『バカンスは命がけ♪ 5』
  

 青い空に、白い雲。
 そこを背景に飛ぶのが南国特有の色鮮やかな取りならば絵になるのだが、パタパタと落ち着きなく空を飛んでいるのは小鳥ならぬ真っ黒なドラキーだった。

(……ま、デルムリン島だしな〜)

 ふらふら飛ぶドラキーを、ポップは寝そべった姿勢のまま見上げていた。普通の村や町ならば、ドラキーがフラフラと飛んでいるのならばさぞや目立つことだろうが、怪物島の異名を持つデルムリン島では珍しくもない。

 それに、この島の怪物達は基本的にみんな穏やかでおっとりとした怪物達ばかりだ。
 だからこそ、ポップは警戒すら感じなかった。ドラキーに構わず、ふわぁと大あくびを一つしただけだった。

 ポップがいるのは、浜辺から離れた森の中だ。
 デルムリン島は熱帯なだけに森と言うよりはジャングルっぽいが、それでも樹木の違いにさえ目をつぶれば、普通の森とそれ程の差はない。隠れるのに都合のいい木陰やら、昼寝にちょうどいい空き地ぐらいいくらでもある。

 ちょうど今ポップがいる場所も、昼寝には最適な場所だった。
 木々の葉が南国特有の激しい日差しを和らげてくれるし、浜辺からはかなり離れているだけに見つかる心配もない。手足を投げ出して横になったポップは、半ばうとうとと眠りかけていた。

 そうやって目を閉じているポップは、周囲の細やかな異変に気がつかなかった。もし、ポップが注意深く空を見上げていたのなら、少し前に空に上がった光の軌跡――瞬間移動呪文の痕跡に気がついていたことだろう。だが、目を閉じているポップには、浜辺から聞こえる楽しそうな騒ぎ声の方が気になっていた。

(……あいつら、まだビーチバレーとかしてるのかなぁ)
 
 マァムが肌を大胆に露出させたビキニ姿で、楽しげにボールと戯れている姿などを思い浮かべて、ポップは思わずにやけてしまう。彼は、緩やかにボールがやりとりされる中、たわわな胸を揺らしつつボールに戯れる美少女らの姿を想像していた。

 ――まあ、現実を知らないのはある意味で幸せなことである。
 絶景とも言える夢の光景を思い浮かべると、ついつい浜辺の方に行きたくなるが、ポップはそれをぐっと堪える。ものすごーく後ろ髪を引かれるし、正直に言えば遊びに参加しなかったとしてもせめて浜辺でマァムの姿を見ていたいという気持ちがあるのだが――ポップは小さく首を振ってその未練を断ち切る。

(いや……やめとこ)

 胸に軽く手を乗せて、ポップは思い返す。
 浜辺は、安全地帯とは言いがたい。たとえ岩陰に隠れていても昨日ロン・ベルクやノヴァに見つかったように、また誰かに見つからないとも限らない。

 やはり人目につかないように夕方までこっそりと隠れていて、夕食時になったら何食わぬ顔で合流するのが一番安全なやり方だろう。

(ま、問題はダイやマァムを後でどう誤魔化すかだなよなー。昨日、約束を破ったとか言ってずいぶんとふくれてたしよ)

 なんといって機嫌を取ろうかあれこれ頭を悩ましているポップは、気がつかなかった。さっきから絶え間なく聞こえていた浜辺からの声が、いつの間にか聞こえなくなったことに。
 そして、突然、びっくりするような大声が響き渡った。

「ピーッ、ピキッキーッ!!」

 ポップの真上に飛んできたドラキーが、いきなり大声を上げて騒ぎながらくるくると旋回を始める。

「へ?」

 その様子に戸惑った後で、ポップはようやく気がついた。そのドラキーが、誇らしげに胸に飾っているバッチに。見るからに安っぽくてオモチャのようなそのバッチは、見覚えのあるものだった。

 ポップにはダイと違って怪物一匹一匹を顔で見分けて識別するほど怪物には親しんでいないが、チウの部下である獣王遊撃隊の証をつけたドラキーの名前ぐらいは知っている。

「おまえっ、……えっと、ドナドナか!?」

 ポップがそう呼びかけた瞬間、木々がガサガサと揺れて大ネズミやらグリズリー、大王ガマなどがゾロゾロと登場してきた。

「よしっ、隊員七号、発見、ご苦労! さあ、見つけたぞ、ヘンタイ魔法使いめ、覚悟しろっ!」

 隊長の命令に、配下の怪物達が一斉にポップに向かって飛びかかってくる。マリンスライムやアルミラージだけならまだ可愛いものだが、チウの配下にはグリズリーやドロルなども混じっているのだ。

 慌てて跳ね起きたポップは、とっさに空に飛び上がって怪物達を避ける。その拍子に先頭を切って飛び込んで来たチウは、後からきた配下達に押しつぶされて頓狂な悲鳴を上げた。

「ぐ、ぐぇえっ!? お、おもぉいっ、ど、どきたまえっ」

 あまりの重みに涙目になりつつチウがわめきたてるものの、あまり賢いとは言えない怪物達はおたつくばかりで、なかなか立ち上がれない。と言うより、同時に立とうとしてかえってぶつかりあってはまた尻餅をつき、チウに悲鳴を上げさせる始末だ。

 結果的に部下達の下から這い出せないチウは、ポップが全て悪いと言わんばかりの目つきで睨みつける。

「きっ、貴様っ、なぜ避けるっ!?」

「そんなの、当たり前だろっ!? そっちこそいきなりなにすんだよっ!?」

 と、怒鳴り返したポップのすぐ背後から、飄々とした声がかけられた。

「それは、君がこの鬼ごっこの『鬼』だからだよ〜ん。さあ、捕まえちゃうぞぉ〜」

 などと、ふざけた声と共に伸ばされてきた白い手を、ポップは辛うじて躱すのに成功した。
 もっとも、躱せたのははっきり言って幸運だった。

 もし、地面の上でこの相手から捕まえられそうになったのなら、たいした体術を持たないポップに避け切れたとは思えない。今、ポップが彼の手から逃れることが出来たのは、ここが空中だったからだ。

 驚く程のジャンプ力と身のこなしを持つ達人であっても、空中では自在に方向転換は出来ない。その点で、空を飛べるポップが有利だっただけの話だ。
 実際、ポップを捕まえ損なったとは言え、その人物は見事にくるくるっと回転して地面にぴたっと着地を決めた。

 全身をすっぽりと包む白いシーツに、顔に当たる部分には落書きめいた顔を描き、ご丁寧に頭にはふさふさとした毛を揺らしている珍妙な格好をした小柄な人影を、ポップは睨みつける。

「チウだけならともかく、老師までなにやってるんですかっ!?」

 顔が全く識別できない妙な扮装をしていても、見間違えるはずもない。マァムの第二の師匠であり、拳聖の名を欲しいままにしている武闘家の神様とまで呼ばれた男は、シーツで覆われて顔をゆらゆらと揺らす。

「うーん、そう呼ばれると興醒めだし、この格好をしている時はゴースト君と呼んでほしいね〜」

(何がゴースト君だっ、いい年こいてっ! 全く、さすがは先生と師匠の仲間だぜっ)

 仮にも自分の師であり、ついでにいうなら先代勇者一行の一員ではあるのだが、ポップから見れば厄介なぐらいに悪戯好きの困った面々にすぎない。

「いや、名前なんかどうでもいいでしょうがっ!? それより、鬼ごっこってなんですか、それっ!?」

「そりゃあ、あの鬼姫さんのお申し付けに決まってんだろ」

 老師に向かって問いかけた言葉に、思わぬ場所から返事が戻る。ハッとして振り向くと、銀髪をなびかせた金属生命体が日光を跳ね返してキラリときらめく。

「おまえさんが鬼ってことで、勇者ご一行でかくれんぼ&鬼ごっこ大会開催中なんだよ」

「げ……っ」

 思わず呻くと同時に、ポップの中に諦めにも似た感情がわき上がる。
 事情は全く分からないが、この状況がレオナの差し金だと言うことだけはよーく理解できた。そして、レオナが裏で糸を引いているのならば、とやかく言っても始まらないと言うことも。

 レオナの強引さや有言実行ぶりは、嫌と言うほど知り抜いている。
 たとえポップが納得せずに文句を言ったとしても、それで他の連中がこの遊びをやめるとは思えない。
 それらの事情を一瞬で理解したポップに向かって、ヒムは苦笑しつつ両の拳を打ち鳴らす。金属製の拳が、カキーンといい音を響かせた。

「まっ、そう言うわけだから、おとなしくさっさと捕まってくれよ。んでもって文句があるのなら、直接あのお姫さんに言うこったな」

「じょっ、冗談じゃねえよっ!!」

 逃げ道を探してぐるりと周囲を見回したポップだったが、この遊びに参加しているのは獣王遊撃隊だけではなかったらしい。

「はははっ、たまには童心に返って遊ぶのも悪くはなかろう」

「フ……ッ、違いないな」

 のっそりと現れたクロコダインの巨体と、長身のロン・ベルクが一方向を塞ぐ。それだけならまだしも、バダックを先頭に三賢者達だのロモスの兵士達もわいわい言いながら近寄ってくるのが見える。

「わっはっは、かくれんぼならこのワシに任せておくといい! こう見えてもワシは、昔はかくれんぼの帝王と呼ばれたこともあるんじゃ!!」

 今回のパラダイスツアーの参加者ほぼ全員集合の有様を見て、慌てたポップはさらに一段と高く空へと飛び上がる。だが、空でさえ安全圏ではなかった。

「やっぱりね。キミなら、上に飛んでくると思っていたよ」

 勝ち誇ったような尊大な態度で予め上空で待ち構えていたのは、北の勇者だった。しかも、勇者は一人だけではなかった。

「あっ、ポップ、見っけっ!!」

 どこにいたのか、嬉しそうな声を上げてこちらにめがけて飛んでくるのは紛れもなく勇者ダイだ。いくらポップが飛翔呪文を得意にしているとは言え、二人の勇者を相手に視界の効く空で追いかけっこをするのは、不利すぎる。
 それを悟ったポップは、さっと身を翻して密林の中へと低空飛行して逃げ込む。それで一旦は勇者ズを振り切ったものの、ホッと一息つく暇すらない。

「あっ、逃げたーっ」

「逃がすなっ、追えっ」

「隊員七号は空から追いかけるんだっ!! その他のメンバーは、走って追跡だっ!!」

 などと、言いながら追いかけてくるからたまったものではない。

「な、なんなんだよ、これーっ!? いったい、おれがなにしたってんだよっ!?」

 絶叫しつつ、とにかくポップは茂みに身を隠しつつ逃げにかかった――。





(全く、オレが何でこんなことを……っ)

 その頃、奇しくもラーハルトもポップと似たような感想を抱きつつ、カール王国に向かっていた。
 普通、王族に会うのならば、城の侍従に面会の旨を申し入れて正式に手続きを取り、用件や親交度によって謁見室や客室、あるいは特別に親しい仲ならば私室にて面会する。

 が、ラーハルトは常識に拘るような男ではなかった。
 何の遠慮もなく、カール王家のプライベートな空間でもある中庭にいきなり降り立つ。近衛兵か侍女が目撃したのならば咎めるに違いない暴挙だったが、幸いなことにと言うべきか、中庭にいたのは一組の親子だけだった。

 カール女王ことフローラに、その配偶者であるカール王アバン、それから二人の間に生まれた一粒種の王子、ロカ。ちょうど、親子水入らずでお茶を楽しんでいたところだったのか、庭には白いテーブルが用意され、お茶の道具や軽食などが並んでいるのが見えた。

 そこにいきなり魔法で飛んできた半魔を見て、さすがに誰の顔にも驚きが浮かんでいた。

 いくらラーハルトがカール王国の客分とは言え、王族にアポイントメントなしで会うのは無礼もいいところなのだが、さすがは世界を救った大勇者と言うべきなのか、アバンは並の王様とは度胸の据わり方が桁違いだ。
 驚きを見せたのは一瞬だけで、すぐににっこりと笑いかけてきた。

「おや、これは珍しいお客人ですね。しかも、タイミングがグッドです、どうです、お茶でも一杯? 美味しいカモミールティーをご馳走しますよ。それに、今日の焼き菓子は私の自信作でしてね――」

 いたって親しげに話しかけてくるカール王の言葉を、ラーハルトは最後まで聞かずにばっさりと断ち切る。

「いや、茶はいらん。それより、一つ、聞きたいことがある。ポップの奴のことなんだが――」

 本当に、体調には問題はないのか。
 馬鹿馬鹿しいと思いながら、ラーハルトはそう尋ねるつもりだった。しかし、今度はラーハルトの方が言葉を遮られる番だった。

「あ、あのっ、その話でしたら、ちょっとここでは……っ」

 やけに焦った様子で、アバンが立ち上がるのを見て――ラーハルトは初めて心の奥にざわめく物を感じた。

 今の今まで、ラーハルトはレオナやヒュンケルの心配を取り越し苦労だと思っていた。確かにポップの体調が完調とは言えないことはラーハルトも知ってはいるが、無理をしなければ普通に過ごせるとも知っている。

 だからこそ、ラーハルトは思っていた。
 戦いの中でならともかく、日常生活で無茶をするほどあの魔法使いもバカではないだろう、と。その意味では、ラーハルトはレオナ達よりもポップを高く評価していると言えた。

 しかし、血相を変えたアバンを見て、初めてラーハルトの中にも不安が生まれる。どんな時も余裕たっぷりに振る舞い、自分のペースを崩さない大勇者がこんな風に慌てるのは極珍しいだけに、不安が強められる。

(ここは、なんとしても真相を問い詰めておかないとな)

 義務感以上の感情を持って、アバンの方に詰め寄ろうとしたラーハルトだったが、その時、思わぬ邪魔が入った。

「ねえ、ラーハルト!!」

 ちょこちょこと走り寄ってきてそう呼びかけてきたのは、ラーハルトにとって見覚えのある子供だった。母親譲りの見事な金髪に、気品のある顔立ちをしたやたらと立派な服を着た幼児――アバンとフローラの息子であり、カール王国待望の王子でもあるロカ二世だった。

 あちこちを旅することの方が多く、カールに定住しているとも言いがたいが、一応はカール王宮の客分であるラーハルトにとっては知り合いの一人ではある。恵まれた王子は、魔族であるラーハルトにも全く臆することなく話しかけてくる。
 だが、今日は少しばかり様子が違っているように見えた。

「今……ラーハルト、ポップの話をしたよね?」

 やけに真剣な調子でそう話しかけてくるロカは、子供はあっちに行っていなさいと追い払おうとする父親を無視して、ラーハルトの服の裾をしっかと握り占める。

「教えてよ、ラーハルト。知っているんだろ、ポップはどこ?」

 まだ三つかそこらのくせに、いつもながらこまっしゃくれた口を叩く小僧だと思いはしたものの、即答できる疑問だっただけにラーハルトは教えてやった。

「あの魔法使いなら、デルムリン島だ……多分な」

 そう付け足したのは、ポップが移動呪文でどこかに飛んでいった可能性もあることを思い出したからだ。

 そう答えた後で、ラーハルトはアバンが何やら変な顔をしつつ手をパタパタと振ったり、口元に指を当てるようなパントマイムをしているのに気がついた。が、人間と深く付き合ったことのないラーハルトは、その意味することを全く理解しちゃいなかった。

(ダイ様の先生とは言え、相変わらず変人だな)

 などと、失礼にも程があることを思っただけだった。ついでに言うのなら子供慣れしていないラーハルトは、その答えを聞いたロカの目が大きく見開かれた意味合いにも気がつかない。
 幼い顔に不釣り合いな絶望の表情を浮かべ、ロカは震える声でなおも問いかける。

「え……? じゃ、ダイは?」

「ダイ様も同じだ。あの島にいる」

 それを聞いて、ただでさえ大きく見開かれていたロカの目が最大限に大きく見開かれる。

 ラーハルトの服の裾を掴む小さな手がふるふると震えたかと思うと、次の瞬間、子供は火がついたような勢いで泣きだした――!! 

                        《続く》

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