『もう一つの救済 28』

 時間を稼いでくれ――。

 ポップからの唐突な要求に、ヒュンケルは戸惑わずにはいられなかった。
 確かに強力な魔法の中には、発動まで多少の時間がかかるものもある。そんな魔法を使う場合、前衛の戦士が時間を稼ぐのは戦法としては定石といえば 定石だ。

 しかし、正直な話、ポップにそれだけの力があるとはヒュンケルにはとても思えなかった。ポップの意外なまでの賢さと度胸の良さは認めるし、予想以上に魔法の腕もいいのを認めるのも吝かではない。

 だが、それを加味して考えても、ポップは総合的にはたいした魔法使いとは言えないと思っている。
 だいたい、もしポップがそんな呪文が使えるのだとすれば、ヒュンケルとの最初の戦いで実行していただろう。

 実際、ポップはヒュンケルとの戦いではほぼ活躍もせず、結果的に捕虜になっているのだ。
 そんな未熟な魔法使いが、魔王と大魔王の腹心相手にどんな魔法を使って見せるというのか。

 ヒュンケルとしてははなはだ疑問だったが、小さな勇者の反応は驚くほど率直だった。

「うんっ、分かった!」

 迷いも見せず、ダイが即答する。
 そして、答えと同時に行動に打って出た。自分から積極的にミストバーンに斬りかかるその動きの素早さに、ヒュンケルも思わず目を見張る。

 しかし、その攻撃には力は感じられない。攻撃以上に引き手の方が早い剣の降りは、相手を倒そうとするものではない。素早い動きで相手を牽制し、意識を自分へと集中させるためのものだ。

 小柄なダイは、相手の狙いを散らすかのように一時も休むことなく身体を動かし続けている。ミストバーンの闘魔傀儡掌を躱す目的もあるのだろうが、無駄の多い動きを平然と実行するダイの行動には、ポップへの深い信頼が窺える。

 何の説明すらも聞いていないはずなのに、ポップの言葉なら無条件に信じられる――ダイがそう考えているのは、一目で分かる。
 無邪気なまでのその信頼は、いっそ清々しいほどだった。

 ダイに比べれば、ヒュンケルにはまだまだ迷いがあった。
 なんと言っても、自分はダイやポップの仲間というわけではない。確かに、アバンの使徒である彼らを無視しきれない存在として意識しているのは認めはするが、だからといって協力し合うのには抵抗があった。

 ヒュンケルは今までずっと、一人で戦い続けてきた。その誇りと自負が、今のヒュンケルを支えている。

 魔王軍に籍を置きながらも、決して誰にも心を許さずに独力で戦い続けてきたことに誇りを感じていたし、また、そうしなければ生きてはいられなかっただろう。

 誰も当てにせず、誰からも当てにされず、一人で生きる。
 それが、自分に相応しい生き方だと思っていた。しかし、ポップの頼み事はヒュンケルのその考えを根柢から覆す。

 自分一人で戦い抜くのではなく、他人の手助けを当てにして、他人に手を貸す――今まで考えたこともなかった戦法を突きつけられ、困惑せずにはいられない。

 大袈裟に言うならば、ヒュンケルの人生観を変えてしまいかねない決断を要求されているのだ。そう思えば、今まで頑なに身を守っていた鎧を剥ぎ落とされるかのように、心許なかった。

 それは、ある意味ではくだらない意地と言えるかも知れない。だが、ヒュンケルにとっては重要な問題だった。

 なまじ生真面目な性格なだけに、この場は適当に相手に調子を合わせて共闘しておこう、などとはヒュンケルは考えられない。抜き差しならない二者択一の選択を突きつけられたかのように苦悩するヒュンケルの耳に、聞き慣れた声が響き渡った。

「ヒュンケル様! どうか、お聞き届けを!!」

 いかにも死者めいてざらつきのある声だが、それでもヒュンケルは彼の声を嫌ったことはなかった。

 常に真面目に、裏表なく自分に仕えてくれた忠実なる執事の忠告を、ヒュンケルは軽視したことはない。結果的にモルグの望みに反することをしたとしても、ヒュンケルはモルグの話には必ず一度は耳を傾け、再考するように心がけていた。

 ハドラーの一撃を受け止めながら、ヒュンケルはちらりとモルグの方に目をやった。
 魔法使いの少年と寄り添い合う様に立っている、生ける死者がそこにはいた。

 それは、普通ならばあり得ない光景だった。
 いくらモルグが温和な性格だとしても、普通、人間は不死系怪物を忌み嫌うものだが、ポップにはそんな様子は微塵も感じられない。

 仲間であるかのような距離で同じことを望む言葉を投げかけてきた彼らを見て、ヒュンケルはようやく気がついた。

 今の時間稼ぎの作戦は、ポップだけでなくモルグも関わっているという事実に。いや、むしろ、この作戦の要となるのはポップではなく、モルグにあるのではないかとヒュンケルは思う。

 考えてみれば、この鐘のある最奥の間を目指したこと自体、モルグの発案だった。不死系怪物達の暴走を止めるためにここに来たいと言い出したのは、彼だった。

 皮肉にもここでポップを見つけたため、最奥の間を目指した目的は無意味になりはてたと思っていたが、まだモルグには何か考えがあるのかもしれない。
 そして、ポップはいち早くそれに気がつき、助力しているのだとしたら――。

(……モルグの主君として、オレが後れを取るわけにもいかんな)

 ヒュンケルの顔に、すぐにはそうと気がつかない程の小さな笑みが浮かぶ。それはほんのわずかなものだったが、それを嘲笑と受け取ったのかハドラーがいきり立つ。

「貴様っ、何がおかしい!?」

 力を込めて斬りかかってきたハドラーの必殺の爪を、真っ向から受け止めるのはヒュンケルには可能だった。

 これまでは鍔迫り合いのように爪と刃を交えつつ、相手の決定的な隙を狙って体勢を崩すように戦っていたヒュンケルだったが、今度はそうはしなかった。
 迫り来る爪に対して剣に当てて向きを逸らし、受け流す。

「……!?」

 今までと攻撃のスタイルをガラリと変えたことに、ハドラーが戸惑うのが手に取るように分かる。
 だが、ヒュンケルは素知らぬ顔で剣を身構えた。

 先ほどまでのように、少しでも隙を見つければ即座に攻撃しかけるための構えではない。相手からの攻撃に対して柔軟に対応し、受け流すことを目的とした構えだ。

 文字通り、時間稼ぎのための構えを取るヒュンケルには、もはやダイやポップ達の方に目をやりはしなかった。
 防御に専念したとしても、ハドラーは強敵だ。
 他人を気遣ったり、気を散らしたまま攻撃を避け続けるには厳しい相手だ。

 ましてや、ヒュンケルの行動に対してハドラーはプライドを傷つけられ、怒りまくっている。その怒りをいなしつつ時間稼ぎに徹しようと思うのならば、最大限の集中力を保たなければならない。

 しかし、ヒュンケルの心は驚くほど澄み切っていた。
 ついさっきまでの自分の力不足に絶望し、動揺していたのが嘘のように、余裕が生まれている。

 そのゆとりは、身に纏った鎧のおかげだけとは言えない。
 認めるのは些か癪だが……ダイやポップに対する期待感が、ヒュンケルの中にいつの間にか根付いている。

 あいつらならばなにかやってくれるのではないかと、そう思う気持ちがあることを否定できない。それはもしかすると、ヒュンケルにとって唯一の腹心の部下と呼べるモルグに対するものよりも強い信頼感かもしれなかった――。








「なあ、あんた、なんか手はあるのかっ!?」

 ダイとヒュンケルに向かって大声で叫んだ直後に、ごく小声でポップはすぐ近くにいるモルグに囁きかけていた。すがりつくようなその声が、モルグ以外には聞こえない小声だったのは、幸いと言うべきか。

 ダイやヒュンケルがこれを聞いたら目をむいたかも知れないが、あれだけ自信たっぷりに時間稼ぎを頼んでおきながら、ポップときたら実は、これから先のことなど考えてさえいなかった。

 ぶっちゃけてしまえば、ついさっきダイとヒュンケルを助けたのだって深く考えて行った行動ではない。二人が危ないと思った途端、我慢しきれずに魔法を放っていただけだ。

 まあ、強いて言うのなら先にヒュンケルを助けたのには、そうすればハドラーやミストバーンの油断を誘えるだろうという計算するぐらいの冷静さはあったが、それだけだ。
 その後、どうすればいいのかなんて発想は全くなかった。

 と言うよりも、どうしたらいいのかさえ全く分からなくなっていた。事態はいきなり単身で魔王と出っくわした時よりも、更に悪化していたのだから。
 この場から、ポップだけが逃げ出すという選択肢はもうすでに考える気さえない。

 ヒュンケル一人の時でさえそうするのに躊躇いがあったのに、ダイまでやってきた今、とても自分一人だけのうのうと逃げたいとは思えない。まあ、戦いへの恐怖や逃げたいという気持ちは山々なのだが、それでもポップは決めている。

 もう二度と、仲間を見捨てて一人だけ逃げるような真似はしない、と。
 しかし、仲間を助けたいとは思っても、どちらに手を貸せばいいのか迷いはあった。

 仲間というのなら、もちろん、ダイに手を貸すのが筋というものだ。
 だが――仲間とは言えなくとも、ヒュンケルもまた、自分を助けてくれた相手ではある。

 それに、ヒュンケルと戦っている相手は他ならぬハドラーだ。アバンの仇であるハドラーを許せないと思う気持ちは、ポップにもある。

 正直、どちらの戦いにも手を貸したい。だが、同時にそうできるだけの力量などポップにはなかったし、そもそも相手が強すぎる。武闘家特有の動きの速さを持つハドラーも、幽霊のようにフワフワと宙に浮きながらもとらえどころのない動きを見せるミストバーンも、ポップから見れば動きを目で追うのがやっとだ。

 とても、狙いを絞って魔法を打ち込める相手ではない。援護すら難しい有様に立ち竦んでいたポップは、本当にどうしていいのか分からなかった。
 しかしポップは、モルグが独り言のように呟いた言葉を、聞き逃さなかった。

『あ、ああ……、ヒュンケル様が……っ。せめてもう少し、時間が稼げれば……っ!』

 ヒュンケルのピンチにうろたえ、ただオロオロとしているだけのこの不死系怪物に、ポップはもちろん見覚えがあった。

 ヒュンケルの配下であり、自分を捕らえた相手だとは承知していたが、それでもポップはモルグに対して悪感情は抱いていなかった。それどころか、どちらかと言えば好意を感じていたと言っていい。

 食事を運んできてくれたり、細やかなことを気遣ってくれたこの不死系怪物は、何となく信頼できる相手だと思っていた。それに、ダイが彼を名で呼んでいたことも、信頼が増すポイントの一つだ。

 何も考えていないようでいて、ダイの直感力はずば抜けている。怪物と平気で友達になれるダイは、本能的に敵と味方の区別がついているかのように思える時がある。

 それだけに、ポップは直感的にモルグの発言に飛びついた。その言葉を信じたからこそ、ポップは事の真偽を確かめる前にダイ達に時間稼ぎを頼んだ。
 順番が違うのは百も承知だが、その後になってから、ポップはモルグに詰め寄る。

「おいっ、さっきのって、ホントなのか!? 時間さえあれば、なんとかなるって奴!!」

「え!? え、ええ、時間さえあれば、あるいは……」

 勢い込んで聞くポップに、モルグは押され気味の様子ながらもそれでも頷く。
 頼りなさを感じるそんな答えであっても、ポップには十分だった。

「なら、おれは、何をすればいい!? なんでも力を貸すから、言ってくれ!」

 そう言う間さえもどかしく、ポップは熱心に訴える。
 説明を求める気すら、ポップにはなかった。なにしろ、もうダイはすでに時間稼ぎのための戦いを始めているのだ。言い出しっぺのポップが、今更怖じ気づくわけにはいかない。

 なのに必死になって訴えるポップを、モルグは驚いた様な目で見返していた。その様子がもどかしく、ポップは更に強く訴える。

「何してんだよ、このままじゃダイやヒュンケルがやられちまうだろ!? 急がねえと!!」

 即座にポップの言葉に従ってくれたダイは、まだいい。だが、どこかに迷いがあるように見えるヒュンケルの様子に、ポップは気を取られていた。時間稼ぎのための戦いとは言い切れない、中途半端な戦いっぷりは、ポップの目から見てもどこか危うい気がする。

 このままでは、ヒュンケルの方が先にやられてしまうのではないかと思うと、気が気ではない。
 ――と、そんなポップの焦りを見て、モルグが静かに声をかけてきた。

「……あなた様は、ヒュンケル様も救いたいと思ってくださるのですね」

「……!?」

 今度は、ポップが虚を突かれて息を飲む番だった。

(あ……そういや、おれ、なんでこんなに必死こいてあいつを助けたいなんて、思ってんだ……?)

 いや、そんなことはないと反論を思い浮かべるよりも早く、モルグは持ち前のおっとりとした態度で丁寧に一礼する。

「ありがとうございます、本当に。あなた様ならば、きっとヒュンケル様を救うことが出来るでしょうね。
 分かりました、私も全力でご協力いたします」

 深々とポップに向かって頭を下げた後、モルグはポップがそれに返事をするよりも早く、声を張り上げた。

「ヒュンケル様! どうか、お聞き届けを!!」

 叫んだのは、それだけだった。
 だが、その言葉は魔法のような効き目があった。ポップの頼みには迷いを見せていたヒュンケルは、モルグのその言葉と同時に戦い方を変えた。

 勝つための戦いでも、捨て身で勝負をしかけるでもなく、防御を中心とした時間稼ぎの戦いに。あまりにも露骨なまでのその態度に、ポップはちょっぴりムカついたぐらいだ。

 冷静に考えてみれば、元は敵だった自分よりも部下の言葉を重視するのは当たり前の話ではあるし、ポップが文句をつける筋合いでもないのだが。
 それに、そんな文句をつけている場合でもなかった。

「では、私にご協力願えますか。この鐘に魔法力を込めて頂きたいのです」

 そう言いながらモルグが差し出したのは、ごく小さな鐘だった。
 ポップの手でも軽く握り込めるほどの小ささの鐘は、ずいぶん古びている物のように見える。が、それを手にして初めて、ポップはそれが見た目通りの鐘ではないことを悟った。

「な……、なんだよ、これっ!?」

 鐘に触れた途端、ポップは蛇か毒虫にでもいきなり触れたかのように反射的に手を引っ込めてしまう。
 そうしてしまったのは、魔法使いとしての本能的な行動だった。

 鐘に手を触れた途端に感じた、いきなりの脱力感――それは、魔法力を吸い取られたからこそ感じた感覚だった。
 魔法使いにとって、魔法力を強制的に奪い取られるほど恐ろしいことはない。だからこそ反射的に手を引っ込めてしまったのだが、モルグは懇願する。

「お願いします、魔法力を! その鐘に十分な魔法力さえあれば、後は私の力でもなんとかできるのです!! ですが、私は見ての通り死者、私に使える魔法力など限られております……、どうか、ご協力を!」

 ひどく熱心なその訴えに、心を動かされなかったと言えば嘘になる。だが同時に、危惧感を全く抱かなかったと言えば、それも嘘というものだ。
 実際、ポップは思わずにはいられなかった。

 もし、これに失敗してしまったら、と――。
 魔法力を吸い込んだり、ため込んで初めて使用できる魔法道具はないわけではない。アバンの作った魔弾銃だって、その一つだ。

 だが、今、ポップの触れた鐘は魔弾銃とは明らかに違った。
 アバンが工夫を凝らして作った魔弾銃は、おそらくは何重もの安全設計が施されている。

 魔法力を注ぐ点についても、そうだ。弾を手にしただけでは魔法力を吸い込まれることはないし、術者が先端の魔石に触れてきちんと呪文を唱えなければ、魔法力を注ぐことは出来ない。

 しかし、今の鐘はもっと凶悪だった。
 魔弾銃が訓練を重ねた従順な犬だとしたら、モルグの差し出した鐘は飢えきった狂犬も同様だ。ポップの意思にはお構いなしに、ポップが手に触れた途端にいきなり魔法力を奪い取りだした。

 その性急さに、ポップが驚くのも無理はない。
 しかも、この鐘が欲する魔法力の底が分からないのも恐怖を誘う。魔弾銃は元々、それ程強い魔法を封じることができないように設計されているし、手にしただけで限界量を感じ取ることが出来た。

 だが、モルグの鐘はそうではない。
 いきなり魔法力を吸い込みだした鐘は、どの程度の量を欲しているかも不明のままだ。

 いくらかでも休息できたおかげで、多少は魔法力も回復したとは言うものの、今のポップの魔法力は満タンにはほど遠い。下手をすれば、鐘に魔法力を残らず奪い取られて再び気絶する可能性もある。

 もし、そうなったのなら――自分だけではなく、ダイやヒュンケルもまた、助からないだろう。時間稼ぎの戦いの末、何の成果も出せずに作戦倒れで全滅……そんな末路になるかもしれないと、弱気の虫が疼く。

 そして、弱気の虫に触発されたのか、疑念や不安も遅れて湧き上がってくる。

 もし、これがモルグの仕掛けた罠だったとしたら?
 人の良さそうな顔をして、自分やダイ、ヒュンケルまでもまとめて始末してしまおうと考えているのだとすれば、これ以上見事な作戦はない。

 心が負の方向にぐらりと傾きかけたが、その時、モルグは再び鐘を差し出しながらひどく真剣に訴えた。

「お願いします、お力添えを……! ヒュンケル様を助けるために、お力を貸して下さい……っ!!」

 強い、言葉だった。
 これ以上ない程真剣に、心の底から絞り出すような声だった。一つしか残っていない濁った目は、それでも真摯にポップを見つめていた。

 どうしてもヒュンケルを助けたいのだと、言葉以上に強く訴えかける不死系怪物を見て――ポップは、心を決めた。

「借りを、返すだけだからな!!」

 そう言って、ポップは奪い取るようにその鐘を握りしめる。
 その途端に急速な脱力感に襲われ、ポップはしっかりと足を踏ん張った。本能的に鐘を投げ出したくなる気持ちを抑え込むため、ポップはより一層力を込めて鐘を両手で握りこむ。

 魔法力を渡すのに文句はないが、奪い取られるぐらいなら自分から注ぎ込みたいと願い、奪われるよりも早く魔法力を高め、鐘の中へと注ぎ込む。
 そうすることが有利に働くのか、あるいは逆に不利になるのか分からなかったが、それはポップの意地だった。

 成り行きではなく、自分の意思でやっているのだと強く思いながら両手を握りしめる。
 だが、その指を透かして光がこぼれ出す。

 吸い込まれる力と、注ぎ込む力が反発し合っているのか、荒れ狂う様な勢いの魔法力が、鐘に思わぬ光をもたらしていた。古ぼけた鐘が、ポップの魔法力に呼応して光り輝きだしたのだ。

 並の魔法とは明らかに違うその輝きに、ハドラーやミストバーンも目を見張る。だが、戦いの手を止めるなど許さないとばかりに、ダイとヒュンケルが激しく打ち込むため、邪魔をするどころか目を留める時間すらろくにとれない。

 そのため、ポップは魔法力を存分に注ぎ込むことが出来た。目眩をこらえながら、ポップはほぼ限界ギリギリまでの魔法力を鐘へと注ぎ込む。

「こ……、これで、どうだッ!?」

 その言葉と同時に、ポップはようやく握りこんでいた手を緩める。
 しかし、長い間力を込めて握りすぎていた指は強張っていて、なかなか開かない。だが、未だに手の中にとどまっているその鐘は、もはやポップの魔法力を奪い取ることはなかった。

 もう満足したとばかりにただの鐘と戻ったその鐘は、仄かな光に包まれている。
 淡い光に包まれたままのその鐘を、モルグは押し抱くように恭しく受け取った。

「はい、誠にありがとうございます。これで、準備は整いました」

 モルグの手に戻った鐘が、高々と掲げられる。その途端、これ以上ない程澄み切った鐘の音が鳴った。
 澄み切った、透明感のある小さな鈴の音が一度だけ鳴る。

 と、その音に合わせて輪唱するかのように、澄み切った音が鳴り響く。美しさと荘厳さを併せ持ったその鐘の輪唱は、遙か上から聞こえてきた。
 天井高くに設置された大きな鐘が、いつの間にか揺れていた。鐘のつき手などどこにも見えないのに、それでもその鐘は鳴り響く。

 モルグの振る小さな鐘の音色に導かれるように、澄み切った妙なる音を奏で出す。鳴り響く大鐘の丁度真下に立ったモルグは、落ち着き払った声で淡々と言った。

「ありがとうございます。おかげさまで、やっと――、そう、今こそ、最後の鐘を鳴らす時がきました……!」   

                       《続く》

 

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