『タナバタの夜に 3』
  

「……っ!?」

 勢いよく開かれた扉の中と外で、驚きに息を飲む音が重なる。
 中側にいるのはもちろんレナでだったが、扉の外に立っているのは『エイミ』ではなかった。

 驚いたように目を見張る、賢者の服を着た黒髪の若い女性――パプニカ三賢者の一人、エイミその人だった。
 その事実に驚いたのは、むしろジャックの方だった。

(な、なんだってエイミ様がわざわざっ!?)

 一介の兵士にしてみれば、三賢者はパプニカの重鎮だという認識がある。王女レオナや大魔道士ポップよりもやや下ではあっても、国を動かす中枢の一角だ。

 ジャックにしてみれば、エイミはお偉方の一人であり、よくは分からないが国にとってものすごく大切で重要な仕事をしている人という認識がある。そんな彼女がわざわざ孤児の世話などにきたことにジャックは肝を潰していたが、正直、それは彼の認識不足でもあった。

 普通の政務ならば、業務として規定が決まっているだけに行える者は多い。しかし、今回のようにレオナが直々に発案した前例のない企画では、そうはいかない。 

 何が起こっても臨機応変に動くことができるだけの実力と機転が備わった者でなければ、担当しきれないものだ。むしろこんな実験的な企画であるからこそ、三賢者が率先して関わるのが通例だ。

 ジャックももう少し近衛兵として経験を積めば、そんなことは常識として身につけるものだが、なにしろ彼は新米である。
 その点、何も知らないレナの方が立ち直りが早かった。

「あ……、ごめんなさい、知り合いと同じ名前だったから、てっきりその人かと思ってしまったの」

 レナの謝罪に、エイミは気にしなくてもいいわとにこやかに微笑んだ後、持ってきたワゴンを室内へと押し入れた。

「ようこそ、パプニカ城へ。
 あなた達がこの城で楽しく過ごしてもらえるよう、願っています。また、今回の招待には特別なものだけに色々な決まりがあるので、それも守って頂きたいの。詳しくはこの冊子に書いてあるから、後で責任者の方は目を通しておいてね。
 でも、まずは――」

 そう言いながら、エイミはワゴンを開ける。
 すると、中には色鮮やかな子供服がたっぷりと詰まっていた。

「わあ、きれい♪」

 途端に目を輝かせて、真っ先に近寄ってきたのはフィオーリだった。元々、可愛らしい服や綺麗な物に目のない彼女は、その子供服が一目で気に入ったらしい。

 可愛らしいピンク色をベースにしたワンピースに、青をベースとしたシャツとズボンの二種類が用意されていた。

「気に入ったかしら? よかったわ、これはあなた達のために用意した服なの。伝説に出てくるオリヒメとヒコボシという男女の服をイメージしたものなのよ。
 早速、着替えてみて」

 喜ぶ子供達に、エイミはテキパキとサイズに合った服を選んでいく。その際、彼女は各自に名前と年を問うのも忘れなかった。
 その名前と年齢をキラキラと光る星形のバッチに書き込み、一人ずつの胸に飾っていく。この飾りは、子供達を大いに喜ばせた。

「わあっ、見て見て、見てっ。これ、すっごくきれい!」

「すげーっ、かっけーっ!!」

 アクセサリーなど買ってもらう余裕のなかった子供達にとって、たかがバッチ一つでも宝物だ。それに加え、女の子には服と同色のリボンも配られた。これも、女の子達が大歓声をあげて喜んだのは言うまでもない。

「気に入ってもらえてよかったわ。そのお洋服とバッチは、あなた達が招待されたお客様だという証明になる物だから、なくさないようにしてね。
 その代わり、その服を着ていれば禁止区域以外は城内を好きに歩いて大丈夫だし、各種のサービスも受けられるわ」

 行き届いた配慮に、ジャックは感心せずにはいられない。 
 城に来ると言うことで、子供達にはそれぞれで一番良い服を着せるようにはした。だが、元が貧乏孤児院なだけにどの服も着くたびれていて、お古感が滲んでいたのは隠しようもなかった。

 洋服の差などに気がついていない小さな子達はともかくとして、ある程度成長した子やレナなどは服のみすぼらしさを気にしていたのだが、服を新調するような余裕などなかった。

 その不安や心配が一気に消し飛んで、レナの表情が明るくなる。しかし、まだ細やかに心配もある様子だった。

「ありがとうございます、でも、あの、この服のお代金は……」

「ご心配なく、この服も無料ですから。
 着替えも多めに用意してあるから、安心して使ってちょうだい。子供は服を汚すだろうから、たっぷりと用意するようにと言いつけられているの。

 足りなければ、もっと用意できるわ。汚れた時には遠慮せずに洗濯にだしてね。
 このイベント後には、この服は各自に持ち帰って頂く予定なの」

 エイミの答えを聞いて、レナの顔に浮かんだ笑顔が完璧な物になる。

「何から何まで、本当にありがとうございます!」

 レナが喜ぶのも、無理はない。
 孤児達の洋服を用意するのは、世話人にとっては頭の痛い問題だ。なにせ子供はすぐに成長してしまう物だし、子供服は意外に高いものだ。普段は村人の善意の寄付に頼っているが、これは当の子供達には不満の多いシステムだ。

 新品ではなく、友達が着ていたお古を下げ渡される子供の心理は、複雑だ。
 出来るなら新品の服が欲しいと思うのは子供達も、世話人も同じことだ。

 これがお芝居になどに使うような派手で安っぽい衣装ならば、もらったところでさして役に立つまいが、この服はもっと実用的だった。生地もしっかりしていて、着心地がよさそうだ。

 星柄がベースとなった衣装はなかなかにしゃれているが、それ程に派手な服ではない。むしろ、本体部分はシンプルですっきりとしたデザインなだけに、今回のイベントが終わった後でも日常生活で十分に着ることができるだろう品だ。

 しかも、これだけあればこの先何年にもわたって役に立ってくれること請け合いだ。

(まあ、今度はこの服ばっかりで嫌だなんて言い出す子がいるかもしれないけどさ)

 おそろいの服は一見可愛らしいように見えるが、年が小さな子は何年もの間お下がりとして同じ服を着続けなければいけないという欠点がある。

 孤児院出身のジャックには、この城でのイベントを経験しないまま、古着ばかり着せられるであろう未来の孤児の不満もはっきりと予測できたが、取りあえずそれは今は放置しておく。ジャックにしてみれば未来の孤児達の些細な不満よりも、今現在、レナが嬉しそうに笑ってくれることの方が大事だった。

「大人の方には失礼かも知れませんが、城内ではやはりこのバッチをつけていて下さいね。
 先程言った通り、城内の者はこのバッチを目印に招待客を見分けますので。

 これさえ身につけていれば、食堂で無料に、自由に食事もとれます。
 そうそう、長旅でさぞお腹も空いたでしょう。身支度が終わってから、食堂にご案内しましょうか」

「あ、食堂ならオレが……じゃなくて、自分が案内しますよ」

 慌てて、ジャックは申し出る。
 忙しいはずの三賢者にこれ以上手をかけてもらうのは申し訳ないと思ったし、わざわざ教えられるまでもなく城の食堂の位置も、その使い方の注意もジャックは知っている。

「そう? では、お願いするわね。
 それじゃ、何か分からないことや困ったことがあったのなら、近くにいる侍女か兵士に気軽に声をかけてちょうだい。そうすれば、すぐに私の耳に届くように手配してあるから、遠慮はしなくて大丈夫よ」

 そう言い残して、エイミが立ち去っていく。
 その間も手を休めず、せっせと幼い子供達の着替えを手伝っていたレナは、感心した口調で呟いた。

「驚いたわ、偶然ってあるものなのね。それとも、エイミってのは都では有り触れた名前なのかしら?」

 あまりにも素直なレナの反応に対して、真相を知っているジャックは目眩を禁じ得ない。

(それって偶然でもないし、有り触れた名前なんかじゃないって……)

 ジャックの知る限り、エイミという名前の女性は三賢者のあのエイミしかいない。
 有り触れているどころか、少々異国風の風変わりな名と言えるだろう。

「考えて見れば、彼女がこんな所にいるはずなんてないのにね」

(いや、います。いまくりますともさ)

 と、内心突っ込みつつ、取りあえずジャックも小さいの子の着替えに手を貸す。

 大抵の子は自力で着替えが出来るものの、ちょっと目を離すと前後ろを間違えたりとか、ボタンを掛け違える子はざらにいるのである。特に、男の子はそんな点はひどく雑だ。
 女の子達はその点、着替えは丁寧なものの丁寧すぎるのが問題だ。

「ねえねえ、これ、おかしくない?」

「似合う? 似合っているかな、これ」

「えーん、うまくちょうちょ結び、できないよぉ。レナお姉ちゃん、結んで〜」

 レナを取り巻いて、そうねだる女の子達は生まれて初めて着る可愛らしい服に夢中なようだ。しかし、それに比べて男の子は洋服などどうでもよくて、夕食の方が気になるらしい。

「ジャック兄ちゃん、お腹すいた〜」

「何食べれるの? お肉? お肉だと、おれ、すっげー嬉しいんだけど!」

「ぼく、たまご! たまご、食べたいよ」

「もしかして、パンをお代わりできるかな!? 二個半……思い切って、三つぐらい食べてもいい!?」

 すでに心は食事に釘付けで、これまた大騒ぎである。

「あー、静かにしろって。ついでに、もうちょっとぐらい、待て!」

 神父と手分けをしながら子供達を宥めつつ、ジャックはさっきとは違う不安を感じていた。

(あー、食堂に行くのはいいけど……ポップさんや勇者様がいたら、どうしよう?)

 本来大食堂は、城で働く兵士や侍女、文官などが食事をする場所で、身分の高い人間や高官は自室で食べるのが普通なのだが、ダイやポップは普通とは違う。ごく当たり前のように、食堂に毎日のように顔を出すのである。

 兵士達も慣れっこになっていて、今や気にしないが――さすがにレナや子供達はそうもいかないだろう。
 ましてや、そこにもし『エイミ』がいたりなどしたら――。

(まあ……姫様はいないとは思う……と言うか、思いたいなぁ。いくらあの人が意外とお茶目で物好きで人騒がせなお人でも、さすがにそこまでは……っ、いやっ、いないに決まっているよ、うんっ)

 自分に言い聞かせると言うよりは、もはや後半は願望のごとくジャックは心の中でそう繰り返す。

「ちょっと、ジャック、何いつまでもぼーっとしているのよ? 早く食堂に案内してちょうだい、みんなお腹を空かせているんだから!」

 さんざん待たせておきながらごく当然のようにそう催促するレナに、ジャックは不満は抱かなかった。そんなのは、いつものことなのである。

「ああ、ごめん、ごめん。今、行くから」

「わぁいっ、ごはんっ、ごはんっ!!」

 ジャックにしてみれば、いつ、どこでレオナやポップ達とバッタリ会うかと思うと、まるでお化け屋敷の中を歩いているかのように気が抜けないし落ち着かないのだが、何も知らない子供達やレナは無邪気なものだ。

 立派な装飾品に見とれたり、はしゃいだりしながら賑やかに城の中を進んでいく。そして、バイキング形式なんて初めての子供達は、この日、生まれて初めてのお代わり自由の外食を腹一杯堪能しまくった――。






 その頃、レオナ達は、いつも通り王宮の奥まった食堂で遅めの夕食を取っていた。

 ジャックは大食堂でダイやポップと顔を合わせるのではないかと怯えていたが、実はそれは要らない心配だった。確かに朝食や昼食には、ダイやポップは大食堂で気軽に食べることが多いが、夕食ばかりはそうはいかない。

 特別な用事が無い限り、夕食は仲間同士で集まって食べるという規則を作ったのは、パプニカ王女レオナその人だ。その命令には、勇者も大魔道士も逆らえない。

 まあ、元々大戦時代からの気心の知れた仲間なだけに、集まって食事を取るのに不満があるわけでもなく、ダイやポップも不満を感じているわけでもない。

 今日はたまたま休憩時間が空いたヒュンケルも加わって、ダイ、ポップ、レオナの4人は楽しげに食事をしているところだった。

「ダイ君、ごめんなさいね。今日はお夕食が遅くなったから、お腹が空いたでしょう?」

 一際熱心に、がつがつとかぶりついているダイに向かって、レオナが申し訳なさそうに声をかける。

 いつもならば、夕食は決まった時間に取ることにしているが、今日は仕事が立て込んでいてレオナとポップの時間がどうしても空かなかった。そんな時は先に夕食を食べるようにとダイに連絡をするのだが、ダイは待っていてくれた。

「ううん、大丈夫だよ。
 それに、おれ、ポップやレオナと一緒にご飯を食べたいもん。ちょっとぐらいお腹空いても、待っているよ」

 健気さを感じさせるその言葉には、レオナも思わず嬉しそうな表情を浮かべる。

(……でも、なんであたしの名前よりポップ君の名前が先にでてくるのかしらね〜?)

 が、一瞬だけちらっと不満も感じてしまうのが女心という物か。
 レオナがほんの少しばかり恨めしげな視線をポップに向けた時、扉をノックする音が聞こえた。

 本来なら、レオナ達の食事の時間には邪魔など入らない。
 普段から忙しいレオナやポップを気遣い、彼女達が心からくつろげるこの時間を邪魔しないように、国際問題に匹敵する緊急の用以外は食事の時間は割け、連絡を遅らせるのが通例だ。

 それを知っているレオナとポップ、それにヒュンケルは緊張した面持ちをドアに向ける。
 しかし、部屋に入ってきた女性を見てその緊張感は一瞬で和らいだ。 

「お食事中、失礼します。
 ですが、姫様が気にされていたようなので、早くご報告しておいた方が良いと思いまして。
 最後の孤児達が、夕刻頃、無事に到着いたしましたわ」

 きびきびとそう報告したのは、エイミだった。

「そう、よかったわ。遅かったから何かあったのかと心配していたのよ」

「ご心配なく、姫様。
 子供達は全員元気でしたわ。付添人も、同様です。いずれ担当兵士から正式な報告書が上がってくると思いますが、遅れたのは単なる馬車の遅延にすぎないようです」

「ま、あの孤児院、やたらと遠いもんな。無理もねえよ」

 実際に孤児院に行った経験のあるポップが、納得顔で頷く。だが、レオナはどことなく不満顔だ。

「それはそうかもしれないけれど、あたしとしてはやっぱり初日に来て欲しかったわ。そうしたら、舞台効果はバッチリだったのにっ。
 お城に招待されて大喜びしているレナ達が、お城で開かれた歓迎の式典で挨拶に登場した王女様を見て驚くなんて、最高の演出じゃない?」

 元々、レオナはそのつもりで演出を練り抜いていたのである。
 孤児達が全員揃う予定だった7月1日の夕方に、彼らの到着を記念して大広間に一同を集め、簡単な式典を行った。

 その際、王女だけでなく勇者や大魔道士まで揃っての直々の挨拶は大いに盛り上がったポイントだったのだが、その場にレナ達がいなかったことはレオナにとっては痛恨の計算違いだった。

「でもさ、レオナ。レナさん達に会いたいなら、これから行けばいいじゃないか。だって、もう来ているんだろ?」

 ダイは至って素直にそう進めるが、レオナはお話にならないとばかりに大袈裟に首を横に振った。

「ダメよ、ダイ君! ただ、会えればいいってものじゃないの! いーい、こういうのには演出ってものが大事なのよ! せっかくのチャンスなんだから、もっと派手に、こう思いっきりドラマチックに、ぱぁーっと再会したいってものじゃない♪」

「どらまちっく?」

 全く意味を理解していないように、ダイがキョトンと首を傾げるが、レオナは気にもとめなかった。目を輝かせて、うっとりと視線を空に遊ばせる。

「そうよ、物語なんかでよくあるじゃない、お忍びの王様がここぞという場面でばしっと身分を暴露して、知り合いみんなを驚かせるっていう、あれよ! あたしがやりたいのは、ああいうのなのよ!!」

 盛り上がりまくっているレオナに比べ、ダイの反応は薄かった。
 吟遊詩人などが語る伝承歌や物語などでは定番のストーリーだが、元々、本を読む習慣のないダイにとっては初耳の話なのだろう。

 よく分からないなぁという表情で、7度目のお代わりのパンにぱくついている。おかげで、給仕係の侍女は大忙しだ。

「別に、そこまで派手にやることないじゃん。ってか、そんなことわざわざバラさなくってもいいのによ」

 気のない様子で、持てあまし気味に魚料理をつついているのはポップだ。このタナバタイベントのせいでただでさえ忙しい仕事が更に増量し、バテて食欲がないのか半分ぐらい食べたところで残りをダイに押しつけつつ、肩をすくめている。

 実際、庶民感覚が未だに抜けないポップにしてみれば、知り合いが実は超有名人でしたなんてドッキリは、驚かされる方にとってはたいして面白いものではないと知っている。

 最初の師であるアバンにそれをやられた時は、状況のせいもあるが喜ぶどころじゃなかった。むしろ、何でもっと早く言ってくれなかったのかと思ったものである。

 それを思い返せば、ポップとしては自分達の正体をわざわざ孤児達に知らせて驚かせたい等とかけらも思わない。が、盛り上がりに盛り上がったレオナの意欲に水を差すことは、誰にも出来なかった。

「何言ってるの! 友達に隠し事なんて、水くさいじゃない! ポップ君、あなた、友達に自分の正体を隠し通して平気なんて冷たい人間だったの?」

「そんなの、いきなり偽名なんて使った姫さんに言われたくねえよ」

 ポップの小声のぼやきを偶然聞き逃したのか、それとも意図的に無視したのか、レオナは一向に気にした様子もなくエイミに向かって熱心に話しかける。

「ねえ、エイミ。孤児達のイベントって、どんな物があったかしら?」

「7月3日から5日までの三日間は、クロコダインやチウ君達を招いての怪物交流会を兼ねて、養子縁組を望む者の見学会を予定しています。
 7月6日にはプロの劇団をお呼びしてタナバタをテーマにした芝居公演を、7月7日には大広間でお別れパーティを開く予定ですわ」

 手にした書類を見もせず、エイミは迷わずにすらすらと答える。それを聞いた途端、レオナの目がキラリと光った。

「それなら、狙い目は6日に芝居公演よね。舞台が終わった後のカーテンコールで、挨拶にあたしやダイ君達も登場するならそう不自然でもないでしょ? うふふっ、レナ、さぞ驚くでしょうね♪」

「別に、そんなの無理に挨拶なんか割り込ませなくっても、どうせ最後のお別れ会でやるじゃないかよ」

 ポップが不満げに文句をつけるが、案の定レオナはびくともしなかった。

「あら、お別れ会でバラしたんじゃ、レナとゆっくり話をする時間がとれないじゃないの。レナとは話したいことが一杯あるのよ、ジャックとの仲は進んだのかとか、結婚式はいつにするのとか」

 楽しそうに女の子同士の会話に思いをはせるレオナは、話は全然そこまで進んでいないことなどは知りもしなかった。

 ホワイトデーの日に、ジャックがレナに婚約指輪を贈り損ねていたことは知っていたが、まさかそれから今までの間、一ミリも事態が進展していないなどと思うはずもない。

「あ、言っておくけど、ダイ君、ポップ君。
 それまでの間、あなた達は城内の一般開放部分には出ちゃダメよ。特に、食堂は絶対に立ち入り禁止ね! せっかくの挨拶前にレナ達にうっかり会ったりしたら、サプライズ台無しだもの」

 この理不尽にも程のある命令に、ポップはたいして気にした様子もなかった。元々、仕事が忙しくなると自室と執務室の往復だけで手一杯になるのが、ポップの日常なのだ。うっかりすると、城から一歩も出ないままの日が続くのも、決して珍しくはない。

 が、ダイはそうはいかない。

「ぇえええ〜っ!? せっかくクロコダインやチウが来るのに、会えないの!? それに食堂に行っちゃダメだなんて……っ。ごはんは……?」

 途方もない凶事を聞かされたとばかりに、ダイの目が大きく見開かれる。今にも涙がこぼれそうなほど目を見張っているダイを見て、レオナが慌ててフォローする。

「大丈夫よ、クロコダイン達と会う時間は後でちゃんと作ってあげるから。それに大食堂にいかなくても、この食堂で三度の食事を用意させるから何の心配もいらないわよ」

 それを聞いて、ダイは幾分落ち着いたらしい。が、まだ気になることがあるのか、ポップの方をちらっと見ている。その視線を察して、レオナは付け加える。

「もちろん、ここで食事を取るのはポップ君も同じよ。ねえ、ポップ君? お願いだから、三食ともちゃんとここに食べに来てよね?」

 笑顔の裏にどことなく圧迫感を滲ませてのレオナの頼み事に、ポップはなにやら危険を察知したのか、文句も言わずにこくこくと頷く。
 それを見て、ダイが今度こそ安心したようにまたも食事に集中するのを見やってから、レオナはエイミを振り返った。

「遅くまでご苦労様、エイミ。
 お夕食、まだなんでしょう? よかったら一緒にどうぞ」

 ダイ達にとっては、三賢者も大戦を一緒に乗りきった仲間だ。
 毎日とは言えないが、時間が合えば三賢者もレオナを囲んでの夕食に参加することは多い。

 まあ、普段ならば、すでにメインデニッシュまで進んだ食事への途中参加は辞退したかもしれないが、今日は珍しくもヒュンケルが参加している。
 エイミにためらう理由はなかった。

「それでは、お言葉に甘えて。ヒュンケル、隣……いいかしら?」

 顔を赤らめつつも、ちゃっかりとヒュンケルの隣を選ぶ辺りが、エイミの乙女心というものか。

「ああ」

 生真面目に頷いてから、ヒュンケルはポップに向けて咎めるような視線を送る。
 ちょうど、ポップはメインの子羊のローストを切り分ける振りをしつつ、ダイの皿にポイポイと放り込んでいるところだった。

「……人に押しつけてばかりいないで、きちんと自分で食べろ」

「う、うっせーなっ、おめえはおれの母親かよ!? 余計なこと、言うなよな!!」

「ちょっと、ポップ君、何セコいことをしてるのよ!?」

「あ、そういえば、なんかいつもよりいっぱいあってラッキーって思ってたら。これ、おいしいから、ポップももっと食べなよ」

 賑やかな会話の飛び交うそこは、いつもながらの勇者一行の夕食光景だった――。                                            《続く》

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