋からの脱出ができるかどうか、だ。
 慎重に部屋の中を見定めたポップは、脱出は可能だと結論づける。

(できる!! これなら、いけるぜ)

 二体の骸骨兵士は確かに邪魔だが、彼らの最優先目的がポップの見張りや抹殺でないのだとすれば、問題はない。

 倉庫じみた部屋には、遮蔽物にちょうどいいタンスやら、動くのに邪魔になる荷物がごろごろと置かれている。骸骨兵士達はそれらを器用に避けながら歩いているが、その度に微妙に速度が落ちている。

 彼らがドアから離れ、遮蔽物が邪魔になる場所に位置に移動する時を狙って、ドアに駆け寄るのは難しいことではない。なにしろ、彼らは定期的な動きで部屋の中を何度もぐるぐると回っているのだから。

 もし、あのドアに鍵がかかっていたとしても、魔法が使えるのならば問題がない。鍵解除の魔法で開ければいいだけのことだ。

 廊下に飛び出して外からあの扉を閉めさえすれば、ドアさえ開けられないあの骸骨兵士達は追ってはこれない。そして、一旦廊下に逃げ出せさえすれば、脱出への道はなんとでもなるだろう。

 経験上、地底魔城の廊下が迷路になっていることや、骸骨兵士達がやたらとうろつき回っていることは知っているが、それでも通風口もあるし、逃げられるチャンスはぐっと広がる。

 少なくとも、こんな逃げ場もない部屋におとなしくこもっているよりもマシだとポップは思う。
 自分をここに閉じ込めたであろう相手――ヒュンケルかモルグがここに来るまで、じっとしていたとはポップは思わない。

(絶対、戻るんだ……! ダイやマァムのところに)

 仲間達の顔を思い浮かべながら、ポップは決意を固める。

 一応、ゴメちゃんを通じて心配するなと連絡は送りはしたものの、だからといってそれで彼らが安心しきれるわけがない。お人好しのダイや意外と心配性なところのあるマァムは、敵に掴まった仲間を放っておけるような連中ではない。

 いずれ、ポップを心配して助けにくるに決まっている。
 だが、ポップとしてはそんな事は望んでなどいない。

 ダイは本物の勇者だし、マァムは――ポップがどうしても守りたいと思った女の子だ。二人に自分のために危険な目になどあって欲しくはないし、二人の足を引っ張りたいとはもっと思わない。
 二人が来る前に、ちゃんとここから逃げ出そうとポップは決めていた。

(あいつらときたら、ちょっと無茶なとこがあっからな)

 ダイやマァムが聞いたのなら、ポップにだけ言われたくないと間違いなくいいそうな台詞を思い浮かべながら、ポップは狭い通風口の中からタイミングを計る。

(今だっ!!)

 骸骨兵士達がドアから一番離れた場所に移動したのを見計らって、ポップは思い切って通風口から飛び出した。

 途端に骸骨兵士達が剣を構え直し、ポップに向かって移動してくるが、足下の様々な荷物が邪魔になってすぐに駆けつけることはできない。人間や意思を持った怪物ならば邪魔な荷物を蹴飛ばしてでも直進してくるだろうが、知能の引く不死系怪物は律儀に荷物を避けながら移動してくる。

 不死系怪物特有の、妙にゆったりとした規則的な速度に焦りを感じながらポップは急いでノブに手をかける。もし、ここで開かないようならば魔法を使うつもりだったが、意外にもドアは難なく開いた。

「……!?」

 驚きは感じたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。最小限だけの隙間を空けて外へと滑り出たポップは、間一髪追ってきた骸骨兵士の手を押し返しながらドアを閉める。

 どんっと中からドアを押す手応えを感じながら、ポップは慌てて扉をきちんと閉めようとする。押し合いが長引けば力の弱いポップの方が負けていただろうが、幸いにも不死系怪物達はノブを捻ると言う行為ができない。

 一度扉を閉めてしまいさえすれば、彼らはただむなしくドアを内部から叩くだけしか出来ない。力を合わせて体当たりでもすれば簡単にドアを破れるだろうに、それさえ思いつかない不死系怪物達の頭の悪さに感謝しながら、ポップはホッとため息をつく。

 ――が、すぐ背後から聞こえた音に何気なく振り返ったポップの目が、限界まで見開かれる。

「げ……っ!?」


 ポップが喉の奥で上げた呻き声は、耳障りな金属と骨のぶつかり合う音に掻き消された。

 剣を構える音、ポップへと一歩近づく音、ぐるりと身体の向きを変える際に聞こえる音――骸骨兵士達の立てる様々な音が輪唱となってポップに迫ってくる。

 廊下にいたのは、ポップだけではなかった。
 もしかしたら骸骨兵士の一体や二体はいるかもしれないとは覚悟していたが、ポップが目にしたのはそんな覚悟など軽く蹴散らす様な代物だった。

 どこにこんなにいたのかと聞きたくなるぐらいの数の骸骨兵士達が、一定の方向に向かって廊下を行進していた。だが、どこかに向かっていたはずの彼らは、ポップの姿を見るなり行動を変える。

 それぞれが武器を持ち直し、方向転換してポップに向かって行進してくる。その数の多さに、ポップは目をむいた。これでは、周囲を取り囲まれるのは時間の問題だ。

 一瞬、これならば二体しか骸骨兵士がいなかった狭い部屋の方がマシだったのではないかと思うが、部屋に戻ろうにも背中越しに未だにどんどんとドアを叩く音が聞こえてくる。

 これではドアを開けた瞬間に、中にいる骸骨兵士にやられてしまうだけだ。
 いきなり四方八方が敵だらけの大ピンチに陥った魔法使いの少年は、声の限りに絶叫せずにはいられなかった。

「な、なんだってんだよ、これわぁあああっ!?」                                                               《続く》

 

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