『バカンスは命がけ♪ 4』
 

「……断る。オレには関係の無い話だ」

 にべもない、ラーハルトの拒絶。
 それを聞いたヒュンケルはわずかに眉を寄せたが、レオナはびくともしなかった。

(ま、そう言うと思ったわ、この青色唐変木なら)

 仮にも一国の王女の頼み事を断る人間はそうそういないものだが、ラーハルトは純粋な人間ではない上に傲岸不遜にもほどのある男だ。たとえ、友人であるヒュンケルを介して頼んだとしても、彼が素直に頷いてくれるだなんてレオナは最初から思ってもいなかった。

 だからこそ、ヒュンケルがラーハルトに向かって何かを言おうとするのを、レオナは目線だけで制する。
 無論、断られたからと言ってこのまま素直に諦める気など毛頭無い。元々交渉なんてものは、ノーと言われてからが本当の勝負なのだ。
 整った顔に完璧な微笑を浮かべ、レオナはにこやかに話しかける。

「そうね、あなたには関係のない話だわ。ダイ君が大いに気にして、嘆き悲しむだけの話ですものね」

 その言葉がもたらす影響力は、絶大だった。
 無礼にも王女を前にして早くも背を向けかけていた不遜な男が、ぴたりと足を止める。終生の主君と定めた竜の子に対して、この半魔は恐ろしいまでに忠実だった。

 ポップの病状に関わることならば黙殺できても、ダイに髪の毛一筋ほどでも危害及ぼすような話ならば聞き逃す男ではない。ラーハルトの急所をがっつりと掌握したことを確信してから、レオナは独り言のような口調で軽やかに言ってのける。

「ポップ君が体調に関して隠し事をしているかもしれない……さっきも言ったように、これはまだ確定事項ってわけじゃないわ。確かに緊急性が低いのに、念のためにアバン先生やマトリフ師に連絡を取るのを手伝って欲しいだなんて、あなたに頼むのは筋違いだったわね」

 ラーハルトは、ヒュンケルと違ってレオナの配下というわけではない。そして、元敵だったラーハルトにはポップに対して強い仲間意識を持つ理由もない。

 言ってしまえば、ラーハルトにはポップを助ける義務も義理もないのだ。それを敢えて頼むからには、人情に訴えて説得するよりも彼の一番の弱点をつつく方が手っ取り早い。

「そうね……ダイ君に頼めば、きっとすぐに行ってくれるわよね。でも、ダイ君に本当のことを打ち明けるのは心が痛むわ。ポップ君の体調について話したりしたら、きっとダイ君は驚くでしょうしね」

 芝居がかった仕草でそう言ってのけるレオナに対して、ラーハルトは射殺さんばかりの視線を向けてくる。並の女性どころか男性であっても怯えそうな視線だったが、レオナはただの王女ではない。

 大魔王バーンの眼光を前にしても、言い返して反撃するだけの気丈さを供えている獅子王は、挑発的な瞳でラーハルトを見返す。
 言葉にはしなかった言外の戦いで、先に譲歩したのはラーハルトの方だった。

「……オレやダイ様でなくとも、他にもルーラの使い手はいるだろう」

 不機嫌そうながらも、それがラーハルトにとっては一歩も二歩も譲っての言葉だと、レオナは理解していた。もっともそんなことは言われるまでもなく、レオナも承知している。

 移動呪文の使い手は、元々少ない。今回島に来ているメンバーの中で、移動呪文を使えるのはダイ、ポップ、ラーハルト、それにノヴァとロン・ベルクのみだ。
 しかし、レオナは最初に選んだ人選を覆す気などない。

「あら、あなたが最適だと私は確信しているわ」

 それは、お世辞など全く含まない本心だ。
 ロン・ベルクは、はっきり言って当てには出来ない。信頼できないとは言わないが、あの変人魔族ときたらどう動くか全く読めない男なのだ。
 魔王軍との戦いの時は予測しにくい彼の意外な行動には大いに助けられたが、平穏時にはイレギュラーな行動をとられるのは少々困る。

 それに、ロン・ベルクはポップの体調不良の件は知らない。
 それを知らせるには、彼はあまりにもポップの両親との距離が近すぎる。なにしろ、ロン・ベルクはポップの父親ジャンクとは種族を超えて友人づきあいをしているのだ、彼の口からジャンクの耳にポップの体調不良について伝わる可能性はそう低くはないだろう。

 ポップ本人が頑として、両親に知られたくないと望んでいる以上、ロン・ベルクの手を借りるのは憚られる。
 かといって、ノヴァにも頼めない。

 出会った時の棘がすっかり抜け落ちた今のノヴァは、まさに勇者の名にふさわしい好青年と言える。それに、人助けのために手を惜しむような人間ではない。
 しかし、彼には未だに大きな欠点が残っている。

(悪いけど、あんな甘ちゃんボンボンには任せられないのよね〜)

 王女にあるまじき毒舌を、レオナは心の中だけでこっそりとふるっていた。
 ノヴァが信頼できないわけではない。むしろ、信頼度で言えば彼の師匠であるロン・ベルクを上回って信用できるし、好感も抱いている。

 だが、ノヴァはいつまでたっても所詮は甘やかされたお坊ちゃんというか、甘さが抜け切れていないのだ。そんな甘さを残すノヴァに本当のことを打ち明ければ、ショックのあまりポロポロと周囲に秘密を零しまくるのがオチだ。

 その点、ラーハルトは口も堅ければ元々ポップの体調不良について知っている。ダイを何よりも大事に思うこの青年は、うっかりと口を滑らせるようなミスもするまい。

「私は、あなたにお願いしたいのよ。でも、あなたが引き受けてくれないのなら……仕方がないわ、ダイ君に頼むしかないわね」

 さも辛そうにため息をつき、今度はレオナが背を向けて歩き出す番だった。だが、レオナが二、三歩も歩かないうちに呼び止められる。

「……待て。このような些事でダイ様のお手を煩わせることはない。オレが行く」

 ぶっきらぼうな声での呼びかけに、レオナは足こそ止めたものの振り返りはしなかった。
 迂闊に振り向けば、してやったりと言わんばかりの笑顔を見られてしまうだろうから。もちろん、彼女は最初からダイに頼みに行くつもりがなかったことなど、ラーハルトに教えてやる気など無い。

 最初からラーハルトにやらせるつもりでなければ、わざわざ彼だけを人気の無いところへこっそり呼び出したりするものか。

(ふふんっ、ちょろいわね)

 つい笑いたくなる気分を辛うじて堪えつつ、レオナは抑えた声で『お願いね』とだけ口にする。
 光の軌跡が空を飛んでいくのを見やった後で、レオナは今度はヒュンケルの方に向き直る。

 昨日がそうだったように、多分、ポップは夕方になれば自主的に戻ってくるだろうと予想はつく。だが、レオナはただ黙って成り行きを待つような消極的な少女ではなかった。

「さて、これで先生達の件は彼に任せるとして、まずはポップ君を探さないとね。でもコソコソと一人で探したって、らちがあかないわ。迷子を捜すのなら、人海戦術が一番よ!!」

 きっぱりとした口調で、レオナはヒュンケルの思い違いを訂正してやる。
 孤高に生きることを美徳だと勘違いしているこの魔剣士は、自分一人で何もかも背負いこみがちになるが、そんなことは誰も望んではいない。ヒュンケル一人が苦労をする必要も無いし、また、大勢で手分けして協力した方が効果的な場合は多い。

 ポップが移動呪文を使っていないのなら、彼は確実にこの島のどこかにいる。ならば、全員で手分けをして探し出すのが一番手っ取り早い方法だ。
 レオナから見ればこれ以上無い明確な結論なのに、ヒュンケルは踏ん切り悪く迷っている様子だった。

「しかし……、みんなに事情を打ち明けるのは、ポップも望まないと思うのですが」

 珍しくも困ったような表情を見せるヒュンケルの心は、手に取るように分かった。まったく、この無口な戦士は変なところだけ弟弟子に甘い。

「バカね」

 思わずクスリと笑いながら、正反対のようでいながら妙なところで似ている兄弟弟子だと、レオナは思わずにはいられない。
 ポップにしろ、ヒュンケルにしろ、仲間達に余計な心配をかけたくはないと言う点では意見が一致している。そのせいもあり、ポップの体調悪化についてはダイやマァムにさえ伏せている。

 多少の不満や文句はあれど、レオナもその意見には一応賛成している。
 仲間に隠し事をするのが多少心苦しくはあるが、うまくいけばあと数年ほどで改善されるのならば余分な心配をかけないように伏せておくのも一手だ。それに隠し事を常に心の片隅に置いておくというデメリットはあるものの、メリットだってないわけではない。

 ダイやマァムにばらされたくなければ言うことを聞けと、ポップを脅しつける最強の切り札になるのだから。
 よほど切羽詰まっているならともかく、いきなり切り札を捨てる気などレオナにはない。
 だが、満面の笑みを浮かべ、レオナは自信たっぷりに言い切った。

「そんなの、バカ正直にいちいち打ち明けることなんてないでしょ。いいから任せて、みんなに心配をかけないように迷子捜しに協力して貰うなんて簡単なんだから♪」






「え? これからかくれんぼ大会をやるの?」

 ダイは、レオナのその言葉にきょとんとした顔を見せた。

(ああっ、ダイ君のこの顔ってやっぱり可愛いわっ)

 場違いとは思いつつ、一瞬、レオナはその表情に見とれずにはいられない。魔界から戻ってきて以来、一回り逞しくなり少しずつ男らしさを増していくダイの成長ぶりも好きだが、以前のあどけなさを多分に残す子供っぽい表情も、レオナは好んでいる。

 思わずきゅんと胸を鷲掴みにされてしまうが、惜しいと思いつつもとりあえずはその甘酸っぱい感情を一時棚上げしてレオナは巧みに誘いをかける。

「ええ、そうよ。そろそろビーチバレーも飽きた頃でしょうし、気分転換してもいいんじゃない?」

 今はダイが抜けたせいか、メンバー達も一旦手を止めて休んではいるものの、レオナが散歩から戻ってくる間も彼らは相変わらずハードなビーチバレーに興じていたらしい。

 ハードなプレイについて行けなかったのか、そこら辺に砕けた椰子の実が4、5個転がっているのが見える。……いったいどんなスペクタルなビーチバレーが行われていたのか大いに疑問だったりするが、とりあえずレオナはそれを追求しなかった。

「でも、かくれんぼって、危険だからやっちゃいけないんじゃなかったっけ?」

 真顔でそう問い返すダイは、どうも未だに何かを誤解しているらしい。
 以前、パプニカ城でダイとポップがかくれんぼをして遊んでいた際、ちょっとした誤解から大騒ぎになったのに懲りて、城内でのかくれんぼは禁止するとわざわざ法律で設定してまで厳禁にしたことがある。

 危険な遊びだから禁止したわけでは全然無いのだが、ダイのその誤解をレオナは敢えて正さなかった。 

「ええ、パプニカ城では禁止よ。でも、ここのデルムリン島でなら大丈夫! それに、ただのかくれんぼじゃなくって、鬼ごっこも兼ねたかくれんぼよ。いい、隠れている鬼は見つけられたら逃げ出すから、それを追いかけて捕まえるの!」

「へえ、なんだかおもしろそうだね」

 多少は頭を使うかくれんぼよりも体力勝負の鬼ごっこの方が好きなダイが、目を輝かせる。ダイががっつり食いついてきたのを見届けてから、レオナはとっておきの餌を見せびらかせる。

「最初の鬼はね、ポップ君なのよ」

「え、ホント?」

 それを聞いて、ダイが嬉しそうに目を輝かせた。あまりにも手放しに喜ぶその顔を見ていると、ちょっと焼き餅を妬きたくなってしまうぐらいだ。
 ダイはポップと鬼ごっこをするのが大好きなのだが、ポップの方はそうでもない。――と言うよりは、はっきり言って嫌っている。

 体力の固まりのようなダイに追いかけられるのは、逃げ足の速いポップにとっても相当な苦労があるらしい。かくれんぼと違って鬼ごっこは特に禁じてはいないのだが、体力が持たないと言ってポップが嫌がるため、最近ではまったく遊んでいない様子だ。

 まあ、年齢的にそろそろ二人ともそんな子供っぽい遊びから卒業してもいい頃ではあるし、レオナも特に鬼ごっこを推奨する気などはなかったのだが、今日ばかりは特別である。

「ええ、本当よ。誰がポップ君を一番最初に捕まえられるか、競争よ!!」

 と、ダイだけでなく勇者一行の面々に向かってレオナはハッパをかける。

「ふぅん、かくれんぼねえ? また、ずいぶんとガキっぽい遊びだが、まあ、たまにはいいか」

 肩をすくめるような仕草を取りながらも、賛成の意思を示したのはヒムだった。最もえらそうな口を叩いたところで、実年齢ではこの中で最も年下ではあるのだが。

「ふふっ、たまには童心に返るのもいいかもしれませんわね」

 意外にも、三賢者やロモスの兵士達までもが乗り気を見せる。

「はいっ、我々は以前この島に住んでいただけに、この島には詳しいですからね、負けませんよ!」

「はっはっはっ、この島に詳しいというのならぼくだって負けてはいないぞっ! それに、ぼくには精鋭隊員達がついているっ!」

 と、わざわざ岩の上によじ登ってから勝ち誇ったように胸を反らしたのは、チウだった。

 チウをほとんど崇拝している獣王遊撃隊の面々は、隊長に従ってさっと列を揃えた。隊員2号だったゴメちゃんのナンバーを空けて、番号順に並ぶ怪物達の中にゆらゆらとシーツを揺らめかせて立っているのは隊員11号のビースト君こと、ブロキーナ老師だった。

(……なーにやってんのかしらね、この人は)

 大勇者アバンのパーティの一員であり、拳聖とまで謡われた達人級の武闘家。マァムの二度目の師匠でもあるブロキーナは、ひねくれ者のマトリフとはまた違った意味で癖のある老人だ。

 レオナは残念ながらと言うべきかブロキーナの活躍は見てはいないのだが、彼がポップ達に助力してくれたのは事実だし、今回のツアーに招待した。まさかこんなけったいな扮装のまま参加してくるとは予想外だったが、まあ、今更だ。

 ただでさえ怪物だの魔族だの変わり者揃いの勇者一行の旅行ツアーに、変人の一人や二人が増えたところで問題は無いだろうと、レオナはぐるりと目を見回し女の子達にも声をかける。

「マァムやメルルも、もちろん参加してくれるわよね?」

 期待を込めて、レオナは二人の美少女に誘う。
 この二人もまた、ポップを探すという点に置いては他者より抜きんでている。惚れた弱みという奴か、ポップは極端にマァムには弱い。
 そして、メルルの神秘的な占いの力は、ポップの居場所を暴きたてるのに大いに役立ってくれることだろう。

「うん、いいわよ」

「ええ、楽しそうですね」

 無邪気に頷く二人に、レオナがキラリと目を輝かせる。そして、何気なさを装ってすかさずメルルに話しかけた。

「でも、ノーヒントから探すのじゃちょっと時間がかかりそうだから……、メルル、簡単なヒントをくれないかしら? ポップ君って、今どちらの方角にいるのか、分かる?」

 そう尋ねると、メルルはその黒目脳のような目を閉じてしばし、小首を傾げる。

 一途にポップを思う健気なこの美少女は、ポップが望まないことならば自分の意思を押し殺してでも援護するような性格だ。しかし、今の彼女は何も知らない。ポップが何か、隠し事をしていると気がついていないのなら、メルルが無闇にポップを庇う心配も無い。

 南の島の開放感があるせいか、あるいはみんなで遊ぶという形式を取ったのがよかったのか、メルルは疑う様子も見せなかった。
 すぐに目をぱっちりと開け、その白い手をスッと伸ばして島の北側、ちょうど今ダイ達がいる浜辺と反対側の方を指さす。

「多分、あちらの方にいると思います」

 望んでいたヒントを引き出すのに成功したレオナは、にんまりとした笑みを浮かべつつ、明るく声を張り上げた。

「聞いたわね、みんな!? じゃ、今からかくれんぼ&鬼ごっこのスタートよ! いい、ポップ君を見つけた人は大きな声を上げて、捕まえたって宣言してね」

         

              《続く》

 
 

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