『タナバタの夜に 2』
 

「お城っ!? すごいや、ジャック兄ちゃん、ホントにボク達がお城に行けるの!?」

「ねえ、お城って広い? すっごくきれいなところなんでしょ!?」

「おやつは? おやつは持っていっていいの!?」

 話を聞いた子供達は、大興奮だった。
 ひっきりなしに質問攻めにしてくる子供達に囲まれ、ジャックはずいぶんと苦労する羽目になった。

 なにしろ、一度も旅行などしたことのない子供達だ。
 生まれて初めての、そして、この先一生かけてもあるかどうかも分からないお城行きの話に、誰もが嬉しさを隠しきれない。

 普段は生意気で、精一杯背伸びしまくった態度を取る男の子の中で最年長のエースでさえ、はしゃいでいた。

「ねえ、ねえ、お城ってさ、ピアノはあるのかな!? おれ、一度で良いからピアノを弾いてみたかったんだ!!」

 見かけによらず音楽の才能に恵まれた弟分は、どうやら楽器に興味があるようだ。半分ぐらい壊れかけた中古のオルガンしか演奏したことのないエースには、ピアノは憧れの存在のようだ。

「うーん、どうかな。あるにはあるけど、弾かせてくれるかどうかは分からないな」

 パプニカ城にピアノが複数あるのは知っていたが、ジャックは敢えて明言はしなかった。

 弟分がこんなにも希望するのならピアノを弾かせてやりたいのは山々だが、楽器類は安い物ではない。パーティやサロンなど、特別の集まりの際に音楽を披露する際に使用される以外は、厳重にしまわれているものだ。
 一介の兵士では、音楽室に勝手に入ることさえ禁じられている。

 まあ、ジャックの場合はポップと親しいだけに、頼み込めばもしかすると許可されるかもしれないが、コネを当てにして軽々しい口約束をするにはジャックはあまりに真面目だった。

(ま、後で頼むだけ頼んでみよう)

 心の中でこっそりとそう思いつつ、ジャックははしゃぐ子供達を嬉しげに見やった。

「ねえねえ、ジャック兄ちゃん、お城ってみんながいけるの?」

 ひどく心配そうにそう聞いてきたのは、フィオーリだった。以前、見るも無惨な火傷を顔に負っていた少女は、今や顔には傷一つ残っていない。幼いながらも整った顔立ちを眺めやりながら、ジャックは力強く保証してやった。

「ああ、大丈夫だよ。今回は誰も留守番しなくてもいいんだよ」
 
 誇らしげにそう言いながら、ジャックは周囲を見回す。
 一番人数が減った時には7名しかいなかった孤児達だが、今は全員で17名もいる。

 王国からの補助金を受けられるようになり余裕が出来たせいもあり、新しい子を引き取れる余裕が出来たおかげだ。ジャックの記憶している限りでは、この孤児院にいる子供達は増減しながらも平均すると20名前後の時が多かっただけに、このぐらいの人数の方が安心できる。

 身寄りの無い子達が手を取り合って生きていくのには、多人数で賑やかに暮らした方がいい。

 最も子供が多すぎるとまた財政や世話をする人手が不足して手が回りきらないのだが、今回に限ってはちょうどよかった。付き添いにレナや神父がきたとしても、十分に王国から提示された条件にかなっている。

 これで子供達が多すぎるようならば、どの子を置いていくかという心の痛む選択を迫られるところだったが、その心配はない。一番心配していた神父も、最近は腰の具合が良いから参加すると言ってくれた。

 子供達だけでなく、ジャックも幸せ一杯な気分だ。
 が――ただ一人だけ、どこか浮かない表情を浮かべている少女がいた。

「……でも、一週間も孤児院を空にするだなんて、ちょっと不用心じゃないかしら? やっぱり、一人ぐらい留守番していた方がよくない? 私、やっぱり……」

 と、そう言いだしたのが他ならぬレナだっただけに、ジャックは即座に否定する。

「いやいやいやいや! 不用心も何も、別に問題ないだろ」

 自慢じゃないが――というか、実際に自慢にも何もならないが、この孤児院は貧乏だ。もし、泥棒が仮に留守中にやってきたとしても、何の稼ぎにもならないことは保証できる。

 金目の物などとうの昔に神父自身が売り払い尽くしたし、あるのは使い古したおんぼろな日常生活品だけだ。
 盗まれるような物なんて、何一つとしてない。

 そもそも、建物自体が古くておんぼろなだけでなく、森の外れなんてへんぴな場所にあるせいで、旅人さえ滅多に来ない場所だ。そうそう人がやってくるとも思えない。
 なのに、レナはまだ引っかかる様子だった。

「でも、畑の水やりとかがあるじゃない」

「それなら、心配いらないって。カーロ兄さんが、様子を見に来てくれるってさ。他にも誰か手が空いているようなら、声をかけるって言ってくれたし」

 数年前に孤児院を卒業していった青年の名をあげ、ジャックはレナを安心させようとする。

 すでにジャックは孤児院出身の先輩に連絡を取っておいた。泥棒の心配など最初からしてはいないが、さすがに小さな畑やようやく増えてきた鶏の世話まで放置はしておけないからだ。

 比較的近在に住んでいるカーロは、みんなが留守の間は孤児院に泊まり込んでくれると約束してくれた。彼ならば、もし万が一泥棒がやってきたとしてもきちんと追い払ってくれるだろう。

 まあ、一番可能性が高そうなのは鶏泥棒……狐だろうなと、ジャックは思っているが、その場合もカーロなら心配無用だ。

 本職が狩人の彼は、孤児院に寝泊まりするついでにこの近在で狩りをすると言っていたし、うまくいけば何度も孤児院に被害をもたらした狐も退治してくれるかもしれない。
 良いことずくめだとジャックは思うのだが、レナの表情は震わなかった。

「でも……一週間もお城にいくなんて……」

 苦みを含んだその呟きに、ジャックは初めて不審を感じた。

「レナ? もしかして、おまえ、城に行くのが嫌なのか?」

 驚きと共に、ジャックはレナに問い返す。
 てっきり彼女も喜んでくれると思い込んでいただけに、その驚きは大きかった。

 ジャックが兵士になると言った時は、レナは真っ先に賛成してくれたし、パプニカ王国からの援助でこの孤児院の存続出来ると分かった後は、レナはことあるごとに王女様に感謝しなくちゃと口にしていた。

 だから実際にお城に行ったならさぞ喜ぶだろうと思っていたのだが、レナにとって王女に感謝する気持ちとお城に行くことは別問題らしい。

(そう言えば……、前に城に来た時もやたらと早く帰りたがったっけ)

 ジャックがそれを思い出した時、神父が優しい声音で話に割り込んできた。

「嫌なのに、無理をすることはあるまいて。気が進まないのなら、レナには留守を頼もうか」

 にこにこと穏やかな笑みを浮かべた神父の言葉には、包み込まれてしまいそうな優しさに満ちている。
 が、それを聞いてレナはハッとしたような顔をした。

「でも! そんなことをしたら、子供達の面倒は誰が見るんですか!?」

「何、心配せずともワシが見るとも。
 それに、ジャックも手を貸してくれることだろうし、案ずることはない。たまにはレナも、ゆっくりと羽を伸ばすといい」

 おっとりとしたその言葉には、レナへの気遣いが感じられた。孤児院最年長の女子として、みんなの母親代わりを勤めるレナはここで一番忙しい思いをしている。

 それをよく承知している神父は、だからこそレナを労りたいのだろう。それはジャックも同じだったが、いつも出遅れるジャックは今回も神父に良いところをかっさらわれてしまったらしい。
 ちょっと焦りを感じつつも、ジャックも言い添えた。

「あ、ああ、そうだよ。レナが気が進まないなら、それでいいんだ。オレも、できるだけ勤務の隙を見て手伝うから――」

 だから、ゆっくりと休んで欲しいと言おうとした言葉を、ぴしゃりとした声が遮る。

「ダメよ、そんなの!」

「へ?」

 鋭い目で睨まれて思わず怯んでしまったジャックに、レナは持ち前の勝ち気さで噛みつくようにまくし立てた。

「ダメに決まっているじゃない、だいたい勤務時間中にそうサボれるわけないでしょ!? それに、子供達だって今は17人もいるのよ!! そんなの、二人だけで面倒が見きれるわけ、ないじゃないの!」

 せめて子供達が10人以下だというのなら、老齢の神父が一人で付き添いをしたとしても、ジャックは心配しなかっただろう。子供達は神父を慕っているし、男の子で最年長のエースは17才になったのだ、年下の子供達をしっかりとまとめるぐらいの力はある。

 だが、子供というものは人数が増えれば増えるほど、手を焼かせてくれるものなのである。ましてや、初の旅行でテンションが上がりに上がりまくった子供達ともなれば、尚更だ。

 さすがに17名もの子供達の面倒を一人で見るには、老齢の神父では体力不足だ。エースの補助があったとしても、きつすぎる。ジャックも非番の時間はできる限り手を貸すつもりではいるが、レナの言う通りさすがに仕事をさぼるわけにはいかない。

 レナの助けがなければ、非常に苦しい旅行になるだろう。
 尤も、ジャックも神父もそれが分かっていながら申し出たのだが、レナはその思いやりに甘えるような娘ではなかった。

「ごめんなさい、わがままを言って。私も、もちろん行きます。でも、お気遣いを本当にありがとうございました」

 丁寧に神父に向かって一礼した後、レナはジャックには礼を言わずにしかりつけるように言ってのける。

「さ、行くと決めたら支度をしなくちゃ! えーと、子供達の替えの下着に服に、それにお弁当の準備もいるし、出発の日までに生ものも処分しておかないと。ああ、忙しくなるわ、ぼやぼやしている時間ないわよ!!」

 もちろん、ジャックもそれを手伝うのに否やはない。
 一度決心すると、ぐずぐずに迷わずに前向きに一生懸命頑張るのがレナの長所だ。ジャックはレナのそんな点も気に入っているし、健気な彼女のために力を貸してやりたいとも思う。

 だが――恋する青年として思わずはいられなかった。

(ああ……、せめて一言で良いから、オレにも何か、優しい一言とか欲しかったな……)






「あー、やっと、城が見えてきたぜ」

 てんやわんやで支度をして、孤児院を馬車で旅立ってから5日目。
 ジャックともう一人の御者が御する荷馬車は、ようやくパプニカ城へと辿り着いた。普通よりも時間がかかったのは、なんといっても人数が多かったせいだ。

 それに、旅慣れない女子供の旅では、馬車であっても速度は出せない。
 ジャック一人ならば馬があれば3日もあれば行ける道だが、5日もかかってしまった。

「ホント? よかった」

 レナがホッとした様にため息をつく。だが、彼女はすぐに不安そうな顔を見せた。

「でも、一日遅れちゃったわね。大丈夫かしら?」

 レナが心配するのも、無理はない。本来、招待された孤児達は7月1日から7日までの間、城に滞在する予定だった。しかし、今日はすでに7月2日である。

「もし、遅刻したからって罰を受けたりとか、旅費を弁償しろって言われたら……どうしたらいいのかしら?」

 真剣に心配しているのか、レナはひどく深刻な表情をしている。が、ジャックは彼女のそんな心配を笑い飛ばした。

「ない、ないって。レオナ様は気前の良いお方なんだ、そんなことはおっしゃらないよ。それに、前後1日ぐらいのずれなら、大目に見てくれるさ」

 パプニカ王女レオナは、聡明で革新的な主君としても名高い。ジャック個人としてはレオナの無茶さに思うところがないでもないが、彼女が優れた金銭感覚を持ち、部下に対して気前がいいという事実は知っている。

 そして、馬車での移動で予定外や遅延が起こるのは、兵士ならば誰もが想定内だ。

 本来なら昨日のうちに城につく予定だったが、遠方なだけに多少の遅れは仕方があるまいと認めてくれるだろう。さすがに二日以上遅れれば、様子を見に誰か先輩兵士達が捜索に来るかも知れないが、この分ならば夕刻の門限前には城へ辿り着けそうだ。

(あー、よかった。こんな簡単な任務もできないのかって、隊長に怒られるのだけは勘弁して欲しいもんな)

 恐ろしいほどの美形だが、同時に恐ろしい程の剣技の持ち主でもある近衛隊長のことを思い出しつつ、ジャックはレナ以上に大きく、胸を撫で下ろす。
 と、レナが思いついたように声をかけてきた。

「そう言えば、エイミさん達って元気かしら?」

「ぶ……っ!?」

 驚きのあまり、ジャックは手綱を暴走させそうになったところを、慌てて引き締める。

「やぁね、なにやってるのよ」

「い、いや、ちょっと、しゃっくりが出て」

 咎めるように言うレナに対し、ジャックはなんとか平静を取り繕う。が、内心はとても平静なんて物じゃない。
 そんなジャックの気も知らず、レナは至った無邪気に言ってのけた。

「せっかく、都に行くんだから、また会えるといいわね。ねえ、ジャックはエイミさんやポップさん達とは、あれから会ったことがある?」

(そらもう、毎日だよ……)

 兵士という職務上、ジャックは毎日のように自称『エイミ』とポップ、ダイと顔を合わせている。
 なにしろ、『エイミ』とはパプニカ王女レオナその人なのだから。

 ついでにいうのなら、三年前に行き倒れとして孤児院近くの森で死にかけていたポップは、なんと大魔道士ポップだ。
 パプニカ城で兵士として働きだして、ポップと顔を合わせた時にジャックがどんなに驚いたことか。

 だが、その事実を、ジャックは未だに孤児院の仲間達に打ち明けられないでいる。

 口止めされたから、ではない。
 あまりにも度肝を抜かれすぎることばかりやらかされて、言うチャンスを失ってしまったのである。

 なにしろ、以前、レオナは普通の女の子になりすまして、孤児院に慰問にやってきたことがある。その時、その辺にいる子供と変わらない様子で孤児院の粗末な食事を喜んでお代わりしていたダイという少年が、勇者ダイだ。

 そんな二人が実は王女と勇者だなんて打ち明けたら、それはそれで子供達の夢を打ち砕くような気がしてならない。
 世の中には、知らなくってもいいこともあるのだ。
 そう思って口を噤んでいたのだが、何も知らないレナは暢気なものだった。

「また、偶然にでも会えると嬉しいわね」

(や、やめてくれぇえええ〜っ)

 手綱を放り出して、頭を抱え込みたい気分だった。
 そんな偶然――ありそうすぎて、頭が痛い。
 彼女が本気なら、この後もどんな『偶然』が待ち受けているやら。

 だいたい今回の孤児院抽選自体が、レオナの意思が絡んでいるっぽいのである。意外と野次馬で、行動的な王女のことを思い浮かべると、ジャックはなにやら胃がきりきりと痛んでくるような気がした。

 あのお姫様ならば、実はと自分の正体をあっと驚く形で孤児達に明かし、みんなの驚きを楽しむなんて真似ぐらい平気でしでかしそうな気もする。

(か、勘弁して欲しい……っ)

 心の底から、ジャックは思わずにはいられない。 
 それだとレオナは悪戯心を満足させられるかもしれないが、驚いた後でレナが何故黙っていたのかとジャックを責めるのが目に見えている。

 レオナの機嫌を損ねたくないのとは別の意味で、ジャックはレナの機嫌も損ねたくはなかった。

 ……が、非常に遺憾ながら、ジャックにはこの件に関して何一つ手を打てそうもない。どうか、何事もなく滞在が無事に終わりますようにと心の底から祈りながら、ジャックは城への門へと向かった。






 城に着いた子供達とその保護者は、城の中でも離れに位置する客室へと案内された。
 それは客室と言うよりは、簡易宿坊と言った方がいい場所だ。同じサイズと同じ作りの部屋が、ズラリと並んでいる。

 基本的に、簡易宿坊はいざという時の備えのための部屋だ。災害などの有事の際、多人数が籠城する場合を想定して、一般人が短期間寝泊まりする時のための部屋である。

 目的が一時避難であるため、簡易宿坊はひどくシンプルな作りの実用的な部屋だ。二段ベッドを部屋の四隅に配置した8人部屋だが、元々一般市民の避難も想定した部屋なだけに子供用の移動ベッドも2台用意されている。

 つまり、子供が混じっているのであれば、最大で10人の人間を収容できるのである。

 清潔で必要最小限の物が整えられているとは言え、正直言ってたいした部屋ではないのだが、それでも腐っても城の一室には違いない。ここに来るまでに泊まった安宿よりも各段に立派で広い部屋に、子供達は目を輝かせる。

 さらに旅の疲れを癒すようにと入浴を許可された、パプニカ自慢の大浴場に子供達は大はしゃぎだった。
 大人数が一度に入れる温泉を源泉とした大浴場は、子供達にとって巨大なプールに等しいらしい。ちょっとでも目を離すと、はしゃいで泳ぎ回っている。

「あっ、こら、おまえら風呂で泳ぐなってぇの! ここはそんなことをしていい場所じゃないんだって!! って、こらっ、おまえまで何泳いでるんだよ、エース!」

 一緒に風呂に入ったジャックは、ずいぶんと手を焼かされることになった。女湯の方からもひっきりなしにレナの注意する声が聞こえてきたので、やんちゃな男の子ばかりか普段は大人しい女の子まで興奮しっぱなしだったようだ。

 風呂からようやく上がった時には、ジャックだけでなく慣れているはずのレナや神父までぐったりとしてしまっていた。疲れを知らない子供達だけがはしゃぎまくっている中、ノックの音が響き渡る。そして、明朗な女性の声が扉越しに聞こえてきた。

「初めまして。私はあなたたちがこの城にいる間、世話係を務めるエイミと言います。入ってもよいかしら?」

 それを聞いた途端、レナが弾かれたように扉に向かう。

「エイミさん!? なぜ、あなたがここに!?」

 驚きの叫びと共に、レナは扉を開けた――。                     《続く》  

3に進む
1に戻る
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system