『バカンスは命がけ♪ 3』

「なんだよ、そんなの気のせいじゃねえの?」

 ポップが一瞬の動揺を見せた――そう見えたのは、気のせいなのかどうか。
 どちらにせよ、ポップは持ち前の明るさで笑い飛ばそうとする。

「ううん、気のせいじゃないよ。ちゃんと薬の臭いがするもん」

 ポップの服の裾を掴んで、ダイは犬のようにクンクンと鼻をくっつける。五感が並外れているダイは、実に優秀な嗅覚の持ち主だ。他の人間には分からないかすかな香りの差でも、ちゃんと気づく。

 以前、レオナも軽い頭痛がしたので念のため煎じた薬草を飲んだ際、臭い消しを兼ねて香水をつけていたにもかかわらず、ダイに同じように臭いから真相を見抜かれてビックリした覚えがある。
 それを思えば、ダイの今回の指摘が間違っているとは思えなかった。

「あ、そういや、さっき珍しい薬草を見つけてちょっと摘んだから、その臭いがついたんだろ」

 さも今思い出したと言わんばかりにポップがそう言うと、ダイはあっさりとそれで納得したらしい。

「へー、そうなんだ」

(……ホントかしら、あれ?)

 無邪気なダイとは違い、レオナはちょっぴり疑わずにはいられない。
 大抵の人間はそうだが、ポップは薬を嫌う方だ。薬を飲まなければならない機会が一般人よりも多いくせに、ポップは普通以上に薬を嫌う。

 師であるマトリフやアバンの厳命が無い限り、極力薬から逃げようとするポップが、自主的に薬を飲むなどめったにあることではない。彼がそうするのは、よっぽど体調が悪いのを隠し通したい時ぐらいのものだ。それを知っているだけに、レオナの心にもぞりと疑問が頭をもたげる。

(もしかして……、ポップ君、あまり体調がよくない、とか?)

 大戦中、禁呪に手を出した代償として身体を壊したポップは、一見健康に見えても無理は利かない体質だ。疲れが溜まるとすぐに体調を崩すポップは、厳密な意味では健康体とは言えない。

 とは言え、ポップの体調は絶対安静が必要と言う程の重症ではない。無理をしなければ日常生活を普通に送っても大丈夫とは、マトリフやアバンが保証してくれた診断結果だ。

 その指示を、レオナは忠実に守っているつもりだ。
 目を離すと無理を通り越して無茶をしかねないあの魔法使いに、時折ちくりと釘を刺したり、脅しつけたりしつつ注意を与えるようにしている。
 そうやってポップの様子に気を配っているのは、レオナだけではなかった。

「……甲羅干しをしてた割には、日に焼けてないな」

 ぼそりと呟いただけだが、ヒュンケルの低い声は不思議によく通る。その上、その言葉は事実だった。
 南国の日差しは、強烈だ。

 炎天下で脳天気に殺伐ビーチバレーを楽しんでいた脳筋連中は当然として、日焼け止めをたっぷりと塗り、時折パラソルの影に避難するように努めていたレオナやメルルでさえすでにそこそこ日焼けしてしまっているのに、ポップにはほとんど変化が見られない。

「いったい、今日はどこに行っていたんだ?」

「な、なんだよっ、うっさいなぁ、いちいち……っ、そんなのどこでもいいだろっ」

 普段から兄弟子への不満を隠さないポップは、遠慮無しにヒュンケルを怒鳴り返す。が、ヒュンケルには文句を言えても、女の子達に対してはそうもいかない。

「でも、ポップさん……、昼間、いったいどこにいってらしたんですか? 水分補給にもお昼にもいらっしゃらなかったし……」

「そう言えばそうよね。ポップ、せっかくの旅行なのに、勝手に単独行動をとるのってよくないと思うわ!」

 心配そうに、じっとポップを見つめるメルルに、ちょっと怒っている様に説教しつつも、やっぱりポップを心配して彼に詰め寄るマァム。
 二人のタイプの違う美少女に挟まれるという、世の大半の男性から羨まれる立場に立ちつつ四苦八苦するポップを眺めつつ、レオナは一人思う。
 
(そう言えば……ヒュンケルも昼間、ポップ君のことを気にしていたし、一応は注意しといた方がいいかもしれないわね)

 ポップの健康管理について、レオナは本人の自己申告などほとんど当てになどしてはいない。
 その気になれば、ポップは真顔でさらっと嘘をつく。しかも調子が悪い時ほど強がって、いざとなると無茶をする悪癖は大戦が終わっても未だに抜けきっていない。

 実際、ポップが無理を重ねて寝込んだ回数は、とっくに両手の指では数え切れない。それを承知しているだけにレオナは本人の意見など参考意見程度にとどめて、周囲からの観察を最重視してポップの健康管理に気を配っている。

 とは言え、今のところ見た目も元気そうではあるし、食欲も十分にある様子だからレオナは深くは心配してはいなかった。
 確かに多少は挙動不審気味だが、その分、注意して観察していればいいだろう……そのぐらいのつもりだったのだ。

「あ、そうだ、ポップ、ごはんの後でおれと一緒にとっておきのとこに行こうよ! あのね、夜にだけうんと珍しい花が咲く場所があるんだよ!! ゴメちゃんとオレしか知らないとこだけど、ポップになら教えてあげるね」

 などと、ダイが嬉しそうにポップに話しかけているのを見て、彼への体調への心配よりも先に、レオナは心の中の仕返しリストでポップの順位更新を優先させるだけの余裕があった。
 この時も、まだ――。





「ダイくん、おはよう!」

「あ、うん、レオナ、おはよ……」

「……って、どうかしたの?」

 翌朝、レオナはダイと顔を合わせるなり小首を傾げる。
 今日のダイは、明らかに元気がなかった。あまりにもしょんぼりとしているので、レオナはせっかくの二着めの水着に彼が反応してくれなかったことにがっかりするのも忘れてしまう。

 選びに選び抜いたブルーグレイの大人びた色合いで、お腹の辺りを大きく開いた大胆なデザインのワンピースは上品さと可愛らしさを併せ持つ逸品なのだが。

 余談ながら、昨日とは違っているのは水着だけでなくその上に羽織っているパーカーやパレオもだし、髪型も昨日とは違って自慢の栗毛はポニーテールにしてあるのだが、ダイは一向に気がついた様子もなかった。

「それが、ポップ……朝起きたらもう、いなかったんだ」

「あら、珍しいのね」

 レオナの知る限り、ポップは朝寝坊だ。
 勇者一行の中でも1、2を争う寝起きの悪さで、大戦中はよくマァムに怒られていた姿をレオナでさえ見たことがある。それとは逆に、自然児のダイはいたって寝起きがいい。

 年寄りのバダックが感心するほどの早起きさで、誰よりも一番に目を覚まして飛び起きるのが普通だ。
 そんなダイより、ポップが先に起きるだなんて珍しいにも程がある。

「ホントだよ! それに一人で先に行っちゃうなんて、ひどいや。今日は朝から遊ぼうって、約束したのに〜」

 いかにも不満そうにそう訴えるダイの言葉を聞いて、レオナは心の中に苛立ちメーターがぐらっと上昇するのを感じずにはいられない。

 昨夜、ダイは昼間ポップと遊べなかった埋め合わせのつもりなのか、ずっとポップと一緒に居た。それだけではまだ足りないとばかりに寝る時までポップにべったりとくっついて、レオナが密かに夢見ていたロマンチックな夜のお散歩は文字通り夢のままで終わった。

 それならばせめて、女の子同士で夜にこっそり恋バナで盛り上がろうかと期待していたのに、レオナと同室のメルルとマァムはこの手の話題にはあまり乗ってこなかった。

 元々、マァムは超がつくほどの天然の上に鈍感だし、恥ずかしがり屋なメルルもそうそうノリがいい方ではない。それに、メルルは昼間のポップの様子を見て以来、彼の体調が気になるのかやたらと心配していて、それに釣られたのかマァムまでポップの体調のことばかりを気にするようになっていた。

 そのせいで、恋バナどころかレオナはポップの体調について語って二人を安心させるという、実に報われないボランティア看護婦さん気分を味わったものである。

 元々、マァムもメルルもポップが大戦中に禁呪のせいで身体を壊したことは知らない。ポップ自身が人に知られるのをひどく嫌っているし、仲間に心配や負担をかけたくなくてレオナを筆頭に秘密を知る者達は揃って口を封じているのだが、親しい仲間に対して秘密を抱えているのは心理的な負担ではある。

 レオナ本人が感じている細やかな不安を一切伏せたまま、なおかつ二人の心配をさりげなく笑い飛ばすという作業は口達者なレオナにとってもなかなかの難関だった。

(まったく、これもそれも全部ポップ君のせいよっ!!)

 内心で腹を立てつつも、レオナは意図的に気楽な調子でダイを励ます。

「まあ、まずは食堂に行って朝ご飯でも食べましょうよ。今朝はダイ君の好きな、特製のパンケーキよ。それに、ポップ君も先に食堂に行っているかも知れないしね」

「……うん、そうだね!」

 パンケーキとポップ、どちらが効いたのかは分からないがダイの顔にやっと笑顔が浮かぶのを見て、レオナもまた、微笑んだ――。





「いいえ、ポップさんなら見かけませんでしたけど……」

「うむ、オレも今日はまだ見かけていないな」

「ボクもあの未熟者など見かけなかったぞっ」

「ゲロゲーロ、ゲロロッ」

(全くどこに行ったのかしら、ポップ君ときたら!?)

 ちょっぴりどころではない苛立ちを感じつつ、レオナは常夏の浜辺を一人で彷徨っていた。
 本来なら、こんな予定ではなかったのだが。

 理想を言うのであれば、ダイと一緒に浜辺でサンオイルのぬりっこなどをしてみたかった。ダイがどきまぎしながら自分にオイルを塗ってくれるのを見るのはさぞやくすぐったくも嬉しかっただろうし、自分がダイに塗ってあげるのでもよい。

 以前の幼さが薄れ、逞しくなったダイの背に触れる機会などそう滅多にない。ダイが照れて笑う顔だって、見たかった。

 いや、そこまで贅沢を言わなくても、ダイが楽しそうに笑ってくれるのなら、海辺で一緒に遊ぶだけでも十分だ。たとえそれがレオナにはついて行けない人外ビーチバレーだったとしても、ダイが心底楽しそうに笑っているのならばそれでいい。

 しかし、今となっては――レオナはポップをどうしても見つけて、文句を言いたい気分でいっぱいだった。

 あの後、食堂に行ったダイは、そこにもポップがいないと分かってずいぶんとがっかりした顔をした。そのせいか食事も進まず、たった3回ほどお代わりしただけでやめてしまったのである。

 その後も、みんなと一緒に浜辺で遊びはじめたとはいうものの、どことなく元気がないと言うか少しばかり精彩に欠けている様に見える。
 笑顔には違いないが、ちょっと寂しそうな、わがままを言わずに我慢をしているようなダイの表情を、レオナは見たいとは思わない。なんと言っても、今回はダイのための旅行なのだ。

 ダイには誰よりも喜んで貰いたいし、楽しんでもらいたい。
 大らかなダイは約束を破られたことそのものよりも、ポップと遊べないのにがっかりしている様子だが、レオナは違う。

(もーっ、ポップ君ったら! 本当にいてもいなくても、ロマンスの邪魔ばっかりしてくれるわよねっ!?) 

 ダイに変わってポップを見つけ出し、八つ当たりも込めて約束を破ったことをさんざん非難してやりたい気分でいっぱいだった。
 どうせダイを初めとした勇者一行の力業についていけないレオナは、散歩も兼ねて出会う人にとりあえず片っ端から声をかけて聞き込みしてみるものの、全く成果が上がらない。

(さすがに疲れちゃったわね〜)

 地図上ではごく小さなデルムリン島だが、それでも実際に歩けばそこそこの広さがあるし、人が一人隠れるぐらいは十分すぎるほどだ。さすがに適当に歩き回っているだけでポップを見つけ出すのには、無理があるようだ。

 これは対策を練り直した方がいいかもしれないとレオナが思い始めた時、運良くと言うべきか目の前にヒュンケルが現れた。

「姫? こんなところで、何を?」

 こんなところで会ったのが意外だとばかりに、ヒュンケルの顔にわずかばかりの驚きが浮かぶ。

(……それ、こっちの台詞なんだけど)

 行方不明のポップもポップだが、ヒュンケルもなかなかみんなの所に長居しようとしない。昨日もポップを探すのを優先して、短時間ゲームに加わったかと思うとふらっといなくなるという奔放さで、エイミを大いに嘆かせたものである。

 同じくロマンを求める乙女としてエイミに大いに同情し、ヒュンケルに文句の一つも言いたい気分はあったが、まず今はポップを見つけ出して問い詰めるのが先だ。

「ちょっとね。それより、ヒュンケルは今日もポップ君を探しているの? 彼、見つかったかしら?」

 その問いに、ヒュンケルは一度頷いてから首を振った。
 無口で分かりにくい返答に苦笑してから、レオナはふと真顔になって尋ねる。

「それにしてもヒュンケル、今回はやけにポップ君のことを心配しているのね。なにか、理由でもあるの?」

 アバンの使徒の長兄という立場にいるヒュンケルは、自分の弟弟子や妹弟子達に保護者意識を感じているのは承知しているし、無茶をする確率が一番高い上に肉体的に貧弱なポップに気をかけているのも知っている。

 だが、冒険旅行ならまだしも、今回のように南の島のバカンスにここまで気を張るのはさすがに不自然なような気がする。
 レオナの疑問にヒュンケルは一瞬だけ迷うように黙り込んだが、敬愛する姫の言葉に逆らう男ではなかった。一拍の間を置いてから、意を決したように口を割る。

「……実は、来る時の船で少し顔色が悪いように見えましたので。それに、この前オレが姫の水着を探す旅に出た時に、後を追ってきたポップはかなり魔法を使ったようですから……」

「え? ちょっと待って、旅って、何!? それ初耳なんだけど?」
 
 前半部分も初耳だったが、後半部分がレオナを驚かせる。
 確かに少し前に、レオナはヒュンケルに水着を一着持ってくるようにと命じた。

 だが、それは間違っても旅を意図した命令ではない。と言うより、レオナの感覚ではパプニカの城下町辺りの適当な店辺りで買うだろうと思っていたし、実際に今までそれを疑ってもいなかった。
 しかし、ヒュンケルは大真面目な顔で淡々と告げる。

「ご報告しませんでしたか? あの水着……水の羽衣を手に入れるために、オレは休暇をいただいて10日ばかり旅をしていました。行く先は――」

 と、ヒュンケルがあげた複数の地名を聞いて、レオナは目眩がこみ上げてくるのを感じた。まさかあのシースルーの趣味の悪い水着が、伝説の魔法使い用防具だったとは。

 わずかの間に、名を聞いただけでも怯みそうな魔境にチャレンジしていたともなれば、さぞや苦労や冒険談があっただろうにそれをおくびにも出さなかった無口さはどうなのよと、小一時間ほど問い詰めたい気分だ。

(平気な顔で無茶ばっかりしてんじゃないわよっ、この根暗剣士っ! なにも、誰もそこまでしろなんて言ってないじゃないっ!)

 それだけ苦労してヒュンケルが手に入れてきた品と知っていたのなら、レオナとて戻ってきた彼をいきなり怒鳴りつけるなんて真似はしなかった。ついでに言うなら、ポップのことだってそうだ。

 レオナは、ヒュンケルがパプニカの城下町辺りで買い物していると思ったからこそ、ポップを使いっ走りに出したのである。まさか、ヒュンケルが文字通り世界の果てまで行っているだなんて思ってもみなかった。

「ポップ君ったら……! なんでそのことをちゃんと教えてくれないのよっ!? まさか、無茶な真似をしてたんじゃないでしょうね……!?」

 と、怒りつつ当時のポップを責めるレオナは、自分のその怒りッぷりに恐れをなしたからこそポップが何も言わずにヒュンケルを探しに行ったなどとは、夢にも思わない。

「それは分かりかねますが……ただ、ポップはここのところ仕事が忙しそうでしたし、ルーラもかなり使っていた様子でしたから」

 ヒュンケルのその呟きに、レオナの中に罪悪感と同時に心配が一気に噴き上がる。
 今回の旅行の時間を作るため、レオナはもちろん三賢者からポップまで仕事で大忙しだったのは事実だ。その上、確実に仲間達に連絡を取り合うために、ポップは少なからず力を貸してくれた。

 瞬間移動呪文が得意なポップにかなり頼ってしまう結果になったが、それが身体の負担になっていたのではないかとレオナは今更のように気にかかる。

『あ、へーきへーき。無理さえしなきゃ、ルーラぐらい軽いって』

 ポップは笑って、自分から進んで招待状を仲間達に配りにいってくれた。それこそ、惜しみなく世界を巡って。

 魔法を使いすぎれば体調が崩れるとは言え、瞬間移動呪文を多少使うぐらいならば大丈夫だと以前にアバンやマトリフから聞いたこともあり、これぐらいならばいいだろうとレオナもポップの言葉に甘えていた。……だが、その少し前から魔法を連発しまくっていたのならば、話は違ってくる。

 いくら瞬間移動呪文の負担が軽いとは言え、数が重ねれば魔法力が消耗するのは否めない。それに、ポップ一人でヒュンケルの後を追っている間、彼がどの程度魔法を使ったか分からないだけに不安が膨れあがる。

 ポップが魔法の使いすぎで体調を崩すことは知っていても、どの程度が許容量なのか、また、実際に体調を崩しているかどうか診断できるだけの眼力はレオナには無い。

「先生やマトリフ師がいらっしゃればよかったのに……!」

 そうすれば、今のポップの体調を正確に判断できただろうと思ってから、レオナはふと、気がついてしまった。

「……まさか、いえ、そんな……でも」

 自分で思いついた可能性を一度は打ち消したものの、レオナはその疑いを拭いきれなかった。
 一度、勘ぐって考えてしまえば、色々と怪しく思えてしまう。
 今回、アバンやマトリフはパラダイスツアーには不参加だった。 

 だが、最初、レオナがこの話を持ちかけた時、アバンは大いに乗り気だった。料理が趣味で弟子を思いっきり甘やかすタイプの彼は、愛弟子であるダイのためにスペシャルなご馳走を用意しましょうと大張り切りしていたものである。フローラだって、それに賛成してくれていた。

 だが、実際にアバン夫妻に招待状を送ったところ、急用ができたから今回は参加を見合わせると断ってきた。
 そして、マトリフも同じだ。

 ダイの誕生日には全く関心を示さなかった大魔道士は、誕生祝いなどどうでもいいがマリンやエイミが参加するならぴちぴちした女の水着を見に行くのも悪くない、などと、ほとんどセクハラな意見をのうのうと宣っていたものである。

 が、マトリフも結局、招待状を送ったところ、気が変わったと言って断ってきた。

 今までレオナはそれを残念とは思ってはいたが、特に気にはしていなかった。アバンやフローラに対しては同じ王族として、王という立場がいかに多忙かは心得ていたし、また、かの老魔同士の気まぐれさにも慣れていたから。

 だが、今になってからレオナは思い出さずにはいられない。彼らへの招待状を届けに行ったのが、ポップ本人だったという事実を。

 人を無闇に疑いたくはないが――もし、ポップが二人の参加を取りやめさせたいと思ったのなら、細工をするのは簡単だったはずだ。
 そして、その少し前に侍医と話した時のことを、レオナはまざまざと思いだしていた。





「ああ、そう言えばアポロ殿から聞きしましたが、今度、勇者一行一同で南方の島に旅行に行かれるそうですな。ならば、その前に一度、念のためにポップ君の健康診断を行うことをお薦めします。
 それもできるのなら、アバン様かマトリフ様にご診断いただきたいですな」

「えー? なんでだよ、おれ、ここんとこ、すっげえ調子がいいんだぜ」

 侍医の心からの忠告に、ポップが露骨に顔をしかめていた。

「それは承知しておりますし、大変喜ばしいことですな。ですが、遠方への旅行というのなら、念には念を入れた方がいいでしょう。
 心肺機能が弱っている人間にとっては、暑さも寒さも心臓にとっては余計な負荷をかけることになりますからな」

「そんなこと言ったって、おれはデルムリン島にならちょくちょく行っていたんだし、今更どうってことないって。あそこは南の島って言っても過ごしやすいところだしさ」

「とは言っても、君の場合、普段はともかくとして体調が落ちている時に無理をするのは薦められませんから。
 まあ、私も十中八九大丈夫だとは思っていますが、事前に用心するのに越したことはありません。いいですかな、健康維持のためには予防こそが最重要なのですぞ」

 持説を熱弁する侍医に対して、ポップはさも面倒くさそうに答えたものだ。

「分かったよ。じゃ、アバン先生のとこに行くついでに診てもらっておくから。ちょうど、招待状を持って行くところだし」

 そして、戻ってきたポップはアバンの不参加を告げた。

「先生、今回は残念だけど来られないって言ってたぜ。今度埋め合わせをするからって、言ってた」

「そうなの、残念ね。よっぽど急な用事でもできたのかしら?」

「んー、急っていうか、なんていうか……。ま、その辺は先生が今度教えてくれるってさ。あ、これ、ダイへのプレゼント」

「まあ、さっそくお礼状を書かないと。あ、そう言えば、ポップ君、先生に診察して貰ってきた」

「おー、ばっちりだぜ! 体調もいいようだし、うんと楽しんできてくださいねって、言われたよ」

 気楽に笑うポップの言葉を、その時のレオナは疑いもしなかった――。





「……まさかとは思うけど、ポップ君……調子が悪いのに、無理して旅行に参加してくれた、なんてことは……ないわよね?」

 いつもきっぱりと結論を述べるレオナにしては珍しく、弱々しい語尾の言葉。
 そう考えただけで胸が嫌な感じにざわめくのは、それが杞憂とは言い切れないせいだ。

 それに対して、ヒュンケルは答えなかった。
 その無言は、無口で不器用な彼の精一杯の思いやりとも言える。ヒュンケルが口に出すまでもなく、言ったレオナ自身が一番良く分かっているのだ。
 ポップは、まさにそんな無茶をやりかねない少年だ、と。

 過去にも何度となく、ダイのためにとんでもない無茶をやらかした前科があるだけに、不安が募る。

「……とにかく、オレはもう少しポップを探してみます」

 礼儀正しく一礼して、ヒュンケルはその場を離れようとした。
 昨日の今頃ならば、休暇中なのに近衛隊長という仕事から抜けきっていない、心配性の兄弟子を笑ってしまう余裕があった。だが、今はとても同じように笑うことなどできない。
 そして、彼に全てを任せて黙って見送ることもできなかった。

「いいえ、待って!! その前に確かめておきたいことがあるの、ラーハルトを呼んでちょうだい!」


                                                              《続く》

  
 

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