『もう一つの救済 25』

「それはこちらの台詞だ。もう、とっくに死んでいるかと思ったが、意外にもしぶといな」

 本心からの驚きを込め、ハドラーは目の前にいる魔法使いの少年を見やる。
 その顔には、確かに見覚えがあった。
 しかし、その名までは覚えてはいない。

 仮にも一度は魔王と名乗っただけのことあって、ハドラーは人間など虫けら同然程度にしか認識していない。

 ハドラーが記憶する人間は、自分の敵となるだけの力を持った存在……アバンやダイのような勇者か、でなければヒュンケルのように人間の身でありながら魔王軍入りする変わり種か、どちらにせよ目を見張るべき強さを持った者に限られている。

 その意味では、目の前にいる魔法使いは記憶にとどめるに値するレベルではなかった。実際、前に会った時もそうだ。小生意気にもハドラーに戦いを挑んできたダイと違い、この魔法使いは何もしなかった。ただ怯えて、師との別れに涙していた並の子供にしか見えなかったものだ。

 それにも拘わらず彼を覚えていたのは、アバンの弟子だったからこそだ。
 だが、目の前の少年について、ハドラーの印象はそれだけだ。同じアバンの弟子とは言え、特に注目すべき相手とは思わない。

 未熟ながらも魔王である自分を脅かすほどの資質を秘めたダイや、人間離れした殺気と剣技の持ち主であるヒュンケルとは、明らかに違う。

 一言で言うのなら、覇気がない。
 師の仇であるはずの自分を前にして、戦うよりも先に驚きや恐怖を強く感じている時点で、すでに興ざめだ。

 魔法を使ってくるどころか、青ざめ、歯の根も合わぬほど震えている魔法使いの少年に、ハドラーは侮蔑の視線を向ける。弟子に対する蔑みは、そのままその師に向ける蔑みでもあった。

(フン……アバンも、ダイだけならばいざ知らず、こんな弟子を守るために命を懸けるとは、焼きが回ったものだな)

 とんだ犬死にをしたものだと、今からでも嗤ってやりたい気分だった。
 好敵手とまで思っていた男の、予想以上に呆気のない死に様は今もハドラーの心に強い印象を残している。

 世界制覇に先駆け、何よりの障害になることを懸念して真っ先にアバン討伐を目論んだハドラーにとって、アバンとの戦いはある意味で拍子抜けだった。

 勇者の家庭教師などと名乗り、弟子の育成という酔狂に力を注いでいたアバンは、15年前よりも弱く感じられた。自分の命を懸けた最終自爆呪文でさえ、ハドラーを殺すに至らなかったのが何よりの証拠だ。

 アバンは、全盛期に比べ戦士として衰えた。
 ハドラー自身がレベルアップしたことを加味して考えても、そうとしか思えない。単に肉体的な意味だけではなく、精神的にもそうだ。

 あの時のアバンには、昔戦った時のように何が何でも魔王を倒そうとしていた気迫はなかった。

 ハドラーとの戦いよりも、弟子の命を重んじているようにさえ思えたものだ。魔王たる自分よりも、ただの人間に過ぎない弟子などを重視するその態度がハドラーには理解できない。

(いや、『あれ』だけは人間とは言い切れないか……)

 アバンの弟子の一人の姿がハドラーの脳裏に過ぎったが、とりあえずそれは今はどうでもいい。運のいいことに、『あれ』の正体に気がついている者は今のところハドラー一人だけなのだから。

 他の誰かに気付かれる前に始末してしまえば、なんの問題もない。人間の勇者が、また敗れるだけの話だ。魔王軍の誰かが不審に思う前に、あの小さな勇者を殺せばいいだけの話である。

 様々な思惑が絡むからこそ抹殺したいダイと違い、ハドラーには敢えてポップを殺したいと思う理由はない。

 実際、ハドラーが下した命令はあくまで勇者ダイの抹殺であり、その側にいる仲間達に対してまでは言及してはいない。と言うよりも、その存在すらも意識していなかった。

 誰かが勇者を殺す際、その戦いに巻き込まれてどうせ死ぬだろうと軽んじていたと言っていい。ザボエラの報告でヒュンケルが魔法使いの少年を匿っていると言う話も聞いたが、ハドラーが問題と感じたのはヒュンケルが無断で勝手な行動を取ったことの方だ。

 ダイの仲間が一人、この城にいるなんて話は、正直、ハドラーは忘れかけていた。

 魔王にとって、人間一人の生死などどうでもいいものだ。特に人質として意識することもなかったし、また、ヒュンケルにとって匿うだけの価値がある存在とも思わない。

 さらに言うのならば、ダイに対しての人質として使おうと思うほど、ハドラーの矜持は安くはない。
 だからこそ、ハドラーは特に魔法使いの少年を助けようとは思わなかった。

「どうしておまえがここにいるかは知らんが、まあよい。これもついでだ、貴様もあの世に送ってやろう」

 そう言いながら、ハドラーは軽く手を広げて炎を生み出す。
 普通の火炎系呪文よりも黒みを帯びている独特の炎は、火炎系呪文を得意とするハドラーならではの特徴だ。
 その炎を見て、少年が怯えたように一歩後ずさる光景が愉快だった。

「フハハハハッ、何を怯える!? 死ねば、おまえが慕っていた師にまた会えるだろうが。案ずるな、ヒュンケルもどうせすぐに逝くのだ、寂しくもあるまい。兄弟弟子同士、仲良くあの世にいくのも乙なものだろう」

 そう嘲笑いながらからかうのは、もちろん、死に逝く人間にとってそれが救いにならないと承知の上だ。

 人が嘆き、悲しみ、希望を失う姿――それを楽しむ心も、ハドラーの中にはある。ハドラーは魔族としてはさして残虐な方ではないが、弱者を踏みにじりたいと考えるのは、弱肉強食を倣いとする魔族にはごく当たり前の思考であり、自分の強さを誇示するための手腕の一つだ。

 怯えた少年が命乞いでもすれば、ハドラーは嗤いながらその手の炎を放ってあっさりと彼を焼き殺しただろう。
 だが、青ざめた少年が叫んだのは命乞いなどではなかった。

「ヒュンケル、も殺すのかよ……!? 
 なんでだよっ、あいつもおまえと同じ魔王軍の一員のはずだろ!?」

 まるで責めるかのようなその言葉が意外で、ハドラーは一瞬、手を止める。まさか、そんなことで文句を言われるとは思いもしなかったのだ。
 ヒュンケルを殺す――元々、ハドラーがここに来たのはそのためなのだから。

 以前から目障りで仕方のなかった人間の、しかもアバンの弟子。今まではバーンの寵愛があるからこそどんなに腹立たしくても殺すことは出来なかったが、今ならば大手を振って彼を殺せる。

 尤も、ハドラーは自ら手を下す気は最初はなかった。
 不遜な男ではあるが、ヒュンケルの実力はバーンが見込んだ折り紙付きのものだ。自分が負けるとは思わないが、ヒュンケルを相手に苦戦をするかもしれないという危惧感がある。

 戦いそのものよりも、そんな姿をバーンやミストバーンに見られることの方をハドラーは恐れた。人間などに苦戦する姿を見て、バーンらが自分への評価を下げるのではないかと思うだけでも恐怖だ。

 だからこそハドラーは自らの手で直接ヒュンケルを殺すのではなく、ザボエラの進言を受け入れ、城内の不死系怪物達を一斉蜂起させる作戦をとった。

 ヒュンケルがそのまま不死系怪物達に惨殺されれば最良だし、もし城から脱出するようであっても、その時はさすがのヒュンケルも体力を消耗しているはずだ。

 それならば簡単に殺せるはずだと考え、高みの見物を決め込んでいたハドラーは真っ先に気がついた。
 地底魔城の脱出路に、誰かが入り込んだ事実に。

 すでに放棄した城とは言え、地底魔城は本来はハドラーの居城だった。城の要所の仕掛けはハドラーの魔法力を源に作り上げた物であるだけに、未だに彼に使用できる部分も多い。

 非常用の脱出路に通じる扉が開いたのを感知できたのも、そのおかげだ。てっきりヒュンケルが逃げてきたと思い、城の構造を熟知した元城主の強みで先回りして外からここにやってきたのである。

 ハドラーにしてみれば、ここにヒュンケルがいない事実の方が不満であり、文句を言いたいぐらいだ。
 ついでに言うのならば、彼のその言い草が癪に障る。

「同じ魔王軍の一員だと……?」

 聞き逃せない一言だった。
 仮にも、ハドラーは魔王だ。15年前に一度は世界を席巻し、人間達を恐怖のどん底に突き落とした存在だ。今でも魔王ハドラーの名は、人間達にとっては恐怖の対象としてとどろいている自負がある。

 どう見ても14、5才程度のこの少年がかつての魔王の恐怖を知らないのは仕方がないとは言え、よりによってヒュンケルと同レベルと思われるのは屈辱的だった。

「貴様……、オレとあんな人間の若造と同等と思っているのか!?」

 そう叫ぶ声にも、怒気がこもる。
 大魔王バーンに気に入られたからこそかろうじて魔王軍入りした人間ごときと、魔王たる自分を同列に語られて怒り狂うハドラーは気づいていなかった。

 ――いや、本心では気づいていたからこそ激高したのかも知れない。
 なぜならハドラーもまた、大魔王バーンに気に入られたからこそ復活した魔王なのだから。

 だからこそ、ハドラーは自分とヒュンケルの差を声高に主張せずにはいられなかった。

「フン、あいつなど所詮は使い捨てのための手駒にすぎぬわ……ッ! 騙されているとも知らないまま魔王軍に利用され、あっさり見捨てられるだけの存在よ。どこまでも愚かで、哀れな男だ」

 ことさら強くヒュンケルを貶すハドラーの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
 言いたくてたまらなかった秘密を口にするのは、快い物だ。本来ならそれは、ヒュンケル自身に叩きつけてやりたくてたまらない言葉ではあったが、それを実行しないだけの分別がハドラーにはあった。

 大魔王バーン直々に口止めされた秘密を迂闊に口にして彼の怒りを買うほどハドラーは愚かではなかったし、また、第三者に打ち明けようにもその秘密を分かち合うほど信頼の置ける相手もいなかった。

 だからこそ胸の奥にとどめておいた秘密だが、秘密という物は隠せば隠すほどそれを暴露してみたくなる物だ。
 すぐに死ぬ予定の人間は、秘密の打ち明け先としては丁度いい。

 それを冥土の土産として始末してしまえさえすれば、秘密は秘密のまま保たれるのだから。
 だが、魔法使いの少年はハドラーの言葉に顔色を変え、手を前に突き出して叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 もちろん、ハドラーには待つつもりも理由もない。少しだけ聞かせてやった秘密の切れ端にだけでも、彼への冥土の土産には過ぎるというものだ。それに、真相を知りたがって食い下がる相手に口を噤む愉悦もまた、秘密の守り手の特権だ。

 薄笑いを浮かべたまま、ハドラーは一度は止めた呪文をもう一度放つつもりだった。
 ――だが。

「もう一つだけ、聞かせてくれっ! ヒュンケルの親父さんは……バルトスはどうなったんだよっ!?」

 その質問の意外さが、ハドラーの手を止めさせる。

「貴様が、なぜその名を知っている……?」

 さっき以上の驚きを感じながら、ハドラーは問い返す。
 すでにハドラーも忘れかけていた古い部下の名だが、それでもその名にはそれだけの力があった。当時の自分の過ちの象徴であり、敗北のきっかけでもあった部下の名は、思い出すだけでも忌々しさがこみあげてくる。

「先生から、聞いたんだよ。バルトスが地獄門の門番だったことも、戦わずに先生を通してくれたことも、知ってる。
 それに……、バルトスが拾って育てていた人間の子供が、ヒュンケルだったことも」

 知っている事柄を具体的に突きつけてくる少年の目は、挑発的にハドラーを睨めあげる。

 その目には、すでに怯えの色は見受けられない。
 開き直ったような態度で真っ向から魔王を見上げ、不遜にも堂々と文句をつけてくる。

「ヒュンケルは、バルトスを殺したのが先生だと言っていた。だけど――それは、変なんだ。だって、先生はバルトスとは戦っちゃいないんだから。
 なのに、どうしてこんな食い違いが生まれるんだ? おかしいじゃないか!?」

 それがどうしても納得できないとばかりに言い張る少年に目を見張りながら、ハドラーはふと思い出す。

(……ああ、ポップとか言う名だったな)

 確か、アバンはこの魔法使いの少年をそう呼んでいたなとどうでもいいことを思い出しながら、ハドラーは至って淡々と答える。

「何がおかしい? 
 アバンは魔王たるオレと戦い、一度は倒した男だ。魔王が死ねば、その配下の不死系怪物もまた、死を迎える。広義の意味では、アバンは紛れもなくあやつの仇に違いあるまい」

 すらすらとよどみのなく出てくる説明は、前もって用意しておいたからこそできることだ。ただし、その相手はヒュンケルを想定していたものだが。

 いつか、ヒュンケルが不審を感じて説明を要求してくる日が来たのなら、そう答えてやろうと思って用意しておいた説明だったが、幸か不幸か今まで一度もそんな機会はなかった。

 説明をするまでもなく、ヒュンケルはアバンを父親の仇と決めつけていたし、アバンに倒されたハドラーに対しても間接的な敵意を抱いている様子だった。

 だが、それは構わない。
 自分を敵視する部下など、ハドラーにとっては珍しくもない。ヒュンケルの復讐心がアバンに向いたままならば、それで良かった。

 しかし、ポップの目はヒュンケルと違って復讐心で曇ってはいなかった。その目は、射貫くように真っ直ぐにハドラーを睨みつける。

「いいや……、あんだだ!」

 犯人を指摘する名探偵のごとく、ポップの指はハドラーへと突きつけられた。

「ずっと変だと思っていたけど、あんたのさっきの言葉を聞いて確信したぜ。あんた、確かに言ったよな? 
 ヒュンケルのことを『騙されているとも知らぬまま』って。つまり、あんたはヒュンケルを騙している」

「……!」

 その指摘の鋭さに釣られて、思わず息を飲んでしまったのは失敗だった。
 思わぬ相手からの糾弾が、予想外にも鋭かったせいでつい反応を見せてしまったのだが、ハドラーのそんな反応はポップをますます調子づかせてしまったらしい。
 ポップは口端を上げ、ニヤリと笑う。

「図星みたいだな……! 
 あんたはさっき、広義の意味で先生にも責任があるみたいなこと言っていたけど、でも、それならあんたの方がもっと責任重大だろ? 不死系怪物は召還者の命があるのなら何度でも復活させられるはずなのに、あんたはそうしなかった。
 言わば、あんたはバルトスを見殺しにして……ヒュンケルの誤解をそのまま利用したんだ!」








 ポップの糾弾は反響を残し、消えるまで多少の時間がかかった。
 元々、音がよく響き渡るように計算されて作られた部屋だ、普通の部屋以上に声がよく響き渡るし、その音が消えるのにも時間がかかる。

 その少なくはない時間、ハドラーは棒立ちになっていたと言ってもよかった。
 声の限りに叫ぶポップから、ハドラーは目が離せなくなっていた。

 そこにいたのは、思わぬ強敵と出会ってしまって怯えている人間の少年ではなく、どんな状況下であろうとも真実を追究しようとする魔法使いだ。
 そして――紛れもなく、アバンの弟子だった。

(こいつも、か……!)

 戦慄じみた震えが、ハドラーの背筋を襲う。
 ダイやヒュンケルのように、アバンの剣技を引き継いでいる訳ではなくても、やはりポップもまたアバンの使徒なのだと、ハドラーは思い知る。

 剣技の代わりに、ポップはアバンの頭脳の切れをそのまま受け継いだようだ。アバンがかつてそうしたように、わずかな会話からでも真実を見抜き、容赦なくそれを指摘してくる。

 再会した時のアバンも、そうだった。
 わずかなやりとりから、今のハドラーの立場を『バーンの使い魔』と見抜き、それこそがハドラーの一番の泣き所だと知って挑発に利用したアバンの頭脳の冴えを、ハドラーは忘れてはいない。

 飄々と振る舞っている様でいて、それでいて全て計算ずくのように相手の感情を揺さぶることの出来る男だった。会話をすることで、相手を巧みに自分のペースに引き込み、いつの間にか相手を手玉に取る術を心得ていた。

 アバンが得意としていたその会話術を、この魔法使いの少年がそのまま引き継いだかと思うと驚異を感じる。

(――だが、まだまだだな)

 その思いを支えに、ハドラーは自分の心を立て直す。
 確かに、ポップの読みの鋭さには驚かされた。それは認めるが、やはり弟子は弟子。師匠程の腕前には至っていない。

 それが証拠に、ポップの推理には致命的な間違いがある。
 そう思うことで、ハドラーは精神的優位を取り戻した。

「違うな。見殺しにしたのではない……オレが殺したのよ」

「……!?」

 今度はポップの目が、驚愕に見開かれる番だった。
 その反応が、ハドラーを満足させる。小賢しい推理を振りかざしてきた、この生意気な探偵気取りの少年の鼻を明かしてやろうとばかりに、ハドラーは嗤いながら『真実』を教えてやる。

「おまえはさっき、オレがバルトスを意図的に復活させなかったと抜かしおったな? それでは半分も当たっておらぬぞ! 
 なぜなら――オレこそが、バルトスを殺したのだからな!」

 今度はハドラーの声が広間に響き渡り、反響を轟かせる。その反響がさめやらぬうちに、ハドラーは更に声を張り上げた。

「他の誰でもない! あの出来損ないを殺したのは、オレ自身よ! 見殺しどころか、二度と復活できぬように核を砕いてやったわ!」

 勝ちどきのように、自分の声が広間中に響き渡るのをハドラーは確かに聞いた。
 その反響の余韻を、ハドラーは楽しんだ。

 ここ数年間、ずっと沈黙せざるを得なかった真実をぶちまけるのはそれだけで爽快だった。その名残でもある反響の余韻を、オペラの主役に対して送られる観客の拍手であるかのように、存分に味わう。
 しかし、唯一の観客であるポップの態度が、ハドラーの満足に水を差した。

「ふぅん。やっぱり、そうだったんだ」

 驚いた様子もなく、しゃらっとそう言う態度がハドラーの癪に障る。
 事実に驚き、怒り狂う姿でも見せてくれたのならハドラーの満足心は完璧なものになっただろうに、ポップは呆れるほどにケロリとしていた。

 つい先ほど、火を噴くような激しさで自分を糾弾していたとは思えないような、打って変わったポップの豹変ぶりにハドラーは戸惑わずにはいられない。

「聞きたかったことを全部教えてくれて、ありがとうよ。お礼に、おれからも一言――」

 そこで一度言葉を切ったポップは、ぺろっと舌を出してみせる。

「おれ、ホントは嘘ついてたんだ」

 呆気にとられるハドラーの前で、ポップは年相応の子供っぽさの残る口調で、あっけらかんと暴露する。

「実はさ、おれ、アバン先生からバルトスの話を聞いたことなんてないんだよ。先生ってば、自分が勇者だったことさえおれには教えてくれなかったんだから」

「なんだと……!?」

 軽い混乱が、ハドラーを襲う。
 その混乱が、かつてアバンとの会話に引きずり込まれた時の物に似ていることに、ハドラーは気づけなかった。

 先ほどまでのポップの指摘の鋭さに加え、この態度の急変にハドラーはすっかり振り回されていた。あまりにも彼の言動が突飛すぎて、何が目的なのか分からなくなる。

 ハドラーの戸惑いに気づいているのかいないのか、ポップは勝手に話を進めていた。

「でもまあ、話を聞いた時から、だいたいのことは予想はついていたんだ。
 けどよ、推理だけじゃなんの証拠にもならない。
 直接真相を知っているのは、今となっては一人しかいないと思っていた。なら、生き証人から話を聞くのが一番だと思ってさ」

(話を聞いた、だと?)

 疑問に、ハドラーは一瞬気を取られた。
 ポップは確かさっき、アバンからバルトスの話は聞かなかったと自白したばかりだ。なのに、彼は『誰』から聞いたというのか。

 だが、それを問いただす前に、ハドラーは気がついた。
 そう話すポップの視線が、自分を見ているようでそうではないことに。小柄な少年なだけに元々ハドラーを見上げていたから目立たなかったが、今、ポップの視線は明らかにもっと上の方に向けられている。

 嫌な予感を覚えて自身も上を向いたハドラーは、見た。
 怒りの形相を浮かべた、銀髪の戦士の姿を。

 広間の上部に位置する扉から、身を乗り出さんばかりに真下を見ろしている彼が今までの会話を聞いていたのは疑いようがなかった。――いや、そのためにこそポップは自分に舌戦をしかけてきたのだとハドラーが悟るのと、頭上の人影が動くのが同時だった。

「――ハドラァアーッ!!」

 怒りに満ちた雄叫びと同時に、ヒュンケルは剣を構えたまま襲いかかってきた――。 

                                                《続く》 

 

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